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Scanline VFX LAスタジオの外観(画像提供:Netflix)©Netflix

話は、2年前に遡る。

2021年11月22日、NetflixはScanline VFXの買収計画を発表、その後Scanline VFXは長らく住み慣れたカルバーシティからハリウッドへ本社オフィスを移転し、そこにはバーチャル・ステージも新設されたらしい…という情報は筆者の耳にも届いていた。

しかし、ハリウッドの新スタジオ、特にバーチャル・ステージを訪問する機会はそうそうある訳でもなく、その詳細はベールに包まれたままだったのである。

が!!

この程Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」のVFXで、このバーチャル・ステージが最大限に活用され、2023年12月14日世界独占配信開始を前に、なんとなんと、バーチャル・ステージが報道陣に公開されるという情報が飛び込んで来た。

この機会を逃す手はあるまい。

という訳で、筆者はハリウッドにあるScanline VFXを訪問することになったのである。

そこで今回は、いつもとは少し趣向を変えて、「Scanline VFXのバーチャル・スタジオと、Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』での活用事例」のレポートをお届けすることにしよう。

Scanline VFX LAスタジオ バーチャル・ステージ視察

筆者は、他の報道陣の皆さまとご一緒に、初めてScanline VFXを訪問した。

Scanline VFXのLAスタジオは、"あの"ハリウッド・サインの真下に位置し、まさに「ハリウッドのど真ん中」にある。

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Scanline VFXのLAスタジオ周辺にて(筆者撮影)

前述のように、ここには数々の映画作品や動画配信作品で使用されている、バーチャル・ステージが常設されている。

このバーチャル・ステージステージは、Scanline VFXの姉妹会社で、同じくNetflix傘下のEyeline Studiosによって運営されている。Eyeline Studiosは、Scanline VFXのバーチャル・プロダクション部門という位置づけだそう。

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Eyeline Studiosのロゴ(筆者撮影)

バーチャル・プロダクションには2つのステージが

Scanline VFXのLAスタジオには、バーチャル・プロダクションのステージが2種類ある。まずはこちらを、例によって、筆者独自の現場レベルでの視点からご紹介してみよう。

LED Volume Stage

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報道陣に公開された、LED Volume Stage。ちなみに背景のLEDパネルに表示されているのは「幽☆遊☆白書」の本編でも使用された映像である(筆者撮影)

ここはお馴染み、LEDパネルによるバーチャル・ステージである。20m四方の撮影ステージに、半円筒形のLEDパネルが配置されている。

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LEDパネルにかなり寄ってみると、こんな感じ。小さな光の点の集まりだが、離れて見ると明るい映像となる(筆者撮影)

昨今、LEDボリューム・ステージ自体は世界中の様々なスタジオで採用されており、もはや珍しい存在ではなくなりつつある。

そんな中でのScanline VFXの強みは、LEDボリューム・ステージ、そしてボリュメトリックキャプチャー・ステージが同じ建物内に併設されているため、各VFXショットのニーズによってこの2つのステージを使い分けることで、表現の選択肢が広がる点にあるという。

Volumetric Capture Stage

デジタルカメラ170台が直径8mほどのステージに配置された、ボリュメトリックキャプチャ・ステージ。各カメラの解像度は4Kから6Kで、24FPSだそう。中央に俳優が立ち、ここで演技のキャプチャを行う。

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周囲および床はLEDパネルで構成され、俳優は中心部分(演出によっては上下稼働式)に立って演技を行う。円筒状に配置された膨大な数のデジタルカメラが見える(画像提供:Netflix)©Netflix

興味深いのは、ボリュメトリックキャプチャ・ステージとLEDパネルの併用である。ステージの周囲および床はLEDパネルで構成され、Unreal Engineから出力される映像が映し出され、俳優は映像に合わせて演技を行う。俳優には、LEDからの光によって自然な照明効果が得られる。これが、最終的に映像が完成した際、背景画像と同じライティングの、大変馴染みの良い映像が完成する。

