α9 IIIの当日の発表を見ながら、筆者が衝撃を受けたことを鮮明に記憶している。何のことかと言えば民生ミラーレスカメラ初のCMOSグローバルシャッターを搭載したことに他ならない。というのも筆者はスチル撮影をメイン機能とするカメラにCMOSグローバルシャッターセンサーが搭載される日はまだ当分先だと思っていたからだ。新しもの好きの筆者にとって、その発表は驚きつつワクワクしたものだ。
動画撮影における、ほとんどのカメラがCMOSローリングシャッター機となっている現在、グローバルシャッターが何なのかをご存知ない方もおられると思う。今回はグローバルシャッターに関する解説も交えながらα9 IIIの紹介を行う。
ソニーα9 III概要
まずはα9 IIIの動画性能に関わる部分を中心に概要を記載する。
- 撮像素子:35mmフルサイズ(35.6×23.8mm)、Exmor RS CMOSセンサー
- カメラ有効画素数:静止画時: 最大約2460万画素、動画時: 最大約2030万画素
- 総画素数:約2520万画素
- 光学ローパスフィルター:あり
- 手ブレ補正機能:イメージセンサーシフト方式5軸補正(補正方式はレンズ仕様による)
- ブリージング補正(動画):あり
- 質量:約703g(バッテリーとメモリカードを含む)
- 外形寸法(幅x高さx奥行):
約136.1×96.9×82.9mm
約136.1×96.9×72.8mm(グリップからモニターまで) - Log撮影:S-Log3搭載(色域S-Gamut3/S-Gamut3.Cine)
- 記録フォーマット:
4K24p/30p/60p(6Kオーバーサンプリング)4:2:2 10bit
4K120p(クロップ無し)4:2:2 10bit - 参考価格(ソニーストアの価格):88万円
なお、α9 IIIにはメカシャッターは搭載されていないがセンサーシールドは搭載されている。これはレンズ交換時のセンサーへのダスト対策に有効である他、スチル長秒露光時のノイズリダクションがONの際、ダーク減算のためセンサーシールドを閉じる動作をする。
グローバルシャッターの何が凄いのか
まずはα9 IIIの最大の特徴であるグローバルシャッターに関して説明をしたいと思う。
グローバルシャッターとローリングシャッターのと違い
グローバルシャッターとローリングシャッターの違いを端的にいうならば、「露光開始~終了時刻が撮像面全域で揃っている」か否かである。
ローリングシャッター機は一般にセンサーの上部〜下部で異なる時間で露光開始を行い、露光終了もまた異なる時間となる。つまり、水平方向に高速で横切る被写体であったり高速なパンを使ったカメラワークをすると動画撮影時においては多かれ少なかれ像の歪みが必ず撮像されるのがローリングシャッターであり、近年発売されている全ての民生ミラーレスカメラがこの方式である。
スチルカメラは一般にメカシャッターを併用するため、センサー自身が持つ幕速を「隠す」ことが可能なのだが、メカシャッターを使うことができない動画撮影においては前述のローリングシャッターによる行(縦)方向の時間差(スキュー)が映像の歪みとなって現れる。
とは言え、このスキューは技術の進歩、メーカーの努力によって近年急激に短くなってきた。一般にはスキューは4msec程度になればスチルのメカシャッターと同等レベルになるため、ほぼ歪みは気にならないレベルとなるのだが、動画撮影においてそのレベルに達した民生向けのセンサーは無かったというのが筆者の認識である(スチル撮影時においてはメカシャッターレベルに到達しているのがソニーα1やニコンZ 8/Z 9である)。
ハイスピードカメラなど一部の特殊用途で使われるカメラや高価なシネマカメラを除き、民生カメラのスキューは8msec(ソニーα7S III/FX3)程度が最高速だったわけであるが、今回のα9 IIIは「0(ゼロ)msec」なのだ。
α9 IIIに採用されているセンサーの技術的な部分は公開されていないが、露光開始は撮像面で一括で受光開始し、電荷蓄積を行った後に全画素の電荷蓄積の状態をメモリ(キャパシタ)に一括転送(露光終了)をすることで実現しているはずだ。その後はメモリに蓄えられている電荷情報を順次ローリング読み出しを行うことで、露光開始〜終了時間の同時性を担保するのがCMOSグローバルシャッターの原理である。
一部で実用化されていたCMOSグローバルシャッター
実はCMOSグローバルシャッターは以前より実用化されているのだが、その適用製品は主にマシンビジョンなど工業用途に使われることが多かった。というのも、CMOSグローバルシャッター機能を搭載したセンサーは(一般に)画質の面で劣るとされていたからだ。故に画質を優先するデジタル一眼の分野においてはCMOSグローバルシャッター機の登場はまだ先のことだと筆者は考えていた。また、CMOSグローバルシャッターは露光開始と露光終了(メモリ転送)は同じ時間であっても、メモリの読み出しが転送から一定時間が発生すると本来撮像とは関係ない電荷が発生する寄生感度という特性ある。その特性からもCMOSグローバルシャッターをデジタル一眼で用いるにはリスクがあると筆者は考えていた。
