米LAのカルバーシティにあるメジャースタジオ、ソニー・ピクチャーズ・スタジオ。ここで10年以上も第一線で活躍されている、日本人サウンド・エフェクト・エディター、石川孝子さん。これまでは主に米国テレビドラマなどを中心に多くのサウンドデザインを手がけて来られ、2004年には「Dead Wood」(邦題:デッドウッド〜銃とSEXとワイルドタウン)でエミー賞シリーズ部門:最優秀サウンドエディティングを受賞した。その他、日本でもお馴染みの「Bones」や「レスキュー・ミー〜NYの英雄たち」、「恋するアンカーウーマン」などに関わって実績を持つ。

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ソニーピクチャーズでサウンドエフェクトエディター/サウンドデザイナーとして活躍される石川孝子さん

近年では日本映画作品にも関わり『TAKAMINE〜アメリカに桜を咲かせた男』(市川徹監督)や、今年4月に公開された佐藤信介監督の『図書館戦争』(主演:岡田准一)の、Co.スーパーバイザーとして参加されている。特に『図書館戦争』では邦画には珍しく発砲シーンが多用されたが、ガン(銃)の音などもこれまでの邦画には無いほどの多種多様なサウンドが使われているという。佐藤監督自らの意向もあり、この作品を世界でも通用するレベルに!との意向で、ソニーピクチャーズにサウンドデザインを依頼。そこで日本人である石川さんが日本側スタッフとの仲介役となり、本業のサウンドエディターとしても実作業を担当、実質的にはアメリカ側のサウンド・スーパーバイザーとして活躍された。

今年6月、カルバーシティのソニーピクチャーズ内にある石川さんの編集室でインタビューする機会を得たが、その中で、アメリカと日本の映像におけるサウンド制作の違いやあり方、世界に通用するサウンドデザイン等について語って頂いた。

ハリウッドメジャーにおけるサウンドデザイン

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映画「図書館戦争」のポスターが石川さんの編集室には飾られていた。作品の完成後、佐藤信介監督の直筆サイン入りで届けられたという

ハリウッドにおけるサウンド制作とはどういうものか?石川さんが担当するのは『サウンドエディター』と呼ばれる、主に効果音や環境音を担当する部門(デパートメント)だ。一口にサウンドといっても、その中で細かくいくつかに分類されており、物体が発する音や空想の音に類するものは『サウンドデザイン』や『ハードエフェクト』と呼ばれ、シーンの状況を説明する日常音は『バックグラウンド』、そして人が出す音を『フォーリー』が担当する。

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ソニーピクチャーズスタジオ内のサウンド部門のエリア。突き当たり奥が石川さんの編集室があるサウンドエディタールーム棟

石川さんが担当するのはこのうち『サウンドデザイン』、『ハードエフェクト』『バックグラウンド』の一部で、このように細かく分業化された効果サウンドをまとめあげるのが『サウンド・エディター』の役目だ。また各サウンドエディターをさらにまとめるサウンド・スーパーバイザーがその上にいて、全体の分業管理とそのマネジメントを行う。セリフに関してはまた別に『ダイアログエディター』という別の担当がいて、これら効果音の各部門とセリフ、そしてサウンドトラック(音楽)を合わせて行くのがミキサーの仕事だ。サウンドエディターである石川さんから見た、アメリカでのサウンド制作の特徴とは何か?

