
従来のSDIに代わる、放送業界向けの新たなIP伝送規格として登場したSMPTE ST 2110は、映像と音声、各種メタデータを個別のストリームとして扱いつつ、精緻な時間同期を行うことができる。この特徴を生かし、放送局や映像制作の現場において、より柔軟なワークフローを実現することが期待されている。
そうした中、SMPTE ST 2110に対応したネットワークスイッチをいち早く市場投入したネットギアジャパン合同会社 ProAVセールスエンジニア 鹿志村秀昭氏に、現在の放送業界の反応や事例、今後の展開などを伺った。

IP伝送の新たな標準規格「SMPTE ST 2110」の概要
SMPTE ST 2110は放送業界におけるIP伝送の標準規格として注目を集めていますが、なぜでしょうか?
鹿志村氏:
IPネットワークは基本的に非同期なイーサネットをベースとしているため、そのままでは放送で求められる映像と音声の厳密な同期を保つことが困難です。
SMPTE ST 2110は、時刻同期プロトコルであるPTP(Precision Time Protocol)を用いることで、IPネットワーク上でサブマイクロ秒(ナノ秒オーダー)の極めて高精度な時刻同期を実現します。
このように、放送に必要とされる正確なタイミング制御をIP上で実現できる点が、ST 2110が放送用途で広く採用されている大きな理由です。
SMPTE ST 2110は、従来のSDI伝送とはどのような違いがあるのでしょうか?また、運用上で、どのようなメリットを得られますか?
鹿志村氏:
従来のSDI伝送では、映像、音声、制御信号などを一つに束ねて同期伝送することで、放送品質の安定した切り替えや運用を実現しています。これに対してSMPTE ST 2110は、映像、音声、およびコントロール信号や追加情報などのメタデータを、それぞれ独立したストリームとして扱います。
これにより、目的のストリームだけを選択して取り出し、異なるソースの映像と音声を自由に組み合わせるといった編集も比較的容易に行うことができます。また、各ストリームを個別にルーティングして監視できるため、システム設計や運用の自由度も高まります。
放送業界におけるST2110の現状と課題
SMPTE ST 2110は、放送現場にどのような形で浸透していきますか?
鹿志村氏:
SMPTE ST 2110は前述したようなメリットを生かすことで、既存のSDIベースの機材を置き換えながら導入が進んでいくと考えています。SDIの専用ルーターや分配器などが、汎用のIPスイッチに置き換わることで、放送局のシステム構成は、よりシンプルになります。
また、同軸ケーブルから光ファイバーやLANケーブルへの移行が進むことで、伝送効率や作業性も大幅に向上します。1本の光ファイバーで数十本もの映像・音声ストリームを伝送できることから、大量のケーブルの引き回しが不要となり、スタジオのレイアウト変更やイベント時の仮設システム設置などにも柔軟に対応できるようになります。
これにより、SMPTE ST 2110は、まず放送局の既存インフラの簡素化から始まり、やがてはIPネットワークの特性をフルに活用したコスト削減や、現場の作業負荷軽減にもつながっていくと予想されます。
ならば急速な普及が期待できますね。
鹿志村氏:
ところが、そう簡単に事は進まない現実もあります。放送局のインフラのライフサイクルは7~8年の長期に及ぶため、次の更改タイミングを迎えるまで導入にはいたらないのです。私たちも販売パートナーと一緒に主要な放送局を訪問させていただいていますが、「2年前にインフラを更新したばかりなので、SMPTE ST 2110について興味は持っているけれど、本格的に検討を始めるのは3~4年先になる」といったお話をよく聞きます。
実際、在京の民放キー局の間でも、SDIベースの既存インフラを全面的にSMPTE ST 2110に置き換えるという動きはまだありません。
市場の本格的な立ち上がりは、まさに今からの段階なのですね。そうした中でも、いち早くSMPTE ST 2110の導入に踏み切った放送局があれば教えてください。
鹿志村氏:
地上波テレビ局とは異なりますが、アメリカンフットボールやラクロス、バスフィッシングなど、多様なスポーツのライブ配信サービスを手がけているrtv様の事例があります。
大阪に拠点を構える同社はAV over IPをベースとするリモートプロダクション用のサブコントロールルームを構築するにあたり、弊社のフルマネージスイッチ「M4350-16V4C」を導入していただき、SMPTE ST 2110の接続機能を強化しています。
この事例から言えることとして、SMPTE ST 2110市場は、むしろ地方から立ち上がっていく可能性もありそうですね。
鹿志村氏:
そうなるかもしれません。SMPTE ST 2110は、小規模な構成でもシステムを構築することが可能ですので、地方の放送局やストリーミングサービスなど、身軽な動きをとれる事業者ほど、前向きな導入意欲が見られます。
SMPTE ST 2110に対応し、NETGEARでは具体的にどのような推奨ソリューションを用意しているのか教えてください。
鹿志村氏:
弊社製品としては、AV over IP対応のフルマネージスイッチシリーズとして「M4350-16V4C」と「M4350-40X4C」を提供しています。これにセイコーソリューションズのPTPグランドマスタークロック Time Server Pro.「TS-2950」と、シンクジェネレーター Time Server Pro.「TS-1550」を組み合わせることで、SMPTE ST 2110対応した複数ストリームのIP伝送を実現することができます。
PTPによる時刻同期の実測値として、ほぼ一桁ナノ秒の精度を得られることが確認されています。なお、M4350-16V4CとM4350-40X4Cは、共にPTP v2.0とPTP v2.1のどちらのバージョンもサポートしているため、幅広いAVデバイスとの接続が可能です。


