ARRIと映画の関係性を紐解く
ARRIが映画業界において大きな信頼を勝ち得ている理由は何か?またそれを裏付けるのは事実は?それを知るためには、実際にARRIを駆使しているユーザの声を探るしかない。
すでにARRI祭のレポートや製品については今回の特集で展開している。今回はARRI祭に参加もしくは登壇した映像人に話を伺うことができた。この第3章では人からARRIを通して映画制作やその取り組みについて聞いてみた。
Chapter3:映像人特別編 ARRIが愛される理由を探る
照明技師 杉本崇氏が歩んだ道とは
txt:石川幸宏 構成:編集部
ARRI祭 2日目は、照明機材にスポットを当てた最新機材紹介やワークショップが行われた。午後からのトークセッションとワークショップには、東日本大震災による福島福島第一原子力発電所の爆発事故を映画化した「Fukushima 50」(2020年)で、2021年 第44回日本アカデミー賞 最優秀照明賞を受賞された照明技師の杉本崇氏が登場。「Fukushima 50」において、極端に暗い状況での難しい照明演出や撮影現場での裏話など、貴重なお話を聞ける機会となった。
そんな杉本氏に、照明技師へのこれまでの沿革や、今回のARRI祭イベントについてお話を伺った。
杉本崇(すぎもと たかし):照明技師
「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド・オブ・ザ・ワールド」(樋口真嗣監督)、「憑神」(降旗康男監督)、「北のカナリアたち」で、2013年 第36回日本アカデミー賞にて最優秀照明賞、また「のぼうの城」(城犬童一心 / 樋口真嗣 共同監督)で優秀照明賞を受賞している。「座頭市 THE LAST」「闇の子供たち」(阪本順治監督)、「テルマエロマエ II」(武内秀樹監督)などの作品に参加。2020年公開の「Fukushima 50」(若松節朗監督)では、2021年 第44回日本アカデミー賞にて最優秀照明賞を受賞。
照明に興味を持ったきっかけ
杉本氏:実は僕、もともと全く違う分野を目指していました。美術が好きだたのでデザイナー志望でした。学生の頃は建築を学んでいて、パース図を描いたり、家具の設計を行っており、映画には全く関心もなく、テレビも全く見なかったのでほんとうに興味もなかったんです(笑)。
そんな時に東映の映画美術の就職案内が来ていて、「ドラマ、TVってどんな世界なんだろう?映画美術ってどういうものだろうか?」と思ったこともあって就職したのが始まりでした。しかし、実際の配属は持ち道具の係だったので、これはなんか違うなと思い、半年ほどで辞めました。
でも、その辞める前に、映画の照明を現場を見ながら、真っ黒な闇に照明の明かりが1発ずつ灯っていくのことが、(自分には)それがキャンバスに絵をペインティングしていくように見えて、「なんだか照明って面白いかもしれない」と思ったのが映画や映像の照明に興味を持ったきっかけでした。
これまでに関わった映画作品
照明助手としての最初に参加した映画作品は、巨匠・加藤泰監督の最後の作品で菅原文太さん主演の「炎の如く」(1981年)でした。その作品では、中山治雄さんという方が照明技師をされていました。中山さんは僕の大師匠でもあり、東映で「照明の天皇」と呼ばれていた方で、中山さんについたことが僕にとっては本当に運命的でした。
その後、中山さんにハンティングされて東映に紹介されました。今思えば、それがすごくラッキーだったと思いますね。それがなかったら今頃どうなっていたか…。また撮影監督木村大作さん、師匠となる安藤清人さんとの出会いも大きかったですね。自分が担当の映画は、どの作品でも毎回全力投球です。
やはり自分にとって大きなきっかけとなったのは、阪本順治監督と初めて「新・仁義なき戦い」(2000年)に参加させて頂いたことです。阪本順治監督とはこれまで7本一緒にやらせて頂きました。阪本さんと撮影の笠松則通さんとの出会いは、僕にとってはかなり大きな出来事で、本当にいい経験になっています。木村大作さんと技師として映画2本、撮影監督の江原祥二さんとの出会いですね。やはり人との出会いは重要ですね。
映画「Fukushima 50」
「Fukushima 50」はとにかく大変でした。なにしろ(停電したシーンは)真っ暗なので、懐中電灯4種類だけで全て行いました。ヘッドライト、拡散のランタン、スポットのタングステン、デイライトの4種類ですね。