各カメラはレンズが異なり、顔面のクローズアップ用、衣装のディテール用、などの「役割分担」が決まっているそうだ。

なぜカメラの台数が170台なのか?という筆者の質問に対しては、こんな返事が返ってきた。

最初は80台のカメラで、テストを開始しました。それから、試行錯誤を重ねながら上記役割分担のカメラなどを追加、結果現在の170台に落ち着きました。

これらのカメラで撮影されたデジタル画像は、フォトグラメトリによって高解像度のポリゴンメッシュが生成され、カメラから得られたテクスチャーによってハイディテールが得られる。

服のしわや皮膚のディテールなど、我々専門家が見ても実写と見分けがつかないクオリティを実現している。ツールはすべて自社開発だという。

このステージは第1世代で、俳優1人のキャプチャにのみ対応しているが、現在第2世代のシステムを開発中で、複数の俳優にも対応、また俳優の動きに合わせて全てのカメラが追従するなどの壮大なプランが盛り込まれているそうだ。

そもそもこのアイデアは、どこから?なぜボリュメトリックキャプチャ・ステージに着目?

Scanline VFXは1989年にドイツにて設立され、CEOのステファン・トロジャンスキー(Stephan Trojansky)氏が自ら開発した流体シュミレーション・ツール「Flowline」を武器に、ハリウッドでは特に2000年代中盤頃から「流体の表現と言えばScanline VFX」と言われる程の信頼と実績を築き上げたVFXスタジオである。2007年にはFlowlineの開発が評価され、アカデミー賞の科学技術賞を受賞したことでも知られている。

nabe2nd_08_06 ステファン・トロジャンスキー氏(画像提供:Netflix)©Netflix

そんなVFX開発畑のご出身のステファン・トロジャンスキー氏が、なぜボリュメトリックキャプチャ・ステージに着目したのだろうか?

これには、コロナの影響があるのだそうだ。2019年12月にコロナのパンデミックが始まった頃、映画の撮影はストップし、VFX業界は一時的にシャットダウンせざるを得ない状況に追い込まれた。そんな中でScanline VFXは、間もなく全社でリモートワークに切り替えることに成功、制作を継続していた。

しかし、「いつ収束するかわからない、この状況」に立ち向かうために、ステファン・トロジャンスキー氏が考案したのが、このボリュメトリックキャプチャ・ステージなのだそう。

様々なVFXニーズに対応が可能なだけでなく、撮影の際には大人数のクルーが集まらなくとも、ソーシャルディスタンスを取った最低限の人数のクルーと、俳優1人がボリュメトリックキャプチャ・ステージに入り、監督は例え海外に居てもリアルタイムで指示を出しながら撮影を継続することができた。

その結果、このボリュメトリックキャプチャ・ステージはさまざまな映画作品で活用されるようになった。

これらの作品ではボリュメトリックキャプチャ・ステージが活用され、特に「ザ・フラッシュ」では150ショットあまりのVFXで使用されたそう。

アクション俳優からも評判

ボリュメトリックキャプチャ・ステージは、実際にここで演技をキャプチャしたドウェイン・ジョンソンなど、ハリウッドのアクション俳優からも、大変評判がよろしいという。

特に、空を飛ぶショットのような場合、これまでの伝統的な撮影手法では、体にワイヤーをつけて吊り上げて撮影する必要があった。撮影時には体の特定部位へ重量が集中するのを軽減するリグを工夫したり、怪我を防ぐための安全対策などを最大限に配慮する必要があった。

しかしLEDパネルに囲まれたボリュメトリックキャプチャ・ステージではそういった心配がなく、空を飛んでいる映像に囲まれながらキャプチャを行うので、俳優も「本当に飛んでいるかのような」心境で演技をすることが可能となる。この点も、俳優陣からの評判に繋がっているそうだ。

Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」での使用事例

さて、スタジオ施設の視察の後は、Eyeline Studios主要クルーによるプレゼンテーションが行われ、Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」での使用事例の紹介が行われた。

「幽☆遊☆白書」 VFXスーパーバイザー坂口亮氏は語る

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坂口亮氏 「幽☆遊☆白書」グローバル・VFXスーパーバイザー/Scanline VFX(画像提供:Netflix)©Netflix

坂口氏:

今回は、オーバーオール・VFXスーパーバイザー(Over All Visual Effects Supervisor)として、「幽☆遊☆白書」に参加しました。この作品は制作に3年間を費やしました。
なぜ、この作品が特殊だったのか?それは、日本のプロジェクトで、本当の意味で、ハリウッド・レベルでのVFXプロジェクトによって制作するという初めての事例だったからです。
今回、「幽☆遊☆白書」に世界6か国(アメリカ、日本、韓国、カナダ、インド、オーストラリア)からVFXベンダー10社、プリビズ・ベンダー4社、俳優の3Dスキャンをするためのスキャン・ベンダー4社が集結しました。僕は、これを「グローバルVFX」と呼んでいます。Netflixサイドも、「世界のトップ・クオリティでVFXを仕上げることが前提」という意気込みでプロジェクトをスタートしました。
世界6カ国のVFXベンダーと作業を行う際、メインベンダーであるScanline VFXのVFXスーパーバイザーはScanline VFXソウルオフィスにおり、日本のタイムゾーンで作業を進めていきました。
皆さんも原作でご存知のとおり、戸愚呂兄弟のVFXが非常に難易度が高く、非常にハイレベルなVFXが必要になりました。それが、Netflixが今回グローバルVFXチームを編成することにした、最大の理由です。そして、Scanline / EyelineとNetflix日本によるサポート体制の中でプロダクションが進められました。
しかし、この作品はScanline VFXにとっても、ハリウッドにとっても、大変難しいプロジェクトでした。技術的なチャレンジもたくさんありました。その中で、ボリュメトリックキャプチャは、この作品のキー・テクノロジーでした。
VFXショットによって、LEDボリューム・ステージで収録するのか、ボリュメトリックキャプチャ・ステージで収録するのか、テクノロジーを使い分けました。

Eyeline Studiosによるプレゼンテーション

ここでは、

  • ポール・デベビック(Paul Debevec)CRO/Eyeline Studios
  • ヤン・ヘイスブレヒツ(Jan Huybrechs) Volume Capture Supervisor, Processing/Eyeline Studios
  • コーニー・セィウ(Connie Siu) Virtual Production Producer/ Eyeline Studios

の各氏が登壇した。

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LEDボリューム・ステージにて。左から、ポール・デベビック氏、ヤン・ヘイスブレヒツ氏、コーニー・セィウ氏の各氏(筆者撮影)

12月14日より世界独占配信されるNetflixシリーズ「幽☆遊☆白書」。この作品のVFXでは、このボリュメトリックキャプチャ・ステージが最大限に活用されている。

日本における主要撮影が完了し、ラフカットが終了した段階で、月川翔監督、俳優の滝藤賢一と綾野剛の各氏が3名で渡米。Scanline VFXのボリュメトリックキャプチャ・ステージにおいて、キャプチャ・セッションが2週間に渡って行われたという。

日米のクルーによるキャプチャ・セッションの期間中、Eyeline Studiosのクルー達が驚かされたのは、「日本人の監督と俳優達の勤勉さ、事前準備の徹底、そしてデジタル・テクノロジーに対する柔軟度と理解の姿勢」だったという。

ヘイスブレヒツ氏:話す言葉や文化が異なる日本チームと、Eyeline Studiosのクルーの間に「壁」は全くなく、キャプチャの収録は大変スムースに進行しました。もしかしたら、ハリウッド俳優と仕事をした時よりも、壁を感じなかったかもしれません。日米のスタッフ両方が「みんなで良い作品を作ろう」という姿勢を貫き、それが非常に良い結果を生み出しました。

