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Netflix「三体」ワールドプレミアを押さえよ!

SXSWの現場について映像関連を中心にレポートする。まずNetflix版「三体」のワールドプレミアの詳細を伝えよう。イベント実施についてはVol.03で既報の通りだが実際に参加してきた。会場は市内のパラマウント劇場。ここで「三体」がワールドプレミア上映されると聞き現場に急いだ。

当然の如く長蛇の列!最後尾を辿るだけで何ブロックも歩き、観劇するのは無理なのでは?と弱気になる。

本年度のSXSWにおけるNetflixの活動は「三体」一色であり高い本気度が見受けられる。3月21日からNetflix上で公開されるとはいえ、どうしても今観たくなってくるではないか。原作も全巻読了しているのだ。

ようやく最後尾に到着したが、既に上映予定時間を過ぎている。SXSWの係員から無事整理券が渡された。

初めて入ったパラマウント劇場は年代物の素晴らしい装飾に包まれた由緒正しい場所だった。2018年のSXSWでは「レディ・プレイヤー・ワン」のプレミア上映がここで行われスピルバーグが登場した。

「3 BODY PROBLEM(英題:三体)」と印刷された黒い巾着袋が全席に置かれている。中からクロームメッキされた曲面状の物体が出てきた。まさかこれは…劇中に出てくるVRゲームを遊ぶためのヘッドセットに違いない!しかもこのまま撮影に使えそうなクオリティ。

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シルバーに光るヘッドセットを装着した筆者。テンションあがるー!

どうやらプレミア参加者全員へのプレゼントらしい。なんと太っ腹なNetflix!…と、司会者が登場した。そして数人の出演者が壇上に上がり劇場内の熱量が上がる。やがて劇場内の照明が暗くなった…。

えっ、これが「三体!?」

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ワールドプレミアが行われるパラマウント劇場

「デデンー!」観客全員がスクリーンを注視している中、Netflixのモーションロゴが出てくるだけで大歓声!そして始まった第一話、文化大革命の凄惨なリンチシーンから始まるのは原作と同じだ。

しかしその後の舞台が…原作とは違って中国じゃない!キャストも国際的に幅が広く、登場人物がほぼ全員中国人である原作とはかなり違う印象だ。中国テンセント版ドラマ「三体」は舞台も登場人物も原作に忠実なようだ。一方、Netflix版は視聴ターゲットをよりグローバルに広げて企画し直したようだ。しかしこれ以上の詳細は3月21日を待ってほしい。

さて第1話の上映後、スタッフリストが流れ始めると再び大歓声が鳴り響く。ここに集まっているのは皆プロの映像関係者であり、ワールドプレミアの現場に立ち会えた事に心の底から感激しているのだ。

やがてスクリーンの前にキャストが並び始めるとさらなる歓声が轟いた。オフィシャルのカメラマンが「記念写真撮るからみんなヘッドセットを被って!」と声を張り上げる。

シルバーに光るヘッドセットを観客全員が被った姿はかなり壮観であった。さてNetflixの「三体」は前述のとおり3月21日世界公開である。配役や舞台のことはあまり気にせず、原作が生み出した壮大な世界観に浸るのを楽しみにしたい。

世の中に良いインパクトを与えるためのXR

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XRについても触れてみよう。SXSWフィルム部門にバーチャルカテゴリが登場し、VR展示を始めたのは2017年頃である。現在では認知も人気も高まっており、2日間だった開催期間が今年は3日間に延長された。しかし人気を集めた結果、30程あるブースのうちどこも開場と同時にその日の予約がすぐに埋まるため、全体を観て回るということがかなり難しくなっている。

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そんな中、今回もいくつかを体験できたので紹介する。Vol.03で紹介しきれなかった部分も追加したい。

Impulse

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最初に紹介するのは英国・フランスの作品「IMPULSE」。ADHDの現実を描いたミックスド・リアリティ・インタラクティブ・ストーリーで、体験者は眼の前に現れた建物や空間の中で登場人物が悩み、もがき、言葉を発する様子を観る。

それぞれのシークエンスの最後に再び言葉が登場し、体験者は左右のコントローラーで言葉を集め、空間内の壁に貼り付ける。部屋の壁は次第に登場人物の言葉達で埋め尽くされる。登場人物たちの考え方に共鳴し、人生のパターンを読み解くことを学び、体験者の考え方に影響を与える試みである。

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VRゴーグルはMeta Quest 3を使用。18分の完全版は2024年後半リリースの予定。