撮影現場には東京電力の方もいらしたので、当時の現場が実際にどういう状況だったのかをリサーチしましたが、そのリサーチした状況はあまりにも暗くて、それではとても映像には映らないので、実際は少し明かりを足して撮影しました。それでもかなり暗いイメージになっていましたね。
ARRIライトへのイメージ
ARRIのライト機材については、昔からサンライトだったり、ARRI MAXなどのデイライトは、いつもARRI製品が定番で使っています。SkyPanelは、昨年初めてNetflixの「全裸監督シーズン2」で使用しました。
ARRIの照明機材との最初の出会いは、スイスに撮影に行った時です。機材屋の倉庫にずらっとARRIのライトが並べてありました。日本の黒いライトとは全然違って、整然と並んでいる姿がカッコよく、度肝を抜かれたことを思い出します。やはりARRIのライトの良さの一つはボディデザインのカッコよさですかね。
SkyPanelとかは、現場の省力化という点では効果はあると思います。僕らが助手の頃は一回一回足場とかキャットウォークとかに上がって、光量調節やフィルターチェンジとかをやっていたのが、今は全て手元でコントロールできますので、そういうところは凄く進化したなと思います。
今回はOrbiterという新しいライト機材が紹介されていましたが、中にコンピュータも入っているので、筐体がかなり重くなっていますし、精密機械なので撮影後の保護や養生など、違った部分で気を使いますね。その辺も単純な灯体ではなくなっているので、これからはその部分を管理する人も必要になってくるでしょう。これからの助手も覚えることがたくさんあって大変だと思います。
LED照明の登場
僕らの年代は、フィルムからデジタル撮影へ移行する間の世代です。この十数年で大きく変わりました。特にLED照明の登場は業界を大きく変えました。
例えば小さなLEDのスティックライトを加工して、蝋燭の後ろなどに仕込めるようになり、現場の作り方もここ10年で大きく変わりました。また部屋の中でのシーンでは、これまで大きな光量が必要な場合、必ずゼネ(ジェネレーター[発電機])が必要でしたが、LEDになったことでゼネを使わなくても良くなりましたね。
今回紹介されたObiterになると、中が完全にコンピュータ制御になっていて機能も満載のため、一度聞いただけではとても僕には使いこなせませんけど(笑)。特に舞台のシーンなどは最近ではDMXの知識も必要になってくるので、そういう場合はもう外部の専門の方を呼んでいます。先日も浅草ロック座で撮影した際には、舞台照明の専門家に入って頂いて撮影しました。結局は機材を扱う人次第ですからね。
コロナ禍における撮影のあり方
コロナ禍でも現場の作り方自体は、基本的にはなにも変わらないでしょう。ただコロナの影響で予算が削られ、現場の人員を減らされるのは困った問題です。
僕ら照明部と美術部は現場では基本休み時間がない部署です。以前は朝9時に入って午前中は撮影なしでセット準備というのが通例でしたが、それも守られなくなり、現場は大変になっています。そこで、応援の助手を頼んだりするわけですが、それでもコロナ禍で人員制限などが厳しくなっています。
僕の場合、助手の数を、「Fukushima 50」のような現代劇の作品では最低5人、時代劇になると大変なので最低6人は死守します。「Fukushima 50」のときはさほど大掛かりなセット準備はありませんでしたが、それでも5人でも大変な現場でしたね。
昨年参加したNetflix「全裸監督 シーズン2」の現場はやはり厳しいながらも理想的な現場で、もちろん予算もあるからできることですが、12時間以上は連続で働いてはいけないし、終了後は10時間以上は空けないというルールもあり、すぐに次の現場を再開できません。現場でも検温、消毒などを専門に管理する衛生部というのが色々な制作部さんが集まって立ち上がりました。とても厳しかったですが、彼らの仕事も素晴らしく、とてもありがたかったです。おかげで一人の感染者も出さなかったです。
ARRI祭について
とても素晴らしいイベントだったと思います。今回は日本初お目見えの新しい機材の紹介もありましたが、そのような機会をこの京都・太秦でやってくれたのも嬉しいですよね。業界の方がこうして集まれる機会も少ないので、また京都でこういう機会が増えるといいなと思いました。