AIはもはや「主役」ではない。
今年もCESの季節がやってきた。年始のラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジーイベントCESは、その年のテックトレンドを占う場として、すでに恒例行事となっている。PRONEWSの読者の中にも、このテックトレンドを毎年楽しみにしてくださっている方がいれば、これほど嬉しいことはない。
さて、14年連続でCESに通い続け、日本での正月をほぼ失ってきた筆者の視点から、今年もCES主催団体であるCTA(Consumer Technology Association)が発表したテックトレンドを紹介していこう。
結論から言えば、CES 2026のテックトレンドは「想定内」だった。これは、これまで提唱されてきたコンセプトが、いよいよ"実装フェーズ"に入ったことが大きい。また、CES自体がBtoC中心のイベントからBtoB色を強めたイベントへとシフトしていることも影響している。派手なガジェットで「WOW!」を生むよりも、ビジネスに直結する堅実で現実的なメッセージが増えてきた印象だ。
驚きを求める場というよりも、「これからビジネスはどこへ向かうのか」を読み解くための指標として、CESのテックトレンドが機能し始めていると言えるだろう。ちなみに、昨年のCES 2025には、まだ"驚き"があった。
テックトレンドの枠外では、NVIDIAが打ち出した「フィジカルAI」が大きな話題をさらったが、CESの公式テックトレンドの中にも興味深い変化が見られた。そのひとつが、「AIへのネガティブな語り」が消えたことだ。
2024年頃までは、「AIが仕事を奪うのではないか」といった、いわばAIネガティブキャンペーンのような論調がテックトレンドの中にも存在していた。しかしCES 2025では、そうしたネガティブな視点は姿を消し、AIが前提となる社会像が自然に語られるようになっていた。
一方で、CES 2026には、そうした分かりやすい"キラーワード"は見当たらなかった。
強いて挙げるなら、「デジタルトランスフォーメーション」から「インテリジェント・トランスフォーメーション(知能化による変革)」への移行が語られていた点が印象的だ。AIを前提としたインフラの再設計が進み、特にサイバーセキュリティ、スケーラビリティを前提としたクラウド設計、そしてシミュレーションや最適化を含む"意思決定を支援するAI"といったテーマが中心となっていた。技術の進化だけでなく、その言葉の使い方や社会的な受け止め方にまで目を向けなければならない時代に、私たちはすでに突入しているのだ。
データで見るテックトレンド
さて、CES 2026のテックトレンドの話に入ろう。
まずは、データから見ていこう。
まず紹介するのは、2026年のキーワードである「生産性」を裏付けるデータだ。このスライドでは、主要6カ国におけるビジネスパーソンのAI活用率と、それによる週間削減時間(推計)が示されている。
対象国は米国、英国、韓国、フランス、オランダ、ドイツ。中でも米国は、すでに63%が業務でAIを活用しており、週平均8.7時間もの時間創出効果が見込まれているという数字は強烈だ。
興味深いのは、CESのスタンスの変化である。これまでのテックトレンド発表では米国市場のデータが中心であったが、今回は各国の状況が比較提示されている。「世界最大級」のイベントとして、よりグローバルな視点を意識した表れだろう。ここに日本のデータが含まれていないことは少々残念ではあるが、トレンドを捉える視座が広がったことは評価すべき変化だ。
グローバル市場の予測データを見ると、2026年に向けた成長は地域ごとに濃淡はあるものの、全体としては堅調だ。特に注目すべきは、ハードウェア単体の成長ではなく、ソフトウェアやサービスとの組み合わせによる付加価値の増大である。
米国市場では、ハードとソフトの双方が拡大し、結果として産業全体のリテール収益を押し上げている。明らかに「デバイスを売る」時代から、「体験と生産性を提供する」時代への明確な移行を示している。
CESが見るメガトレンド:2026年の潮流
さていよいよ、本テックトレンドの核心である「メガトレンド」について解説しよう。今年のCESでは、世界が向かうべき方向性として以下の3つの柱が提示された。
- Intelligent Transformation(IX):AI時代の変革の本質
- Longevity:長寿・健康寿命の延伸
- Engineering Tomorrow:未来を設計する工学技術
メガトレンド1:Intelligent Transformation(IX)
