プロサウンド現場の変貌とは?
現場にはPA、音声、収録など各分野の音響として様々に専業化し孤立する傾向にある様に見える。それらは必要最小限の機材、人員で運用コストをギリギリまで圧縮したい意図があり、時代の趨勢と共にその要求度合いも強くなっている。しかし要求される品質をクリア或いは更に向上させる為に機材調達費の高騰や携わる担当者の人数増、拘束時間増を行えばそれらはそのままコストアップに繋がる。つまり孤立するのは担当部署ではなく担当者自身が複数の役割を担う様になり、以前の様に複数の役割を複数の担当者が担いひとつの部署チームとして機能していたものが、担当者が一人でいくつもの役割を果たすことで個々に孤立してしまっている。
“PA”(Public Address)は、拡声が主な目的で会場内の聴衆に対して適正な音量、音質で公演や演奏の音声を聞こえる様にするのが目的で、さらに演者が自分自身の音声を確認する為のモニター音声(俗に言う「返し」)も提供する。
“音声”は、TV、ラジオ等の放送時に音声を扱う専用担当技術の事を指す。以前はイベント等では大きな組織が一手に引き受けてその中で役割分担が行われていたが段々規模が縮小されたり、イベント運営の効率化の為に組織が役割毎に分割されて要不要が明確に分けられその都度編成が組まれたりする様な状況になってきた。また内部のスタッフは置かずに外部スタッフへその都度発注する形態が増えている(少なくとも筆者が関わってきた現場はその傾向が見られる)。
“収録”は、後からMA(Multi Audio)等の処置を施して編集等に使用する為の素材の確保を主目的とする。ライブ配信と違い幾つかのテイクを撮り直す事が可能でより完成度の高める事を目的とする。様々な配信現場の実例をいくつか挙げてみる。
中継現場からのケーススタディー
■Case1:音楽録音の実況中継現場
商業用録音スタジオでの収録の模様を楽器パート毎にマルチ配信した。楽器パート毎にバランスの異なる音声を用意する必要があった、これはオーディオミキサーのバスアウト数がかなり必要になる。配信がステレオ音声なので楽器毎の8パート分では16バス必要で楽器パート毎にさらに細かく微調整しなければならない。録音スタッフ、配信スタッフ、多数の機材。台本や香盤は無し。すべてがライブに進行するのでその都度対処する。
配信音声の分配調整
- ステレオで複数の配信チャンネルへの分配
- バス数の多い可搬型ミキサーが存在しない
- 音声経路構成を現場に合わせて柔軟に変更
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多数の音声入出力を持ったハードウェア+制御用ソフトウェア
■Case2:家電メーカーのTVやビデオの新機種の紹介
展示発表会会場を閉会後に使用(設営に要する時間が少ない)。マイクロフォンはすべてワイヤレス(ラベリア&ハンド)。配信はアーカイブとして後日公開される。台本、香盤はあるがリハーサル時間が少なめなのでその場の状況に応じた素早い対応が要求される。音量調整の自動化で対応。
■Case3:幕張メッセで行われた音楽イベント
都内の大規模ライブハウスで行われた音楽イベントと合間に行われる対談を配信する。会場PAから供給された音源を配信用に加工。対談は配信用に別途用意、入れ替わりが多いのと対談場所が手狭な為、ラベリアやテーブルマイクは使用せず、頭上からステレオガンマイクで収音。
■Case4:海外からの配信、収録
海外から世界各地に向けて配信、収録する。臨時に設営した収録会場(フランス)から一旦ハブ(日本)に送りそこから同時通訳等を付加して世界各地に向けて配信。世界各地からユーザーがチャットに参加する音声と会場との音声(PA)を細かく調整する。
■Case5:地方の伝統芸能の収録
すべて野外で行われる伝統的な村歌舞伎。お囃子、舞台の組み上げや演者の台詞回しを必要最小限の機材で効果的に収音する。MS(Mid-Side)型ステレオガンショットマイクロフォンと各移動カメラにワイヤレスマイクロフォンを装着して、MAPS(Mobile Audio Processing System)上で適宜調整してステレオ音声として組み上げる。天候や交通状況、祭り自体の進行状況に合わせて収録機材の設置場所や稼働状況を移動修正する必要がある。収録と整音を一気に行い、収録終了と同時に音声は完パケ(完全パッケージ)状態に仕上げる。
現場から見える問題解決の糸口
様々な配信現場の音声担当からみた問題事例を挙げて、何処に問題やその原因があったのか?どの様に対処して解決し今後の問題発生を防ぐのか?を説明していきたい。
■実際の配信時における注意点
- 音声調整は問題の発生に、いち早く気付きゆっくり確実に行う
- マイクロフォンは視聴者の耳である(取り扱いは慎重に!)
- メーターやフェーダー位置は常に最適を目指して調整する(決め打ちしない)
- 音声は種類によって感じる音量感が異なる
- 音声デバイスの認識はアプリケーション起動前に確認する
- 問題が発生したら緊急を要するもの以外は慌てて対処しない
- 対処すべき問題点に優先順序を付けて順番に問題の原因を確認して確実に対処する
- 複合的な問題であっても問題毎の切り分けを行い、対処方法を単純明快にする
- 対処に関しては他に影響が出ないか、影響が出る場合にはその波及効果も考慮する
- 問題の原因への対処が正しかったかを対処後に必ず確認する
- ソーシャルストリーム上での問題点指摘は発言自体に時間差があるのでそれを考慮、音量の調整等で過大修正の恐れ
- 機材の設置を頭の中で完全にイメージできる様にしておく(配信時の必要機材の選定と設営作業に必ず役に立つ)
- 機器構成はできるだけシンプルに必要最小限の機器で構成すれば問題発生の原因自体を減らせる
- 問題自体を起こさない事が最善策
- DVカメラやSDI、HDMI等で接続されたカメラからの音声が画像と一緒にエンベデッドされている場合にはミュートにしておく
- デバイス名に日本語 (2バイト文字)が含まれていると認識しない場合がある(Windows)
- 同じ設定が次回も同様に動作するとは限らない
- 「正しい設定のはず」と思い込みがあると問題の原因を発見するのは難しい
- 複数ある問題への対処は一度に行わない。1つずつ確実に対処する方が結果的に早く的確に対処できる
- 会場も専用の場所があるところはそれでよいが、最近は様々な制約で音声のみにかなりの場所を確保する事が難しくなっている
PAではFOH(Front Of House)と呼ばれる会場観客席中央に専用の場所があったりするが、そこにさらに配信用音声機材が入るのはかなり難しい。そこでPAから音声を分けてもらうが、それらは2mix、ステレオにまとめられた形で供給される事が多い。それはPA用のバランスなのでそのままでは配信音声としては最適では無い場合が多い。あくまでもPAの音声処理は会場に設置したスピーカーから放出されて会場内で観客がバランス良く聴く為の音声だからである。以上の注意点から今後の展望が見えてくる。よりコンパクトになって担当者個人に対する負担が増してくるのは確実だ。
担当技術者としての心得
良い技術者とは良い仕事をする程その存在が透明化して対象物の存在が際立ってくるのが望ましい。視聴者が配信の内容に安心して没頭できるのが理想である。
txt:須藤高宏 構成:編集部