夏休みや春休み、クリスマスやお正月。劇場公開される映画のなかに「3D上映」の文字が踊る。3D上映用のプロジェクターを導入した劇場も増え、制作のことは分からなくても、メガネをかけると飛び出してくるように見える映画だということは知れ渡ってきた。さまざまな映画を3Dで観てみたいところだが、3D上映可能な映画の多くは、まだまだフルアニメーション作品が多いということも、また事実だろう。2台のカメラの光軸を平行にし、光軸の高さを合わせ、画角だけを目の幅に合わせて横にズラすという、収録におけるセッティングの手間を考慮すれば、CG作品が多くなってしまうのは仕方がない面もある。

さて、昨年秋にSoftimageを買収したAutodeskは、3ds Max/Maya/Softimageの3つの3DCGアニメーションツールをはじめ、キャラクターアニメーションツールMotionBuilder、フェイシャルアニメーションツールFace Robotなどを揃え、もはや3DCG制作には欠かせない存在となった。映像のポストプロにおいても、カラーグレーディングLustreや、VFX/コンポジティングのためのInferno/Flame/Flint/Flare、ノンリニアエディティング、フィニッシングシステムSmoke、バックグラウンド・レンダリングシステムBurnやマルチユーザーのコンポジットシステムToxikなど、制作の効率化を図るツールが揃っている。オートデスク メディア&エンターテインメントでプロダクトマーケティング マネージャーを務める林智子氏は、2008年8月以降、ステレオスコピック制作部分での機能強化について次のように整理した。

「ステレオスコピック対応機能を搭載した製品は、昨年8月のSIGGRAPH 2008でステレオカメラ機能を加えたMaya 2009を発表したのが最初です。同時にラージフォーマット・デジタルフィルムやテレビプロジェクトのためのプロシージャルコンポジティングソフトウェアToxikもステレオスコピーに対応したツールを搭載しました。SIGGRAPH 2008のオートデスクユーザー会ではMaya 2009、Toxik 2009にLustreのテクノロジーデモを加え、この3つのソリューションによるステレオスコピックパイプラインをデモンストレーションしています。翌9月のIBC 2008で、Lustre 2009の全ツールを標準でステレオスコピック制作に対応させ、カラーグレーディングを可能にしました。編集・エフェクト部分に関しては、Inferno/Flame/Flintが、2次元ではなく3次元空間内でコンポジティングを行うことができることから、以前からステレスコピック制作に活用してもらっています。機能改善とは別の取り組みとして、ステレオスコピック制作工程全体を、ユーザーを中心に業界の方が理解する一助としていただけるよう、ホワイトペーパー『Stereoscopic Filmmaking Whitepaper』もWebサイトで公開しています。オートデスクユーザーには、必要な人に日本語訳も提供しています」

CGモデルの追加で実写の奥行き感を強調

Autodeskの強みは、コンポジティング環境やグレーディング環境だけでなく3DCGツールも持っていることだと話すのは、シニア アプリケーション スペシャリストの鳥羽浩行氏だ。

「これまでのステレオスコピックの波と、今回のステレオスコピックの波との大きな違いは、実写と3Dがコンポジットできるようになったことです。ステレオカメラで収録した映像とCGツールの3D空間内で制作したものでは、効果の出方が全く異なります。そのため、カメラの2D映像を2台で収録することでステレオにし、そこに3Dの物体を加えることで初めて、3D空間がより強調されて見えてくるのです。ステレオスコピック作品は、実写だけで完結させるのは難しいのではないでしょうか。ステレオスコピックの効果をより生み出すためには、3DCGを加えることが不可欠と考えています。すべて3Dで制作するか、2Dに3Dを加える形で制作するのかにもよりますが、当社の制作パイプラインではいずれの場合も対応できます」

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Mayaでは、マーキングメニューからも立体視方式を選択して確認できる。

Mayaで3DCGのモデルを制作し、Toxik 2009で2Dイメージの3D処理をするバイキュービックイメージタイプなどを使用することでコンポジット処理を行い、最終段階でLustreを使用してスレテオ感を作り込んでいくという流れだ。

「当社が、VFX/コンポジティングシステムのステレオスコピック対応よりも先に、マルチユーザー対応のToxik 2009に2Dイメージの3D処理をするバイキュービックイメージタイプなどの機能を搭載したのは、ステレオスコピック制作が大量の演算処理を必要とする作業だからです。クリエイターも増やして平行作業をする必要もあるほどで、一部のクリエイターだけが使うVFX/コンポジティングシステムを対応させるだけでは、ワークフローをスムースにすることはできないと考えています」

ステレオスコピック技術は進化途中段階

ステレオ感を生み出すのは、撮影段階でカメラのリグ設定を行うだけでは難しいと鳥羽氏は言う。

「劇場のスクリーンで上映するのか、液晶ディスプレイに表示するのか、劇場上映であってもスクリーンサイズはどうかなど、3D上映する環境に合わせてマスタリングし直さないと、見る位置によっては、極端なステレオ感が生じたりステレオ感を失ってしまう部分が生じてしまいます。最終段階で、視差を微調整する必要あるわけです。カラーグレーディングで色を変更したりコントラストを変えるだけでも、奥行き感が変わってしまうので注意が必要です。今後は、こうした違いを把握して、上映サイズに合わせてうまく調整できるアーティストが巧いということになっていくんでしょうね」

Autodesk_Lustre2009.jpg Luster 2009によるステレオスコピック作業例
image courtesy of moviworld – uk film & tv company videolab

鳥羽氏は、今回のステレオスコピック制作の波は、実写中心の2Dベースばかりになるのであれば、これまで同様、一時的なものになるのではと見る。むしろ、積極的に3Dを加えていくことにより普及に結びつくのではないかと話した。しかし、3Dを加えるためにはまだまだツールが足りないとも言う。

「ステレオスコピックの効果を大きく出すためには、演出的にパンさせずに奥行き方向に移動させることです。ステレオ感は、画面周辺部にいくほど効果が弱まります。ハリウッドでは、ステレオグラファーというステレオ収録を専門に担当するカメラマンがいるほどで、演出的にどのようにすればステレオスコピック効果を巧く得られるかを考えて撮影しているほどです。つまりコンポジティングやカラーグレーディングの技術的な問題ではなく、演出家がステレオスコピックを演出するためのツールが不足していることが問題なんです。3Dでシーン自体を捉える機能が、3D制作段階でもコンポジティング段階でもカラーグレーディング段階でも必要です」

通常のポストプロ作業でコンポジティングをする段階では、マスクを切ることは普通に行われている。こうしたマスク作業1つとっても、ステレオスコピック制作においては、きっちりとマスクを切ることは物体のエッジがシャープになり過ぎて,奥行き感の中で違和感を生じることが多いのだという。さらに、カット感のつなぎについても、物体の空間移動につながるようなトランジションやディゾルブといった効果は使用できない。こうした編集段階の演出の制約についても、まだまだ知られていないというのが現状だ。

「各社のステレオスコピックの取り組みは、左右のカメラの映像をシンクロさせて、正しい視差を与えて、カラーコレクションをするということが中心です。これは、既存の機能を改善することによって、視差を修正して奥行き感を与えるということに注力しているわけです。ツールとして何が必要なのかという段階に至っていないような印象です。当社は今後も、3DCG、コンポジティング、カラーグレーディングまでをパイプラインとして持っている強みを生かして開発していきます」(鳥羽氏)