新型コロナウイルスの流行をきっかけに、企業の活動にも変化が起き始めていて、ライブ配信や動画マーケティングの活用が進んできています。それに伴い、外部の映像専業会社に委託していたような案件も、社内で内製化する企業が増えてきました。

今回は、静岡県浜松市に本社を置く楽器や音響機器、スポーツ用品、自動車部品、ネットワーク機器の製造販売を手がけるヤマハ株式会社が、自社スタジオを構築し製品の検証に活用している取り組みを、同社CCA事業部事業開発部CS&Cグループ主幹 白井瑞之氏に伺いました。

Vol.05 本格的なスタジオ配信設備を自社製品の開発に生かす説明写真
CCA事業部事業開発部CS&Cグループ主幹 白井瑞之氏

社内のウェビナーや勉強会でATEM Miniを導入

白井氏:

弊社では2020年にコロナ禍の影響を受けて、社内でのウェビナーや勉強会の用途でATEM Miniスイッチャーを導入しました。あの価格で、ああいうスペックのものが他になかったですし、似たようなものでも安くても10万円越えするところを5万円以下で販売していたので、使ってみてダメだったら別のものを買えばいい、と気軽に導入できる点も良かったですね。
またコロナ禍で配信需要が高まった時に、弊社の音声ミキサーAG03(現在は生産終了し後継モデルのAG03MK2となっている)などのAGシリーズとATEM Miniシリーズを一緒に使われるお客様が多かったこともあり、その組み合わせの検証用とも考えていました。
さらに、弊社ではユーザーさんと同様の環境で製品の検証ができるように、セッションスタジオやレコーディングスタジオのような実験室を備えた新開発棟を2018年に建設しました(当時の記事)。そこで社内イベントを開催した時に、OBSとATEM Miniを組み合わせて配信することもありました。

自社製品の検証のため、より本格的な配信環境を構築

白井氏:

また、弊社は音響機器のメーカーなので、音だけに集中してしまいがちなのですが、やっぱり今の配信は映像抜きでは成り立たないと考えています。配信用途で弊社製品を使うお客様も増えたことで、自分たちでもきちんと配信をできるような環境を作って、お客様のマインドがわかるようになりたいと考えて自社内のスタジオに配信設備を導入することにしました。
初めは、社内ですでに導入していたATEM Miniシリーズを追加で購入するつもりだったんですが、業務用途での本格的な環境での検証に備えるためにATEM Television Studio Pro 4Kを導入しました。映像機器間の接続には当初HDMI接続で考えていたんですが、このスイッチャーがSDIベースだったのでそれに合わせて、カメラなどの周辺機器もSDI接続のBlackmagic Studio Camera 4K Pro、Blackmagic Design Studio Converter、Web Presenter 4K、HyperDeck Studio HD Plus、Micro ConverterやMini Converterを導入しました。業務用途では確実なオペレーションが求められますので、物理操作子があって、ハードウェアで安定的に動くものに拘って、このようなセレクションになりました。

融合する音と映像

白井氏:

コロナ禍で音楽ライブも配信するようになり、弊社のミキサーと映像を組み合わせることが増えてきました。また、現場によってはメインのミキサー以外に、配信用のミキサーが別で用意される場面も増えています。そういうユースケースでどのような機能やルーティングが必要か、自社イベントなどで実際に使用して検証したりしています。
2023年の4月に発売開始したデジタルミキサーDM3 Standardを実際に使ったりしていますが、DM3はサイズがコンパクトなため場所を選ばず、スペースの限られる配信用途で活用できる製品ですね。
そういった新製品の配信に関するワークフロー全体を検証するため、Blackmagicの製品と組み合わせてみたりしています。

バーチャルマーケット2022 WinterのトークセッションをYouTubeで配信

白井氏:

