「撒き餌レンズ」の実力は如何に?
今回取り上げるのはキヤノン「EF50mm F1.8 STM」。この50mm F1.8というレンズは、EFマウントが世に出た1987年に初めて製品化され、それから38年間の長きにわたってほとんど同じ設計を維持しつつ、2015年にAFの駆動方式をSTM(ステッピングモーター)に変更した現行商品に引き継がれています。
今回はキヤノンマーケティングジャパン株式会社から現行商品をお借りすることができました。
さて、このレンズを形容する際によく言われるのが「撒き餌レンズ」という言葉。カメラを始めたばかりの初心者、ビギナーが最初に手に取りやすい1本として、戦略的に低価格で販売することでユーザーの敷居を下げる「撒き餌」の役割をかねているという側面から、いつからかそう呼ばれるようになりました。
こうした「撒き餌レンズ」は、その価格の安さや開放F1.8というような「妥協した」スペックによって、ハイアマチュアやプロからは一段下に見られがちなカテゴリーですが、実際のところはどうなのでしょうか?
レンズスペックは質実剛健
スペックは5群6枚とこのレンズが登場した1987年では標準的な構成。非球面や高屈折率の素材を使用しないベーシックなもの。スペックを冒険せずにまとめることで、性能を妥協せずに小型軽量と低価格を実現しているという点は「プロダクトとして非常に優秀である」という印象を持ちます。
また、世代を重ねるごとに熟成もされており、今回お借りしたSTMバージョンは最新の現行品となりますが、モーターがステッピングモーターに変更され、またマウント部分が初めて金属パーツとなるなど、「撒き餌レンズ=安物」というイメージも払拭する完成度になっています。
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チャートにて描写をチェック
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開放はやや甘さと周辺減光が見られますが、欲張らない開放値もあってか無難にまとまっています。樽型の歪曲もありますが、これはキヤノン純正カメラ、あるいはソフトにて補正すれば簡単に修正することができます。絞り込むとスッキリしていき、様々な撮影環境に対応できる優秀な性能を示していると言えます。
カラーチャートをチェック
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ブリージング
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やや気をつけた方がよさそうなのは、レンズのブリージングについて。前回のContax Planar 85mm F1.4もブリージングの大きさが問題になりますが、このレンズはさらに大きなブリージングが発生します。流石にこれだけはっきり出るので絵作りの中で焦点移動がある場合は少し注意した方がいいかもしれません。
F1.8でレンズフレアを検証
レンズフレアをチェックしてみましょう。青いフレアが発生しました。フレアとしては比較的おとなしめな印象です。また画面全体のハレーションもそこまで多くなく、全体としては使いやすい方だと思います。
チャートを使ったレンズテストでは、補正前提の歪曲などはあるものの全体的に非常に優秀なレンズだという印象。開放でもやわらかくなりすぎることはなく、また変な癖もないのでオールマイティに使えるレンズだと思います。そしてまさにこの点が「撒き餌レンズ」の真髄たる部分ではないかと思うのです。
最初に手に取るレンズがただの安物ではなくきちんと映るものであるからこそ、ユーザーがカメラを使う楽しさを知ることができます。結果、カメラとの長い付き合いが始まれば、「餌を撒いた」甲斐があると言えるわけです。
動画撮影の基本に立ち返る。「フィルターワーク」とは?
