
中国のレンズブランド「DULENS」は、シネレンズ市場において非常に新しいブランドである。製品展開は他の中国メーカーよりも緩やかであり、若い世代のチームによる小規模な会社であるため、まだ知名度は低いかもしれない。しかし、技術は確かであり、Facebookユーザーグループも活発である。ビンテージルックを特徴とするAPO MiniPrimeを中心に、日本正規総代理店の焦点工房に話を聞いた。


焦点工房の主力ブランド:TTArtisan、K&F Concept、そしてSHOTEN
――焦点工房では多岐にわたるブランドを取り扱われていますが、現在、代表的なブランドとしてはどのようなものがありますか?
陸氏: 現在、代表的なブランドとしては、レンズでは「TTArtisan」、アダプターでは「K&F Concept」が挙げられます。どちらも販売数、人気ともに高い製品です。また、自社ブランドの「SHOTEN」も独自製品を開発しています。
下坂元氏: SHOTENブランドの新製品の情報は、社内の私たちも直前まで何が発売されるのかまったくわかりません。突然発表されることが多いです(笑)
――焦点工房が現在取り扱っている主なシネマレンズブランドと、今回はその中から「DULENS」を一押しされました理由について教えてください。
下坂元氏 シネマレンズ市場において、七工匠7Artisansの「HOPE Prime」は、スーパー35に対応し、1本あたり税込68,400円という価格帯で提供中です。一方、VILTROXはPLマウントのアナモフィックレンズを中心に展開しており、「EPIC」シリーズは35mm/50mm/75mm T2.0 1.33X シネレンズ PL/E/Lマウントモデルで税込548,000円と、業務用製品としての位置づけです。
このような状況の中、DULENSはフルサイズに対応した高画質レンズを提供しており、1本あたりの価格は税込162,000円と、比較的手頃な価格設定となっています。また、マウントアダプターを介することで、様々なカメラで使用できるよう設計されている点も特徴です。
――「DULENS」の読み方について教えていただけますか?
陸氏: 「デュレンズ」です。漢字では「毒鏡」と書きます。
下坂元氏: 中毒性のある描写を目指しているという意味だと聞いています。


中国で話題のレンズブランド、DULENS(デュレンズ)とは?
――DULENSは2020年頃より、中国国内で評価されている新興ブランドとして知られていますが、小規模なスタートアップ企業のため、日本国内では情報が限られています。具体的にどのようなブランドなのでしょうか。
陸氏:DULENSは、杜社長の独自のアイデアと情熱によって生まれたブランドです。まず、DULENS創業者である杜社長の経歴をご紹介します。杜社長がレンズ設計の道を志すきっかけとなったのは、初めてデジタルカメラを手にしたことでした。
2003年の杜社長が大学生の頃の話です。自身初のデジタルカメラとなるキヤノン「PowerShot A70」を購入しました。しかしカメラを使い始めると、「もっと広角で撮りたい、もっと望遠で捉えたい」と、その性能に物足りなさを感じるようになります。そこで、中学校の教科書を参考にしたり、近視用や老眼用の眼鏡レンズを買い集めたりして、自作の「広角・望遠・マクロ三役レンズ」を作り上げました。これが、杜社長が初めてレンズ作りに挑戦した瞬間です。
その後、このレンズ制作の過程を記事にまとめ、中国の大手ポータルサイト搜狐(Sohu)の掲示板に投稿したところ、数十万もの閲覧数を獲得し、大きな反響を呼びました。
杜社長の伝説はここからさらに続きます。
2008年、杜社長は自身初となる一眼レフカメラ「Pentax K-m」を購入します。当時は学生でお金もなかったため、貯めていたお小遣いのほとんどをレンズ購入につぎ込んでいました。
そんなある日、中国のオンラインマーケット淘宝(タオバオ)で、中一光学(Zhongyi Optics)が独自に製造した85mm F2というレンズを見つけます。中一光学の拠点が杜社長と同じ瀋陽にあると知り、思い切って訪問。同レンズを試してみると、その性能は悪くありませんでした。
そこで、杜社長はこのレンズを1本購入し、撮影サンプルを中国の写真共有サイト蜂鳥網(Fengniao)に投稿したところ、こちらも数十万の閲覧数を集め、まとめ買いで安く購入することができる「共同購入(団購)」を希望する声が殺到しました。こうして杜社長は「中一光学85mm F2共同購入グループ」のリーダーとなり、共同購入を取りまとめることになりました。この共同購入による利益はわずかでしたが、全国各地の写真愛好家と繋がることができ、杜社長にとって貴重な経験となりました。
一方、中一光学にとってはこの共同購入が大成功をおさめるきっかけとなります。それまで中一光学の85mm F2レンズは、5本を売ると、そのうち2本は返品のような感じで、業界の評価も高くはありませんでした。それが、この共同購入を通じて3日間で150本、続く第2弾でも100数十本が売れ、一気に「中一光学」というブランドが広く知られるようになったのです。
――杜社長は学生時代から光学設計に優れた才能を持っていたことに驚きます。その後一体、どのようなきっかけで映画用レンズの開発に着手するようになったのですか?
