制作スタッフは初めてバーチャルプロダクションを使用して、何を思ったのか?ポスプロが佳境を迎えつつあるところで、スタッフの方々に話を聞くことができた。カメラマン、小針亮馬氏の感想を紹介しよう。
小針亮馬|プロフィール
仙台出身、東京を拠点に活動するシネマトグラファー。LAにて映画撮影を学び、現地でインディペンデント映画や長編映画の撮影を経験。日本へ帰国後は、国内及び海外のDOPの助手として、主に広告やミュージックビデオの撮影を中心にキャリアを積む。日英のバイリンガルを活かし、海外の監督やDOPとのコラボレーションが多く、グローバルなトーンの画づくりを得意とする。最近はLexus、Subaru、Hondaなどの車の広告や、ショートフィルム・映画の撮影も手がける。kiramemki management所属。
最初からインカメラVFXありきでスタート
小林氏:もともと依頼の時点から、インカメラVFXで撮ることは決まっていたのですか?
小針氏:
そうです。AOI Pro.のプロデューサー芝村至さんからUnreal EngineとLEDディスプレイを使った撮影をAOI Pro.とTREE Digital Studio で行いたいという話を頂きました。最初からインカメラVFXを使った撮影というのは聞いていましたが、僕はやったことはありませんでした。
ただ、インカメラVFXのことはなんとなく知っていました。興味もあったので、やってみたいなと思いました。
小林氏:なかなかロケとか難しそうな地下鉄ですよね。現実とフィクションの中間のような世界観でした。
小針氏:
監督のMIZUNOさんの世界観が表現された背景だったと思います。身近にある地下鉄という場所をあのような形で表現されたのは、面白いコンセプトだったと思います。
小林氏:本番の撮影の前段階で、ヒビノのHibino VFX Studioでテスト撮影をしていると思います。その時点ではどういった状況だったのでしょう?
小針氏:
テスト段階で用意されたCG背景に対してスタンドインを配置して、数シーンテストしました。人物と背景を馴染ませるためにカメラワーク、ライティング、美術のアプローチの仕方を検証しました。各部門において、本番へ向けて通常の撮影とは違う課題が見えてきました。
小林氏:レンズは何を用意されましたか?
小針氏:
SIGMAのFF Speed Primeです。同じSIGMAのClassic Primeもテスト撮影時には使用しましたが、フレアの入り方がLEDと馴染まなかったので使用しませんでした。
ズームレンズもテスト時に使用しましたが、カリブレーションの時間とズームのスピードに対する背景の追いかけがうまくいかなかったのでこちらも見送りました。なので、全て単玉使用での撮影になります。
小林氏:実写とLEDディスプレイの分離感があった感じですか?
小針氏:
LEDと人物の距離が広くとれなかったので、フォグを使用して馴染ませようと思いました。しかしフォグがLED全体の光を受けてしまい狙ったようにはならなかったので、フォグの使用をやめました。グレーディング時にグレインを足すことで、質感を増す方法をとりました。
バーチャルプロダクションはLEDディスプレイでライティングを効率よく再現できる
小林氏:照明に関してはどのように思われましたか?
小針氏:
Unreal Engineのシステムを使うにあたって、もっとも期待していたのはライティングでした。天井にもLEDディスプレイの面がありますので、極端に言えばライティングをせずに状況の仕上がりがどこまでできるのかが大変楽しみでした。
どのシチュエーションも、ベースのライティングはある程度できていたと思います。光量が足りないところはライトを足したり、カメラ側の設定を変えたりしています。
小林氏:電車の中のシーンに関しては、天井のLEDディスプレイを使うのではなく、すべてライティングを作った感じですか?
小針氏:
ライティングは結局作りましたが、天井のLEDディスプレイはやっぱりすごく良かったです。ライティングが楽になるわけではないのですが、本当にシチュエーションがポンッとある状況に持っていけてしまうことがわかりました。
また、電車の走行もライトでやらなくても、状況が作られています。だから下手にライティングしない方がリアルで良かったなと思うことがありました。
この技術を使って車とかの撮影で走らせて、窓の映り込みとかを今後試してみたいなと思いました。
小林氏:車の撮影で使いたいって言う人は確かに多いですね。
小針氏:
LEDディスプレイのクオリティーや色の出方は全然問題ありませんでした。黒の締まり方も良かったです。自分たちで使ったSkyPanelやTitan Tubeの色の馴染みも問題はありませんでした。
小林氏:自分も同じシステムを使ってみてHMIなどの他のライトとの馴染みも良かったですね。
小針氏:
最初にキャリブレーションする時にも、チャートなども結構撮りました。それと最初のベースを合わせるのは、前日に結果を整えてはいましたが、それにしても撮影中にライティングで色で何かおかしくなったことはありませんでした。ライティングに関してはとても優れていると思いました。
小林氏:撮影的な自由度はどうでしたか?
小針氏:
接地面なしで撮り続けるのは、アングルの高さを変えるという側面で限界があったと思いました。リアルな接地面があることで映像の密度は増すと思います。
あと、disguiseの仕組みとか、RedSpyのこともそうですが、それを少し知ることでヒビノさんともっとスムーズに連携できることがあったなということはありました。
LEDディスプレイのクオリティーやLEDディスプレイの種類にしても勉強しないとダメだなと思いました。
小林氏:モアレの発生で悩まされたことはありましたか?
小針氏:
モアレは発生しませんでした。深度感には気を付けて浅めにしましたね。
小林氏:どうしてもLEDとセットの接地面を作っていないと、どんどん近くなってしまう。
小針氏:
引けない問題はあって。深度は浅めにだなとは思いますね。
小林氏:ですが「マンダロリアン」とかで使っていた2.6mmピッチのやつに比べると、1.5mmでかなり近づいても大丈夫になってきてはいます。
小針氏:
あとはコマ数。ハイスピードで撮影したときに、最終的には消せましたがフリッカーが発生しました。最終的に200コマで撮影しました。
小林氏:それはしかたがないことで、このシステムだとLEDディスプレイが100Hzまでしか同期できないために、100コマが限界でしょうね。あとは、Unreal Engineの再生可能fps次第なのですが、自分がやった時のアセットだとギリギリ50コマまでだったら対応できました。
小針氏:
空中シーンは200コマで撮影をしました。落下するシーンは雲や空の動きだったので、大丈夫ではないかと思い、200コマで撮影しました。いろいろなシャッタースピードも試し、後は本編集でフリッカーを消すということで対応しました。
バーチャルプロダクションは未来がある技術
小林氏:最後に、今回インカメラVFXを体験してみて今後も使いたいと思いましたか?
小針氏:
今回の撮影を経て、僕個人的にはもう一回やりたいという思いが凄く強いです。
やはり何回か体験して構築されていく気がします。撮影しているときは少し大変だなと思っていましたが、後から考えると、この技術はとても未来がありそうで、今後の仕事で使っていきたいと思いました。
予算感やお金の話になるとまたいろいろあると思いますが、このシステムをどこかで使うのは全然アリで、違う見せ方ができる気がしました。
演じている人もグリーンバックでやるより、バーチャルプロダクションの方がいいのではという気がしています。世界観の説明が背景に出ると全然違うと思うので、演じている側も違う気がするのではととても思いましたね。
小林氏:ありがとうございました。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションのVFXアドバイザーの一面も。noteで不定期にコラム掲載。