α9 IIIのCMOSグローバルシャッター画質インプレション
前述の話を含めCMOSグローバルシャッターが実用化されていなかったのには様々な理由があると思うのだが、その一番の要因はやはり「ローリングシャッター機に対しての画質劣化」であるという理解をしている。
α9 IIIは「画質」が求められるミラーレス分野において実用化されたからには、それらに関する多くの課題をクリアしたからなのだろうと思うのだ。そして、今回α9 IIIを試させていただいたところ、ネイティブ感度が高いという制限はあるものの、従来のCMOSローリング機に引けを取らない映像品質であることが確認できた。
作例
まずはいつものように作例をご覧いただければと思う。
いつも撮り慣れている被写体をいつも通りに撮影しつつ、普段ローリングシャッター歪みが画に映る様な被写体、撮影スタイルでも試している。それは例えば下記のシーンである。
このシーンは被写体を追うために高速にパンさせているもので、普段であれば背景のフェンスは歪みが生じるシーンだ。α9 IIIでは当たり前の話だが、そのローリング歪みは見当たらない。
また、高感度に関してもISO6400/12800でのカットを織り交ぜている。高感度撮影に関しては正直ここまで映るとは想像していなかったのだが、ISO6400は被写体によっては十分使い物になるレベルであると感じた。
さらに高感度でありがちな色転びもほぼ感じなかった。この件に関しては別途後述しているので記事の後半部分をご覧いただきたい。
また、作例ではほぼS-Gamut3/S-Gamut3.Cineを使用したが、発色も自然で以前だと気になっていた人肌の発色も含めて美しい表現が可能と感じた。
記録フォーマットによる解像度の違い
α9 IIIは先代のα9IIに比べて多くの動画ユーザーに刺さるスペックを備えている。そもそもα9/α9IIにはLogなどの動画撮影機能が無く、速い幕速もスチル撮影でのみ有効だった。今回のα9 IIIはLog撮影をはじめとして動画撮影機能に関して十分なスペックを備えている。
記録フォーマットは前述の通りであるが、α9 IIIに搭載されている「クロップの無い 4k120p」に着目してみた。
製品ページによればα9 IIIは4K30pと4K60pは6K(6042×3396ピクセル)からのオーバーサンプリングによる解像感の高い撮影が可能とある。4K30pと4K60pは同じ解像度で撮影することができる。
言い換えると4K120pは6Kからのオーバーサンプリングではない。
そこで実際の解像度を数値化してみたのが下記である。
グラフは4K30pの相対比較となっているが、4K30p/60pは4Kパネルで表示できる限界に近い解像度を誇っていることを確認した。つまり他の2400万画素クラスのカメラ同様にオーバーサンプリングの効果が十分発揮されており、4Kパネルの限界を活かした解像度の高い素材を撮影するには十分な性能と言える。
一方で4K120pは概ね4K30p/60pの約73%ほどに解像度が低下する。これはデータレートの問題ではなく、そもそも読み出し方式が4K30p/60pに比べて異なっていることを示している。
やや解像度は落ちるため、4K120p素材は目の肥えたユーザーや視聴者であれば4K30p/60pに対して見劣りを感じる可能性はあるが、多くの視聴者には気づきにくい違いなのかもしれないし、4K30p/60pと同等の解像度を望むのは贅沢なことなのかもしれない。
手ブレ補正による画角の違い
α9 IIIには複数の手ブレ補正モードが存在し、スタンダード/アクティブ/ダイナミックアクティブの3種類が選択できる。アクティブとダイナミックアクティブはいわゆる電子手ブレ補正によるブレ低減を行うモードである。その画角変化はレンズ、ピント位置によって若干異なっている様で固定した数値とはならなかった(ブリージング補正はOFFしているものの動画撮影では歪曲補正がOFFできないことが関係しているのかもしれない)。
とは言え、概ね16mm〜70mmの間では概ね下記の様な数値となっている。
- アクティブ:約1.15倍
- ダイナミックアクティブ:1.4倍強
動画の手振れ補正の効果に関してはダイナミックアクティブ設定は効きがよいものの、ジンバルで撮影したブレの無い映像とは正直かなり差がある。一部で実現されているジンバルの様な映像が撮れる他のミラーレスカメラに比べ効きは弱いと言う印象を受けた。
ただし、αシリーズ全般に過度な手ブレ補正はしない傾向にあるため、超広角でのボディ内手ブレ補正による像の歪みはアクティブでもほとんどみられない。このあたりは各メーカー色があると言える部分だ。
感度別画質比較
