UVAとDisguise:システムから表現を構築する「エンジニアリングの血統」
2026年1月31日から2月1日にIntegrated Systems Europeのプレイベントとして行われたカサ・バトリョ(Casa Batlló)でのプロジェクションマッピングイベント「Hidden Order」についてお伝えする。
今回の演出を手がけた「United Visual Artists(UVA)」は、2003年の設立以来、テクノロジーを単なる「道具」ではなく「表現言語」として扱うパイオニアである。
彼らを語る上で、メディアサーバーの世界的標準であるDisguise(旧d3 Technologies)との関係性は外せない。UVAの共同創設者の一人であるアッシュ・ネルー(Ash Nehru)らは、Massive Attackのツアーなどの過酷な現場で、複雑な3D空間をリアルタイムに制御するためにソフトウェア「d3」を自社開発した。これが後のDisguise社へと発展した歴史がある。
今回の「Hidden Order」においても、特定のメディアサーバーの型番に注目する以上に、UVAの作品には一貫して「空間を3次元的に捉え、シミュレーションと実演を高い精度で同期させる」という思想が根付いている。今回のカサ・バトリョでのプロジェクトも、この「システムと表現の密接な関係」から生まれている。
展示内容:プロジェクターとレーザーが交錯する「デジタル・ハッキング」
実際の映像を見れば分かる通り、今回の新作「Hidden Order」で最も注目すべきは、プロジェクターによる面的な映像と、レーザーによる線的な光を巧みに組み合わせた点である。
プロジェクターによる質感の付与
まず、高輝度プロジェクターがカサ・バトリョの有機的なファサードを覆う。ガウディ特有の曲線やタイルの質感を活かしつつ、建物が呼吸するかのような流動的なグラフィックスを投影する。これにより、石造りの建築に柔らかさと生命感を与えている。
レーザーによる構造の可視化
特筆すべきは、その上から重ねられる白いレーザービームの存在である。
- 輪郭の抽出:レーザーは、ガウディの複雑な曲面をなぞるように高速でスキャンし、一瞬にして建物のスケルトンを浮かび上がらせる。
- 3次元的な拡張:プロジェクターが組まれている櫓から空中に向かって放たれる無数のレーザーは、建物の壁面という2次元の制約を破壊し、3次元の光の世界(グリッド)へと変貌させる。
- 聴覚との同期:ミニマルかつ重厚なサウンドトラックのパルスに合わせ、レーザーが鋭利な針のように夜空を突く。プロジェクターの柔らかな光の面と、レーザーの硬質な光の線の対比が、視覚に強烈なコントラストをもたらしている。
このハイブリッドな手法により、単なる「壁面への投影」に留まらない、没入感のある演出が実現している。
身体性の移植:ダンサー高瀬富貴子の「鼓動」をデータ化する
この高度に計算されたデジタル演出に、予測不能な「生命力」を与えているのが、日本人ダンサー・振付家の高瀬富貴子(Fukiko Takase)氏である。
高瀬富貴子の経歴
高瀬氏は、ロンドンを拠点に世界的に活躍するパフォーマーである。現代舞踊の巨匠ウェイン・マクレガーが率いる「スタジオ・ウェイン・マクレガー」に日本人として初めて入団し、長年中心メンバーとして活躍した。UVAとは2011年の「Intervention」以来、長年にわたるコラボレーターであり、テクノロジーと身体表現の境界を探求し続けている。
モーションキャプチャによるマッピングの構築
今回の作品「Hidden Order」において、高瀬氏のパフォーマンスは事前にモーションキャプチャによって精密に記録された。投影される光の粒子や、レーザーが描く軌跡の「揺らぎ」には、彼女の身体の動き、重力の移動、そして筋繊維の震えまでもがデータとして反映されている。無機質な建築の上に、高瀬氏の身体から抽出された「有機的なリズム」が重なることで、カサ・バトリョはあたかも一人のダンサーが踊っているかのような、奇妙で美しい錯覚を観客に与える。
技術の統合がもたらす新しい「空間体験」
UVAによる「Hidden Order」は、ガウディ没後100年という節目に、カサ・バトリョを「過去の遺産」から「未来のインターフェース」へとアップデートした。
単に映像を投影するのではなく、レーザーによって構造を強調し、人間の身体データを介在させる。これら全ての要素が、高度なワークフローによって統合されている。クリエイターにとっては、プロジェクターのスペック以上に「異なる性質の光をどう組み合わせるか」「デジタルの中にどう身体性を持ち込むか」という点が、今後の空間演出の鍵になることを強く印象付ける内容であった。
バルセロナの夜空に伸びた白いレーザーの筋は、2026年以降の映像演出のスタンダードを指し示しているといえる。また個人的にはあの爆音を夕方からほぼ深夜に近い時間まで町のど真ん中で出来る住民の理解や懐の深さの方が気になった。日本で同じ実装が出来るようになるのかについても色々と示唆に富んだものだったと思う。
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三寺 剛史|プロフィール
LBE、ライブエンターテイメント、バーチャルプロダクションと、それらの周辺マーケットを主とする、セールス/ビジネス開発のプロフェッショナル。国内外の業務用映像音響市場に強力なコネクションを構築し、その知見から講演・セミナーにも多数招聘される。2021年にDisguise Japan社長に就任。2025年7月に3 temple circus inc.を設立。