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第2回のお題は、フォクトレンダーのNOKTON classic 35mm F1.4 II SCをチョイスしてみました。

自分も第1世代のNOKTON classic 35mmのマルチコート版をかつて所有しており、付けっ放しの常用レンズとして、とにかくなんでもこれで撮っていた時期がありました。当時は写真で使っていましたが、動画では果たしてどのような描写を見せてくれるでしょうか。

NOKTON classic 35mm F1.4 II SCは「classic」の名前が示す通り、伝統的な対称形のレンズ構成をあえて採用し、レンズ本来の描写や味わいが欲しいユーザーに向けた作りになっています。異常分散ガラスが1枚使用されていますが非球面などは使用せず、AFもないためレンズ構成はシンプルで非常にコンパクト。価格も抑えられていることで初心者が最初に手を出すマニュアルレンズとしても手を出しやすい一本。

このレンズのクラシックな設計がもたらす「味」は初心者ベテラン関係なく「エモい写真」が撮りたいユーザーにとってお勧めできるものになっています。

Voigtlander NOKTON Classic 35mm F1.4 SC II

  • 発売年 2008年(初代。リニューアルされたIIは2019年発売)
  • レンズ構成 6群8枚
  • 最大絞り f1.4
  • マウント フォクトレンダー VMマウント
  • 重量 189グラム
  • 価格 税込75,000円(希望小売価格)
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前工程「Cinemod」〜小さなレンズで動画を撮るには?〜

さて、動画、それも一応プロ向けの動画としてこのレンズを使って撮影する前に、まずはこのレンズのデザインとそれに伴って発生する、ある問題について触れる必要があります。それは今回このレンズをチョイスした大きな理由の一つとも言えるのですが、このレンズが「小さすぎる」ということです。そこで今回は企画の一環として、いくつかの追加パーツを使って「動画仕様」に簡易的に改修してみました。スチルレンズを映画仕様に改修することを「Cinemod」と言ったりします。

改修にあたっては動画でこのレンズを使う際に問題になる点である「露出のコントロール」と「フォーカスのコントロール」この2点をポイントに、動画にとっての「使いやすさ」について考察してみたいと思います。

露出のコントロール

これは写真と違って動画では基本的にシャタースピードを1/50など一定に保つ必要があり、その状況で絞りを開けた画作りをするためにはNDフィルターが必須となります。様々な焦点距離のレンズを使い分ける現場では基本的にはNDフィルターは1種類のサイズで揃えておくのが一般的で、そのためにはレンズの前径を統一する必要があります。

私は異なるレンズの前径を統一するのに、スイスの「CORDVISION」というメーカーのシネフロントリングを愛用しています。外径80mmでクリップオンマットボックスに対応させることができ、内径も77mmのねじ込み式フィルターに対応しています。今回、NOKTONの前径43mmは対応する製品がなくて小さすぎたため、43-52mm中間リングで52mmに一度拡張し、その後52mm対応のシネフロントリングを取り付けました。

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CORDVISIONのシネフロントリング
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ちなみにマットボックスを取り付ける場合は、カメラ下部にロッドを設置してロッド経由で取り付けるのが確実です。スチルレンズはレンズ自体に重量物を取り付けるような構造になっていないため、マットボックスの重みでレンズが垂れ下がって光軸が歪んだり、最悪の場合、レンズを破損する恐れがあるからです。

フォーカスのコントロール

動画をスチルと違って難しくさせている要素の一つがフォーカスワークではないでしょうか。このレンズのようにマニュアルフォーカスレンズで浅い被写界深度を使いこなすには、それなりの経験とセンス、それにメカのサポートが必要となります。NOKTONのフォーカスリングはスチルで使うにはねっとりとした操作感が非常に官能的ですが、指先で操作するので不必要な揺れが起こる可能性があります。動画でスムーズにフォーカスワークをするためにはギアを介して回転を外部に伝える方が確実です。

NOKTONは直径が小さすぎて、外部からネジで締め込むタイプのフォーカスギアは一番小さいサイズのものでも届きません。たまたま転がっていた硬質ゴム製のフォーカスギアを切り刻んでスペーサーを作成し、ギアを取り付けることができました。

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こうしてみると、レンズがどこにあるのかわからないような改造になってしまいましたが、こういった改造も動画でレンズを運用する醍醐味と言えるのではないでしょうか。ちなみにこの状態で絞りを操作しようとしても指がほとんど届きません。開放のままほとんどのテスト撮影をこなしました。

描写のテスト。シングルコートの効果は?

それではチャートを撮影して描写をチェックしてみましょう。

カメラは前回と同様に、Blackmagic DesignのCinema Camera 6Kをオープンゲートで使用。露出計、カラーメーターを使用して基準を作成しています。チャートまでの距離は3ft(約90cm強)に設定しています。

