スペックシートには載らない「場のリアル」
Integrated Systems Europe(ISE)2026。今年もバルセロナ、フィラ・デ・バルセロナ・グランビアに、照明を含めた視聴覚技術――いわゆるProAVの世界が集結した。
会場を歩き回って痛感するのは、個々の新製品のスペック競争を超えた、会場全体を覆う「圧倒的な情報量」だ。インターネットやSNSでは「今年のトレンドはAI」「透明ディスプレイが話題」といった個別のトピックが飛び交っているが、現地で体感する空気感は少し異なる。
そこにあるのは、広大な会場の「どこに誰が陣取っているか」という物理的な配置が示す、業界のパワーバランスだ。どのホールにどの企業がブースを構え、誰と隣り合っているのか。その「場所」こそが、各社の現在の立ち位置と、業界が向かっている未来を如実に物語っている。
本稿では、ISEのメインストリームであるHall 3.0を中心に、そこから南入口(South Access)に近いHall 2.0、Hall 1.0への流れを追いながら、現地の熱量と業界地図の変化をレポートしたい。
Hall 3.0:不動の4社と、メジャー勢が支配するメインストリート
まず、ISEの心臓部であるHall 3.0(Multi-Technology Zone)。ここは業界のメインプレーヤーたちが集う、最も密度の高いエリアだ。
入口を固める「不動の4社」
Hall 3.0の構成は非常に象徴的だ。入口付近には、長年この業界を牽引してきたLang、Crestron、Epson、Panasonic(Mevix)が「不動の4社」として大きなブースを構えている。彼らはこの巨大な展示会のゲートキーパーのような存在だ。ジャンルレスにソリューションを展開する彼らのエリアを抜けて初めて、来場者は会場の奥へと進むことができる。
特筆すべきはPanasonicだ。エンターテインメント部門が「Mevix」として独立・再編されてから初のISEとなる今回、新ブランドとしてどのような展開を見せるかが注目されていた。実際にブースを見ると、単なる名称変更にとどまらず、ソリューションプロバイダーとしての新たな姿勢と、変わらぬ技術への信頼感が共存している。
対するEpsonも、高輝度プロジェクションの分野で存在感を放つ。LED全盛の時代にあっても、「投写」ならではの没入感や、それを支える新機種のスペックは、やはりこの入口エリアの主役にふさわしい。
中央通り:LEDの群雄割拠
ゲートキーパーたちのエリアを抜け、会場を貫く中央通りを進むと、その先はここ数年の定位置とも言えるSamsungとLGの巨大ブースが、道の左右を挟むように展開している。またShureとSennheiserも奥の方で同様に左右で展開しているのがこのホール。
そしてその奥、視界の限りを埋め尽くすのは、ROE VisualやBrompton TechnologyといったハイエンドLED勢だ。ここには、日本の展示会でも見かけるUnilumin、AOTO、Absen、INFiLED、Planar(Leyard)等も勢ぞろいしている。ただISEでのスケール感は桁違いだ。壁面という壁面が発光し、ピクセルピッチの微細化競争を超えた「面」としての圧力が迫ってくる。
SamsungとLGがトレンドを作り、Brompton、Novastar、Megapixelらが制御技術で質を高める。この中央通りの配置は、現在のディスプレイ市場における韓国勢と中華系LEDメーカー、そしてハイエンドプロセッサー企業の強固なエコシステムを感じさせる。そして、その中でも気炎を吐いていたのがYesTechの展示だった。
Hall 2.0:ITの巨人と「ソリューション」へのシフト
熱狂的なHall 3.0を抜け、Hall 2.0(Unified Communications & Smart Building)へ移動すると、展示の毛色が「映像」から「通信・IT」へと明確に変化する。今年のISEで最も重要な変化、AVとITの融合が具現化しているのはこのエリアだ。
AVとITの境界線消滅
