txt:石川幸宏 構成:編集部
CineGear 10年の歩みはドラスティックな変革そのもの
シネマの世界はいまやデジタル撮影~制作がそのほとんどを占めるようになった。さらに時代は高解像度時代に突入、また様々な表現技術もこれまでを大きく凌駕するものへと進化し、それとともにデジタルシネマを支えるカメラの技術もここ数年で大きく変革・進化してきた。またデジタルシネマ化が進んだことで、映画撮影を支える周辺機器、そしてワークフローも大きく変革してきた。
今年も新たな領域への挑戦として、8K、ドローン、HDR…等々、毎年CineGearExpoに通っていると、ここ数年のシネマ界における撮影技術、制作技術の遍歴がよくわかる。フィルムからデジタル化したこの時期の映画業界は、もしかしたら映画の歴史の中でも、特に大きな変革期に当たるのかもしれない。
この特集の最後に、今年開催20周年目を迎え、筆者自身は参加10周年目にあたるCineGearExpoのこの10年間の変遷からこれまでのデジタルシネマの進化の軌跡を振りかえってみたい。
フィルムからデジタルへ
West LAのWadsworth Theater付近で開催された2006年のCieGearExpo。当時のメインスポンサーはFujifilm
筆者がCineGearExpoを初めて訪れたのは、約10年前の2006年のこと。その時はまだ、パラマウント、ワーナー・ブラザース、ユニバーサルなどのハリウッドのメジャースタジオが持ち回り制でスタジオ施設を一部開放して開催していた時期だった。しかしこの年から2年間、ちょうどメジャースタジオ内の開催場所が確保出来なかったのか、West LAにある、古いシアター施設“Wadsworth Theater”がある「Wadsworth Theater and Grounds in West LA」という一般の場所での開催となった。敷地内にはヘルスケアセンターが隣接し、大きな木々が各所に点在するとても環境の良い場所ということもあって開放感に溢れ、その自然や木立の合間を縫うように各社の展示用テントやクレーン等の特機が展示設置されていた。
巨大なトレーラーを持ち込んでレンタル機材を展示するパナビジョン社はこのころはまだ隆盛だったが…
この時期はまだデジタルシネマの黎明期でもあり、会場内にはフィルムカメラも数多く並ぶ中で、スター・ウォーズが撮影されたソニーのシネアルタHDW-F900Rを始め、この時のトレンドでもあった24fpsで撮影可能な最新のHDデジタルビデオが展示されて話題になった時期だ。またハリウッドの映画制作といえばPanavision!といった具合に、レンズメーカーでもあり、映画製作用機材レンタルの代表格であるPanavision社が大きなトレーラーを持ち込み、巨大なスペースで出展していたのを記憶している。
Panavisionのエリアに出現したソニーとの共同開発によるGenesisも出展
その中では当時ソニーとパナビジョンで共同開発されたデジタルシネマカメラ「Genesis(ジェネシス)」などを展示。またその一方でARRIもそれに引けを取らない大きなブースを構えて、デジタルシネマカメラD-20の実機を展示、また当時の新機種フィルムカメラだった、16mmのARRIFLEX 416なども初出展し人気を博した。新興勢力で目立ったのは、カナダのCMOSセンサーメーカーDalsa社。この時期としては世界初の4Kまで収録可能なデジタルシネマカメラを発表していた。
得体の知れないナゾのカメラメーカーRED Digital Cinemaの赤いテントもこの頃から出現し始めた
しかしなんといっても会場内で話題騒然だったのが、RED Digital Cinema社の登場だ。この年の4月のNABでいきなり赤いテントが現れ、4Kまで撮影可能な全く新しいコンセプトのカメラを開発中なので、デポジット(前受金)を先に支払ったユーザーには優先的にそのカメラを販売するというもの。要はその資金集めのための出展で、ブース内にはケージに入ったモックアップのみという展示だったが、その新たなビジネスモデルとカメラの持つ高いポテンシャル(当時は想定)で大きな話題をさらっていた。
ハリウッドの照明と言えばMole-Richardson!これでもかという照明機材のオンパレードは壮観だった
さらにこの時期は照明もLEDはまだまだ旧態依然のもので光量も低く、ARRIとともにMole-Richardsonなどのハリウッド名門の照明メーカーが大きなエリアで展示していたことが思い出される。また、ローレンジではまだまだビデオカメラが活躍していた時期。どうしても通常のビデオカメラでは撮像面も小さく、浅い被写界深度が得られにくいこともあり、磨りガラスを回転させて撮像面に擬似的に被写界深度を与える、ドイツのP+S Technik社のMini35などのdofアダプターなどが人気を博していた。
3DとDSLRブーム、そして大判センサーカメラの登場
2009年には誰もがEOS 5D Mark IIという時代。DSLRブームが一気に加熱した
その後CineGearExpo自体は、2008年に1回だけユニバーサル・スタジオの新しくなったバックロットで開催されたのだが、開催直前にスタジオ施設で火災事故が起こり開催時に駐車場のエリアが確保できなくなる等、オペレーションに大きな支障が出た。その影響もあったためか、2009年以降は現在のパラマウントスタジオでの例年開催に落ち着いている。
ちょうどその時期に大きなブームとなっていたのは3D映像だろう。これは主に劇場やTVにおける3D上映機能が向上したこと、そして観客離れの傾向が顕著になっていた映画界が再び映画館へと観客を呼び戻す格好の材料として3D制作を強力に推し進めた。劇場映画撮影で使われたのは、ほとんどが普通のデジタルシネマカメラを専用リグで2台装着したものだったが、数多くのリグシステムが展示されたのが今では懐かしい。
そして同時期にトレンドとなったものとして忘れられないのは、なんといってもキヤノンEOS 5D Mark IIの登場だ。2008年後半に発売されたこのDSLR(Digital Single Lens Reflex=デジタル一眼レフ)カメラの動画撮影におけるポテンシャルは、当然ハリウッドでも大きな反響を呼んでいた。2009年のCineGearExpoでは5D Mark IIが随所で大活躍。35mmフルサイズセンサーによる浅い被写界深度の映像は、瞬く間にその後のスーパー35mm/大判センサーブーム、そして今日のシネマカメラの潮流に多大な影響を与えたと言って良い。
ALEXAの登場、RAW/Logワークフローへの進展
カメラ内でProRes収録ができるARRI ALEXAの登場にハリウッドは歓喜した!