陸氏: 杜社長は共同購入終了後、「レンズ売り」としてキャリアを開始しました。大学院復学と同時期でありましたが、経済的な収入源を確保するため、eBayで中古レンズを購入し国内転売するビジネスモデルを採用しました。多数のレンズを扱う中で、ユーザーニーズや課題を深く理解するにいたりました。
当時、中古レンズ販売ではマウント改造の需要が高かったようです。当初は外部に委託していたものの、手動旋盤を購入し、マウント改造事業を開始しました。独学で旋盤作業や金属加工を習得し、マウント改造の内製化に成功しました。その後、手動旋盤を数値制御複合旋盤に改造し、製図やNCプログラミングも習得しました。これにより、マウント改造技術を大幅に向上させることができたようです。
大学院修了後、中一光学に勤務する傍ら、光学設計を独学しました。自身の設計製品化を目指し、2013年に工場と提携し、初の設計レンズ「Kelda 85mm F1.4(長春ケイリ(Kaili)ブランド)」を開発しました。アポクロマート(APO)設計を採用し、光学性能は高かったものの、重量が1.3kgと重く、製品化は失敗に終わりました。
その後、知人の提案で映画用レンズの開発に着手しました。「Bokkelux」シリーズとして、25mm/35mm/50mm/75mm/100mmの5本を統一設計で開発しました。APO設計、高解像度、柔らかいボケ味、自然な色再現が特徴のシネレンズとして評価を得ました。しかし、量産体制の構築が課題となり、品質要求の高さも生産効率を制限しました。
共同経営者との意見対立があり、当該人物は自身の資金で共同経営者の持分を買取り、経営権を取得。会社存続のため、自社設計レンズのOEM供給を開始しました。
DULENSの挑戦:写真用レンズ「APO 85mm F2」の成功と挫折
――当時のBokkeluxシネマレンズは、市場に選択肢が少なかったため、映像業界内で注目を集めていましたね。それから現在のブランド名であるDULENSにいたった理由について、その経緯をお聞かせください。
陸氏:その経緯も杜社長から聞いております。「手頃な価格で高品質なレンズを作り、量産できる製品を目指そう」と企画したのが、DULENS最初の写真用交換レンズ「APO 85mm F2」でした。しかし、杜社長のOEM取引先ブランドは、この小さなレンズの企画に興味を示しませんでした。そこで、杜社長は自身でブランドを立ち上げることを決意したのです。
ブランド名を何にするか考えたとき、出てきた単語が「毒(どく)」でした。この字は中国では独特の響きがあり、写真愛好家の間でも、人を惹きつける魅力的なレンズを指して「毒」と表現することがあります。最初は「dope」「poison」「drug」などを検討しましたが、霍雨平(ホー・ユーピン)氏から「自分たちの文化に自信を持って"DU"とすればいいじゃないか」とアドバイスをもらったそうです。しかし「DU」だけでは商標登録が難しかったため、その後ろに「LENS」を加え、「DULENS」という名前に落ち着きました。
後になって「DULENSはあなたの名字(杜(Du))から取ったの?」と聞かれて初めて気づいたそうですが、確かに「DU」は杜社長の姓でした。これは全くの偶然だったとのことです。
――名称の誕生にそのような経緯があったのですね。それでその後、DULENSはどのように成長していったのでしょうか?
