はじめに
VFXを勉強されている学生さんや、VFXに興味を持っている方は、コンポジットという言葉を耳にされたことが少なからずあるだろう。背景と前景、そして様々な素材を1枚の映像に合成していくのが、コンポジターという職種のアーティストである。
ハリウッドのVFX業界で、コンポジットの分野ではNukeが標準ツールとして定着している。特に映画のVFXを手掛ける大手スタジオは、Nukeによるパイプラインを敷いている場合がほとんどである。
そんな中で、筆者がこれまでに勤務したVFXスタジオの中には、少数派ではあるがコンポジットにFlameを併用している例を目にしたことがある。また、Flameを専門とし、Flameだけでコンポジット作業を行っているアーティストに出会ったこともある。中には、2台のワークステーションの間に座り、右のマシンはNuke、左のマシンはFlameと器用に使い分けている人もいた。
大手VFXスタジオでは、多くの場合Nukeチームは大人数で構成されており、Flameチームは数名という印象であった。筆者はこれらの経験から、「コンポジットの分野では、NukeとFlameをどのように使い分けているのだろう?」という観点には常々興味を持っていた。
そこで今回は、NukeとFlameの両方に長けたVFXコンポジターの方に、お話を伺ってみることにした。
…しかしながら、このお題目に沿った画像を集めるのは困難であるため、夏のハリウッドの光景をお楽しみいただきながらお届けすることにしよう。
LAのVFX制作現場で活躍する中村氏に聞く
今回、取材に応じて下さったのは、こちらの方である。
中村貴英/Takahide Nakamura(Lola Visual Effects/Visual Effects Compositor)
兵庫県出身。2014年にHAL大阪 CG映像学科を卒業後、株式会社デジタル・ガーデン(現 TREE Digital Studio)でCGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、サンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学。卒業後は拠点をロサンゼルスに移し、コンポジターとしてキャリアをスタート。2019年12月にLola Visual Effectsに入社。「ストレンジャー・シングス 未知の世界」、「ブラック・アダム」、「スター・ウォーズ」シリーズの他、ディズニー、マーベルなどの有名スタジオやシリーズなど、合計40作品以上のハリウッド映画やテレビドラマのプロジェクトに参加。
筆者より:このコラムでは、中村貴英氏の個人の経験に基づく見解をご紹介させていただいている。ポストプロダクションやVFX分野では、経験や担当作品のジャンルなどによって様々なご意見があり、読者の方の中には異なる見解をお持ちの方もおられると思う。今回のコラムは、ロサンゼルスのVFX制作現場の第一線でご活躍されている方の、現場目線のご意見として楽しくお読みいただければと思う。
――NukeがハリウッドのVFX現場で業界標準ツールとして定着している理由は何でしょうか?
私個人は、コンポジット作業でNukeとFlare(Flameの廉価版)の両方を使っています。
Nukeはノードベースのワークフローを採用しており、大規模なプロジェクトや複雑なビジュアルエフェクトに対しても順応性があり、柔軟性も高く、コンポジット作業において効率的な作業が可能です。
例えば、複数のアーティストとの同時でのチーム作業やバージョンの管理、クライアントに提案する際のWedge作成や簡易的なテストコンプも容易に行えます。
また、Nukeは豊富なプラグインやスクリプトが利用できるため、様々なニーズに対応することができます。
NukeはNukescriptとよばれるファイル形式で作業データを保存します。これはテキストベースのファイルで容量も軽く、ファイルが壊れた時の修正のしやすさや、共有性も高いです。
またパイプラインに組み込むことも容易で、カラースペースの変換などの繰り返し作業をバックグラウンドで行うこともできます。
そのような理由から、VFX業界の多くのスタジオやアーティストが使用し、業界標準のコンポジットソフトウェアとして定着しているのだと思います。
――以前、読者の方より、「BlackmagicのFusionや、After Effectsはハリウッド映画のVFXで使われているのでしょうか?これらはNukeとはどう違うのでしょうか?」というご質問をいただいたことがあります。
私自身は、LAでAfter Effectsを使用しているスタジオでお仕事をしたことはありませんが、時々リクルーターからオファーが来ることはあります。また、プリビズの著名スタジオ等でもAfter Effectsを使用しているというお話を聞いたこともあります。
After Effectsは、タイムラインを活用して制作するモーショングラフィックスや、タイトルアニメーションにとって、とても使い勝手がいいソフトウェアです。ただしレイヤーベースのため、チーム内で分割して作業する、セットアップの使い回し、または応用という点においては、Nukeが強いのかもしれません。
BlackmagicのFusionに関しては、TVドラマ等で使っているスタジオがあるとお聞きしたことはありますが、私の知る限りでは映画のVFXにおいてはNukeやFlameのシェアが多く、Fusionはあまり多くない印象を受けます。
――Flameについてお聞きします。筆者の印象では、日本・海外を問わず、FlameはCM分野でのニーズが高く、大手VFXスタジオよりも、ポストプロダクションで採用されている傾向が高いと思います。Flameが、機能の面で映画のVFXに強いのは、どのような部分でしょうか?
