企業において、イベントのライブ配信や各種セミナーのオンライン化など、映像・音声を用いた社内外のコミュニケーションに対するニーズが急速に高まっている。従来はプロフェッショナル向けの専門的な機材でしか実現できなかったそのシステムを、一般企業でもより手軽に導入可能としたのがAV over IPと呼ばれる技術である。AV over IP市場にコミットすべく、新ブランド「NETGEAR AV」を立ち上げて、AV over IP対応のネットワークスイッチで業界をリードするNETGEAR(ネットギア)に、市場の盛り上がりの背景や最新の製品動向について伺った。
企業の間で高まる映像・音声配信ニーズ
インターネットから企業のLANやWANまで、様々なネットワークのデファクトスタンダードとなっているのがIP(Internet Protocol)だ。このプロトコルに則った通信を行うことで、ネットワークで繋がったコンピュータやITシステムは、任意の相手と相互にデータをやりとりできる。昨今、このIPネットワークを介してやりとりするデータの「中身」に大きな変化が起こっている。
映像・音声データの伝送ニーズが高まっているのである。契機となったのはコロナ禍だ。感染抑止を目的としたイベントの開催制限を受け、エンターテインメント分野では多くのコンサートや演劇などがライブ配信に移行したが、同様に企業においてもそれまでリアル会場で行っていた各種セミナーや株主総会/決算説明会、商品発表会、社内研修などをライブ配信するようになった。
こうしたオンライン化のスタイルは多くの人々の間にすっかり定着し、アフターコロナの時代を迎えた現在もさらに広がりを見せているほどだ。ネットワークカメラの利用も拡大している。道路交通監視や企業拠点におけるセキュリティ確保、高齢者介護施設での入居者の見守りなどのほか、製造業ではスマートファクトリー化の潮流に乗り、生産ラインを撮影したカメラ映像をAIで解析することで、製造設備の稼働監視や歩留まりの向上、事故防止などに役立てるケースも増えている。
さらに、映像コンテンツの高精細・高解像度・広色域化も著しい。特に放送局や映像制作スタジオなどのプロフェッショナル分野で行われる映像・音声配信は4Kや8Kが当たり前となっており、必然的にネットワークを介して伝送するデータ量は膨大なものとなる。
AV over IPとは何か
周知のとおり映像・音声データの大半はすでにデジタル化されており、それらのデータをIPネットワーク経由でやりとりすること自体は古くから行われてきた。ただ、そこでの大きなハードルとなっていたのが複雑なシステム構成である。
プロフェッショナル用のAV機器では主にSDI(Serial Digital Interface)と呼ばれる高速シリアル・インターフェース規格に準拠したコネクタでマトリックススイッチャーに接続するが、機器によってはHDMIやUSBなどのインターフェースを用いることもある。当然これらの機器は個別に電源が必要で、あたり一面ケーブルだらけになりがちだ。
しかも各AV機器はDante、NDI、AVB、Q-SYSなど、メーカーごとに異なる映像・音声フォーマット(伝送方式)に基づいてIPネットワークと接続しており、要するにマルチベンダーのAV機器を統合した映像・音声配信システムを構築するには大変な苦労が伴うことになる。この課題を解決したのがAV over IPに対応したネットワークスイッチである。
AV over IPとはデジタル化された映像・音声データをIPパケットに変換して伝送する仕組みで、これに対応したAV機器およびネットワークスイッチならばLANケーブル1本でネットワークに接続し、必要に応じてエンコーダーやデコーダーを追加するだけのシンプルな機器構成で高性能な映像・音声配信システムを構築することができる。さらにPoE(Power over Ethernet)の機能を搭載したネットワークスイッチならば、接続したAV機器に対してLANケーブルを通じて電源まで供給することが可能だ。
IP化のメリット
- 映像、音声、制御データなどが 一つのネットワーク下で共存できる
- システムデザインがシンプル
- 設置後の入力機器、出力機器の追加が容易
- PoEによって、電源の配置を考慮する必要がない