REDが映画撮影の現場に投下された2008年以降、デジタルシネマの流れは一気に加速した。しかしそこでポストプロダクションは大きな授業料を払う事になる。REDで撮影されたRAWデータは、確かにフィルムに似た品質を得ることができ、映画向きの優れたカメラとして評価された。しかしその一方で、データ変換やQC(品質管理)でポストにかかる作業負担はフィルムの時代の数倍の手間と時間とさらに専任技術を要求された。このことは特に現場サイドよりもポストプロダクションのマネジメントやプロデューサークラスに大きな痛手の経験として脳裏に刷り込まれたようだ。
そこに2009年秋から登場してきたのが、ARRIのALEXAである。CineGearExpoへの出展は2010年が最初になり、製品発売とともに実機公開された。S×SカードによるProResで収録出来、画質劣化も少なくデスクトップでカンタンに編集や取り回しが可能なワークフローのシンプルさは多くのポストに即座に受け入れられた。さらにARRI RAWの併用は、その画像の品質も相まってREDで苦労した面倒なワークフローのトラウマから開放されたことで、特にポストプロダクションのマネジメントクラスへのウケが良く、その後一気に映画業界に浸透していったのは周知の通りだ。
2012年に発売のEOS C300は多くのカメラマンが個人所有したプライベートシネマカメラ
一方で、DSLRで一世を風靡したキヤノンが2011年末、新たなシネマカメララインナップ、CINEMA EOS SYSTEMを発表。8bit 4:2:2 50Mbpsという従来のビデオフォーマットながらDSLRで信頼のある豊富なEFレンズ群と、RAWなどの大きなデータ量の負担も無く、より広いダイナミックレンジを確保出来るCanon Logを搭載したことで、ミドルレンジ以下でもこれまでのビデオとは違ったワイドダイナミックレンジを確保できるスキームが受け入れられた。もちろん以前からソニーF65などの高価なシネマカメラでS-Log採用など、Logカーブでの収録が可能なシネマカメラは存在したが、EOS C300の登場はこの2012年以降、個人が所有出来るシネマカメラが一段と普及したその要因となった。
LED、ジンバル&ドローン、フォーカスアシストなどの新技術時代へ
2009~2012年くらいまではどこに行っても3Dリグのオンパレード
ハイエンドから個人まで、全てのレンジにデジタルシネマが受け入れられたことで、照明機材も大きな進化を遂げた。規模の大きな映画ではより大規模な光源面積が必要とされる。大きなプロダクションになればなるほど、その問題が電力量と比例していたが、昨今の制作費削減状況ではこうした電力量の問題もシビアだ。ここ数年のCineGearExpoでは、紐状やフラットシート型など自由な光源面が得られ、しかも少ない電力量で様々な照明効果が得られるLED照明機材が増えたのも、デジタルシネマの進展に起因する。
LED照明の進化に伴って、撮影用照明機材も大きく変化した。照明用に夜間の展示があるのもCineGearExpoの醍醐味だ
カメラの小型化、高性能化が進んだことで、得られる映像の幅も増えて、2013年以降には前述のようなドローン、三軸ジンバルなど、新たな構図を得られる特機も数多く出てくるようになる。さらに昨年2014年ごろからは、4K、8Kといった高解像度撮影をサポートするような技術を盛り込んだ機材も出始めた。今年発表されたRedrock Micro社のHaloは、撮影シーンエリアをスキャンして被写体との焦点距離を自由にコントロールできる、新発想のフォーカスアシストシステムだ。
2012年ごろからはドローンがいよいよCineGearに登場した
今年のCineGearでEOS C500に装着されたRedrock Micro社のHalo。4Kのシビアなフォーカスコントロールもこれで大きく改善されるか?!
今後は劇場映画だけでなく、先述のOTTなどの台頭により、4K、8KもしくはHDRなどの新技術も映像表現としてより身近に取り入れられてくるだろう。先進技術をすぐに映像表現として取り入れやすい状況が生まれている中で、その撮影・制作に関わる技術進化も、今後ますます拍車が掛かるのではないだろうか?今後もCineGearExpoでの動向にも注目したいところだ。
来年のLAでのCineGearExpoは、2016年6月3日~5日で開催予定だ。
時代は4Kへ、その先陣を切っていたのはいつもソニーだ
txt:石川幸宏 構成:編集部