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「トレンド」を象徴するに相応しい画像がないので、なんとなくオシャレな画像を貼ってみた

昨年9月に始まった新連載だが、おかげさまで過去2回の連載は大変な反響を頂き(ホンマかいな)、第3回は、「VFX業界のトレンド」というテーマでお届けすることにしよう。

一口にトレンドといっても様々であるが、ここではVFX入門者用に分かりやすいトピックスをチョイスし、お届けしたいと思う。もしご質問などがあればinfo@pronews.jpまでどうぞ。

バーチャル・プロダクション

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バーチャル・プロダクションでニーズが高まっているUnreal Engine(SIGGRAPHにて筆者撮影)

ハリウッドのポスト・プロダクション業界でトレンドになっているトピックスとしては、やはりバーチャル・プロダクションが挙げられる。

類似した技法自体は、過去にも複数の映画作品で実験的に使用されているが、昨今の流行のキッカケを作ったのはILMである。ILMが映画「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」で実験的に使用し、これを改良&発展させた専用施設をロサンゼルスの撮影スタジオに常設し、Disney+(ディズニープラス)「マンダロリアン」で本格的に使用したことで注目を浴び、業界がワッと飛びついた、という経緯がある。

バーチャル・プロダクションとは、VFXが絡むショットでよく使用される「グリーンスクリーンをバックに俳優やプロップを撮影する」のではなく、グリーンスクリーンの代わりに巨大なLEDウォール(下記参照)を背景に置き、「LEDウォールに映像を表示し、撮影時に一緒に撮影してしまう」という大胆かつ強引な(笑)技法である。

バーチャル・プロダクションは新しい分野なので、その仕様や用語などがいまだ標準化されておらず、ハリウッドの最先端の現場であっても試行錯誤の連続であるという。LED関連の用語1つ取っても数種類が使われており、

  • LEDパネル
  • LEDウォール(基本的にパネルと同じだが、Wall[壁]と呼ぶ人も多し)
  • LEDボリューム(モーチョンキャプチャのステージが「ボリューム」と呼ばれるので、そこから派生)
  • LEDコンテンツ(映像部分を指す)
  • ステージクラフト(ILMにおける名称。LEDボリュームと同じ、もしくは撮影ステージ全体を指す)

など、様々な呼ばれ方をしている。このあたりは、そのうちに業界標準化が進んでいく可能性もある。

さて、バーチャル・プロダクションは紛れもなく視覚効果でありVFXであることに間違いはないのだが、バーチャル・プロダクションは撮影時に行う技法なので、どちらかと言えば「撮影分野で活用される技法」とも言える。また、ある意味、特殊な撮影方法なので、広義では「特撮に含まれる」とも言える「かも」しれない。

バーチャル・プロダクションの技法としての利点はいくつか挙げられるが、SIGGRAPHのプロダクション・セッションにおけるVFXメイキング講演によれば、「最大の利点」はLED映像からの照り返しで俳優に色が反射するため、LED映像に合った照明効果が得られる点にあるようだ。これにより、単にグリーンスクリーンで撮影し、後から背景を合成する伝統的な手法に比べると、背景と俳優の馴染みが良く、仕上がり具合がより自然になる。

バーチャル・プロダクションの背景用に使用される映像は、従来のVFXで使用されている、

  • CPUベースでのレンダリング
  • 画像をレイヤー毎に出力する
  • Nukeを使用し、時間を掛けて綿密な合成作業を行ってクオリティを高めていく

という膨大な時間を費やして仕上げていくプロセスではなく、Unreal EngineとGPUを駆使してリアルタイムで処理することが多い。

そのため、バーチャル・プロダクションの分野では、Unreal Engineに精通した人材が求められるようになってきた。社内トレーニングを実施して人材育成に努めるスタジオも出始めている。

過去の本欄でレポートさせていただいたようなトレーニング・プログラムも実施されている。

最近では、バーチャル・プロダクションに力を入れ注目されていた米ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントがピクソモンドを買収という注目すべきニュースも報道されており、バーチャル・プロダクション分野への業界の注目度が伺える。