さて、低価格で良く写るこのレンズの良さをきちんと引き出して動画を撮るために、改めて動画撮影時の基本的な仕組みについておさらいしたいと思います。
今回、マルミ光機株式会社から「EXUS NDフィルター」と「ブラックミスト」をお借りすることができました。「安価なレンズにきちんと手をかけて撮影する」というテーマでこれらのフィルターがなぜ動画撮影のクオリティアップのために必要となるか解説させていただきたいと思います。
NDフィルター:動画における露出のコントロールについて
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一般的にカメラの露出をコントロールする方法として、
- 感度
- 絞り
- シャッタースピード
の3要素を組み合わせるというのが基本なわけですが、動画においてこれらの数値はなかなか自由にはなりません。まず感度ですが、多くのシネマカメラのLog撮影モードではセンサーの性能をフルに引き出すため、ISO800やそれ以上の感度で固定して撮影することが推奨されています(カメラによってはISO100などの低感度を使うこともできます)。
絞りは表現を優先して深度の浅いシネマチックな表現を志向するなら、ここは開放やF2.8くらいまで開けておきたいところ。
そして最後にシャッタースピードです。動画でのシャッタースピードは「心地よい残像感」と「フリッカー対策」「露出コントロール」という3点を念頭に置いて一般的には1/50や1/100で固定することが多いかと思います(関東の場合)。
動画を撮るときにいちばんの問題がこのシャッタースピードで、一般的には動画撮影ではシャッタースピードは固定で撮影することになります。また、感度も固定となると撮影時に調整できる項目はほぼ絞りだけになってしまうことが多いのです。しかし、ISO400〜800、シャッタースピード1/50といった設定で絞りを開けようとすると、晴天屋外では簡単に露出オーバーになってしまいます。
日中屋外ND比較テスト
簡単なテスト撮影をしてみました。晴天屋外で感度をISO400に固定し、露出を適正にするために絞りとシャッタースピードを調整してみます。絞りで適性を得ようとするとF22と、かなり絞り込む必要があります。またシャッターで調整するとカメラの上限である1/2000でも足りずにF4まで絞りました。
絞りF22の動画をみると、手前から奥まで全てくっきりとピントが合っており、これはこれで悪くありませんが意図した映像とは違うものになってしまっています。シャッター1/2000では看板の照明や信号が明滅を起こし、また歩く人間の残像もくっきりとしています。YouTube等ではよく見る質感ですがお世辞にも「シネマチック」とは言い難く、チープな映像になってしまいます。
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そこでレンズの前面にNDフィルターをつけてみます。今回提供いただいたNDは1/4、1/32、1/64の3種類。それぞれ2段、5段、6段の露出補正に対応しています。今ISO400、絞りF2.8、SS1/4000の映像の絞りとシャッタースピードを適切に変化させるには、
- 絞り F2.8→F1.8:1.3段
- シャッタースピード 1/4000→1/50:6段
と、7段以上も露出を落とす必要があります。ここでは1/64と1/4の2枚を重ねがけし、8段落とす(1/256相当)ことでほぼ適正露出としました。晴天屋外で絞りを開けるような表現をするためにはかなり濃いNDが必要になるということが理解いただけるのではないかと思います。
ブラックミスト:淡白なレンズの「味変」にチャレンジ
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もう一つのフィルターは「ブラックミスト」。これは光の滲みを発生させるディフュージョンフィルターの一種です。濃さの違いで1/8、1/4、1/2と3種類ありますが、1/8はかなり薄めでかけたことがほとんどわからないレベル。1/4はハイライトに優しく滲みをプラスしてくれます。1/2ならかなりはっきりとした効果を実感できます。
レンズそのものの収差で描写をコントロールしようとすると、絞りを多用したり、そもそもオールドレンズ中心のチョイスになったりするわけですが、フィルターワークなら絞りに依存することなく画面に柔らかさをプラスできるのがメリット。EF50mm F1.8 STMのような、クセの強くないスッキリしたレンズと組み合わせて描写に一味足す使い方がおすすめと感じました。
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テスト撮影
今回、女優の佐藤睦さんに協力いただき、サンプル動画を撮影してみました。撮影にあたってはNDフィルターでの光量調整に加えて、ブラックミストはしっかりと雰囲気を作りたかったので濃いめの1/2番をチョイス。レンズ単体ではスッキリしがちなところをふんわりとシネマチックに仕上げることができました。
また、晴天下でも絞りを開けた描写にするために最大で1/64、1/4のNDの重ねがけにブラックミスト1/2と、レンズ前に3枚のフィルターを重ねる運用になりました。
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最後に
今回のEF50mm F1.8 STMは、スッキリとした端正な描写で初心者からベテランまで幅広く楽しめる非常にベーシックなレンズ。その点を踏まえて、NDフィルターを使った露出のコントロールやブラックミストを使った「レンズの味変」で表現を楽しむという方法を紹介させていただきました。
特にNDを使って積極的に露出をコントロールすることで映像の質感に変化をもたらすという点は、写真から動画に入った人には最初わかりづらい部分かもしれません。しかし、フィルターを使いこなして丁寧に処理することで、安価な撒き餌レンズでも十分なクオリティの映像を生み出すことができるということに気づけば、レンズの楽しみ方の幅がもっと広がるのではないかと思うのでした。
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