最初のメガトレンドは、Intelligent Transformation(知能化による変革)だ。これまで我々が取り組んできたデジタルトランスフォーメーション(DX)の先にあるフェーズ、すなわちインフラそのものが「知能」を前提として再設計されるというパラダイムシフトである。今後はDXに代わり、「IX」という言葉を頻繁に目にすることになるだろう。
このIXを支える基盤として、以下の3つの領域が定義されている。
- サイバーセキュリティ:従来の「防御」から、AIによる「予測・適応型」の盾へ。
- クラウド:最初からAIのスケーラビリティを前提とした設計思想。
- AI(意思決定の補助):単なる情報生成ではなく、高度なシミュレーションや最適化を伴う「判断のパートナー」へ。
これらは個別の技術ではなく、三位一体となって初めて機能する「IXのOS」のようなものだ。
AIの進化形態:自律化と専門化へのシフト
さらに、このIXが具体的にどのような形で社会実装されるのか。そこには、昨年までの「汎用生成AI(LLM)」のブームを超え、より具体的かつ実用的な3つのアプローチが示されていた。
- Agentic AI(エージェンティックAI):人の指示を待つのではなく、自律的に判断し実行までを完結させるAI。
- Vertical AI(バーティカルAI):医療、法務、金融など、特定の専門産業に最適化された深い知識を持つAI。
- Industrial AI(インダストリアルAI):製造や物流といった過酷な現場で、リアルタイムのデータ処理と最適化を担うAI。
これらは言わば「脳の進化」であるが、CESの面白い点は、これらが「Physical AI(フィジカルAI)」、すなわちロボティクスという身体を得て現実世界に飛び出すことにある。
ロボティクスが担う「IX」の最終形
特に注目すべきは、人手不足と安全性の確保という切実な課題を解決するためのヒューマノイドや自律走行ロボットの台頭だ。物流、製造、サービス現場において、AIが「思考」するだけでなく、物理的な「行動」を伴うことで初めてIXは完結する。
この領域において、CTAが今年の注目企業として具体名を挙げたのが、Siemens(シーメンス)、Maum.ai、そしてSoundHound AIの3社だ。彼らが提供する、産業現場に溶け込むAIと音声インターフェース、そして物理制御の統合こそが、2026年のIXを象徴するソリューションとなるだろう。
メガトレンド2:健康寿命からニューロダイバーシティーへ
もう一つの大きな柱として掲げられたのが、Longevity(長寿・健康寿命)だ。この領域において、近年の米国で社会現象となっている肥満治療薬「GLP-1」を起点としたヘルスケアエコシステムや、精密医療(プレシジョン・メディシン)、リモートケアの進化はもはや前提条件と言える。ここで語られている本質的な変化は、医療機関による「治療」から、家庭内での「継続的なセルフマネジメント」への完全なシフトである。
しかし、CES 2026が提示したLongevityの真のフロンティアは、肉体的な健康の先にあった。それが、テクノロジーによる「内面の可視化」だ。
認知のブラックボックスを解き放つ「Neuroverse」
日本でもニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉が浸透し始めているが、これは「脳や神経のあり方の違いを、障害ではなく個々人の特性として捉える」考え方だ。この文脈において、CESテックトレンドで紹介されたVurvey Labsの「Neuroverse」は、これからのテクノロジーのあり方を象徴する極めて野心的なプロダクトと言える。
Neuroverseが解析対象とするのは、従来のような行動ログや心拍数といった生体データではない。これまでブラックボックスとされてきた人間の「認知」「感情」「反応」のプロセスそのものだ。
これまでのAIは、以下のような「外側のデータ」を学習し、予測を行ってきた。
- 何を購入したか(消費行動)
- どこへ行ったか(位置情報)
- どのような動作をしたか(アクティビティ)
しかし、Neuroverseが挑んでいるのはその一歩先、「人はなぜそう感じ、なぜそう判断したのか」という認知のメカニズムを解明し、データ化するアプローチである。
ここで重要なのは、Neuroverseを単なるメンタルヘルスやウェルビーイングのためのツールとして矮小化しないことだ。
CES 2026の文脈において、この技術は「Human-Centered AI(人間中心のAI)」が到達した一つの境界線として位置づけられている。「Better Living」が生活環境の利便性や肉体的な快適さを追求してきたのに対し、Neuroverseが目指すのは、個々の認知特性に最適化された「認知と意思決定の質の向上」である。
