年末の醍醐味(筆者主観)、NHK紅白歌合戦をご覧になっただろうか。
もう季節は春、この記事を書きたいと思ってから、依頼、調整、取材としていて、あっという間に時間は過ぎてしまったが、今回は2022年の紅白歌合戦でカメラバランスシステムがどう活用されたかについて、実際に撮影に携わったお二人にお話を伺った。
まず、いつもどおりじゃない表現があることに、ご留意をお願いしたい。機材や人の呼称として、
を使う。これは特定のメーカーの機材だけを使って撮影していないことへの配慮となっている。
今回お話を伺ったのは、
- NHK放送技術局 制作技術センター 制作推進部 齋藤努氏
- NHK大阪放送局 コンテンツセンター第1部(撮影) 辻寛之氏
のお二人。
齋藤さんは今回の撮影チーフ、辻さんはオペレーターとして参加した。
まずお二人が普段どのようなお仕事をされているのか、というところから伺って、紅白の話に進んでいこうと思う。
齋藤氏:
普段は、うたコン、SONGS、Venue101 などを中心に、音楽番組の撮影チーフを担当しています。撮影チーフは、撮影チームの窓口として、機材やカット割りについてディレクターと打ち合わせて撮影プランを決定する仕事です。画作りの責任者ですね。
ディレクターが考えてきたものを、読み解いて、時には提案して、ブラッシュアップして、台本・カット割りを一緒に作っていきます。そしてそれを撮影チームに明確に伝える役割でもあります。
ほかには、最近は研修講師をすることも増えています。人材育成ですね。
辻氏:
大阪局で撮影を担当しています。専門分野は音楽番組ですが、大阪局の場合は野球や相撲などのスポーツも撮影しますし、カメラバランスシステムを使った紅葉中継などの情報番組も担当します。
また、スイッチャーやテクニカルディレクターとして業務に入ることもあります。東京は専門で業務が分かれていますが、大阪の場合は幅広に業務がある感じです。
東京は大きなスタジオ撮影があって楽しいし、大阪はドラマからロケから、幅広に業務ができて楽しいですね。
今回の紅白でのお二人の役割は?
齋藤氏:
撮影チーフでした。10月に入った頃から、どういうカメラを何台使うのか、クレーンをどこに置くのか、カメラバランスシステムをどう配置するか、どういう人員配置で行くのかなどを検討することから始めました。その後、美術セットに対して撮影側の要望をリクエストしたり…。
12月に入ってからは、様々なテストと並行しながら、ひたすらカット割りの検討ですね。ディレクターから次々にカット割りが届くので、それを読んで、割りが成立するのか、逆にこうしたほうがいいんじゃないか、というのを1曲ずつ考えていました。
――全部、齋藤さんがひとりでやるんですか?50曲以上ありましたよね…?
齋藤氏:
私の担当範囲はNHKホールからの放送分ですね。とはいえかなり多くの割合ではあります。今回のトピックは、オール4Kで放送できた初めての放送となったことです。
今までカメラバランスシステムに載ったカメラは、ワイヤレス映像伝送装置が2K仕様だったため、ここだけはどうしても2Kカメラになっていました。今回はNHK放送技術研究所(以下:技研)が開発した4Kワイヤレス映像伝送装置を使うことで、全カメラ4K出力が可能になりました。
これを本番で使うためにも、事前の検証・実験を経て、ほかの番組でも使ってみるなどの下準備を行いました。
また、ARシーンにもカメラバランスシステムを使ってみようという挑戦もしています。「新時代/ウタ」のために、専用のセンサーを取り付けたカメラバランスシステムを用意して、撮影に臨みました。センサー類だけで数kgあり、通常の撮影のセットアップよりも負荷が多いことから、この曲専用に1台作っています。現場での準備段階でもキャリブレーションをとるのに苦労しました。これも準備は10月下旬から始めましたね。
―ARで歌手を合成すると、観客もカメラマンも空画を見せられていることになるのでしょうか?なかなか撮影も難しそうに思います。
齋藤氏:
そうなりますね。カメラマンには合成後のリターン映像が返っているので、それを確認しながら撮影していました。若干ディレイもあるので簡単ではないですね。
いよいよ現場入り、設営や準備はどんな感じ?
