映像制作プロダクション業務を行っているNHKメディアテクノロジー(東京都渋谷区)は、撮影から編集、MA、CG制作、VFX、DVD制作などのコンテンツ企画・制作や、中継車やカメラのレンタルやポストプロダクション業務のほかに、映像技術開発や放送番組技術研究開発などにも取り組む総合プロダクションだ。
NHKメディアテクノロジーで、HDステレオスコピック3D制作関連を受け持っているのが事業開発センターだ。3Dハイビジョンを担当するチーフ・エンジニアの斉藤晶氏は、HDステレオスコピック3D制作の取り組みについて次のように話した。
自社開発したHDステレオスコピック3D用のカメラリグ。ハーフミラー方式(上)と平行同架方式(下)の2種類。平行同架方式は、ライブなどのマルチカメラ運用で利用している。 |
「NAB ShowにはNHK Enterprise America(米ニューヨーク)と共同で3年連続で出展し、2009年は当社で開発した3D用リグやコンバータなどを展示しました。制作プロダクションとして企業VPも制作していますし、HDステレオスコピック3Dでのマルチカメラを使ったライブスイッチングといったことにも取り組んでいます。映画『クローズZERO II』公開時に、大阪での舞台挨拶を2台の3Dカメラで撮影して、TOHOシネマズ六本木ヒルズに伝送して生上映しました。3DCGアニメーション、映画、ライブ収録の3分野のうち、今後はライブでのマルチカメラ収録など実写部分での活用が進むのではないかと期待しています」
NHKメディアテクノロジーでは、ハイビジョン立体映像に1989年から取り組み、映像制作技術のノウハウを蓄積してきた。現在、HDステレオスコピック3D収録から編集、CG制作とコンポジティング、フィニッシングまでを一貫して受けられる態勢を整えている。
現在、HDステレオスコピック3D収録専用のカメラは6式。自社開発したハーフミラー方式のリグを使用して収録を行っている。カメラを2台平行に載せ、レンズ間隔を調整可能なリグも開発。これはマルチカメラ用に使用している。左右連動したズームについても2004年に実現し、精度を上げてきている。これらは編集段階での修正作業の負荷を減らすことにもつながっていると言う。
撮影ノウハウをCG制作やポストプロでも活用
HDステレオスコピック3D制作は、リニア制作、ノンリニア制作含めて月に3~4本の制作をしていると話すのは、ポスプロ制作のチーフを務める田畑英之氏だ。CGやVFXのコンポジット作業も含めた作品制作についても、年に2~3本という状況に伸びて来ていると話す。
「CG制作は、CG空間上で撮影空間を再現しなければならないので、撮影段階のパラメータをとっておく必要があります。大規模な制作になるとスケジュールなどの制約もあり、CG制作会社に一部を依頼することもあります。空間を合わせずに制作したCGをコンポジットするのは難しいので、コーディネーション、コンサルティングという形で参加して、撮影条件に合わせた細かい指示を出しながら制作していきます」(田畑氏)
「撮影時に生じる誤差の影響は避けられない」と斉藤氏は言う。「被写体を10m先に配置したつもりが実際は10m10cmであったり、12mmレンズを使用しても実際は12.3mmであったりします。すると、映像にCGを合成してみると空間の中で違和感を生じることになります。これを修正するのには、非常にテクニックが必要です。さらに、撮影、CG制作、ポストプロがうまく連携できても、上映時のスクリーンサイズでイメージが変わることもありますね」
デジタルコンテンツの専任エンジニアである大塚悌二朗氏は、撮影時のノウハウはCG制作にも生かされていると言う。HDステレオスコピック3D制作には、オートデスクの3DCGアニメーションツールMaya 2009を使用している。
「CGの3D空間内で、ステレオカメラを実写に合わせて厳密にセッティングするのが難しいんです。実写の経験を生かして、カメラの立体映像として見える融合限界などを3D空間内で反映できるようなインハウスツールをMELエクスプレッションを利用して作成しています。2Dの映像内にCGを合成するのと違い、HDステレオスコピック3Dで3DCGを合成するのは、準備を充分にしないと想像以上に時間がかかりますね」
20年以上もHDステレオスコピック3Dに取り組んできた実績とノウハウの蓄積が、制作ワークフロー全体での連携と修正作業に生かされている。
リニア環境も併用して短時間制作を可能に
Infernoで制作するときに、ステレオスコピック3Dの効果はマスターモニタ環境で常時確認できるようにしている。
NHKメディアテクノロジーのHDステレオスコピック3D制作ワークフローは、短時間で制作することを重視して、ノンリニアとリニアを併用して進めるフローを採用している。オフライン編集段階では、アップルのFinal Cut Proなどを使用して作業を行い、そのEDLデータを使用してリニア環境でオンライン作業を行っている。尺が確定した段階で、オートデスクのフィニッシングシステムInfernoを使用して、HDステレオスコピック3Dの視差調整とプライマリ段階のカラーコレクションを行っている。3Dとして見えるようになった段階で、Mayaで作成したCGを合成したりカラーグレーディングなどを行って仕上げる。HDステレオスコピック3D映像の確認は、スタジオではマスターモニタ環境で常時行い、最終的に150インチスクリーンを設置した試写室で行っている。
田畑氏は、「Infernoは発売後まもなく導入しているので、10年近く経ちます。当初は、HDステレオスコピック3Dの制作に、Infernoは使用していませんでしたが、高機能、高品質なInfernoを使用して、カメラのパラメータを反映し、3DCGを組み合わせたHDステレオスコピック3D制作ができないかとは、ずっと思っていました。ずいぶん前からモジュールの使い方次第で、アナグリフ、Line by Line、Side by Sideと各種の映像出力ができていましたからね」と話した。今後の課題としてあげたのは、映像のマスク処理だ。「従来の映像制作では、不要な建物や木を消したりというペイント処理をしてきたわけですが、HDステレオスコピック3D制作になると、片側ずつきれいに消せているのに、何かここにあるという違和感の残る映像が出来てしまいます。今後はこういう処理部分がノウハウになってくるはずです。3Dで確認しながら左右の映像を同時に処理できるようなシステムが出てきて欲しいです」(田畑氏)
NHKメディアテクノロジーでは、裸眼立体ディスプレイへの実写映像表示や、4K解像度でのステレオスコピック3Dなど、次世代の制作に向けた研究・開発も行っているという。ワークフロー部分についても、制作本数が増えることを考慮して、現在リニア環境で行っている作業をノンリニア化したり、Infernoの作業を切り分けて平行作業できるような取り組みも検討しているようだ。今後も、開発部門のある強みを生かした制作に取り組んでいく。