Hall 2.0でまず目を引くのは、GoogleやMicrosoftといったPC・IT業界の巨人たちのブースだ。かつてAV機器展といえば専用ハードウェアの世界だったが、彼らがHall 2.0の主要プレイヤーとしてブースを構えている事実は、「AVとITの垣根が消滅した」ことの何よりの証明である。知らない人は想像もしないかもしれないが、今のAVシステムはOSやクラウドプラットフォームと不可分な関係にある。
Barcoが示す「立ち位置」
このHall 2.0にBarcoがブースを構えている点も、業界の動向を理解する上で重要だ。バルセロナ開催となって以来、BarcoはこのHall 2.0を定位置としている。かつての大規模プロジェクションのイメージを持つ人もいるかもしれないが、今の彼らにとっての主戦場は、ClickShareに代表される会議ソリューションや、Encore3のような映像処理・制御だ。「プロジェクター単体」ではなく「ITソリューション」として市場に向き合う。そのスタンスが、Hall 3ではなくHall 2という選択に表れている。
ディスプレイメーカーの「越境」とIPMX
興味深いのは、AUOやBOEといったディスプレイパネルメーカーが、Hall 3ではなくHall 2.0にブースを構えている点だ。これは彼らが単なる「パネル供給」にとどまらず、会議システムや統合ソリューションの一部としてディスプレイを位置づけていることの現れだろう。
そして、このエリアを語る上で欠かせないのがIPMXだ。派手なLEDウォールの裏側で、あるいは会議室の配線の中で、AV over IPの標準規格としてのIPMXの存在感が増している。各社のブースやスペックシートにこの規格名を見つけるたび、異なるメーカーの機器同士がIPネットワーク上で相互接続され始めている実態が見えてくる。AVとITの融合を、概念ではなく実務レベルで支えているのはこの技術だ。
お忍びのオーディオたち
また、Hall 2.0にはBang & Olufsenなどのハイエンドホームオーディオや、L-Acoustics、Genelecなどが、通常の自社スタンドとは別に出展しているのも見逃せない。これはテレカンファレンス市場へのアプローチであり、同時にレジデンシャル(住宅設備)需要を取り込む動きでもある。プロの音が、会議室やリビングへとシームレスに入り込んでいる現状がここにある。
Hall 1.0:コンシューマーブランドとの融合
最後にHall 1.0へ。ここはさらに空気が変わり、コンシューマーブランドの色彩が強くなるエリアだ。Sonos、Hisense、TCLといった、CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)などでお馴染みのブランドが顔を揃える。
ここで展示されているのは、一般家庭で見かける製品の延長線上にありながら、プロフェッショナルな現場でも耐えうる仕様や制御機能を備えたモデル群だ。Hall 1.0を見ると、プロ市場とコンシューマー市場の境界線もまた、かつてないほど曖昧になり、相互に影響し合っていることがわかる。
おわりに:バルセロナで確認した「業界の現在地」
Hall 3.0の圧倒的な物量と、入口を固める不動の4社。 Hall 2.0におけるITジャイアントの浸透と、Barcoやパネルメーカーのポジショニング。そしてHall 1.0に見るコンシューマー市場との接近。
今年のISEを歩いて確認できたのは、個別の技術革新以上に、このホールごとの役割分担と企業の立ち位置の変化だ。「AVとITの垣根がない」という言葉はもはやスローガンではなく、現実の風景として会場に広がっている。IPMXが裏側で信号をつなぎ、GoogleやMicrosoftがプラットフォームを提供し、その出口として各社のディスプレイ、プロジェクターが機能する。
ここには語り尽くせないほどの情報量がある。例えば壁面コネクターのメーカーだけで30社以上が出展しているような、一見カオスに見えるその展示の数々は、実は業界が向かう方向性を明確に指し示している。ネットニュースの速報だけでは伝わらない、視聴覚情報をデータにシームレスに変えるエコシステムを肌で感じること。それこそが、バルセロナまで足を運ぶ最大の意義なのだろう。