Dani: the Portrait of a Beauty

次に体験したのは韓国のVR作品「ダニ:美女の肖像」。昔の風俗画に基づくバーチャルリアリティ体験として作られたこの作品では、1700年代の朝鮮王朝の日常生活がリアルに描かれ、体験者を旅へと誘う。韓国の伝統風俗画がそのまま動くようなビジュアル・アートを通して、体験者はダニの感動的な愛の物語に入り込む。

ひとりの歌い手と音楽がベースとなる韓国の伝統的民俗芸能のスタイルの中、ミュージカルのようにストーリーが展開し、体験者は客席で演劇を観ているように楽しみながら、自分もその風俗画の世界の中に入ったような感覚を得られる。

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演者の動きはリアルな役者の演技をモーションキャプチャーしており、古(いにしえ)の絵画空間のなかで演技や舞踏を活き活きと披露する。全6幕程度の展開となっていたが全体的にリズムがあり非常に演劇的で見やすかった。

口承文芸+音楽+モーションキャプチャーされた演劇的表現という構造は、日本でも消えつつある古の演劇文化をXRの形で残せるのではないか。VRゴーグルはMeta Quest 3を使用。

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Nâ Tâu Tsí á(Sister Lin-Tou) VR

次に紹介するのは台湾の「林投姐(シスター・リン・トウ)Y」。映像とシンクロして動く椅子がセットになっているこの作品は会場でも注目の的だった。ストーリーのベースとしては、台湾の伝統的な民間伝承シスター・リン・トウの物語からインスピレーションを得て、身体と宇宙というテーマを掘り下げている。

椅子に座りゴーグルを装着する。眼の前に出現した森を進むと、その先の空間に現れたのは巨大な足である。自分が小さな虫にでもなったかのようなスケール感の中、極めてリアルに描かれた巨大な足を舐めるように移動していく。ここで椅子が上下左右に動き、VR空間を立体的に移動している感覚が得られる。やがて身体の全体像が見えてくると、それは恐ろしく巨大な全裸の女性であった。

その肉体の上を這うようにさらに移動していくと、樹木のような髪を超え、体験者の視覚は背中に移動していく。広がるのはバルドと呼ばれる荒廃した砂漠のような風景、ここで体験者は生の始まりの限界空間を体験する。やがて視点は身体の前面に移動し、広大な空間に浮かぶ彼女の姿を宇宙全体として認識する。

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伝承や伝統がベースになっている部分に韓国のDaniとの類似が見られる。VRゴーグルはHP製を使用。

The Tent

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最後に紹介するのは英国の「The Tent」。会場には2つのテントが並べられ中で何が行われているのかが大変気になる。VRゴーグルではなくiPad Proとヘッドフォンで鑑賞するスタイルで、体験者がテントの前に置かれた机のコードを読み取ると画面内にボリュメトリックなミニチュア世界が出現。主人公の女性の家の庭に突然登場したテントと、そこに居座り続ける「誰か」との対話を軸に話が進んでいく。ロサンゼルスを舞台にした現代のおとぎ話のようなストーリー。

この作品で作者はアクティビズムの本質を問い、観る者に「善良な人間であるためには、なぜ世界はこれほどまでに複雑なのか?」というメッセージを問いかけている。21分の作品の前半はテントの外で鑑賞し、後半はテントの中のiPad Proで続きを鑑賞、テント内で生活するもう一人の「自分」の視点を体験する。iPad Proでの鑑賞としたのは展示の数をスケールさせたいという意図かららしい。確かに運営はシンプルだった。

「For Good」と呼ばれる流れ

以上、4つのXR作品を紹介した。筆者のキャリアの基本軸は広告業界で、4年前まで大手広告代理店に勤務し相当な数の海外広告カンファレンスを訪れる機会があった。その中で10数年強まって来ている傾向がある。それは「For Good」と呼ばれる流れだ。

海外広告賞では広告が「面白い」あるいは「商品が売れた」だけでなく、それがどれだけ世の中に「良いインパクトを与えたか」が問われる様になってきており、その総称を「For Good」と呼んでいるのだ。この流れがXRにも波及したのか、上記のXR作品はどれも「世の中を良くする(あるいは過去の名作を再構成する)」という視点が見られた。

どれもなぜこの作品が描かれるべきなのか、どのようなインパクトを世界に与えたいのか、という点が明確なのだ。SXSWがセレクションしたこれらのXR作品達に、クリエーターとして、日々の忙しい業務の中で失われがちなその視点を大事にしなさい、と諭されたような気がする。

Mitsushi Abe(Galliano Inspirations Inc.)|プロフィール
株式会社ガリアーノインスピレーションズ代表取締役 クリエイティブディレクター/東京工芸大学非常勤講師 2020年電通を退社し独立。Cannes Lions、TCC、ACCなど国内外の広告賞を多数受賞。