txt:江夏由洋 構成:編集部

デジタルシネマワークフローの時代が変わる

デジタルシネマの新しい形―MKレンズシリーズ。18-55mmと50-135mmの2本で全域をカバー

レンズのスペックを見て、いよいよ時代が変わるんだと確信した。次世代のデジタルシネマの撮影ワークフローが実現する。それが富士フイルムから発売になったシネマレンズのMKシリーズ、18mm-55mm、T2.9(発売済み)と50mm-135mm、T2.9(7月中旬発売予定)の2本である。驚きの価格と性能で、いよいよデジタルシネマのレンズ市場は新しい世代を迎えることになった。

高価なシネマレンズで捉えられるシネマの世界

高価なPLマウントのシネマレンズ。美しい映像は精密なレンズ技術によって捉えられている

フイルム時代から培われてきた多くの動画用のプライムレンズやシネマレンズには、その描写力の高さや現場にマッチした操作性が重視されてきた。そのためレンズには高い術力が求められ、どうしても個人で所有するような価格には収まらなかった。さらに物理的な大きさもそれなりで、従来のPLマウントのレンズであれば、一人でレンズ交換を行うのもやっとのものも多い。高価であることも合わせて、正にガラスでできた精密機械の取り扱いは常に慎重を要すると言っていいだろう。レンタル代だけで何万円もするシネマレンズには、それだけの価値とプライドが込められている。

名機ARRI/FUJINONのアルーラズームレンズ

名門アンジェニューのアナモフィックズームレンズOptimo。価格は500万円は下らない

一方でデジタルシネマを支えるスチルレンズ

もともとデジタル一眼レフカメラからスタートしたデジタルシネマ。スチルレンズはもともと高解像度に耐えうる設計だったため、そのまま動画用のレンズとして使えた

大判センサーによるデジタルシネマの撮影において、その代用となっているのがスチルレンズである。デジタル一眼レフの動画機能としてスタートしたデジタルシネマは、レンズマウントの互換性もあって、多くのカメラマンがスチルカメラのために作られたスチルレンズを使用している。もともと4K以上の解像度を捉える写真用のレンズは、多くのシーンで動画レンズとしての十分な役割を果たす。加えて市場の大きな写真の世界に流通するレンズのほとんどは、個人でも手の届く価格で売られているのが大きな魅力でもある。そういった背景も後押しとなって、ボケ味豊かなデジタルシネマの世界は、爆発的なスピードで動画撮影の時代を変えることになった。

今でも写真機として設計されたレンズマウントであるEFやMFT、X、Eマウントなど、殆どの場合スチル用のレンズの使用を前提としている。私も動画を撮影することがメインであるにもかかわらず、所有するレンズはそういった「スチル用」のレンズが大半を占めているといっていい。捉える画質は、期待通りに美しく、これらのレンズで今まで多くの作品を作り上げてきた。スモールバジェットの撮影が増える中で、高価で取り回しの大変なシネマ用プライムレンズをわざわざレンタルするまでもない、というのが多くの現場の声でもあるのかもしれない。

もはやPLマウントのレンズを使わなくても大判センサーの映像を手にできる時代。高価なシネマレンズを使わないシーンが増えている

本来ならばシネマレンズを使いたいユーザーは多いはずだが、価格や取り回しの悪さにどうしてもスチルレンズが重宝されているのが事実

しかし、正直「スチルレンズで撮影することが当たり前」になってしまったデジタルシネマの撮影には、実は多くの課題がある。もともと「静止画」を捉えるために作られたレンズであるために、「動画」を撮影する際に見えてくる問題が実は沢山あるのだ。それこそがシネマで培われてきたレンズとスチルレンズの差であるといっていい。「本当ならシネマレンズを使いたい。でも予算や規模の問題でどうしても手軽なスチルレンズを使ってしまう。」おそらく撮影に関わる人にとっては耳が痛いに違いない。

MKレンズシリーズが作り出す新しいデジタルシネマの世界

時代を変えることになるMKレンズシリーズ。驚きの価格に隠されたFUJINONの技術。一度手にするとそのすばらしさ一目瞭然だ

今回のMKレンズシリーズが新しい時代の扉を開けると実感しているのは4つの理由がある。一つは、スチルレンズでは実現しにくい光学性能、メカニカルな機構、すべてがシネマレンズ規格であるということ。もう一つはズームレンズであるにも関わらず単焦点に肉薄する画質を捉えるということ、3つ目に、驚くほどコンパクトで軽量であること。そして最後に、驚きの価格である。

今回は、一つ目に挙げた光学性能とメカニカル機構に焦点を当てたい。

全域開放T2.9で攻める、FUJINONクオリティ

開放T2.9を全域で実現し、Eマウントを採用し、驚きの光学性能を持つFUJINON MKシリーズは次世代のシネマズームレンズといえる

シネマレンズとスチルレンズの一番大きな違いは、アイリスがリニアに動かせるかどうかという点だ。スチルレンズの多くは1/2や1/3刻みのステップでアイリスの大きさが変わるに対し、シネマレンズはシームレスにアイリスの調整を行える。最適な露出を狙うには、絞りをリニアに動かせるのは非常にありがたいと感じる人は多いだろう。そしてFUJINON MKシリーズは全ズーム域において開放T2.9(F/2.8)の明るさを実現し、この開放値T2.9においても画質には大きな自信があるというのが素晴らしい。

