
映画やテレビなどで多用される無線マイク。ただし、音質やチャンネル数において十分な性能の機種を求めるとなると50万円以上であった。これに応える低価格帯の製品がDeity社の「THEOS」(ティーオス)だ。
世界中の電波法に従った設定が自動的に行われ、安心して撮影が行える
さて、このTHEOSシリーズが、なぜ世界中で絶賛されているか。それは、業界で標準とも言えるソニーのUWPシリーズと同等のサイズで、500MHz帯〜900MHz帯までの広い周波数バンドが利用でき、各国の周波数割り当てに合わせてチャンネル(周波数)をセットして使えることにある。具体的には、利用する国を受信機メニューかスマホアプリで選択することで、自動的に周波数が制限され、各国の法律に抵触することなく安心して使える点にある。
国内では、免許や許可が必要ないB帯だけでなく、別の広い周波数帯であるA帯(有料の登録制)の対応予定がある(本製品は、日本国内においてはB帯専用機として販売され、海外においては現地の周波数帯に応じて使用が可能。A帯については、今後発売が予定されている)。
A帯は無線局としての免許が必要で、初期の申請費用のほか、年間の管理料と電波使用料が必要になる。ちなみに、8台のマイクを使う場合、初期費用(最初の1年間)は15万円ほどかかり、その後は年間6万円ほどである。
A帯を使った場合には、その場所では特定の周波数を独占できるため、混信の危険性はない。ないと言ったが、実際には劇場やスタジアムなどA帯を常設している場所では、そこで使っていない周波数を教えてもらい、十分な周波数の差を設けて運用することになる。
しかし、A帯は、B帯のように誰もが使える周波数帯ではないので、現場の管理者と打ち合わせることで混信のない安全な運用ができる。ちなみに国外では、日本のような過密な無線運用は行われていないため、使ってもいい周波数帯であれば、かなり柔軟に無線マイクを使えるとのことだ。
新登場の高音質送信機「DLTX」はLEMO3pin XLR仕様
本命はこれだ

日本の電波法に準拠するのに時間がかかったため、THEOSは海外から遅れること2年、やっと国内で買えるようになった。その間、実は新しい仕様の送信機が登場した。従来の送信機はDBTXで、3.5mmジャックによるプラグインパワー方式だ。これはUWPなどと同じ端子となるが、標準のプラグインパワー仕様なので、一般的なコンデンサーマイクが使える。ゼンハイザーの送信機と同じ仕様だと言える。プラグインパワーは5Vなので、ほぼ全てのマイクが使える。
一方、新登場したDLTXはLEMO(3pin)のファンタム+48V仕様のバランス入力が採用されている。つまり、標準のXLR端子(キャノン端子)の変換アダプター(DLTXセットに同梱)を介すと、ゼンハイザーMKH416など、プロ用のコンデンサーマイクが使える。もちろんバランス型での接続で、ファンタムは+48Vと+5Vが切り替えて使える。DLTXは、従来のDBTXよりも音響性能が高く、マイクゲインは+48dBまで上げられる(DCTXは+30dB)。

DLTXには、LEMO仕様のW.LAV pro(同社の高音質ラベリアマイク)が付属するほか、オプションで他の形式への変換アダプターが用意されている。ただし、3.5mmプラグからLEMOへの変換アダプターは用意がない(メーカーに要望は出しているが)。
ただ、付属のW.LAV proの音質は驚くほどよく、SANKENのCosシリーズやDPAのラベリアマイクと比べても、おそらく差はわからないだろう。メーカーによると、DPAと比較した場合、最大音圧はDPAに敵わないというのが差異とのことだ。ソニーのECM-77よりも音がいい。これは私の感想ではあるが、他の録音技師にもテストしてもらってフィードバックでも、私と同様に音質の良さが確認できた。
実際に筆者が映画でW.LAV proを使った経験で言えば、ラベリアマイクとは思えない豊かな音像に驚き、他のマイクを排除したくらいだ。私見で言えば、このW.LAV proだけでも購入するべきだと思う。
LEMOコネクターの拡張性は録音に大きな可能性をもたらす
さて、LEMOコネクター(つまりXLR入力)のマイクはほぼDeity社に限られるので、単一指向性のラベリアや低感度のヘッドセットマイクなどの運用はどうしたらいいのか?
実は、最近のラベリアマイクは「マイクロ ドット(2pin)」という汎用コネクターを採用してきている。前述のプロ用メーカーのSANKENやDPA社もマイクロ ドットを採用している。
マイクロ ドットコネクターは、もともと高周波通信用のコネクターとして開発され、高い接続性能を持っている。3.5mmプラグは、もともと民生用の音響コネクターで、接点が点で接しているだけだ。それゆえ、接点が劣化したり、汚れるとマイク性能が下がったりする。具体的には、接点が汚れたり、劣化するとインピーダンス(音響的な抵抗値)が上がり、マイク感度が変わったり、周波数特性が劣化したり、S/N比が悪くなったりする。
つまり、マイク性能を十分に引き出せず、レコーダーの性能も引き出せない。高価なプロ用のマイクを使っていたとしても3.5mmプラグでは低い性能で使っていることになりかねない。一方、マイクロドットは面接点なので、上記のような問題が回避できる。それゆえ、プロ用メーカーではマイクロ ドットコネクターを採用しているということだ。
DLTXでは、マイクロドット→LEMO変換アダプターが用意されており(オプション)、プロ用マイクが使えるようになっている。また、Deity社からもマイクロドット仕様のラベリアマイクが複数用意されている。つまり、高いマイク性能を経年劣化の影響を極力減らし、マイクとレコーダーの本来の性能を引き出すために、このような仕様で作られたということだ。
実際の運用は、普通の無線マイクと同等
受信機で送信機のバッテリ残量が見え、各種設定も受信機で行える
さて、実際の運用でいつも悩まされるのが、送信機を役者に付けてしまった後にバッテリー交換やゲイン調整、周波数変更を行うことだろう。THEOSは、送信機と受信機の間でBluetooth通信を行い、各種設定をすることができる。これは音声転送とは別に行われるので、Bluetoothの通信距離の制約は、設定変更時にだけ生じる。
受信機で各種設定・バッテリー残量の確認、設定変更が行えるのは非常にありがたい。特に周波数変更は、受信機で設定したものが自動的に送信機へ送られて変更されるのが便利だ。言い換えると、送信機を操作するのはバッテリー交換時くらいだ。
さらにスマホアプリを使うと、休憩時に送受信機をスリープ状態にできるので、バッテリーの温存も楽にできる。スマホアプリからは、上記の様々な設定変更も、もちろんできる。
タイムコード同期と32bit Flout録音できる送信機
超高音質で録音可能で、プロ用レコーダーの別録音が必要ない

