
キヤノンから、鏡筒と重量を統一した「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」が登場。静止画・動画の両方において優れたフォーカス性能に加え、小型軽量で取り回しの良さと操作性を特徴とする。キヤノンの同レンズ開発者たちに、静止画・動画ともに優れた仕様を実現できた背景について話を聞いた。


静止画・動画撮影に対応した「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」登場
――まず新しく発売されました「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」はキヤノンのレンズラインナップの中で、どのような位置づけの製品なのか?グレードやシリーズなどを含めて教えていただけますか。
奥村氏:「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」は名称からもおわかりいただけますように、開放「F1.4」の「L」という括りのシリーズになっております。
RFレンズの中に「Lレンズ」「スタンダードのRFレンズ」、そして「RF-Sレンズ」という傘があり、それぞれに「ズームレンズ」や「単焦点レンズ」が存在します。今回はLレンズのシリーズですので、RFレンズの中のLレンズ、その下にF1.4の単焦点レンズがあるという位置付けになります。
EFレンズの時代にも幾つかの焦点距離でF1.4のレンズが存在しましたが、RFレンズではまだそのような製品はございませんでした。そのため、キヤノンにおいてこれまで全く存在しなかったわけではありませんが、RFマウントとしては初めての製品となります。

――「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」はこれまでのレンズと、どのような違いがありますか?
奥村氏:「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズ」とEFレンズ時代との主な違いとしましては、シリーズ全体でのサイズ感の統一やアイリスリングの搭載などが挙げられます。昨今の動画撮影市場の拡大に伴う需要の高まりを受け、ハイブリッドのレンズという位置づけのシリーズとして展開しております。
ワンオペレーションでの動画撮影を行う方や小規模な制作会社様など、市場の拡大に合わせてお客様のニーズに応えるべく、EFレンズ時代とはコンセプトを一部変更しております。
弊社のカメラ自体が、静止画と動画の両方のお客様にご利用いただける設計となっており、比重の違いこそあれ、動画対応製品も増えてきています。
レンズも同様の考えに基づいており、これまで発売してきたレンズで動画撮影が不可能というわけではもちろんございません。しかし、あえてハイブリッドと謳い、動画性能について強調しているのは、アイリスリングによる操作性、シリーズ全体を通して優れたフォーカスブリージング抑制、そしてサイズ感の統一といった点にあります。
静止画ユーザーの方であれば、レンズのサイズが完全に統一されていることをそれほど重視されないかもしれませんが、リグに組み込んだ際の使いやすさや、表現方法の幅広さを考慮し、シリーズの単焦点レンズを現場で使い分けながら動画撮影を行うユーザーのニーズに応えるため、これらの点を特に重視した製品として打ち出しております。


小型軽量ボディに秘められた、VCMの高推力
――小型・軽量を特徴とする「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」に、質量が大きいフォーカスユニットの駆動に適したVCM(ボイスコイルモーター)を搭載して登場したことは、一見すると不思議に思われるかもしれません。「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」にVCMが搭載された理由についてお聞かせいただけますか。
齋藤氏:VCMは、今回このシリーズで初めて搭載された機構です。このシリーズでは、重い大口径レンズの駆動に適したVCMを使用しております。
一見すると、小型軽量であるため、VCMは不要ではないかと思われるかもしれません。弊社が他のレンズで採用しているSTMやナノUSMといったアクチュエーターもありますが、VCMはそれらよりも大きな推力を得られるという特長があります。
「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」では、フォーカスレンズの質量がフォーカス群全体で約80gと、他の大口径レンズと比較しても重いため、高推力のVCMが必要不可欠でした。

――開放絞り値F1.4の単焦点Lレンズシリーズは軽量というイメージを持つ方もいるかと思いますが、フォーカスレンズの質量は比較的重いということでしょうか?
齋藤氏: イメージとしましては、例えば「RF100-300mm F2.8 L IS USM」という超望遠ズームレンズがあります。こちらのレンズは見た目からして重量がありそうに思われる方が多いと思いますが、およそ20g程度の質量のフォーカスレンズ群を動かします。「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」では、この比較的小さなレンズの中で約80gという質量のレンズ群を動かす必要があり、そこでVCMが必要になりました。
つまり、重いものを動かすことができ、かつ動画対応レンズとして静かに駆動できる点がVCMの特長です。そのため、VCMを採用しているというわけです。


――非常に興味深い点ですが、他のレンズと比較してレンズ群が約80gと重くなっている理由は何でしょうか?
井野氏: 光学設計としましては、動画撮影にも対応するための「ブリージング現象」の抑制に加えて、「至近距離での撮影性能の確保」や「至近距離から無限遠まで、全ての撮影距離で高い光学性能を維持」という要件を満たす必要がありました。
これらの要件を考慮した結果、重量のあるレンズ群を駆動させ、さらに後ほど説明するフローティングフォーカス機構も搭載する必要が出てきました。これらの機構を追加しなければ、性能を両立させることは困難であったため、フォーカスレンズ群の重量が重くなるという形になりました。