筆者がα9 IIIが発表になった際に気になっていた部分は高感度画質である。
それはベース感度がISO250である点や、グローバルシャッターを適用した点で過去のカメラとは画質が大きく劣化するのでは?と想像していたからだ。一般に高ISOで気になるのは中間照度ではなくシャドー部のノイズの乗り方である。今回は標準照度と-3STOP撮影の2つの条件でISO感度を振った画質を取得した。
なお、撮影はS-Log3/S-Gamut3.Cineで行い、Rec709に変換したものだ。ISO500〜ISO1600は拡張感度となるため参考画像として捉えていただければと思う。
以下はまず標準照度の画質変化に関してである。
α9 IIIのS-Log3の最低感度はISO2000である。これが基準となる。尚ISO500でも撮影は可能だが、ハイライトクリップまでの余裕がなくなるのでこのカメラの本来のダイナミックレンジが活かされるのはISO2000からと考えて良いだろう。
拡大するとわかるのだが、各パッチに細かいノイズがはっきり確認できるのはISO6400からである。
続いて-3STOP画質変化の一覧である。まずは全体の絵を見ていただくとわかるように高感度のシャドー領域でありがちな色転びも感じられず全感度領域において発色はほぼ同じであると言える。
次にISO2000を拡大したものが下記である。
さらにISO6400に設定したものが下記。
一般的な24MPクラスのカメラよりも若干劣るか同程度といった所である。筆者は24MPクラスのカメラで4K撮影する際はISO6400までを上限として撮影してきたが、α9IIIにおいてもほぼ同じレベルで使用することができると感じた。
当初はα9 IIIの高感度の弱さを懸念していたのだが、それは少なくとも動画撮影においては杞憂であったと言えよう。
Log撮影時の最低感度はISO2000
α9 IIIの高感度は個人的な感想で言えばISO6400まで使えると記載したが、最低感度設定側には少し注意が必要だ。
α9 IIIはスチルガンマの最低感度がISO250の関係から、S-Log3の最低感度は2000となっている。拡張感度を使えばS-Log3の最低感度はISO500に設定できるが、その際はハイライトクリップまでの余裕はISO2000に比べて2段下がる。
そのため、S-Log3で日中にレンジの広い撮影を行いたい場合はNDフィルタが必須となると考えた方がよいだろう。
なお、筆者がハイライトクリップする照度でS-Log3データを取得したところ、ISO500では10bitコード733@ISO500、890@ISO2000となった。これはS-Log3のホワイトペーパーに照らし合わせると、18%グレー基準でそれぞれ4.05STOP/6.06STOPとなる。仮に低照度側で8STOPが確保されていた場合、スペック上のダイナミックレンジはISO2000で14+STOPとなり、IO2000では従来のフルサイズセンサーと遜色ないレンジが確保されていると言える。
優秀なAF
以前も本サイトで、SONY FX30をレビューさせていただいたが、その時同様に印象的だったのがAFの優秀さである。各社認識AF技術はしのぎを削っているがα9 IIIは一歩進んだ性能であると感じた。
今回は航空機撮影の場合は、被写体認識をさせることによりほぼフルオートの撮影をおこなった。一般にこの手の撮影をすると、被写体を大きくクローズアップしたりすると認識が外れることが多いのだが、少なくとも航空機の撮影においては被写体の認識が外れることは少なく、常に被写体に吸い付くような挙動だった。
撮影者はフレーミング、パン、チルト操作に集中すればよく、非常に楽なAF性能で文句の付けようがない。
まとめ
このカメラは実売90万円近くであり、非常に高価なものだ。だが、このカメラでしか撮れない映像は確かにあるだろう。それを理解して使う分には決して高い買い物ではないと思う。
水平方向に高速に横切る被写体を歪みなく撮りたい、フラッシュバンドを後処理無しに完璧に避けたいというニーズは映像制作者の中でも一定数あるだろう。一方で、ローリングがある程度発生する映像に世間(視聴者/撮影者共に)の目が慣れて来たという事実もある。よって、映像制作においてグローバルシャッターが必要かという点はそれぞれが判断して頂くことになろうかと思う。
CMOSグローバルシャッターがミラーレスカメラに初導入されたα9 IIIは記念碑的な存在となるのは間違いないだろう。そしてこのカメラが、これから先のミラーレスカメラ技術の方向そのものを変える存在となるかもしれない。
SUMIZOON|プロフィール
2011年よりサラリーマンの傍ら風景、人物、MV、レビュー動画等ジャンルを問わず映像制作を行う。機材メーカーへの映像提供、レビュー執筆等。現在YouTube「STUDIO SUMIZOON」チャンネル登録者は1万人以上。Facebookグループ「一眼動画部」主宰「とあるビデオグラファーの備忘録的ブログ」更新中。