Deity社と言えば、カメラ用のコンデンサーマイクとタイムコード同期システムで有名だ。THEOSは、同社のタイムコード同期システムが搭載されており、カメラに同社のTC-1(タイムコード端末)を繋げば、THEOSの送信機で録音した音声を編集時に簡単に同期できる。タイムコード同期は、最近の動画編集アプリであれば搭載されており、ほぼボタン1つで動画と音声がリンクされる。
ビデオグラファーの多くが無線マイクの出力をカメラに直接入れているわけだが、この場合、音質はカメラの音響性能に縛られる。簡単に言えば、カメラに入れると音は大幅に劣化してしまう。これを回避するにはTHEOS相当以上のレコーダーで録音しなければならないわけだが、そういったプロ用レコーダーは高価だし、ワンマン運用には向かない。
そこでTHEOSの内部録音を使うことを推奨したい。48KHz 32bit Floutで記録され、音質も非常に良い。送信機内で録音する場合、送信機で録音オンオフを行うほか、スマホアプリからも行える。まぁ、メーカーには受信機からそれができようにしてほしいと要望は出している。
実際にやってみると、そもそもタイムコード同期を行うのにスマホアプリが必須となり、そのアプリから録音制御もできるので、非常に簡単かつ確実だ。複数の送信機を使う場合でも、スマホからワンボタンで全ての送信機の録音オンオフができる。これも非常に便利だ。
ショットガンマイクに直接刺せる
プラグオンタイプDXTX
ショトガンマイクなどに直接させるプラグオンのDXTXは、小型で軽量な送信機である。DBTX(前述のボディーパック型送信機)などと同じく、内部で24bit/32bit Float録音しつつ、受信機へ高音質な音声伝送を行える。もちろんファンタム+48Vも搭載されている。単3乾電池2本で運用する。
プラグオンタイプの送信機はソニーやゼンハイザーなどからも発売されているが、THEOSのプラグオン送信機はアンテナが外付けになっているのが特徴だ。ソニーなどはそのアンテナがボディー内に収納されているのだが、実はこの方式には欠点があり、マイクへの電源供給の近くにアンテナがあると、マイクによってはRFノイズが音声に混入してしまう。筆者の持っているマイクではゼンハイザー816をRodeのNewsShooterで運用した時に問題が出る。
一方、THEOSのDXTXはその点が考慮されており、アンテナをボディー外へ出すことでRFノイズが入りにくくなっている。
交換可能なアンテナと、運用範囲を大幅に広げるアンテナシステム




さらに、THEOSには、外部アンテナシステムが用意されている。複数の受信機を1対(2つ)の高性能アンテナで運用することができる。具体的には、2つのバタフライアンテナ(ダイバーシティー無指向性・高利得・パッシブ)が用意されており、THEOSの受信機にダイレクトに接続可能だ。セットにアンテナ2枚のほか、アンテナ設置用クランプ、受信機接続用ケーブル、そして次に紹介するアンテナ・ディストリビューターへの接続ケーブルが同梱されている。
複数の受信機で上記のアンテナセット使う場合には、最大4台の受信機との接続を行うアンテナ・ディストリビューターだ。アンテナ・ディストリビューターは、今後発売予定のアクティブアンテナ(ブースター内蔵)への電源供給が行える仕様だ。
さらに、上記の分配ユニットと受信機、レコーダー等へ電源を供給するパワーデリバリーユニットも用意されている。非常にコンパクトで、電源はUSBモバイルバッテリーやVバッテリー、D-tap端子などから供給可能だ。
実際にはミキサーバッグに収まってしまうサイズで、アンテナにはミキサーバッグに取り付けできるクランプなどが付属している。ZOOM F8シリーズなど、上位のレコーダーはヒロセ4ピンコネクターで電源を供給できるようになっているのだが、このパワーデリバリーユニットは、そういった音響機器へ効率よく電源を配分してくれる。
まとめ
THEOSの送受信機セットだが、3.5mm入力タイプが約18万円、LEMOタイプは約25万円。価格は高いが音質ではLEMOタイプがおすすめだ。プロ向けの商品ではあるが、とにかく音質の良い無線マイクであり、自然の音を録音するにも使えるほどの製品だと言える。
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