――ちなみに、EFレンズの時代にも、フォーカスレンズは約80g程度の重量はあったのでしょうか?
齋藤氏: 確かに、過去には重量のあるレンズも存在しました。しかし、EFレンズ時代には、そういった重いレンズを駆動させるためにリングUSMが使用されていました。リングUSMは、EFレンズ時代や、VCMが登場する以前のRFレンズでも採用されていました。
リングUSMとVCMの主な違いは、構造にあります。リングUSMは円弧状のリング形状であるため、大きさが制約されてしまいます。つまり、内部構造の自由度が限られてしまうという課題がありました。一方、VCMを採用することで、レンズ内部構造をよりコンパクトに収めることが可能になり、小型化を実現できたという点が大きな特徴です。
また、動画対応という観点からも、駆動音に大きな違いがあります。VCMの方が圧倒的に静粛性に優れています。

小型化と高画質の両立を実現
――「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」は、大変軽量かつコンパクトに実現できたと感じています。Lレンズの中でも、ここまで小型軽量化できたことに驚きです。ぜひ、開発者目線でその秘密をお教えいただければと思います。
大森氏: メカ設計の観点から、「CINEMA EOS SYSTEM」の「PRIME Lens」シリーズと比較した場合についてお答えします。「PRIME Lens」シリーズは、シネマ制作向けのレンズであり、マニュアル操作性を重視した設計となっています。そのため、チームオペレーションを前提とした価格設定やサイズ感であるため、ユーザー層が限られています。
一方、RFレンズは基本的に、動きを電子信号に変換してレンズ内のモーターを制御する「バイワイヤー構造」を採用し、AFを使用した少人数でのオペレーションを前提に開発されています。そのため、メカ設計の観点では、「PRIME Lens」シリーズと比較して大幅な軽量化を実現しています。また、光学設計においても広角レンズにおいて電子補正を活用することで、小型化を図っています。
井野氏: 特に今回(RF35mm F1.4 L VCMとRF24mm F1.4 L VCM)の小型化に大きく貢献した要素の一つとして、歪曲収差補正が挙げられます。歪曲収差補正を前提としたレンズ設計を採用したことが、小型化の最大のポイントです。
デジタル補正による歪曲収差補正は、周辺画像の圧縮を補正するために画像を伸ばす処理を行うため、どうしても画質劣化が発生してしまいます。そのため、デジタル補正による歪曲収差補正に対してはネガティブなイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、歪曲収差を光学的に許容することで、デジタル補正では取り除けない像面湾曲などの収差を光学的に積極的に補正することができます。結果として、デジタル補正による画質劣化はあるものの、全体としては歪曲収差補正を前提としないレンズ設計と同等以上の画質を実現することが可能となります。
今回の広角レンズでは、歪曲収差補正を積極的に活用した光学設計を採用しました。歪曲収差補正を前提とした設計を行うことで、光学補正であれば必要となる大きな前玉レンズが不要になりました。光学的に歪曲収差補正をした広角レンズと比較して、大幅な小型化を実現できた仕組みです。
小型化と高画質の両立を実現できたことが、今回のシリーズの大きな特長です。
――フィルター径、全長、重量、描画などを各焦点距離で統一することは、開発陣にとって大きな挑戦であったと思います。その背景や苦労した点、開発秘話などがあれば、お聞かせください。
大森氏: メカ設計の観点からお答えします。ご指摘の通り、シリーズ全体で統一感を出すため、全長や外装部品の共通化を開発初期からの目標としていました。メカ設計としては、外装部品だけでなく、内部部品の共通化も当初から目指していました。
部品の共通化を実現するために、光学設計チームに対して、レンズサイズや重量に関する厳しい制約をお願いしました。光学設計チームは大変苦労されたかと思います。光学設計をはじめ、チーム全体で密に連携を取り、試行錯誤を繰り返しながら設計を進めました。
その結果、RFレンズは高い描写性能と使いやすさを両立した製品になったと考えています。
井野氏: ここからは光学設計側の苦労についてお答えします。
通常のレンズ開発であれば光学設計を行い、それに合わせてメカ設計に調整してもらうという流れになります。しかし、今回のレンズに関しては、ある意味逆の側面があり、メカ設計が先に決まり、そこに光学設計を組み込んでいくという工程もありました。
もちろん、初期段階では光学設計側から共通化のための配置や光学的な提案を行いましたが、複数レンズを同時に設計する必要があったため、非常に大変でした。VCMの採用など、様々な意見を出し合い、VCMが採用されたからこそ実現できた部分も大きいです。
特に苦労したのは、複数レンズを同時に、しかも高精度に設計する必要があったことです。精度が低いと、後々レンズが組み込めなくなる可能性がありました。そのため、全てのレンズで最適な解を早い段階で高い精度で見つけることが非常に大変でした。
――ブリージング対策では、どのような点でご苦労されましたか?
井野氏: 光学設計の観点からお話させていただきます。苦労話というよりも、当初から動画・静止画のハイブリッド利用が想定されていたため、ブリージング現象の抑制は必須課題でした。今回のレンズでは、ブリージング抑制のために、2つのレンズ群を動かす必要があることが当初からわかっており、そのためのフローティングフォーカス機構をメカ・電気設計チームに搭載してもらうことになりました。
豊田氏: 電気設計の観点からお答えします。先ほど説明があったように、フローティングフォーカス機構が採用されたため、2つのレンズ群を制御する必要が生じました。今回はVCMでフォーカス群を制御し、ナノUSMでフローティング群を制御しています。
そのため、両レンズ群の位置が常に同期された関係になるよう、マイクロメートル単位での高精度な制御を実現することに苦労しました。これを達成したことで、ブリージング現象を大幅に抑制することができたと考えています。