先ほどコロナ禍を機に映像・音声データの配信ニーズが高まってきたと述べたが、もう1つの背景として、こうしたAV over IPの技術の成熟および対応製品のエコシステムの拡大があることを言い忘れることはできない。
AV over IPに対応したネットワークスイッチのグローバルなリーディングカンパニーとして知られるNETGEARの日本法人、ネットギアジャパン ProAV ビジネスディベロップメント マネージャーの山本明人氏は、「AV over IP対応製品が充実してきたことで、従来は放送局などプロフェッショナル用途でしか導入できなかったような本格的な映像・音声配信システムを、一般の企業レベルでも導入できるようになりました。この大きなトレンドが巻き起こっているのが、この2~3年の状況です」と語る。
AV over IPネットワークスイッチの選定ポイント
実際にAV over IPネットワークスイッチをベースに映像・音声配信システムを構築するメリットは非常に大きい。ネットギアジャパン ProAVセールスエンジニアの鹿志村秀昭氏は、「複数のAV機器の映像・音声データ、制御信号、電源をシンプルに統合し、コンテンツの制作から配信、アーカイブにいたるまで、すべてのワークフローを一貫してIPネットワーク上で完結することが可能となります」と説く。
ただし、AV over IP対応を謳ったネットワークスイッチさえ導入すれば、鹿志村氏が述べたような理想的なワークフローを実現できるわけではない。具体的にどんなネットワークスイッチを導入すべきなのか、選定における重要ポイントを整理しておこう。
1点目は、マルチベンダー対応であること。前述したとおり、各AV機器はメーカーごとに異なる映像・音声フォーマットを採用している。オーストラリアのAudinate社が開発した「Dante」、米Newtek社が開発した「NDI(Network Device Interface)」、IEEE(米国電気電子技術者協会)によって策定された「AVB(Audio Video Bridging)」、米QSC社が開発した「Q-SYS」などがよく知られているが、「ネットワークスイッチ側でサポートされた映像・音声フォーマットでなければ、目的のAV機器をIPネットワークに統合することはできません」と山本氏は語る。
2点目は、ユーザーフレンドリーな操作性を実現していること。AV over IPネットワークスイッチにAV機器をLANケーブルで接続すれば、それだけでシステムが完成するわけではない。ネットワークスイッチのポートごとに接続するAV機器の映像・音声フォーマットを指定するほか、VLANやマルチキャスト、QoSなどの設定を行う必要がある。
仮にこれらの設定を、ネットワークスイッチ独自のコマンドラインによって行わなければならないのでは、高度な専門知識を持ったネットワークエンジニアの手を借りなければシステム構築は困難だ。
「逆にユーザー自身が直感的に操作できるGUIを標準搭載したネットワークスイッチであれば、システム導入時の初期設定はもとより、運用開始後の設定変更についても内製で柔軟に対応することができます」と山本氏は強調する。
3点目は、拡張性である。社内ネットワークの構築経験者であれば、ネットワークスイッチは必要最小限のポート数を備えたものからスモールスタートし、その後のシステム規模の拡大に応じて追加導入すればよいと考えるかもしれない。しかしAV over IPネットワークスイッチでは、この常識が通用しない場合がある。
「スイッチの単純な足し算でポート数を増やせるわけではありません。同じセグメント内でネットワークスイッチが複数に分かれると適切なコントロールが効かず、一部のAV機器が認識されなかったり、大量のトラフィックが一気にネットワークに流れて帯域をひっ迫させたりするおそれがあります」と鹿志村氏は注意を促し、「したがって近い将来に必要となるポート数やバックプレーン容量などをある程度想定した上で、拡張に耐えられる機器を導入しておくことをおすすめします」と語る。この観点からも、できる限り幅広い選択肢を用意しているベンダーの製品を選ぶことが得策だ。
NETGEARが提供するProAVスイッチの特徴