セィウ氏:Scanline VFXは、これまで主に英語圏のVFX作品を多く手掛けてきました。全てのセリフが日本語の映画は、今回が初めての経験でした。英語圏のVFXアーティスト達にとっては、日本語を話す時の独特の顔の表情、口の形なども馴染みがない分、チャレンジが要求されました。
しかしながら、Scanline VFXは世界各地に拠点があり、インターナショナルな現場環境です。国際的なプロジェクトにも対応しやすい文化があります。今回の作品を通じて、日本のプロジェクトを受注することに自信が持てると同時に、より親近感が湧きました。今後、また日本のプロジェクトでお仕事ができる機会が楽しみです。

デベビック氏:テクノロジーは常に進化し続けています。新しいテクノロジーを、いかにフィルム・メイカーやストーリー・テラーと共有し、クリエイティビティに活用していただくのかが、我々の役割となります。LEDステージのテクノロジー自体は、古くは映画「ゼロ・グラビティ」(2013)の頃に初めて使用されましたが、今や主流テクニックの1つとなりつつあります。そしてボリュメトリックキャプチャ・ステージも、様々な表現の可能性を広げ、これまでは不可能だった表現を実現していく強力なツールとなることでしょう。

※ちなみに、デベビック氏はHDRIの生みの親であり、SIGGRPAHでの論文発表やプレゼンテーション等で世界的に有名な研究者としても知られている。デベビック氏のホームページはコチラ

今回、ボリュメトリックキャプチャ・ステージにおいて、戸愚呂兄弟の弟役を演じた俳優の綾野剛氏は、「顔の演技だけに集中することができた」と、報道陣向けのビデオクリップの中で感想を述べていた。

綾野氏:いつもは指先の動きまで意識してお芝居をしています。今回は、ボリュメトリックキャプチャ・ステージの中央に立って、体を動かずにお芝居して、顔の演技だけに集中することができました。これはむしろ、俳優としては、とても贅沢なことです。これによって、表現の幅がものすごく広がりました。映像を1秒でも多く見てほしいです。

ちなみに、セィウ氏によれば、この成果がとても顕著に見られるのは、「幽☆遊☆白書」のエピソード4と5なのだそうだ。当コラムをお読みになられた読者の方は、該当エピソード4と5を要チェック!である。

また、月川翔監督は、同ビデオクリップの中で、

月川監督:一番高いクオリティで撮影ができるというのが嬉しかった。行く前は「グローバルなスタッフとやると、とんでもない機械とかがあって、全てを自動的に解決してくれるのかな?」と思っていましたが、実際現場に入ってみるとそんなことではなくて。やっぱり、地道なことの積み重ね以外にはクオリティを上げようがなくて。日本チームが現場で丁寧に丁寧に演技をキャプチャして素材を集めていくということをして、そのキャプチャ素材を基に、今度はハリウッドのVFXチームが、またそこから丁寧に丁寧にVFX作業を積み重ねていくっていう。このプロセスを踏めたっていうのが、海外のチームと一緒にコラボレーションできた有意義な点だったと思います。

というコメントを述べていたのが印象的であった。

おわりに

さて、今回はScanline VFXのバーチャル・スタジオと、「幽☆遊☆白書」での活用事例を紹介させていただいたが、いかがだったであろうか。

Scanline VFXは、「世界で最も革新的なVFXスタジオ」との呼び声が高いという。筆者が、長年ハリウッドのVFX現場に居て、Flowlineの開発実績やVFX作品での使用実績、そしてコロナのパンデミック時に「他のVFXスタジオに先駆けて全社レベルでいち早くリモートに移行した」という米メディアによる報道、そして今回のバーチャル・スタジオの使用事例などの経緯を実際に見てきて、これは疑うべくもないだろう。

Scanline VFX、Eyelines Studiosの今後の飛躍が、楽しみである。

Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」が2023年12月14日より世界独占配信。

©Netflix

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。