陸氏: 最初の写真用DULENSレンズ「APO 85mm F2」は発売当初、驚くほど高い光学性能と煌びやかな外観が評判を呼び、多くのユーザーから絶賛されました。しかし、絶賛があれば当然批判もあり、特に「影视飓风(ある映像系メディア)」とコラボレーションした際には、支持派と否定派の対立が激化し、大規模なネット上での誹謗中傷が起こってしまいました。結果的にこの製品は事実上"叩き潰された"形となり、杜社長自身もネットバッシングの恐ろしさを初めて痛感したと話されていました。
そこで、やむを得ず本来の得意分野である映画用レンズに戻ることを決意します。DULENS APO 85mm F2の素晴らしいアイデアと外観は惜しかったのですが、映画用に再設計し直し、そこに58mm F2と43mm F2を追加してシリーズ化したとのことです。こうして誕生したのが「APO MiniPrime」シリーズでした。その名の通り、小型軽量を徹底追求し、T値をすべて同じ値(F値換算で同等)に揃え、シリーズとしての統一感を持たせています。
現在、APO MiniPrimeは6本のラインナップがあり、すべて同じ光学系の方向性と小型軽量を維持しています。
そして2024年、新たなシリーズ「APO Triassic Prime」を発表しました。このシリーズは、特写(マクロ撮影)から無限遠まで、同じ画質を保つことを目標に設計され、なおかつ近接撮影を可能にしながらフォーカスブリージング(ピント移動に伴う画角変化)を極力抑えています。
さらに、大きさや重さ、解像度、色収差など、多方面で最高レベルのバランスを追求しました。その結果、市場でもほとんど類を見ない「ブリージング抑制・サイズ・重量・解像度・色収差のすべてを高水準でクリア」した近接撮影に最適化されたシネプライムレンズとなったのです。
以上が、杜社長がレンズ設計の道を歩み始めた経緯と、これまでの経験の概要です。最初は自作のレンズ作りから始まり、改口(マウント改造)やOEMを経て、ついには自分のブランドDULENSを立ち上げ、シネレンズを中心に製品化・量産化へといたりました。
杜社長の歩んできた道は失敗や困難の連続でしたが、その一方で多くの出会い、学び、挑戦の積み重ねによって今日があると言います。今後も小型ながら高性能、そして何より撮影する人の心を動かすレンズを追求し続けたいとのことでした。
――APO MiniPrimeは、スタイリッシュな外観が印象的です。ブラックとホワイトのカラーバリエーションに加え、ゴールドのリングがアクセントとなっており、視覚的に洗練されたデザインを実現していますよね。
陸氏: REDのカメラにはホワイトのボディもあるので、それに合わせて使ってほしいという狙いもあります。
下坂元氏 触り心地も良いです。ブラックは熱を吸収しやすいですが、ホワイトは熱を吸収しにくいので効率面でも優れています。
価格もシネマレンズの中では比較的抑えられています。APO MiniPrimeの販売価格は1本あたり税込162,000円です。APO Triassic Primeはまだ国内販売価格が確定していませんが、同程度か少し安くなる予定です。


――例えば、BlackmagicのLマウントカメラを使っているユーザーの場合、EFマウントやPLマウントを経由で使用できますね。
下坂元氏: 当社は、マウントアダプターを主力製品としているため、多様なマウントへの対応を重視しています。特にEFマウントは、フランジバックの関係上、アダプターを介することで他のマウントへの互換性が高まります。
APO MiniPrimeの発売当初は、専用アダプターが提供されていなかったため、7artisans製のアダプターが用いられていました。しかし、現在はDULENS純正のアダプターが入手可能です。
また、ユーザー自身によるマウント交換も容易です。ネジを取り外して付け替えるだけで、Z、RF、Eマウントなど、様々なマウントに対応します。これにより、ニコン、キヤノン、ソニーといった一般的なカメラユーザーも、シネマレンズを利用しやすい環境が整備されています。


品質とコストパフォーマンスを両立したシネマレンズ
――最後に、DULENSのレンズはどのようなユーザーにおすすめですか?
陸氏: 製品の品質とコストパフォーマンスを重視するユーザーにおすすめです。フルサイズ対応のシネマレンズとしては、かなり低価格帯の製品と言えるでしょう。
下坂元氏: シネマレンズは高価な製品が多いですが、安価な製品は特徴が少なく、感動も薄れてしまう可能性があります。DULENSは価格を抑えながらも描写性能とビルドクオリティにこだわっており、バランスの取れた製品です。拡張性の高さもDULENSの特徴です。EFとPLマウントに対応しており、マウントアダプターを使用することで、様々なカメラで使用できることも大きな魅力となるはずです。
インタビュー取材前、ソーシャルメディアを通じてDULENSの情報を断片的に目にしていた。その際、「DULENSは他のレンズメーカーとは異なる独自の視点を持つ企業である」程度の認識であった。しかし、今回のインタビューを通じて、その認識は変化した。
杜社長は、レンズ設計に対する深い情熱を持つ人物であることが明らかになった。独学で光学設計を学び、困難を乗り越えながら独自の道を切り拓いてきた物語は、レンズメーカーの歴史に留まらず、創造性と挑戦の物語である。そして、その情熱がDULENSのシネマレンズへ具現化されている。DULENSのレンズが持つ描写力と独特の表現力は、映像クリエイターたちの新たな映像表現を広げる一助となりそうだ。