石川氏:作品の仕事にかかる前に、私はまず『この作品のターゲット層はどこですか?』と聞きます。日本ではあまりそこまでしていないかもしれませんが、アメリカの映画やTVドラマでは特に視聴者層のターゲットに合わせて細かくサウンドを作り上げていきます。(作品が)女性なのか男性なのか?一般大人向けなのか?子供か年配者向けか?など、やはりそのターゲットによって選ぶサウンドも、音質、素材、音量等全てにおいて細かく作り上げて行きます。

また全ての作品は世界市場に向けてリリースされるもの、つまりワールドワイドへむけて出て行く作品であることを常に意識しています。例えば、日本が舞台となったハリウッド作品『SAYURI』(2005年)が公開されたとき、日本人からすれば着物の着付け方や作法などが日本のそれとは違っていたことで、皆一応に『あれは全く日本を表現できていない!』と言いました。

私自身も音の専門家の立場から言えば、神社の前で手を合わせるシーンなのに、なぜかお寺の鐘の音がゴーン(笑)と鳴るなど、観ていると色々と異論を唱えたい部分も多くありましたが、アメリカ人や世界の人から見れば、日本もほかのアジアの国も、我々が感じているほどその違いは解らないのが現実です。

そして『SAYURI』も世界にむけて作られた作品なので、日本人の私としては出来るならば細部にわたって忠実に作って欲しかったのですが、ハリウッドでは世界市場に向けてであれば、そこは現実に忠実であることより、世界共通の価値観に近づけるという方法がベストとして採用される世界なのです。

作品に参加して感じたサウンドスタッフの立場

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ソニーピクチャーズのTVサウンドデパートメントには30人ほどのスタッフが働いている。各人の編集室は小部屋に仕切られていて、ドアには石川さんのネームプレートも!

ミュージックビデオは別としても、邦画や日本の映像作品におけるサウンドスタッフの立場は、映像制作チーム全体からすれば必ずしも高い位置にあるとは言えない。そのことで、あまりサウンドクリエイターと言われる人の才能が活躍出来る機会が少ないのも、日本の作品の弱点と見る意見も多い。石川さんはある日本作品への参加経験を通じて、日本の制作現場における感覚に、ある違和感があったという。

石川氏:日本におけるサウンド制作の様子をお聞きすると、映画におけるサウンドスタッフの立場も低く、優秀なサウンドクリエイターがいても、せっかくのクリエイティビティがあまり反映されていないという話をお聞きしていました。そこで私は低予算作品でも良いので日本の映像製作におけるサウンド制作にも経験として関わってみたかったので、今から5、6年前にインディペンデント映画に関わることにしたのです。

その作品では条件としてサウンドはすべてハリウッドで仕込んで、最終ミキシングだけ日本でやるので、そこには立ち会って欲しいということでした。日本での最終ミキシングに立ち会った際に、ある場面のところで日本とハリウッドのやり方の違いと、ある種の違和感を強く感じたことがありました。

通常、私たちが音を創るときには、気を使って予め様々なサウンドを用意し、そこからミキサーやプロデューサーが必要な物を選択する、というのがハリウッド方式です。ところがあるシーンの編集で、とても興味深いことが起こったのです。そのシーンは、安ホテルで主人公が死期間近の病人で、頭痛がするので薬を飲むという場面で、外は雨という状況です。

私はそれを音として表現すべく、チープな安ホテルという設定だったので密閉感の少ない状況を演出するため、外の雨音や雑踏音を入れ、さらに壁の薄さを廊下の話し声やドアの開閉等の物音といった効果音を入れておいたのです。仕込みの時点で細かくその状況、シーン、場所設定を音で伝えられる様に気を使って音を入れていく事は良く有ることで、サウンドエディターがオフスクリーンの状況を音で設定する事も良く有ることなのです。

しかし日本の最終ミキシングで編集者がこの音を聞いて、台本には書いていないこともあったのか「あ、こんな音、勝手にいれちゃったんだ…」という言葉を口にしたのです。そのとき、私は別に怒りはしませんでしたが、逆に強く感じたのは、彼はその言葉の裏にあった真意が「勝手に台本を変えた」という風に聞こえたことでした。つまり私が勝手にト書きを加えたと…。そして日本ではこういうことは行われていないのだ、と気づいたのです。