2022年の12月に開催されたイベント「バーチャルマーケット2022 Winter※1」というメタバース空間で行われているイベントに参加しました。様々なクリエイターや企業が出展して、来場者はアバターで参加する仕組みです。
弊社では、そのメタバース空間の中にヤマハ銀座店をモチーフとしたブースを出展しました。1階は試奏フロアで来場者は楽器を持つことができたり、2階はボカロフロアで有名ボカロPさんの作品に合わせてダンスができたりします。地下1階にはヤマハ銀座スタジオを模した空間があり、VRで活動するアーティストのイベントや弊社の開発者によるトークイベントをメタバース空間で行いました。
来場者はVRゴーグルを装着しVRChat※2からメタバース空間に入り、あたかも同じ会場にいるような形でこれらのトークイベントに参加できるんです。
このトークイベントを一般の方でも見えるように、YouTubeでも配信することにしたのですが、映像と音声のシステムを構築するのに非常に苦労しました。3人の登壇者がいたのですが、それぞれの視点をPCからキャプチャー、さらにはメタバース空間内の登壇者の様子を「撮影」するバーチャルカメラマン役の視点をPCからキャプチャーし、それらをATEM Television Studio Pro 4Kに入れてYouTube Liveで配信しました。
※1バーチャルマーケットとは、メタバース上にある会場で、アバターなどの3Dデータ商品やリアル商品(洋服、PC、飲食物など)を売り買いできる世界最大のVRイベント。世界中から100万人以上が来場し、ギネス世界記録も取得している。
※2VRChatとは、バーチャル空間の中でほかのプレイヤーと交流したり、様々なコンテンツを体験したりできるVR SNSのこと。

バーチャルマーケット上のヤマハ店舗

音の専門家ならではの戸惑い

実はこれらの配信機材が揃ったのがこのトークイベントの直前で、最初に導入したATEM Miniよりもボタンも多く、より専門性の高い操作が必要で戸惑うこともありました。そもそも、オーディオの世界と用語も違うので、ボタンに書かれている略称が何を意味しているのかがわからないというところから始まりましたが、設置も含めなんとか自分たちだけで行うことができました。使い慣れてからは便利だと感じるところもわかってきました。

社内の音楽ライブの配信にも利用

白井氏:

以前ATEM MiniとOBSを組み合わせて社内の音楽イベントを配信していましたが、今回導入したこれらの機材を使うようになって、今まで不便に感じていたことが一発で解決しました。映像を全部このシステムに集中させて一元管理でき、あとはミキサー卓の音をステレオでスイッチャーに渡せば完結するので、シンプルで使いやすいですし、トラブルシューティングもしやすいです。また、Web Presenter 4Kでハードウェアエンコードして配信できるため、以前よりも安定性が増しました。
カメラがスイッチャーと連動してくれる点もいいですね。GPIをわざわざ設定しなくてもタリーが連動してくれるので、実際のステージとスイッチングしている場所が離れていてもうまく行きました。カメラは、スイッチャーがいるスタジオとステージ間に引いているトランク回線を使ってケーブル一本で接続。また部屋間には光ファイバーを敷設しているので、SDIが足りなくなった分はMini Converter Optical Fiber 12Gを使って光ファイバーに変換していました。映像の収録や再生にはHyperDeckを使用しています。

セッションスタジオ

常設でないからこそ、同一メーカーで揃えるメリット

白井氏:

弊社では様々なチームが実験室としてレコーディングスタジオやセッションスタジオを使用するため、基本的には機材を常設していません。そのため使うたびにセットアップする必要があるのですが、Blackmagic Designの製品で統一しておくことで、相性問題などの心配をしなくて済みます。
OBSなどのソフトウェアミキサーやNDIなどで構成することも試したことがありますが、ネットワークの設定や帯域の問題で動作が不安定になることもありました。専任チームがいれば問題ないのかもしれませんが、限られた時間でセットアップしてオペレートすることが多いので、同じメーカーのハードウェアで構成するシステムだと安心できますね。

ラックなどにきれいに並んでいる製品

「音」の会社が「映像」を知ること

白井氏:

弊社での(Blackmagic製品の)使い方は、「インハウス」と言ってもかなり特殊な使い方になると思います。いろいろな検証やイベントなどで、自分たちで使ってみることで、ユーザーさんの気持ちを知り、映像も音響も含めた全体像を把握できます。弊社は音の会社ですが、もう音と映像は切り離せないところに来ているので、映像が増えてきている中でのソリューションを見つけていきたいと考えています。
今までは音と映像のプロがそれぞれ専門の機材を使って作業していましたが、現在はBlackmagicさんや弊社でもプロ以外の方にも手が届くような手頃な製品を出しています。配信などの需要が増えたことで今までとは違うユーザー層も増え、音と映像を両方扱う方も多くいらっしゃいます。その中で、映像を扱っている人にも使いやすいミキサーだったり、Blackmagic製品のような映像機器と連携できるものを探っていきたいと思っています。