IP時代の放送インフラに不可欠な同期規格「PTP」とは。セイコーソリューションズにインタビュー

放送業界において、映像・音声・制御・同期信号の伝送は番組制作や放送の根幹を支える重要なプロセスであり、従来は同軸ケーブルによる「SDI」伝送が主流であった。しかし近年、IPネットワークを活用した伝送方式への移行が加速している。

特に、高精度な時刻同期技術「PTP(Precision Time Protocol)」は、IP伝送における映像・音声の安定的な運用に不可欠な要素となり、その重要性を増している。

今回は、PTP技術に長年携わり、放送業界のIP化を支援してきたセイコーソリューションズ株式会社の宮脇信久氏と樋口政史氏に、PTPの基本から応用、そして今後の展望について話を伺った。

セイコーソリューションズ株式会社 宮脇信久氏(左)、樋口政史氏(右)
セイコーソリューションズ株式会社
宮脇 信久氏(左:戦略ネットワーク本部 戦略ネットワーク営業統括部 STN営業技術部 STN営業技術課 課長)
樋口 政史氏(右:戦略ネットワーク本部 タイミングソリューション営業部 TS営業課)

そもそもPTPとは?

宮脇氏:

最近、幅広い分野でPTPという言葉を聞く機会が増えてきましたが、Precision Time Protocolの略で、IEEE 1588標準規格で定義されています。IPネットワーク上での時刻同期の仕組みで、NTPはミリ秒レベルの時刻同期の仕組みで皆さん通常使われているのでご存じだと思いますが、同じように、イーサーネットに接続されている機器間で高精度なマイクロ秒レベルの時刻同期を行う仕組みが、いわゆるPTPといわれているものですね。
2008年にバージョン2(IEEE1588v2)を策定し、映像・音声や電力、通信、FAなどの広範なシステムの同期通信で使われている規格なのですが、放送業界では、SMPTE ST 2059-1/2059-2で使用されています。IEEE 1588-2008版では、PTP Slave間の時刻同期性能要件が「1マイクロ秒未満」と規定されていましたが、2021年版よりこの精度要件が削除されました。それでも、1マイクロ秒未満でSlave間の時刻同期精度を保つことは非常に重要です。
たとえば、東京にGrandMaster Clockを配備し、東京—大阪とか東京—沖縄など離れた拠点間で、お互い時刻精度が1マイクロ秒以内であれば、映像や音声は安定してやりとりできるイメージとなります。

PTPのバージョンについて

宮脇氏:

v1とv2では互換性がありません。v1は既存の音声システムでDanteで使用されています。 昨今、放送業界のリモートプロダクションで広がっているのはIEEE 1588 v2です。さらに、セキュリティや運用面を考えたv2.1というバージョンも出ています。
現在は、IEEE 1588 v2を使用したシステム構築が主流ですが、将来的にはv2.1に対応したセキュアなシステム構築に移行していくものと考えられます。

従来の同期技術との違い

宮脇氏:

従来の同期信号では、Black Burst、ワードクロック、タイムコード(LTC)などそれぞれ独立した同軸ケーブルで接続しますが、IPでは、イーサーネットや光ファイバー一本で、同期信号、映像・音声・制御などすべての処理が可能です。
このようにIPは、双方向通信を1本のケーブルで構成することが可能であり、今までの片方向通信であるベースバンドとの違いになります。
ちなみに、SMPTE ST 2059-1では、「SMPTE Epoch 1970年1月1日0時0分0秒(TAI)」を基準にして、同期信号と絶対時刻の位相を定義しています。これにより、IPとベースバンドの共存環境による動作が可能となります。

SMPTE ST 2059-1におけるPTPの基本仕様と、同期における基礎知識について
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放送業界におけるPTPの現状と課題

ST 2110規格の普及とPTPの重要性

樋口氏:

SMPTE ST 2110規格が普及して、初めてPTPが本格的に使われ始めたという感じです。それまでもPTPは使われていましたが、ST 2110が入ってきたことで、PTPが必須となりました。
放送設備にとって同期は非常に重要なシステムとなります。従来から使われているBlack Burstやワードクロック、LTCなどを、IP化してもしばらくはPTPと共存させる必要があります。そのため、PTPネットワークと従来の同期信号の連携は非常に重要となります。

ネットワーク設計上の留意点

宮脇氏:

GrandMaster ClockやPTP対応ネットワークスイッチ、後段の映像、音声装置は物理的な冗長は必須ですが、ネットワーク設計は物理的な冗長性を担保する以上にシステム全体のトラフィックを把握し、可視化などの運用目線も含め、論理的な要素も重要だと思います。
映像・音声を含めた全システムのトラフィックをちゃんと考えて設計しないと、「IP化したら予想外のトラフィックが発生してフレームドロップした」という問題が起きかねません。
これらのシステム全体を考慮した設計を行うことで、Ethernet上でも安心したリモートプロダクションを実現することができます。

