バーチャルプロダクションはCGの背景、物理的な美術、演者がその場で合成され、リアルタイムに最終的な映像の撮影が実現可能。ポストプロダクションの大幅短縮が期待できると言われている。
では、VaundyのMV「泣き地蔵」のポストプロダクションでは、どうだったのだろうか?オンライン編集を担当したTREE Digital StudioのDIGITAL GARDEN事業部の吉田宙矢氏と、グレーディングを担当した井口美音氏に話を聞いてみた。
オンライン編集の作業期間は1週間から約1日に短縮
お二人はこれまでにLEDを使ったインカメラVFXでの撮影案件のオンライン編集やグレーディングの経験はありましたか?
井口氏:
初めてです。
吉田氏:
僕も初めてです。
小林氏:バーチャルプロダクションを体験してみて、一番感じたのは何でしょうか?
吉田氏:
作業時間の短縮化です。オンライン編集ではグリーンバック撮影によるフル合成の案件と比べて大幅に時間が短縮できました。体感ですが1週間かかっていた作業が1日ぐらいに短縮したように思います。
これまではマスク作業に時間がかかり、その後、なじませや色の調整をしないといけませんでした。バーチャルプロダクションではLEDが照明の役割も兼ねているのでそのまま馴染んでくれます。これまでかかっていた処理がなくなるので、大幅に作業時間を削減できました。
小林氏:カラーグレーディングの作業に変化はありましたか?
井口氏:
正直、オンライン編集の作業ほど大きくは変わりません。スタジオでセットを組んだ感じのカラーグレーディングに近いです。
ロケだと天候に左右されやすいですが、バーチャルプロダクションでは確実に晴れにできると思います。これまで曇りを晴れにしてくださいと言われることがありましたが、天候の心配がなくなります。
小林氏:今回はどのようなワークフローで作業をされましたか?
井口氏:
あらかじめオンライン編集で、消しものは作業をしていただいていました。
小林氏:オンライン編集に入って、戻ってきたものをグレーディングする流れですか?
吉田氏:
今回はそのワークフローで行っています。基本的にはオンライン編集後のLogデータでの完パケをグレーディングに渡して、作業をしてもらっています。
小林氏:それはとても面白いケースですね。合成が多い案件ではそういうケースは結構ありますか?
井口氏:
合成の多い映像のCMではよくあります。特にCGが絡んでくる案件では、先に合成を一通り行って、オンライン編集でOKが出たものでカラーグレーディングするのはよくあるワークフローです。
撮影現場の工夫でマスク作業を短縮
小林氏:バーチャルプロダクションでは、LEDと実写がグレーディング時に色調的に分離してしまうことに悩まされる場合があります。それについてはいかがでしたか?
井口氏:
実際、電車の車内に関しては、「背景が明るすぎる」という話がグレーディング時に上がっていて心配な部分はありましたが、意外と背景のLEDの部分だけをマスクで切りとることができました。
セカンダリで抽出できるように監督が現場で測定など検証してくださっていて、キーを拾えるようにしていただきました。
小林氏:それができる監督はまずいませんね(笑)。そういう工夫もあって、後から前景と後景で調整することが可能になったわけですね。
ちなみに、オンライン編集で照明の調整のような作業は発生しましたか?
吉田氏:
これまでのグリーンバック撮影では、グリーンバック被りを除去し、環境に合った光に合わせて、人物の照り返しなどを調整していました。
しかし、今回はそういった作業はまったくありませんでした。バーチャルプロダクションはオンライン編集の作業への影響が特に大きいと思います。とても作業はしやすかったです。
小林氏:オンライン編集で合成した部分はどこになりますか?
吉田氏:
空のシーンです。引きで落ちるカットなどは、LEDのパネルが足りない部分がありました。
そのカットに関してCGは存在しないので空はこちらですべて差し替えています。
小林氏:空のカットはハイスピード収録ですが、LEDディスプレイは対応してないと思います。そこだけはフリッカー除去をした感じですか?
吉田氏:
はい。フリッカー除去を行い、手に追えないところはマスクを切って背景ごとにすべて差し替えています。
小林氏:カメラの画角と同じ動きをした背景素材を貰えるからこそ実現できた作業ですね。
吉田氏:
そうですね。空のシーンの背景を一連でCG素材をもらい、似た箇所を差し込んでいきました。
空のシーンは単色なのでマスクを切るのに苦労することはなく、ざっくりとしたマスクでも対応できました。ただ、もし複雑な背景でしたら作業は困難を極めたと思います。
バーチャルプロダクションはCMの透過物の撮影に最適
小林氏:最後にバーチャルプロダクション技術によって、今後こんなことに期待したいことはありますか?
吉田氏:
CM業界の中でも、特に飲料系の撮影には最適かもしれません。恐らく、透過物の合成物にも使えますよね。
水が透過した時の見え方は、リファレンスのない状態だと感覚に頼りながら作るしかありませんでした。
今後この技術が普及すればその悩みから解放され、撮ったままで使えそうです。あと、映り込み系はおそらく全てバーチャルプロダクションになるかもしれないと感じました。
小林氏:確かに透過や反射の多い映像では合成だったものにとって変わりそうですね。今日はありがとうございます。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションのVFXアドバイザーの一面も。noteで不定期にコラム掲載。