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開放F1.4の描写。解像した線の周りにふんわりとハロがまとわりついた、ミルキーな描写です。歪曲は樽型が結構あり、また周辺の減光もあります
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開放で中央部を拡大したもの。収差はありますが、細い線まできちんと解像できているのはさすが現代のレンズという感じがします
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四隅(左上)を拡大してみましたが、こちらも解像が乱れるようなことがなく、中心部とほとんど同じ描写。収差はやや放射方向に流れる傾向があり
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カラーチャート。若干イエロー味がかった色転びがあるのと、彩度が落ちて全体的にパステル調に転んで見えます。赤や青の原色は明らかにやや明度が増しつつ彩度が落ちており、全体的に黒が落ち切らずにふんわりと浮き上がっています。シングルコートの作用によるものと思われます
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F2.8の中央部。収差がおさまってスッキリした描写ですが、ふんわりとしたコントラストの浅さが残っています
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F5.6。描写の傾向はほとんど2.8と変わりません
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興味深いことに、F2.8、5.6と絞り込んでいくと最初は収差が消えてスッキリした描写になりますが、2.8以降は実は絞り込んでもほとんど描写に変化がないように見えます。シングルコート由来のコントラストの低さは絞り込んで改善するものではなさそうです。線の細さを開放と見比べてもあまり変化はなく、いわゆる「絞ることで描写の変化を楽しむ」オールドレンズというよりは「開放か、それ以外か」みたいな使い方が向いているかもしれません。

シングルコートの真髄、フレアの出方をチェック

フレアをチェックするために光源をカメラ方向に向けてみました。

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画面のすぐ外に置いた場合
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やや遠くに置き、ライトの芯をレンズに向けた場合。ある程度距離を取ってもフレアはむしろ多くなる場合もあります
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オレンジというかアンバーの強烈なフレアはさすがシングルコート。画面内だけではなく画面外に光源があっても印象的なフレアを出すことができます。

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F2.8の場合
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F4のフレア
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興味深いのは開放だけではなく、F2.8やF4でも十分に大きなフレアが入る点。絞りによらずフレアが入る(逆光に弱い)という特性をうまく使いこなすことが求められます。

モデル・実景試写

今回、女優の結木千尋さんに協力していただき、人物のテスト撮影を行いました。撮影日の天候が思わしくなく、別の日に晴天時のテストも行っています。

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屋外で撮影することで、彩度が低く、緑はイエロー系に転びがち。黒は閉まりづらいなど、シングルコート由来の癖を感じることができます。しかしながら、開放では収差もありつつ6Kでも十分に解像しており、基本性能の高さがわかります。また周辺減光の強さもわかりやすく出ています。

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再度の高いものを撮影しても色が飽和しづらいという点では、スチルより動画でより映えるという見方もできるかもしれません
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太陽を入れて大胆なフレアを入れてみます。動きの中で入るフレアが動画撮影でつかう醍醐味です
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晴天×開放はハロと浅い被写界深度がマッチしてまさにドリーミー。使いこなすには濃度の濃いNDを忘れずに
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やや絞ってF4で。周辺減光も消え、驚くほど端正な描写に様変わりします
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続いて、人物モデル撮影。

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35mmなので、大きな玉ボケというよりは背景との分離でボケが活きるのですが、条件によっては玉ボケを活かした画作りもできます。過剰補正方向のいわゆるバブルボケで、周辺でボケが流れるなど癖を使いこなすことが求められます。

また、開放でバストアップくらいのサイズで人物撮影をしてみると収差がちょうど肌のキメにマッチして美肌効果を出してくれます。人物撮影であれば積極的に開放を使うというのはアリだと思いました。

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最短撮影距離はライカMマウントに準じた70cm。撮影においてはややしんどい場合があるため、焦点工房のヘリコイド付きマウントアダプターを使用して近距離で撮影してみました。収差がやや増してよりドリーミーな空気感になったと思います。

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5-6フィート(約1.5-1.8メートル)以上の距離を取ると、ボケも柔らかくなり、扱いやすくなります。

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アンダーな条件です。NOKTONという名前ではありますが、現代のレンズに比べて暗部にとりわけ強いか?というと、まあ難しいかもしれません。しかし周辺のボケ方も面白く、使う楽しさはあると思いました。

まとめ

現行製品でありながらクラシックの名を冠するNOKTON classic35mmF1.4II SCは、往年の対称設計のレンズ構成でも現代基準で研磨・組み付けが行われたらしっかりとした優秀なレンズになる、という一つの例なのかもしれません。

開放ではハロや周辺減光がエモ味を出し、また絞っても大胆に入るフレアや歪曲収差と、ユーザーがクラシックなレンズに求める味が全て入っている「美味しい」レンズという面を持ちながら、解像度の高い繊細な描写性も持つという、隠しきれない素性の良さもあります。最初は癖の強さに目が入って戸惑いますが、潜在的なポテンシャルに気づくことができたら楽しく付き合っていけるレンズだと思います。

難点があるとすれば、このシリーズが35mmの1本しかないということで、これで動画作品を仕立てていくには同じ描写特性で標準域や望遠域などのバリエーションも欲しくなるところでしょう。

また、本体のコンパクトさは写真撮影としては非常に便利な反面、動画撮影にゴリゴリに投入しようとすると様々な困難が立ちはだかるということもわかりました。こういったCinemodの作業は手探りで自分だけのレンズに仕上げていく楽しさもあります。もちろん本体だけでサクッと取ることもできますから、普段写真で使っている方も時々モードを「動画」に切り替えて、動きの中で刻々と変化するフレアや収差を味わってみるのも悪くないのではないでしょうか。

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もちろん、ただ取り付けただけでも撮影に全く支障はないわけです。

WRITER PROFILE

湯越慶太

湯越慶太

東北新社OND°所属のシネマトグラファー。福岡出身。新しいカメラ、レンズはとりあえず試さずにはいられない性格です。