齋藤氏:
現場での設営等準備は12月26日からでした。機材設営等はほかの撮影メンバーにおまかせして、私は参加していません。この時点で5曲程度カット割りが終わっていなかったので、引き続きカット割り検討を進めていきました。
辻氏:
私も26日から現場入りして、設営から参加しました。この時点で台本をもらって、機材設営の合間に読み込み始め、自分のカットがある曲を確認して、実際に聴いて、カウントを測ったりと、撮影イメージの検討を始めます。
――その前の情報共有など、事前の準備はなかったのですか?
辻氏:
はい、紅白に限らず、どの現場でもそういう感じです。撮影イメージを頭の中で組み立てて、ケーブルを捌いてくれるアシスタントとも情報共有をはかります。「音合わせ」というアーティスト・音声向けのリハーサルと、カメラリハーサルの2回だけが、ステージに実際に立って確認できるタイミングなので、それ以外はイメージで進めていきます。
――それだけで本番を迎えるのですか…?
辻氏:
はい、これも紅白に限らず、我々ができるリハーサルはほとんどの場合2回程度です。ステージ上はセットも照明も準備が進んでいるので、簡単に入ることもできません。
――齋藤さんは当日はどのような役割になるのでしょうか?
齋藤氏:
自分もカメラマンとしてカメラを振っています。
今回の紅白はカメラバランスシステムでのショットが多いように思いました。なぜでしょう?
齋藤氏:
今回の機材配置として、カメラ19台、カメラマン16人、うちカメラバランスシステム4台(1台はAR用)/3人、というのが構成でした。カメラバランスシステムは1台がワイヤレス、2台が紐付き(ワイヤード)です。
この台数的には例年と変わりもなく、実はカメラバランスシステムのショットが多いとは思っていません。ただ、1カットの尺は長くなっているかもしれません。
辻氏:
出演アーティストの曲調の変化もあると思います。人数が多いグループアーティストの場合には、それぞれを横に流しながら撮るようなショットが求められたり、寄ったり引いたりのメリハリが曲調的に求められたり。あとはMVから来るイメージとかも鑑みて、寄って引いてをワイドでできるという意味では、カメラバランスシステムを使って長尺で回すようなショットが求められているような気がします。
最近のK-POPのMVのように、ダンスと人の入れ替えをセンターワークの押し引きで見せる場面が多いと必然的に長いカットになるのではないかと思われます。
――それにしても、「おもかげ/Vaundy」はすごかったと、私の周りでも聞いていますし、私自身も、ここまでやるかーと思うほどのカット割りに見えました。1番分まるごと1カットですよね。
齋藤氏:
実はこの曲のカット割りに関しては、ディレクターたってのお願いで、オペレーターと直接コミュニケーションをとってやらせてほしいとまで言われました。このシーンのオペレーターは吉田さんという方ですが、彼も年明けからあのショットについて周りからいろいろ聞かれているようです。
――それほどあのショットは業界関係者的にも評判というか衝撃的というか、ひとつ刻まれたような映像になったのではと、個人的には思っています。客入れホールで客席に背を向けて撮る。簡単にできる演出じゃないのかなと…(笑)。
ショットデザイン上の苦労を教えて下さい
齋藤氏:
苦労というのは、あまりありませんでした。私自身もカメラバランスシステムを使う撮影の経験があるため、どのようなカメラワークが可能なのか、体の動きや向きについても理解しています。
そのうえで、細かいところはオペレーターにまかせています。撮影チーフとしては、あくまでこういう意図の画が作りたいんだ、というところまでで、細かい点はオペレーター自身が考えてくれます。
――そのオペレーターとの信頼関係も重要ですね。依頼する相手の技量も知らないといけない。それはもちろん、ペデスタルやハンディのカメラマンに対してもそうだとは思うのですが…。
齋藤氏:
はい、なので東京の局内だけではなく、地域放送局も含めて全国の局員から人選をしています。一緒に現場をこなしたことがあって、この人はこうできるよな、ということを把握したうえで、ひとりひとりの顔を思い浮かべながら人員配置やカット割りを検討していきました。
辻氏:
先にもお話ししましたが、我々オペレーターは数日前にどの曲に対してどう割られて自分がどう撮るのかを知ります。そこから設営の合間で自分のワークを検討します。そしてリハは2回。ほかの現場でも同じではありますが、「え、それだけで本番迎えるの?」というのは我々の当たり前を知らない人からすると驚かれます。
――私も驚きました(笑)。
辻氏:
そういう意味ではそれは紅白に限った苦労ではありませんが、紐付きのオペレーションでは、ケーブルの出し・回収というのがひとつ検討材料になります。必ず行った分戻らないと、ケーブルが回収できない。
――2周時計回りに回ったら2周反時計に回らないとケーブルは残っちゃいますもんね。そういう意味では上手から出たら上手に戻るというセオリーで1曲内で構成するのでしょうか。
辻氏:
いえ、曲跨ぎで回収することもあります。アーティストの邪魔にならないよう、セット転換の邪魔にならないよう、など検討することがたくさんあります。 また、客席やアーティストの近くを通ることもあるので、自分の動線確保や、怪我をしない・させない安全確保も重要です。蓋を開けてみるとグループのアーティストが思ったより広がって立っている、などのこともあります。逆にアーティストのみなさんが気を使って導線確保や誘導をしてくれることもあって、一体感も感じられることもありますね。
役割が違うお二人ですが、このショットは印象に残っている、というところはありますか?