これは、CESがこれまで描いてきた進化の系譜を塗り替えるものかもしれない、と話を聞いててワクワクした。
CESの進化の系譜
Smart Living(利便性) → Better Living(幸福感) → Inner Living(内面の調和)
住環境(Smart)や生活(Better)の改善を経て、ついにテクノロジーは人間の内面世界(Inner)を豊かにするフェーズへと突入した。自分自身の認知の癖を理解し、異なる特性を持つ他者とデータを通じて共鳴する。そんな「内面の自由」こそが、2026年におけるLongevityの真の意味なのかもしれない、と、Neuroverseのデモ動画を見ながら思ったのは私だけではないだろう。
CES 2026テックトレンドの後半は、前半で語られた「知能化(IX)」が、私たちの生活の細部や社会基盤にどう溶け込んでいくのか、より具体的かつ多角的な視点で展開された。
内容が多岐にわたるため、ここからは「感性の拡張」と「未来の基盤」という2つの軸でダイジェストにまとめて紹介する。
生活・文化・エンタメへの拡張
AIの進化は、テクノロジーが単なる「道具」であることを超え、人間の感性や文化を深く理解する「パートナー」へと変貌していることを示している。
特に、テックトレンドで紹介された「Cultured Living」のセクションは象徴的だった。L’OréalやKolmar Koreaに代表されるように、AIは個人の身体特性や嗜好を解析し、美容やファッションにおける自己表現を拡張する存在となっている。また、映像・オーディオ・ゲーム分野では、AI Production(制作支援)や合成音声が表現のハードルを劇的に下げた。これにより、クリエイティブの本質は「誰が作れるか」という技術の競合から、「何を語るのか」という物語の質(ストーリーテリング)の競合へとシフトしている。ゲームが単なる娯楽を脱し、没入感のある「体験プラットフォーム」としての地位を確立したという指摘も、極めて印象的であった。
メガトレンド3:Engineering Tomorrow —— 社会を支える"見えない基盤"
最後を締めくくるメガトレンド「Engineering Tomorrow」では、極めて現実的かつ構造的な社会変革に焦点が当てられた。その領域は多岐にわたる。
- モビリティのSDV化:車はもはや「完成されたハードウェア」ではなく、アップデートされ続ける「ソフトウェア空間」へと進化した。ここではトヨタや日産といった伝統的な完成車ブランド以上に、BlackBerryやQualcommといったレイヤーの存在が大きくクローズアップされている。これは、モビリティの本質がハードウェアから「OS」へと完全に移り変わったことを印象づけている。
- 産業重機・公共モビリティの知能化:建設(Doosan)、農業(John Deere)、公共・防災(Oshkosh)。「現場」を持つ産業へのAIとロボティクスの本格導入は、派手さこそないが、安全性と持続可能性を担保する地に足のついたソリューションとして、今年のCESで最も注目すべき進歩と言える。
- 食とエネルギーの再設計:サプライチェーン全体を最適化する食のオートメーションや、分散型エネルギー管理(Electrification)が、一企業の製品を超え「国家レベルのインフラ」として描かれた。
- Future Infrastructure:今年、量子コンピューター、AI、ブロックチェーンを中核とした新エリア「CES Foundry」が設置されたことは象徴的だ。これらの「目に見えない不可欠な基盤」が、すべての産業の根底に収束していく。これからのビジネスにおいては、最終製品のスペックだけではなく、その背後にある「構造(アーキテクチャ)」を見極めることが肝要であることを予見させている。
最後に
今年のCESテックトレンドを振り返ると、AIが「話題の主役」だった時代は終わり、AIが「前提(空気)」となった社会の設計図が示されたとも言えるだろう。
「驚き(WOW!)」を求めるフェーズから、ビジネスとしての「実効性」と、人間中心の「感性」をどう両立させるか。14年通い続けた筆者の目にも、今年のトレンドはこれまでになく「地に足のついた、逃げ場のない現実的な未来」として映った。と、同時に、この地に足のついた目に見える未来地図に日本企業や日本の存在が感じられなかったのが寂しくもある。ここからはじまるCES本番で日本勢の勢を感じたいものだ。
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