txt:ベン マツナガ 構成:編集部
William Feightner氏に訊く
去る5月21日、22日の2日間、東京・秋葉原のUDXで開催されたAfter NAB Show。4月のNAB Showで発表された新製品を中心に、各メーカーから国内外の最新映像機器が出展される中、RAID社のブースでは、Colorfront(カラーフロント)社よりCTO(最高技術責任者)のWilliam Feightner氏(ビル・ファイトナー、以下:ファイトナー氏)が来日し、同社のTranskoderを使用したHDR映像のデモを行っていた。
ファイトナー氏と言えば、ハリウッドでも有数のポストプロダクション、EFILMで最高技術責任者を勤めていた方で、ハリウッド映画界でもトップクラスの知識と経験を持つカラーサイエンティスト。現在のデジタルカラープロセスであるDI(デジタル・インターミディエート)の黎明期から、その構築に最前線で携わってきた。約2年程前にカラーフロント社に移籍し、現在はカラーフロント社のCTOとして活躍している。
そのファイトナー氏にTranskoderのデモを見せてもらいながら、TranskoderのシステムやHDRの現状と今後の可能性などについて話を伺った。
TranskoderのシステムやHDRの現状と今後の可能性を探る
After NABで急遽来日を果たした、ビル・ファイトナー氏
──最初にTranskoderシステムについて聞かせてください。
ファイトナー氏:Transkoderは、HDRにも対応したマスタリングシステムです。Transkoderを使うことで、1つのマスターから様々な納品フォーマットに変換できます。例えば、劇場向けのDCPマスターからRec.709やRec.2020に変換したり、SDR(Standard Dynamic Range)素材からHDR(High Dynamic Range)素材に自動変換したり、1つのソースから映画、テレビ、家庭用などあらゆるデリバリー・フォーマットへの変換を可能にするのがTranskoderです。
Transkoderは、ソフトウェアですが、高性能のグラフィックカードやメモリー、CPUが装備され、プリコンフィギュアされたハードウェアも提供しています。マルチGPUを使うことで高速に処理することが可能になり、通常のDCPの映像なら300~400フレーム/秒で処理が可能です。先日、ALEXA 65でテストしましたが、スーツケースに入るようなコンパクトなシステムでも、ディベイヤーからカラーグレーディングまで、4K 60Pで問題なく動作しました。また、ネットワークGPUのAmazon Cloudにも対応しているので、所有するGPUで処理が追いつかない場合には、ネットワークレンダリングを使うことも可能です。
──HDR変換についてお話を聞かせてください。
ファイトナー氏:Transkoderは、HDRを扱うことを前提に設計されていて、内部的に32ビットのfloatingでデータを持っていいます。そのためソースカメラの入力情報を劣化させることなく、全てのデータを保持することが可能です。カメラからの入力データは、Transkoderに読み込まれると統一された独自のカラースペースにマッピングされ、Transkoder独自の32ビットfloatingのマスターデータに変換されます。このデータは、カメラに関係なく同じ被写体であれば、同じ色空間にマッピングされます。
Transkoderは、このマスターデータを元素材として扱い、出力に合わせて用意されたカラーパイプラインを使って、指定した色域やダイナミックレンジ、各種フォーマットに変換します。100nitsのSDRでも、1000nitsのHDRでも、出力の選択1つで変換が可能になるのです。
──HDRモニターには様々な輝度がありますが、HDRに標準規格はないのでしょうか?
ファイトナー氏:今のところHDRに標準規格はありません。特にコンシューマー用のTVモニターで輝度を上げるには、消費電力との兼ね合いもあります。今は、コンシューマー向けのHDRモニターとして一般的だと思われる1000nitsを1つのターゲットにしています。
ファイトナー氏(写真右)とともに来日した、Colorfront社のエンジニアGYULA PRISKIN 氏
──HDRで制作された劇場映画も出て来ているのでしょうか?
ファイトナー氏:テストとして始めているものがあるのは聞いていますが、作品としてはまだだと思います。劇場映画の場合はプロジェクターの問題があります。様々な技術の開発は進められていますが、プロジェクターを使って広いダイナミックレンジを表現するのは容易ではありません。SDRのモニターが100nitsなのに対し、DCPの場合、輝度の上限は48nitsです。HDRは、まず家庭用モニターでの普及が先に進むと思っています。
──マスターのグレーディングは、HDRでやるべきですか?
ファイトナー氏:それはとてもいい質問ですね。それはマスターを何にするかだと思います。映画の場合、48nits。HDRでグレーディングしてもそれがそのままDCPで再現される訳ではありません。1つのシンプルなソリューションとしては、BBCカーブを使うことです。BBCカーブは、HDRの情報を維持しながら、SDRモニターにつなげた場合に、SDRに変換して出力してくれるメタデータ機能です。
Transkoderでは、BBCカーブはサポートしています。ただ現時点では、メタデータで実現するのがいいのか、HDR、SDRをそれぞれ出力した方がいいのか、HDR自体がまだ始まったばかりなのでどのやり方がいいと決めるのは時期尚早な気がします。家庭の消費者の声やどのようなビジネスモデルが普及していくかによって決まってくると思います。
今年のCineGearExpoにも出展していた、colorfront社のブース。colorfrontの本社はハンガリーの首都プタペストにあるが、ハリウッドももちろん重要拠点
──これまでのモニターはHD、そして4Kといった解像度が1つの売りでしたが、ダイナミックレンジという新しい可能性が生まれました。ファイトナー氏はHDRについてどうお考えですか?
ファイトナー氏:家庭では近くでモニターを見るので、劇場映画以上にピクセルレゾリューションも重要でした。しかし、すでに各メーカーは4Kテレビを発売し始めていて、今後HDの大型テレビを出すことはないでしょう。60インチを超えるモニターが3840×2160のUHDになり、これにHDRが加わればこれまでにない美しい映像を家庭に届けることができます。ダイナミックレンジは、視覚的にその違いが分かりやすくHDRとSDRのモニターを並べて、どちらの映像が綺麗かと聞けば、多くの人はHDRを選ぶでしょう。アメリカのいくつかの配信会社はすでに、HDRでの配信テストを始めています。
それとHDRは、ストーリーを伝えるための優れたツールになると思います。そして今、その技術がアーティストに開放されました。Transkoderを使えば、SDRとHDRの表示の切り替えが可能になるので、オンセットでHDRモニターを使って、HDRとSDRの両方を確認しながら撮影することも可能になります。特にHDRでは、表現可能なライティングのコントラスト比が大きく変わります。これは、新しい映像世界の始まりなのです。
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