大きい部分でいうと、Flameはコンポジット、カラーグレーディング、映像編集などの機能が一つのソフトで完結できる点だと思います。
Nuke Familyにも、Nuke Studioというコンポジットと編集の両方の機能を兼ね備えたソフトは存在しますが、Flameの方が長い歴史を持つこともあり、最適化されていて使いやすいと感じます。
また、「Action」というNukeにはないパワフルなノードがあります。2Dだけでなく、3Dの機能もノード内で使うこともでき、3Dライティングやカメラトラッキングも行えます。
ActionはMotion VectorやDeformなど様々な作業を一つのノード内で完結することができます。短所としては、3Dビューア―が少し見づらい点や、Actionノード内でどのような処理が行われているのかが視覚的にわかりにくいという点があり、複数のアーティストと共有するような場合には、混乱を招く恐れもあります。
Flameは主にクライアントが同席する広告業界等で使用され、Nukeは映画や動画配信系エピソードもの等、ほとんどクライアントとの対面がないプロジェクトに使われています。
私は元々Nukeアーティストなので、難しいショットやクリーンプレート作業などは、Nukeでコンポジットを行うことが多いですが、「最終的に同じコンポジットの結果を得る」という面ではNuke、Flameともに大きな差異はなく、どちらのソフトを使うかはアーティストの好みやプロジェクト、もしくはスタジオのワークフローがどう組まれているかによるものだと思います。
――ハリウッドのVFXスタジオでは、大人数のNukeコンポジターでチームを構成し、膨大なショット数を捌いていきます。しかし、Flameの場合は少数精鋭で作業している印象があります。このスタイルの違いは、どこから生じるのでしょうか?
映画のVFX作業に関しては、FlameのアーティストもNukeアーティスト同様、チームとしてショットをこなしています。ただし、多数のコンポジターにとってFlameの機能のすべてが必要ではないことから、Flareという廉価版を併用しています。
また、実際のところはわかりませんが、Flameアーティストの方がNukeアーティストよりも給料が高い傾向がある、という噂を聞いたことがあります。これはおそらく、Flameの方が歴史が長く、多くのシニアコンポジターの方が使用されていることも要因の1つではないのかなと思います。
――機能の面で、FlameとNukeの得意・不得意のようなものはあるのでしょうか?
私の経験では、下記が挙げられると思います。
Flame(Flare)
- インタラクティブ性が高くキャッシュの速度も早いため、コンポジット結果を確認する際、プレビューが高速で行える。
- Deform Meshノードは、NukeのGridWarpの機能と似ているが、Photoshopの歪みフィルターのようにブラシで直感的に画像を変形させることができる。
- 2D Trackingの精度が高い。またAxisノードを活用することで、トラッキングデータのリンク付けが簡単、また視覚的にわかりやすく行える。
- Matchboxなどのシェーダーが豊富。
- Autodesk製品との連携が容易。
- 人物の編集やマスクの作成に特化したマシンラーニングのノードが用意されている。
Nuke
- 大規模で複雑なセットアップを扱うことができる。
- 拡張性の高さ。プログラミングができないアーティストでも、繰り返し使うセットアップなどを1つのノードに整理し、使いやすくするGizmoノードを作成することができる。
- NukepediaなどでGizmo等のツールがシェアしやすい。
- マルチチャンネルがサポートされている。アルファチャンネルの扱い等に注意を払う必要があるが、ノードツリーの整理がしやすい。
- Deep Compositingに対応しており、3Dレンダリングをやり直さなくてもコンポジット側でデプスの詳細な制御が行える。
- CopyCatというノードを使い、ユーザーがマシンラーニング機能を使い、コンポジット作業を高速化することができる。
- 3Dを活用したコンポジットにも強く、カメラトラッキングやポイントクラウドからのジオメトリの作成、また3Dのライティングも容易に行える。
- プラグインやカスタムスクリプトが豊富。
- ソフトウェアのバージョンが違ってもファイルが開ける場合もある。
- Flameに比べて、ソフトウェアの年間コストが若干安い。
- Windows、Mac、LinuxすべてのOSで動く(Flameは、Mac、Linuxのみ)。
――映画のVFX作業では、色深度が要求されると思いますが、NukeとFlameがサポートしている色深度は同じでしょうか?
Nuke、Flameともに32bitの色深度に対応しています。フォーマットに関係なく、Nukeはインポートされたすべてのイメージシーケンスをネイティブの32 bit Linear RGBカラースペースに変換します。Flameは作業環境を16bit、もしくは32bitから選べる項目があります。
――ハリウッド映画におけるディエイジング(若返り処理)に代表されるビューティーワークでは、Flameが活用されているそうですが、これには何か理由があるのでしょうか。
元々、ビューティーワークはCM分野でのニーズが高く、ポスプロ作業でクライアントの前で編集することが多いことから、インタラクティブ性に強いFlameが使われる傾向にあります。
その流れから、映画での作業に関しても、フィルターの種類も豊富で、フェイシャル系での微調整がしやすいFlameが好まれているのだと思います。
――NukeやAfter Effectsを教えている学校は多いと思いますが、Flameを教えている学校は、筆者の知る範囲では、あまり聞いたことがありません。Flameアーティストの方は、どのようにしてFlameを習得してきたのでしょうか。
私の場合は、After Effects、Nukeの基礎は学校で勉強し、Flameは会社に入ってから勉強しました。また仕事以外では、YouTubeのThe Flame Learning ChannelやLOGIK.tvといったチュートリアルを活用し、勉強しました。
――最後に、「将来、コンポジターを目指したい」という学生の方は、今後どのようなことを勉強しておくと良いでしょうか?アドバイスをお願いします。
コンポジターを目指す方には、よく「カメラの勉強をすること」をお勧めしています。フォトリアルな結果を目指すためには、レンズやカメラのエフェクトを理解していることが不可欠です。また、ノードベースでのコンポジットの基礎を習得するために、早いうちからソフトウェアに慣れる訓練をするといいと思います。
学生の方であれば、Autodesk Education Communityというサービスを使うことで、無料でFlameを使うことができます。Nukeに関しても制限はありますが、Non-commercialバージョンは、無料で使うこともできます。
どちらのソフトから勉強を始めても、基本的な考え方は同じなので、チュートリアルなどを活用することで、個人でも実践的な訓練ができます。