齋藤氏:
SEKAI NO OWARIさんのバックステージからの練り歩きカットも印象に残っています。ほぼイメージ通りでカメラマンに感謝しています。
辻氏:
放送ど頭、司会のお三方がホール入りするファーストショットの担当が私でした。フィックスから始まり仮設の階段を登るとホール内、そこからステージを見下げる形になるショットは、一発目に失敗できない緊張感がありました。転んだりしても、ほかのカメラでカバーできる場所ではなかったので、初っ端転ぶわけにもいかなかった(笑)。そういう印象は残っています。
あとは郷ひろみさんがロビーから歌い始めるショットのホール内を私が担当したのですが、舞台袖から郷さんへのドリーショットではアーティストさんがカメラアピールしてくれたり、その流れで客席バックで歌うシーンでは有観客でNHKホールで紅白をやれているっていう実感が沸き、やっといつもの紅白に戻れたっていう嬉しさがありました。
お二人ともありがとうございました!
第73回紅白歌合戦は2022年12月31日19:20-23:45に渡って放送され、生放送時間は4時間20分(途中ニュース中断5分)。曲数は52曲。NHKホール内のカメラ台数は19台、カメラマンは16人、カメラバランスシステム4台、クレーン3台。
間違いなくNHKの番組の中でも一番大きな部類の生放送だろう。
齋藤氏は「年に1回のお祭りみたいなものですね」と言っていたが、まさしくその雰囲気。撮影を担当する制作推進部のエンタチームは1年間紅白に向かっていろいろと進んでいると言ってもいいだろう。
16人のカメラマンについても、どういう人選なのかを聞いてみたところ、4人は20代、50代以上は3人、ということで、若手の活躍も多くある。個人的には、絶対失敗できない花形番組、ベテランがガチガチに固めて作ってるんだろう、と思ったのだが、若手登用にも積極的。
その20代も、半分は東京以外の局からの登用だということ。全国どこにいてもチャンスがある環境はやりがいがあるだろう。
筆者はNHK局内で行われているカメラバランスシステム研修にも講師として参加したことがあり、全国各局の若手の方々と触れ合うこともあるが、彼らが何年か経って、紅白の舞台に立っていることを知ると、毎度嬉しい気持ちでいっぱいになる。カメラマンとしてアーティストの一番近くまで行けるカメラ、オペレーターはある意味でアーティストとの一体感すら感じられる。それがカメラバランスシステムを使うオペレーターの醍醐味だろう。
イチ視聴者としてちょっと残念なのは、スイッチャーが優秀すぎてオペレーターがほとんど画面上に見切れないこと(笑)。でもそれも含めてホントに全員がプロの仕事をされていると、感動すらある。
辻氏は「カメラバランスシステムの画はスパイス的な要素なので、どこでどれだけ効かせられるかが楽しさのひとつ」と言っていた。変幻自在なスパイスは、時に和食のパラリとかける山椒にも、中華料理の香る八角にも、インドカレーの刺激的な唐辛子にもなれる。これが面白さで、ハマってしまっては抜け出せない中毒者を生み出しているのだろう(筆者主観)。
兎にも角にもお話を伺っていて思うのは、明確な役割分担、それぞれの専門性、互いを信頼し想う気持ち。それを撮影チームだけでなく、他部署や外注業者、出演者にいたるまで、全員で作り上げているプロフェッショナルによる集大成であるということ。とあるフリーランスのオペレーターからは、今回の紅白が今年以降のライブや音楽番組などに影響を与えるんじゃないか、という話も聞いた。
特番だけではなく、何気なく毎日見ている番組が常にこういうプロフェッショナルによって作られ、貪欲に映像表現を向上させながら、365日放送されていることがどんなにすごいことか、片鱗を拝見できたことに、感謝したい。