このようにバーチャル・プロダクションは映像業界で大きなトレンドとなっている訳だが、「ハリウッドのVFXスタジオの現場が、すべてバーチャル・プロダクションに置き換わりつつあるか」と言うと、そうでもない。

前述のように、バーチャル・プロダクションは撮影技法の1つである。ロケ撮影、グリーンスクリーンによるセット撮影、そしてバーチャル・プロダクションなどを組み合わせながら、VFXの作業は進行していく。

大手VFXスタジオでは、従来のVFXチームによって主要VFXショットを裁きつつ、バーチャル・プロダクションの専門部署を併設し、そのニーズやトレンドに対応しているスタジオが多い。

続:ハリウッドの現場で使用されているDCCツール

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ハリウッドのチャイニーズ・シアターでは、VFXを駆使した大作が上映されることが多い(筆者撮影)

前回の本欄で、ハリウッドで使用されているDCCツールについてご紹介したが、これに関して読者の方からご質問を頂いたので、この場を利用してお答えしよう。

質問その1:
ハリウッド映画のコンポジット(合成)分野で、FusionやAfter Effectsはどのくらい使用されていますか?

FusionやAfter Effectsは、どちらかと言えばコマーシャル、ミュージック・ビデオ、モーション・グラフィックス等の分野で使用されている場合が多いようだ。もちろん、VFXスタジオによっては、FusionやAfter Effectsを映画のVFXのコンポジットで使用しているスタジオもあるが、全体でいうと少数派となる。

ハリウッド映画のVFXにおける合成分野では、Nukeが「業界標準ツール」として定着している。大手VFXスタジオでは、Nukeによるプロダクション・パイプラインを構築しているケースが多い。

これにはいくつか理由がある。元々NukeはDigital Domainで開発されたという歴史を持ち、映画のVFX現場で必要とされる機能を網羅すべく開発が行われた。

また、Nuke開発者キットによって他の3Dアプリケーションとのアセットやファイルのやり取りやプロダクション・パイプラインへの組み込みの開発が比較的容易なようにデザインされているということも大きい。近年の映画のVFX作業で必須となっている様々な機能がカバーされており、大手VFXスタジオの合成ツールといえばNuke、という場合が多い。

大規模プロジェクトともなれば、複数のVFXベンダーがアセットを共有しながら進めていくことも多く、各スタジオがNukeを使用していることで互換性やシーンファイルの共有が容易になるということもあるだろう。

質問その2:
DCCツールで、Maya・Houdini・Nukeとご紹介されていましたが、Blenderは現場で使われることはないのでしょうか?

実は、筆者が先ごろ日本に帰省した際に、学校の先生方や学生さんからも、同じようなご質問を何回か頂いた。つまり、それだけBlenderに対する興味やニーズが日本国内で高まっているという証なのだろう。

特に先生方のお話によると、Blenderは無料であり、豊富なチュートリアルがネット上に見られることなどから、学生さんから「Blenderを使いたい、教えてほしい」という要望が増えているのだそう。

これは、あくまでも筆者の周囲という限られた範囲の情報ではあるが、「Blenderがハリウッド映画のVFX現場のツールの1つとして採用された事例」は、2023年1月時点ではまだ耳にしたことがない。また、これまで筆者が参加した映画プロジェクトの中でBlenderが活用されたという話も、まだ聞いたことがない。

筆者がネット検索してみた範囲では、Blenderをコマーシャルなどのデベロップ(テスト)の際に活用した事例はいくつかヒットしたものの、大手VFXスタジオにおける映画のVFXパイプラインで、主要ツールの1つとして採用された事例は、まだ見受けられなかった。

つまりハリウッド映画のVFXにおいて、テスト段階などで部分的に使用された可能性はあっても、実際にメインのVFXプロダクションが始まってからのショット・ワークで使用された事例は、まだ出ていないというのが実情のようである。

以上のことから言えるのは、学生の方の場合、将来ご自身が目指したいスタジオや会社で使用されているツールをリサーチしてみて、もし憧れの会社がBlanderを使用しているのであれば、どんどん触って勉強されると良いと思う。

しかし、目指したいスタジオが別のツールを採用している場合は、就活を意識し、Blenderを使用しつつも、並行して先方と同じツールに慣れ親しんでおいた方が就職には有利かもしれない。

