Thypoch「Simera-C T1.5」シリーズレビュー。オールドレンズに代わるタイムレスなシネマレンズセット Vol.01 [新世紀シネマレンズ漂流2025]メイン写真

映像制作において、レンズの選択は作品の質感や表現力に大きく影響を与える。特に、オールドレンズの持つ独特の風合いや光のにじみ、フレアの美しさに魅了されるクリエイターは多いだろう。

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目の前の光景をより情緒深く捉えてくれる一方で、そのオールドレンズならではの個性が足枷となることもある。幅広い焦点距離を揃えるとなると、レンズ毎の個体差にルックを合わせるのもひと苦労だ。筆者もLEICA Rマウントを24-200mmまで単焦点・ズームレンズを交えて揃えてみたものの、この点がネックとなり結局は気に入った数本だけで運用することが多い。

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ThypochのSimera-C T1.5シリーズは、オールドレンズ志向の制作者にとって、クラシックな描写と現代的な光学性能を融合させた、これまでになかったシネマレンズとして、注目を集めるに違いないシリーズだ。

本記事では、Simera-C T1.5の5本セットについて、専用ケースの使用感も含めてレビューする。中小規模の映像制作を行う個人やチームにとって、どこまで理想的な選択肢となり得るのか。その可能性も探っていきたい。

Thypoch Simera-C T1.5 シリーズの概要

基本スペック

  • 焦点距離:21mm / 28mm / 35mm / 50mm / 75mm
  • 開放絞り:T1.5(全レンズ共通)
  • イメージサークル:フルフレーム対応
  • マウント:Eマウント、Mマウント(他のミラーレスマウントにもアダプターで対応可能)
  • レンズ構成:非球面レンズ、低分散(ED)レンズ、高屈折率レンズを採用
  • フィルター径:62mm(75mmのみ67mm)
  • フォーカスリング回転角:210°
  • 絞り羽根:16枚
  • サイズ・重量:長さ約78.6mm、重量約491g(21mmの場合)

このスペックからもわかるように、Simera-C T1.5は統一感のあるデザインとスペックはセットでの運用時に高い操作性を提供する。

5本通して重量は400g前後であり、500gを超えるものはない。仮に3本をカメラバッグに入れたとしても1.5kg以下に収まる。通常のシネマレンズを3本運用することを思えば、フリーランスのビデオグラファーや小規模のチームではこの軽快さは非常にありがたい。

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個人的に特に優れていると感じたのは、21mmでもT1.5を実現している点だ。広角のオールドレンズとなるとF2.8程度の明るさが多い。そして、75mmの最短撮影距離が55cmである点も見逃せない。Mマウントのオールドレンズの最短撮影距離は70cm程度のことが多く、55cmまで寄れればカバーできる場面が一気に広がる。15cmの差は思ってる以上だ。

外観

Mマウントを出しているだけあってLEICA SL3との相性もとても良い。奇をてらったような色味や近未来指向のフォントが使われるでもなく、クラシックな佇まいには安心を覚えた。ボディにマウントした際にしっかりと手に馴染んでくれる。

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この5本セットには、専用のカスタムケースが付属している。このケースは単なる保護目的ではなく、現場での運用を考慮した設計がなされている。

  • 頑丈なハードケース:耐衝撃性に優れた構造で、移動時の振動や衝撃からレンズを保護する。
  • カスタムフォームインサート:各レンズ専用の収納スペースが設けられており、しっかりと固定できるため、不意の落下や揺れによるダメージを防ぐ。
  • 防水・防塵仕様:屋外や過酷な環境での使用にも耐える仕様。
  • コンパクトなサイズ設計:5本のレンズを収納しつつ、機材全体の運搬を考慮したサイズ感で持ち運びやすい。
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この専用ケースが付属することで、撮影現場でのレンズ管理が容易になり、セットでの運用がよりスムーズになる。特に、ロケ撮影や移動の多いプロダクションにとって、このケースの存在は大きな利点だ。

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ただし、ケース自体にロックを掛けられない点が非常に惜しい。屋外や出入りの多い現場では安全対策に留意してほしい。

作例

まず興味を持ったのが人肌の描写だ。冬の西陽の中でどのように表情を写してくれるのか、スチール・ムービーで素直な撮影を試みた。LEICAのカラーサイエンスとの相性もよく、日本人の肌の色も素直に描写してくれた。

開放でのボケ味もうるさすぎることなく、しっかりと被写体を際立たせてくれる。

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Thypoch Simera-C T1.5 75mm
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Thypoch Simera-C T1.5 35mm(model:嶺結)
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続いて向かったのは一度足を運んでみたかった伊豆大島。旅に携えたのはBlackmagic Cinema Camera 6K FFだ。

M to Lのマウントアダプターを介してレンズをマウントしてみると、フロントヘビーになることもなくバランスの良い握り心地となった。ここでもレンズ自体の軽量さが生きていると感じる。

リグを組まずに運用する場合、800gぐらいのレンズになってくると、手持ち撮影でのMFでは両手でしっかりと構えることになり、テンポよくというわけにはいかない場面も多くなる。旅の道中で軽快に撮影を重ねていく場合にも非常にありがたい重量バランスだった。

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作例動画

Blackmagic Cinema Camera 6K FF + Thypoch Simera-C T1.5 35mm で全編を撮影。DaVinci Resolveでの現像時には、ハイライトにハレーションを加えている。あえて加えるほどに素直な描写でポストプロダクションでの自由度の高さを実感した