静止画と動画、それぞれのニーズに応えるAF性能
―ワンマン撮影など様々な現場で、動画カメラマンとスチールカメラマンが分かれていた現場でも、一緒に撮影してほしいという機会が増えているとよく聞きます。そのような状況下において、このレンズシリーズは非常に最適であり、需要は今後ますます増えていくと思われます。キヤノンとして、動画と静止画のハイブリッドレンズが登場したことで、どのような方に使ってほしいか、あるいは何かアピールがあれば、最後にまとめ的な言葉で教えていただきたいのですが、いかがでしょうか?
齋藤氏: 静止画と動画のハイブリッドということで、静止画に求められるのは、やはりAFが高速で高精度なところだと思います。対して動画では、滑らかで静かなピント合わせができるというところを狙っています。そこを両立させるということを目指して、このF1.4シリーズは開発を進めてきています。
今回VCMを採用したことによって、大きな推力を得ることができ、リングUSMに代わって小型化を実現できました。静かなAFもVCMを採用したことによって実現できています。このレンズシリーズはフォーカス群でVCM、フローティング群でナノUSMを使っていて、2種類のアクチュエーターをうまく制御することによって、ピントをマイクロメートル単位で細かく制御しつつ、フォーカスブリージングを抑制することができているので、動画・静止画ともにユーザーに満足していただける性能に仕上がっていると思います。特にAF性能は自信があります。
加えて、開放F1.4ということで、非常に明るくボケ感が大きく被写界深度が浅いので、印象的に美しく撮っていただけると思います。また、弊社では「MF操作敏感度」設定という、他社のリニア・ノンリニア設定にあたるフォーカスリング設定がカメラ側にありますので、回転角度と回転速度で違った設定が使っていただけます。動画の時もユーザーの意図に合わせた表現が可能です。
さらには、外装の共通化によって撮影アクセサリーの共通化も容易となり、フィルター径も同じものを使えます。ジンバル撮影の時も、もしかしたら一回一回、重量バランスが違うので、調整は必要かもしれませんが、基本的には同じような構成で使えるはずで、非常に取り回しがよく、機動力の高いものに仕上がっていると思います。
奥村氏:私も現場に時々行くのですが、体感として、静止画のほかに動画も撮影するという方が増えてきていると感じています。フォトグラファーについても静止画7、動画3というように、静止画・動画双方を撮影されるプロの方も多くいらっしゃいます。
動画コンテンツのニーズが高まっているため、動画撮影へのこだわりやユースケースも多様になっています。最近ではソーシャルメディアの発達もあり、小さな機材で副業でもプロとして活躍される方も増えていると思います。
そういった方たちに向けて、小型軽量かつ手の届く価格帯で、ここまで高品質なものができたのが、弊社としてはラインナップとしての強みだと思っています。お客様の選択肢として、ぜひ用途に合わせて選んでいただけたらと思っています。

「なぜVCM?」話を聞くことができる前までは、そう思っていた。しかし、インタビューを通して、その疑問は解決した。しかも小型軽量化の背景をここまで丁寧に教えていただけたのは驚きだった。今後、確実に動画撮影の需要はますます増えていくはずである。そんな時、「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」は、強い味方になってくれるに違いない。
今後登場が予想されるシリーズ展開にも期待が高まる。「開放絞り値F1.4単焦点Lレンズシリーズ」に注目だ。