クラウド・レンダリング

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画像はイメージです(筆者撮影)

近年、VFX業界内でもチラホラ話を聞くようになったクラウド・レンダリング。自社内のレンダー・ファームを使用するのではなく、サード・パーティの外部サービスを利用してレンダリングを行う訳である。

SIGGRAPHにおけるユーザー事例のプレゼンの際も、「このプロジェクトはクラウド・レンダリングを併用しました」という話が2018年頃から聞かれるようになってきた。

筆者自身は、自分にアサインされたタスクがクラウド・レンダリングを使用するプロジェクトに出会った機会はまだなく、実際の使用感やレスポンスなどの現場レベルの感覚は未知数である。

ちなみに、クラウド・レンダリングではないが、筆者が過去の勤務先で、アメリカ国外にある支社のレンダー・ファームを利用してみた時の話である。「レンダリングが速いので使ってほしい」ということで、計算を投げてみた。

確かに処理自体は社内のレンダー・ファームより早かった。しかし、そこから計算後のデータをロサンゼルスに転送する際、ファイル・サイズが大きかったこともありメッチャ時間が掛かり(笑)、「ああああぁぁぁぁこういう落とし穴もあるのか」と思ったものである。その辺りが、昨今はどの程度改善されているのか、非常に興味深いところである。

社内チャットにクラウド・レンダリング専用スレッドを設けたスタジオも出始めているそうで、今後クラウド・レンダリングの使用事例に関するプレゼンが、メイキング講演などでも増えてくるのではないだろうか?と期待しているところである。

リモートワークのハイブリッド化

さて。コロナによるパンデミック以降、WFH(Work From Home/自宅からのリモート勤務)は1つのトレンドとなりつつある。最も、これはVFX業界に限らず全職種共通と思われるが、ここではハリウッドのWFHの近況などをご紹介したいと思う。

コロナの収束度は各国によって異なるが、アメリカ合衆国の場合はワクチン接種が功を奏し、コロナがある程度沈静化し、市街地では誰もマスクを着用していないのが実情である。ホテルやレストラン、映画館のクルー、学校の先生など、大勢の人と接する職業の方は依然としてマスクを着けているが、一般人はほぼマスクなしである。

しかし、コロナが完全に収束したか?というと、そうでもない。筆者の友人や知人が「今週はコロナでお休み」という話は最近でも聞くし、かのジェームズ・キャメロン監督が新作映画の国際キャンペーン移動後に陽性反応が出て、ロサンゼルスでのプレミアへの出席を見合わせたというニュースも記憶に新しいところである。最近では、「風邪やインフルエンザと同様に、常に注意は必要」という実感である。

さてVFX業界のリモート事情だが、これはスタジオや会社によっても異なる。完全なWFHから、週に何日かはオフィスに出勤してくる「ハイブリッド」スタイルに切り替わったスタジオも多いようである。

オンライン飲み会、もしくは小規模の飲み会などでVFX関係者が集まると、季節柄、必ずそういう話題が出る。皆さんのお話を伺うと、週に何度か出勤することを推奨してくるスタジオ、各人に任せているスタジオ、コロナ以降オフィス・スペースを小さくしてしまったのでアーティスト用のワーク・スペースがなく、実際問題としてアーティストは全員リモート(笑)などなど、各社によってバラバラのようだ。

また、プロジェクトによっては、クライアントのご要望により、該当チームのクルーは全員オフィスへの出勤が必須という話も、映画orコマーシャルを問わず、意外とよく耳にする。

つまり、各社とも、状況によってフレキシブルに対応しているというのが実情のようだ。

友人が勤務しているVFXスタジオでは、先だってスタジオ全クルーを対象にWFHが良い?オフィス勤務が良い?ハイブリッドが良い?というアンケートを実施。その結果、ハイブリッド希望派が大多数を占めたそうである。

2023年、リモートワークの状況がどのように変わっていくのか気に掛かる点ではあるが、ハリウッドのVFX業界では引き続きハイブリッドがトレンドとなりそうな、そんな気配である。

お知らせ:もし本欄で取り上げて欲しいトピックスがあれば、info@pronews.jpまで。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。