実際に撮影を重ねてみると、どの焦点距離のレンズも撮影者の意図に合わせて、どんな現場でもためらいなく使えるという印象だ。前述したような、焦点距離によって個体差や統一感がなかなか揃わないオールドレンズにありがちな悩みを抱えることも一切なかった。

今回は時間の制約もあり、複数のレンズを組み合わせた作品づくりとまではいかなかったものの、MFでの運用が可能な現場であればセットで揃えて現場に臨みたいと思えた素晴らしい体験だった。

画質と映像表現の特長

作例を紹介した上でSimera-C T1.5シリーズの特徴をより詳しくレビューしたい。

あらためて俯瞰すると、Simera-C T1.5 シリーズの最大の特徴は、オールドレンズのような柔らかな描写と、現代的な高解像度を両立している点だろう。開放絞りT1.5では、背景が美しくぼけ、被写体を際立たせることができる。特に、16枚の絞り羽根による滑らかなボケ味は、映像に深みと立体感をもたらす。

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T4ぐらいまで絞っても、描写ボケともにやわらかく、木漏れ日の光芒は非常に美しい
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非球面レンズやEDレンズの採用により、色収差やフレアを効果的に抑制し、中心から周辺まで均一な解像度を実現している。これにより、ポートレートから風景まで、多様なシーンで高品質な映像表現が可能となる。

色の再現性とコントラスト

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Thypoch Simera-C T1.5 75mm
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Thypoch Simera-C T1.5は、自然でニュートラルな色再現性を持ち、被写体の質感や色彩を忠実に描写する。コントラストも適度で、ハイライトからシャドウまでの階調が豊かであり、ポストプロダクションでのカラーグレーディングにも柔軟に対応できる。

特に、肌のトーンを自然に表現する能力は、人物撮影において大きな利点となる。また、逆光や強い光源下でもフレアやゴーストを最小限に抑えるコーティングが施されており、クリアで鮮明な映像を提供する。

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強い光源が入った際にはフレアやゴーストが発生するが、それもオールドレンズを匂わせる味付けとして好印象だ
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一貫したデザインと扱いやすさ

シネマレンズとして重要なのは、焦点距離が異なっても統一された操作感を持つことだ。Simera-C T1.5シリーズは、全レンズでフォーカスリングの回転角やギアポジションを統一しており、レンズ交換時のストレスを軽減している。

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また、210°のフォーカスリング回転角は、精密なフォーカシングを可能にし、滑らかな操作感を提供する。メートルとフィートのデュアルフォーカススケールも備えており、国際的な撮影現場でも柔軟に対応できる。

軽量でありながら堅牢なビルド

Simera-C T1.5シリーズは、全長約78.6mm、重量約491g(21mmの場合)と、シネマレンズとしては非常にコンパクトで軽量だ。これにより、ジンバルやドローン、手持ち撮影など、多様な撮影スタイルに適応できる。

筐体は金属製で堅牢性が高く、プロフェッショナルな現場にも耐えうる仕様だ。

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まとめ:誰におすすめか?

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Thypoch Simera-C T1.5は、以下のようなユーザー・チームに導入をすすめたい。

  • オールドレンズの風合いを求めつつ現代的な映像制作にも対応したい
  • 小規模な映像制作チームで手頃な価格のシネマレンズセットを探している
  • ジンバルや手持ち撮影を考慮しつつコンパクトなシネマレンズを求める
  • シネマティックなルックを重視しフィルムライクな映像表現を追求する

繰り返しになるが、Simera-C T1.5シリーズは、クラシックな描写とモダンな機能性を両立させたシネマレンズとして、新たな選択肢となるだろう。専用ケースの利便性も考慮すると、セットでの導入は非常に魅力的な投資となる。

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すでに市場には低価格帯のシネマレンズも多く投入され、シネマレンズ自体の目新しさはなくなってきている。どのレンズも価格相応のスペックを備え、選択肢も豊富だ。ではそのレンズを手元に置きたいかというと、レンタルで都度手配すればよいかな?という程度のものが多い。

そんな中、今回試したThypoch Simera-C T1.5シリーズはフルセットでなくとも、最も多用する1、2本は手元に置いておきたい、そう思えるシネマレンズだった。10万円を切るような安価なレンズではないが、フルサイズでのシネマレンズを用いた映像制作において、質実ともに最もバランスの取れたレンズではないかと思う。

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フォローフォーカスなどリグを組んで運用するとなると、スチール用のオールドレンズは映像制作の現場で何かと不便が生じるものだ。個人・小規模の制作チームほどその手間は積もり積もって現場で重くのしかかってくる。「映像仕様のシネマレンズだったら…」と一度でも思ったことがあるなら、ぜひともこのThypoch Simera-C T1.5シリーズを試してほしい。求めることをゆるされた、オールドレンズに代わるタイムレスなシネマレンズがそこにあるのだから。

宮下直樹(TERMINAL81 FILM)|プロフィール
フリーランスのフォトグラファー・シネマトグラファー
写真・映像、ドキュメンタリーから空撮まで。
視覚表現の垣根を超えた小さな物語を縦横無尽に紡ぐ。
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Instagram:https://www.instagram.com/naoki_mi/

<機材協力>
RAID Simera-C 21、28、35、50、75mm 5レンズキット(Mマウント)