親時計と同期信号(SG)を活用したPTPマスター/パッシブ構成の実運用例
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ユーザー評価のポイント

樋口氏:

TS-2950グランドマスタークロックの特徴としては複数の時刻源、周波数源に対応していることです。GNSSを時刻源にしてPTPを生成するのが一般的ですが放送局様に関してはハウスシンク(ルビジウム、Black Burst、シリアルBCD)など従来の時刻・周波数源を使った方がいい場合もあります。
その他の特徴としてはGNSS受信機の性能です。GNSSの電波はすごく脆弱です。都心部では反射波が届いたり、ジャミング信号やスプーフィングなどの妨害波が届くことも想定しないといけません。それらを検知・排除するのもグランドマスタークロックの役割だと考えております。

宮脇氏:

弊社のTS-2950グランドマスターには、標準でジャミング、スプーフィングを排除する機能が搭載されています。異常が発生した場合は、ログにより確認することが可能です。「GNSS受信障害は環境的な要因か、外的な要因かどうかの詳細な状況判断」をすぐに切り分けられるようになっています。

TS-210 GNSSアンテナ、小型で雪が積もらないようにとがった形状になっている

Sync Generator TS-1550による可視化

樋口氏:

弊社のSync Generator TS-1550の基本機能は、PTPに同期して、Black Burstやワードクロック、LTC、シリアルBCDへ変換する装置となります。
PTPを変換する機能だけでなくマスターから配信される全てのPTPパケットを監視し時刻飛びが発生した場合はSNMPで通知を上げるといった設定が可能です。また6日間のOFM(offset from master)をロギングしますので映像装置や音声機器でトラブルが発生した場合にその原因がPTPネットワークの問題なのかを切り分けることが可能です。
これは2019年の発売当初はあまり注目されなかったのですが、今はIP構築現場で「音が途切れる」「映像が乱れる」などのトラブルシューティングで非常に役立っております。 PTP可視化機能を持ったSync Generatorは、現状弊社製品だけだと思います。

Sync Generator TS-1550(中段)
GrandMaster Clock TS-2950(下段)

PTPの運用課題と今後の展望

運用上の課題

宮脇氏:

昨今、放送業界でもITシステムへのパラダイムシフトが進んでいますが、映像・音声、同期信号は同じネットワーク上で流れるようになっています。
そのため、何かトラブルが起きたときに「何が原因か」をすぐに特定するのが難しくなってきています。
だからこそ、PTPだけでなく映像や音声のログをちゃんと取って、常時モニタリングできる体制が必要だと思います。また、それを専門に見る人材の育成も求められる時代になってきたと感じます。

Sync Generator TS-1550から可視化されたログの様子、最大2000件のログが確認可能だ

将来の展望

樋口氏:

リモートプロダクションや制作のクラウド化が進めば、現場に人が行かなくても制作作業ができるようになります。働き方も変わっていくと思います。
IPインフラは導入コストこそまだ高いですが、現場での作業負担を大きく減らせます。
SDI中継車のように大量の同軸ケーブルを敷設する必要がなく、IPなら少人数で遠隔操作が可能です。将来的には当たり前になっていくと考えています。

宮脇氏:

今は放送制作分野で主にST 2110が使われていますが、これからはファイルベースや、電波を送信する仕組みにおいてもIP化など、いろんな分野に広がっていくと思います。
放送に先駆けて通信の世界では利活用が一層進み、今後、電力や鉄道など様々な分野でも活用が想定されています。
将来的にはクラウド接続も含めたインフラ全体でIP化が進み、通信事業者やクラウド事業者とも連携していく流れになるのではないかと思います。

PTPの将来について語る宮脇氏(左)と樋口氏(右)

放送業界におけるIP化の波において、PTPのような高精度時刻同期技術は必要不可欠である。

特に、IP化によって浮かび上がる運用課題に対して、可視化ソリューションの重要性は今後ますます高まっていく。IP技術の進化は、放送業界にとどまらず、働き方や制作手法そのものにも大きな変革をもたらす可能性を秘めている。今後もその動向から目が離せない。

泉悠斗|プロフィール

神成株式会社、AVC事業部 部長。マルチカムでの収録および配信をはじめとする映像制作全般を得意とし、最新の機材を取り入れた映像制作に取り組む。近年では、西日本一の長さを誇る水上スターマインを打ち上げる「福山あしだ川花火大会」の生中継をはじめ、「TOYAMA GAMERSDAY」などのe-Sports映像制作まで幅広く手掛ける。また、高校放送機器展事務局長として、学生の映像制作活動支援を行う。

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