txt:清水幹太 / 構成:編集部
直感的な“なんかいい”もの
VRに人工知能、暗号通貨、あるいはAIスピーカー等々、最新技術の動向を色濃く投影するCESではあるが、これだけ巨大で多様な見本市、歩き回って細かく見れば見るほど、一方でそういったトレンドとは一線を画して我が道を進みつつ、小さいながら独自の価値を提示しているプロダクトやプロジェクトを見つけることができる。
特に今年は上記のようなトレンドの目線でいうとそんなに昨年から大きく変化した感じもせず、しかし一方で、トレンドワードでは表現しづらい、筆舌に尽くしがたい「なんかいい」プロダクトがIoTだVRだといったブームが燃え盛った跡地に芽吹きつつあるように感じた。プロダクトが提供する体験が、より深く、より脳と直結した直感的なものになりつつある、ということだ。
何しろCESは広く、展示されているものがとにかく多種多様なので、たまに笑ってしまうような、ある種「なんでこれを製品化しようと思ったんだろう?」というような製品も展示されている。
「BARISIEUR」は2016年にクラウドファンディングで話題になった「コーヒー目覚まし時計」だ。いよいよできあがった商品版が今年のCESに展示されていた。仕組みとしては非常に単純で、寝る前にコーヒーを挽いてフィルタに入れ、水をポットに入れておき、目覚まし時計をセット。起きる時間になったら勝手にコーヒーを淹れてくれる、というそれだけのものだ。アイデアだけを聞くと、なんというかとてもアイデア一発の「ネタウィジェット」にしか聞こえないのだが、実際に目にすると、侮れない気がしてくる。
よく考えれば非常に合理的というか、確かに朝早く起きなければいけないときに淹れたてのコーヒーの匂いがしてくれば、少しは起きるモチベーションも上がるというものだし、無機質なアラームより良い目覚めになるに違いない。実際に生活の中で使ってみたら恐らく「なんかいい」ということになって使い続けてしまいそうな気もする。
とにかく今年のCESは、こんな感じの、クオリティの高い「なんかいい」ユーザー・エクスペリエンス(UX)がニヤっとさせてくれることが多い。
2017年中頃の世界全体のインターネットの普及率は51%。ついに世界人口の半分がインターネットを手にする時代になった。それが何を意味するかというと、それだけいろんな人がインターネットにつながっているということで、それだけインターネットの用途がいろいろな方向に広がっていくということだ。この先、残りの49%にインターネットが広がっていくとき、その傾向はどんどん強まっていくことになる。それはつまり、必ずしも多くの人が使うものではない、とてもニッチな用途のIoTプロダクトやサービスであってもビジネスとして成立していくということだ。そんなニッチプロダクトの中でも、ターゲットが大事なポイントを絶妙についてくる「なんかいい」ものがいくつもあった。
「grobo」は、Webサイトで「いろいろな植物を育てるためのコネクテッド育成ボックス」ということで紹介されている。この箱の中で植物を育てれば、育成状況をスマートフォンアプリなどでリアルタイムにモニタリングすることができる、とのことなのだが、ここCESの会場では思いっきり「自動的にいいマリファナを育てよう!」なんてプレゼンを行っていた。アメリカでは様々な州でどんどんマリファナの合法化が進んでおり、この他にもマリファナに特化した製品はいくつか見ることができた。
「caveasy」は、インターネットで所有ワインを管理できる、コネクテッドワインセラーだ。ワインのラベルをアプリで撮影すると、画像認識からワインの銘柄を特定、所有ワインとして登録することができ、好きな番号の棚に割り当てておくことができる。各棚に、センサーがついていて、ワインを取り出すとアプリの方でもそれがわかるようになっている。
マリファナはよくわからないにしても、ワインセラーはワイン愛好家にとっては、お気に入りのワインをコレクションしては棚を眺めてニヤニヤするような要素があって、それをいつでもどこでも眺めて管理できるというのは「ワイン愛好者」という絞られたターゲットではありつつも、ターゲットのツボをついた「なんかいい」アイデアなのではないだろうか。
中には、どう考えても日常の中で必要とは思えない、自分が使っているさまがイメージできない製品もある。しかし、そういったもののいくつかは、ちょっと驚くようなテクノロジーを使って、すごく新しい体験を提案していたりする。どう考えても普段使いしそうにないのだが、すごいのだ。
「sgnl」は、とても凄いが、とても変なプロダクトだ。一言でいうと、指を耳に突っ込んで音を聴く「指イヤホン」である。写真で係の女性が実演しているように、骨伝導ではない「体伝導(と係の方が言っていた)」スピーカーになっているリストバンドを巻いて指を耳にぐいっと突っ込む。かなり深く突っ込む。
すると、その指の先というか、自分の頭の中から、接続されたスマートフォンから流れる音楽が聞こえるのだ。これは実際に体験してみると今までに体験したことのない、驚きの体験だった。本当に自分の指がイヤホンになった感じがするのだ。すごいのだが、指で音楽を聞きたいシチュエーションなんてあるのか、というのが問題だ。
しかし本当によくよく考えると、たとえば騒がしい場所で電話をするときに、受話器と反対側の耳に指を突っ込んで耳栓して、ちゃんと音が聞こえるようにする、みたいなことをたまに私もやっていたりする。このプロダクトは、「耳に指を突っ込むと突っ込んだ側の耳の奥で音が聞こえる」ものなので、使っているのは逆の耳なのだが、何回か試してみると実は「指を突っ込むと音がよく聞こえる」というのは結構自然なユーザー・エクスペリエンスのような気がしてくる。体験したことがないテクノロジーを、「なんかいい」まで昇華させているのだ。もしかして自分がこの製品を手に入れたら意外に使ってしまうかもしれない。必要ではないように見えるが、使うことを抗えないような気がする。そんな「なんかいい」がこの製品に込められていた。
「Lofelt」も、腕時計のようなデバイスだが、文字盤も無いし、スマートウォッチばりにディスプレイがあるわけでもない。この「腕時計」はスピーカーであり、振動子だ。たとえば、ゲーム用のデバイスで、「ButtKicker」というものがあるが、これはゲーム中の音に合わせてブルブル振動する、椅子に取り付けるタイプの振動デバイスだ。要するに、ゲームで大きい音がすれば椅子が揺れる。それにより、ゲームの臨場感が高まる。
これと同じ原理で、音楽に合わせてこの「腕時計」の部分がブルブル振動するのだ。アップテンポの音楽であれば、BPMに合わせて低音を腕で感じることができ、身体でビートを感じることができる。原理としては単なるBlueTooth接続のスピーカーでしかない。振動子とスピーカーは、原理的には同じようなものであって、発音装置を振動子にすれば、スピーカーは触感装置に早変わりする。
これについても、音楽を聴くたびにこんな腕時計みたいなものを装着するのはかったるくてやってられない気もするのだが、たとえば音楽のライブや、クラブイベントであるとかの特別なシチュエーションだったら、音楽の力と会場の一体感を増幅するすごく「なんかいい」デバイスになることは間違いない。
これからの多様性の時代、こんな、ちょっと斜め上から発想された「なんかいい」製品たちが市民権を得て、新しい文化として根付くことだってあるかもしれないし、紹介したこれらのプロダクトは、そんな未来を想像させてくれるほど体験のクオリティが高い。「なんかいい」は、生理的に気持ちよく、直感的な体験になっているからクセになる。様々な要素技術が脚光を浴びて消費される中、静かに「なんかいい」系が来はじめている感じがする。
txt:清水幹太 構成:編集部