もしその音が不要だったり、気に入らなければ消してしまって使わなければいいわけですし、そのことで私も怒ったりはしません。それはハリウッドでも当たり前に行われていることです。しかし私はその前にある制作意識として、演出を助ける作業としてサウンドエディターが想像力を働かせることを否定されてしまうことは、一体どうなのか?という疑問が湧きました。

環境音は通常、人間の脳には意識されないもので、勝手に脳に入って来て感覚としてそういう環境にいるという認識を自然に起させるための音です。シナリオに全ての環境音が記されていることはまずありませんし、もしシナリオ通りのト書きの指示でしか音を表現しないのであれば、狙いとして無音の場合以外、そこはタダの無音状態という、映像的には非常に不自然なものに近くなってしまうでしょう。

日本は技術力が高い分、こうした手順オペレーションに徹したが故のクリエイティブ面での制作意識の硬直と欠損は、実はあらゆる面で指摘されるケースが多い。もちろん日本国内でも、多くのサウンドデザイナーも活躍しているが、こうした現場が多い事で、制作作業自体が硬直してしまっていることは、様々なクリエイティブ作業を遮断する結果を招いている。それは外界が見えなくなるという孤立化を生んでいることも確かだ。

石川氏:ある作品で、日本からサウンドデザイナーさんがやってきて、私が選んだ音を聞いたときに、それを差し替えてどうしてもこの音源にして欲しいと、ある音源のナンバーまでを細かく指定してきたんです。ところがその音源はハリウッドではもう10年以上前にすでに使い古された音源で、いまではほとんど使われておらず、その音は今の新しい映像には似つかわしくないイメージになってしまうんですね。

その音を好む個人的な指向性は理解できますが、ハリウッドでは常に新しい映像を生み出すとともに音源も新しい物を次々に生み出し続けていて、最新の映像に相応しいサウンドデザインも進化しているのです。そういう面では日本でもサウンドデザインという部分をもっとクリエイトして欲しいと感じます。

こうしたことが全ての日本の現場に起きているとは思わないが、近い感覚は随所にあるのかもしれない。それが作品の深みや幅を疎外しているとすれば、音のプロダクション方式もここでもう一度再考し、これから必然とされるワールドワイドにも通用する作品は生まれにくいのではないだろうか?

関わるスタッフ全員のクリエイティブを結集してこそ生まれる作品

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ソニーピクチャーズ内の石川さん専用の編集室にある、サウンドミキシングコンソール。Avid ProToolsメインにしたシステムで構成。フォーリーなどの効果音音源は作品毎に必ず新音源を録音し、常にライブラリーを増やしているという。実はこの編集室以外にもほぼ同機材が備えてある自宅スタジオを所有。社員とはいえ、ソニーピクチャーズ以外の仕事も受注する事ができる契約で、別契約の仕事はそちらで作業するという

石川氏:(映画とは)関わるスタッフ全員のクリエイティブを結集してこそ良い作品が生まれると思っています。もし最初に作る人のイメージだけで作っていく作品なのであれば、その人が一人だけで作ることと何も変わらないと思うのです。サウンドエディターの想像力、もしくは(作品に関わる)個々のスタッフのクリエイティブが許されないという現場では、そこから先には何も進まないと思います。

日本側のスタッフに聞いても、なかなかサウンドエディターがそこまでの提案はできないという話も良く聞きますが、もっと日本映画の制作過程でもそうした提案を受け入れる柔軟な制作体制があれば、日本の作品はもっとずっと良くなると思います。

石川さんのサウンドに対する意見を、ハリウッドのような世界市場を相手にするサウンドデザインの仕事だから…という、日本とはほど遠い話として受け止めるのではなく、日常の身の回りの一般作品を制作する際にも、こうした感覚が失われているのはすでに問題だ。インディペンデントでもPVでも、サウンドに関わるクリエイティブはもっと強く意識されるべきなのではないだろうか?

txt:石川幸宏 構成:編集部


Vol.04 [SoundScape2013] Vol.06