これらの機器の設定や運用には、ITやネットワークに関する専門知識やスキルを要するのでしょうか?
鹿志村氏:
いいえ、一般的なネットワークスイッチに見られるようなコマンド操作を習得する必要はありません。弊社のフルマネージスイッチシリーズは「NETGEAR Engage」というGUIベースの管理ソフトウェアを標準提供しているため、放送現場のプロのエンジニアであれば、直感的に操作することが可能です。
同一セグメント上にあるAVデバイスのトポロジーが自動的に表示され、プリセット済みのAV設定や、AVプロファイルを各ポートに数クリックで割り当てることができます。各ストリームに対するSMPTE設定をはじめ、帯域設計やQoS設定なども、同様にマウス操作のみで行うことができます。
あわせて弊社では、技術面の様々なお問い合わせに対応するテクニカルサポートもご用意していますので、SMPTE ST 2110に対応したシステムの構成設計から設定、接続テストまでの工程を短期間で完了し、本番運用に移行することができます。

今後の技術動向と製品ロードマップ

放送システムのIP化が進む中で、今後放送局にはどのような技術的・運用面的な変化が求められるとお考えですか?また、そうした業界の動向や課題に対して、NETGEARとしてはどのような方向性でサポートを強化していく予定でしょうか?
鹿志村氏:
生産年齢人口の減少に伴う人手不足は放送業界でも深刻な問題となっており、IT系のスキルを持った人材を確保するのは容易ではありません。弊社は、そのハードルを下げるための努力を重ねています。IPネットワークの世界では、今後もさらに多彩なアプリケーションが登場してくると予想されています。
そうした中、ITスキルを要する設定や運用フローについてはNETGEAR製品にお任せいただくことで負荷軽減・自動化を図り、お客様にはコンテンツ制作をはじめとするよりクリエイティブな領域に人材を集中していただければと思います。
最後に、新しい製品のリリース予定もあれば教えてください。
鹿志村氏:
SMPTE ST 2110は緒についたばかりであり、これまではM4350-16V4CとM4350-40X4Cの2機種が主力製品となっていましたが、今後のさらなる普及を見据え、新たに4モデルのST 2110対応スイッチをリリースいたしました。
なかでも注目は、省スペース設計のエントリーモデル「M4350-8M2V」です。マルチギガビット対応の1Uハーフサイズ筐体に、PoE++対応の1G/2.5Gポートを8基、25G SFP28アップリンクを2基搭載しています。
放送・映像の現場に求められるST 2110プロファイル(2059-2 / AES67 / AES-R16)に準拠し、ファンレスに近い静音設計と140Gbpsのノンブロッキングファブリックにより、中継車や仮設スタジオなどにも最適です。
このほか、使用用途やポート構成に応じた上位モデルも同時にリリースしております。今後も引き続き、ラインナップの拡充を進めてまいります。