実はNETGEARが上記のようなポイントに徹底してこだわり、製品化を進めてきたAV over IPネットワークスイッチが「ProAVスイッチ」なのである。まずマルチベンダー対応だが、ProAVスイッチは基本的にあらゆる映像・音声フォーマットに対応するという方針を打ち出している。前述したDante、NDI、AVB、Q-SYSをすべてサポートするほか、SMPTE(米国映画テレビ技術者協会)が放送局市場向けに仕様を策定した「SMPTE ST 2110」という規格についてもProAVスイッチの上位モデルでサポートすべく準備を進めているという。
「NETGEARはAV業界の主要な標準化団体や協会、有力メーカーとR&Dレベルでアライアンスを組み、動作検証まで協業して行うことで、広範かつ高信頼のマルチベンダー対応を実現しています」と山本氏は訴求する。
次に操作性はどうだろうか。ProAVスイッチでは従来のネットワークスイッチのようなコマンド操作は一切不要だ。シンプルでわかりやすいAV UIにより、マウスのクリック操作のみでVLANからマルチキャスト、QoSなどの設定が反映される。これならばネットワークの専門知識がない人間でも十分に対応することが可能だ。
さらにその機能は導入後も進化していく。「随時行われるファームウェアのアップデートを通じて、より良いユーザーエクスペリエンスを提供していきます」と鹿志村氏は語る。
そして拡張性もProAVスイッチの大きな特徴となっている。具体的にはPoE+(30W/ポート)に対応した1Gポートを8~40搭載したフルマネージスイッチから、Ultra90 PoE++(90W/ポート)に対応した10Gポートを4~44搭載したフルマネージスイッチ、100Gポートを8~32搭載したフルマネージスイッチまで幅広いラインナップが用意されており、自社の事業計画にあわせた最適な選択が可能だ。
PoEの給電仕様表
クラス | 給電機器の供給電力 | 規格 | タイプ | |
0 | 15.4W | IEEE802.3af | デフォルト | PoE |
1 | 4.0W | タイプ1 | ||
2 | 7.0W | |||
3 | 15.4W | |||
4 | 30.0W | IEEE802.3at | タイプ2 | PoE+ |
5 | 45.0W | IEEE802.3bt | タイプ3 | PoE++ |
6 | 60.0 | |||
7 | 75.0 | タイプ4 | ||
8 | 90-99W |
加えてこれらのProAVスイッチは、AV over IP対応でありながら複数台のスイッチをリーフ&スパイン型の2階層構成の大規模な映像・音声配信システムを構築できる。通常、こうしたマルチキャストを伴う複数スイッチの構成では、映像・音声トラフィックを目的の場所に到達させるために複雑な設定が必要となるが、すべてのProAVスイッチはIGMP(インターネットグループ管理プロトコル)に対応したIGMP Plus機能を標準搭載しているため、複数スイッチをほぼゼロタッチで最適設定を行うことができる。
「任意のTX1(送信ホスト)のトラフィックのみを目的のRX4(受信ホスト)に送信することができるため、ネットワーク全体に大量のトラフィックがあふれ出す、いわゆるフラッディングを避けることができます」と山本氏は説明する。
こうしたProAVスイッチをはじめとするAV over IP技術を効果的に活用することで、企業は映像・音声コンテンツを用いた社内外のコミュニケーションを活性化させ、ビジネスを加速させていくことが可能となる。
ネットギアではProAVシステムデザインの専任チームが日本を含めた各国に在籍しており、24時間365日、各言語でサポートをしています。
AV over IPに関してのご相談は、ProAVDesign@netgear.comまでお気軽にご連絡ください。
小山健治(こやま けんじ)
システムエンジニア、編集プロダクションでのディレクターを経て、1994年よりフリーランスのライター、ジャーナリストとしてエンタープライズIT分野を中心に活動中。著書に「図解 情報・コンピュータ業界(東洋経済新報社)」、「One to One:インターネット時代の超マーケティング(IDL)」、「CRMからCREへ(日本能率協会マジメントセンター)」、「文系でも大丈夫? 実態から探るSEの就職・転職・キャリアアップ術(技術評論社)」などがある。