「引きボケ」も「光軸ズレ」も一切なしの最強ズーム

「引きボケ」の心配は一切ない。バックフォーカスの調整機能も搭載している

さらに日本のレンズ技術の最高峰であるFUJINONの技術がMKシリーズにはぎっしりと詰まっている。ズームレンズというのはそもそも単焦点レンズに比べて圧倒的に設計が難しい。物理的に構成されるガラスを動かすことで焦点距離を変える仕組みになっており、稼動する範囲すべてで画質の保証をしなければならないからだ。

例えば写真用のズームレンズの場合、焦点距離によってフォーカスに位置がずれてしまう「引きボケ」がよく生じる。つまり、ズーム位置を変える度にフォーカスを確認する必要があるということだ。動画を撮影する場合にこれは非常に厄介な現象で、ズームを動かしてフォーカスがずれるということは当然ズームを活かしたコンポジションは使えなくなる。またフォーカスの確認が常に要求されるとなると、ドキュメンタリーの動画撮影などの場合カメラマンへの負担は相当なものだ。

MKレンズはこの「引きボケ」が一切ない。一度フォーカスを決めれば、どのズーム域においてもその位置がずれることはないのだ。もちろんENGのレンズのように、一番ピントがわかりやすい最テレ端でフォーカスを調整すれば、後は自由に画角を変えることができる。

光軸ズレもない。引きからのズームワークにおいて、その中心は不動だ

さらにズームによる光軸のズレも一切ない。光軸のズレというのは、ワイド端の中心位置とテレ端の中心位置がずれる現象なのだが、MKレンズは完璧な光学ズームを実現してくれる。正直これには驚かされる。

ブリージングを排除したシネマレンズ設計

ブリージングがないので、積極的に深度のコントロールを行える

そしてFUJINON MKシリーズの一番の特長は「ブリージング」の問題を見事に解消していることだ。「ブリージング」はほとんどのスチルレンズで起きる現象で、フォーカスを動かす際に微妙にコンポジションのサイズが寄り引きして、画角がずれてしまうことを言う。動画を撮影する際には、ワンカットの中でフォーカスは常に操作されているため、このブリージング起きると映像が少々醜いことになる。当然動画のために設計された高価なシネマレンズの数々はブリージングが起きないようになっているのだが、静止画を捉えるために設計されているスチルレンズではこういったブリージングがよく起きてしまうのだ。MKレンズはズームレンズでありながらブリージングを排除しており、その高精度な設計がうかがえる。

Eマウントで得た最高画質と、コンパクトなボディに込められたシネマ規格

ペットボトルとの比較。とにかくコンパクト。ほとんどの場合レンズサポートも要らない

メカニカル設計も「完全シネマ仕様」だ。1Kgを切る重量で、かつ大きさもペットボトル程度にあるにもかかわらず、そのデザインはFUJINONの上位シネマシリーズであるHK、ZK、そしてXKといったPLマウントのラインアップをそのまま踏襲している。Eマウントに対応したことで、軽量化と同時により質の高い光学設計を実現しているのだが、筐体のメカニカルは従来のスチルレンズとは全く違う構造だ。

200度のフォーカス回転角

フォーカス回転角が200度というのは、実に素晴らしい。ファインフォーカスも全く問題ない

まずはフォーカスの回転角が200度を確保されたため、今まで大変難しかったファインフォーカスがより行いやすくなっている。ミラーレス用の電子接点のスチルレンズの多くは、フォーカスを動かす速度でフォーカス位置が変わるだけでなく、角度も非常に狭いため、微妙なフォーカス操作は困難を要した。そのためオートフォーカスに頼らなければいけない場合が多かったのではないだろうか。MKレンズのフォーカシングは、そのトルク感も抜群で、満足度の高い操作を叶えてくれる。

ギアピッチも0.8Mに統一

MKレンズのギアピッチは業界標準の0.8M。フォローフォーカスの取り付け・操作も簡単だ

またアイリス、ズーム、フォーカスの3連のギアピッチも0.8Mにしっかりと統一された。このため殆どのシネマ周辺機器をそのまま使うことが可能だ。ギアそのものがないスチルレンズでフォローフォーカスを使用するとなると、別途ギアを取り付けるなど、多くのカメラマンが様々な工夫を強いられることが多かった。もちろんフォーカス操作にも「遊び」が生じてしまい、いろいろな不便は皆さんも経験があるに違いない。MKレンズであればストレスいらずで、シンプルかつシネマ従来のシステムを組むことが可能だ。

スチルレンズにつけられたギア。思い通りのフォーカス操作が組めなかった

新しいデジタルシネマの時代を切り開く

光学性能や機械性能、レンズの設計の根本からシネマレンズとスチルレンズは正に似て非なるものといっていい。それだけ「動画撮影」に必要な性能や、機能が多くある。スチルレンズをつかったワークフローが求められる現場で、MKレンズシリーズは間違いなく新しいデジタルシネマの時代を切り開くことになるだろう。

次の記事では実際に京都で行った撮影の様子を交えながら、実践的なFUJINON MKシリーズの使用感をお伝えしたい。PLマウントのレンズシリーズと見分けがつかないほどの作品をお見せできればと思っている。お楽しみに。

■富士フイルムFUJINON MKシリーズスペシャルサイト
http://fujifilm.jp/business/broadcastcinema/lens/cinelens/promotion/


[DigitalGang! FUJINONMK] 後編

WRITER PROFILE

江夏由洋

江夏由洋

デジタルシネマクリエーター。8K/4Kの映像制作を多く手掛け、最先端の技術を探求。兄弟でクリエイティブカンパニー・マリモレコーズを牽引する。