2026年3月21日、東京・Zepp Hanedaにて、歌手・May’nのデビュー20周年を記念したライブツアー「May’n 20th Anniversary Live Tour 2026『THE BEST of May’n』」が開催された。

本公演における最大の注目点は、富士フイルムの最新シネマカメラ「GFX ETERNA 55」を10台投入し、大規模なライブ収録を実施した点である。中判センサー搭載シネマカメラ10台によるライブ運用は極めて珍しく、その実用性を検証する取り組みとして注目を集めた。

映像制作のプロフェッショナルが挑む「新しい何か」への渇望

本プロジェクトを主導したのは、映像制作や演出を幅広く手掛けるプローダスの金井塚元氏と、株式会社ハンドオンの小平智紀氏である。

プローダスは東京都に拠点を置き、映像の企画・制作・演出を一貫して行う企業だ。放送や配信、展示会用など、顧客のニーズに即した多角的な映像コンテンツ制作を展開している。一方、ハンドオンは広告制作を主軸としながら、近年はK-POPやJ-POPアーティスト、さらにはVTuberの公演など、多岐にわたるステージ演出を支えてきた。小平氏は、テレビ番組やドキュメンタリー、ドラマ制作における豊富な経験を背景に、本プロジェクトにおいてもシステム構築から運用までを一手に統括している。

プローダスの金井塚元氏(左)、ハンドオンの小平智紀氏(右)

プロジェクト発足の経緯について、金井塚氏は次のように語る。多忙な制作業務をこなす中で、手法が決まれば結果が見えるという既定路線の画作りに、ある種の閉塞感を抱いていた。これまでとは異なる「新しい何か」を渇望していた折、Inter BEE 2025の関連ニュースで目にしたのが「GFX ETERNA 55」であった。

驚くべきことに、GFX ETERNA 55の採用を決めた時点ではMay’nのライブでの運用はおろか、対象となるアーティストすら決まっていなかった。金井塚氏の「全台をGFX ETERNAで揃え、レンズもフジノンで統一したライブ運用を敢行したい」という大胆な提案に、小平氏も即座に呼応した。単なる機材検証ではなく、中止となった海外公演を待ち続けたファンへ最高品質の映像を届けることを目指した実践的なプロジェクトだった。そこに今回のプロジェクトの真価がある。

3月21日、Zepp Hanedaにおいて、May’nのデビュー20周年を記念するライブツアー「THE BEST of May’n」の東京公演が開催された

プロジェクトが具体性を帯びる中で、両者がまず議論したのは会場の規模である。シネマカメラをライブ運用する際、最大の障壁となるのはレンズの焦点距離だ。ドーム規模では放送用中継カメラで補うのが一般的だが、それでは画作りの統一感が損なわれる。「全編をGFX ETERNAのトーンで通し切る」ためには、どの位置からでも被写体にレンズが届くZeppという規模こそが、成功への絶対条件であった。

金井塚元氏は東京公演の当日、ライブ配信における映像スイッチングも担当した

実際にZepp Hanedaの会場へ足を踏み入れると、中継用の10台にメイキング用および予備を加えた、計12台の「GFX ETERNA」が集結していた。センター・ロー、センター・ハイ、ピット・ロー、ステージ前ハイ、ピット・レール、上手・下手45度、ステージ下タワー、客中レール、そしてセンター・フィックス。これらすべてのポジションに「GFX ETERNA」が据えられた光景は、まさに圧巻のシステム構成だった。

「肉眼」の再現に挑むGFX ETERNAがライブ映像制作に提示した新たな視点

まず特筆すべきは、GFX ETERNAで捉えた映像の質である。ライブ会場は強烈な逆光や点滅照明、極端な明暗差など、カメラにとって過酷な環境である。しかし、GFX ETERNAで撮影された映像は、当日現場で見ていた印象に極めて近かった。通常、カメラ映像は肉眼よりも情報が損なわれがちであるが、本機は肌の階調や、若い肌特有の透明感まで自然に描写していた。

「カメラを通すと実物より見劣りする」という従来の常識を覆し、アーティストの美しさを忠実に再現する。その描写力は、スイッチング中に見入ってしまうほどのインパクトを持っていたという。

技術面で最も目を見張るべきは、「赤」の発色である。一般的なCMOSセンサーを搭載したカメラでは、ライブ会場の鮮烈な赤色が、しばしば朱色(オレンジがかった赤)へと転んでしまう。これを補正するには特殊なマトリックス機能や緻密なカラコレを必要とするが、それでも限界がある。

しかし、GFX ETERNAは違った。富士フイルム独自のフィルムシミュレーション「PROVIA」のLUTを当てただけで、肉眼に近い印象の赤が見事に再現されたのである。この事実は、従来のカメラでは再現が難しかった領域に踏み込んでいる。

色の再現性に苦労し、後工程で多大な時間を費やすことが常態化している映像制作の現場において、撮った瞬間に「正解」に近い画が出ていることの意味は大きい。GFX ETERNAが示したのは、シネマカメラとしてのポテンシャルが、ライブという極限のドキュメンタリーにおいても、ライブ会場で受けた印象に近い映像表現を実現できる可能性を示した。

また、中判センサーがもたらす「立体感」も見逃せないポイントだ。斜め45°からのショットにおいて、観客、アーティスト、背景のバンドという各レイヤーが単なるボケを超え、肉眼に近い奥行きを伴って描写される。これはパースが複雑なアングルでも絵としての成立を助け、視聴者に現場の臨場感をダイレクトに伝える。

中判センサーのポテンシャルを最大限に引き出した戦略的なレンズ構成と露出制御

さらに特筆に値するのは、シネマカメラである「GFX ETERNA」が、いかにしてマルチカメラによるライブ制作を実現したのかという点だ。その答えは、小平氏の手による合理的なシステム構築にあった。

放送用システムに不可欠なタリーやインカム、リターンについては、ハンドオンでは、小型の電送システムを数多く保有しており、多種多様な電送システムを駆使した。準備時間が限定的であったため、一部を無線化するなどの柔軟な対応をとりつつ、PROTECH(日本ビデオシステム)特注のリモートアイリス制御システムを活用することで、シネマカメラ特有の運用課題を克服している。

レンズ構成はFUJINONブランドを中心に構築されている。今回の撮影におけるレンズ選定について、金井塚氏はその詳細を小平氏に一任した。唯一提示された条件は「FUJINONレンズを使用すること」であり、会場の規模や撮影ポジション、撮影対象に合わせた最適なレンズリストの作成を求めた。

小平氏の所属会社では、すでにDuvoシリーズを導入・運用しており、今回の選定もそれが前提となっている。Zeppクラスの会場規模であれば、ワイド端を含めてもDuvoの焦点距離で概ね対応が可能である。さらに広い画角が必要な会場では別のレンズ構成が求められるが、今回の会場サイズであれば、すべてのショットをDuvoのレンジ内に収めることができた。

本来、小平氏としては5倍以上のズーム倍率を持つPremistaを多用したいという意向があった。しかし、現場でのサイズ感や取り回しの制約から、今回はDuvoを主力に据える判断を下した。最終的には計5本のDuvoを使用し、残りをGFレンズおよびPremistaシリーズで構成した。

使用カメラ・レンズ一覧

カメラモデル [ マウント / センサーモード ] 使用レンズ
ETERNA 55 [ GF / GF ] GFレンズ GF 32-90mm T3.5 PZ OIS WR
ETERNA 55 [ PL / S35 ] Duvoシリーズ HZK 25-1000mm
ETERNA 55 [ PL / Prem ] Premistaシリーズ 80-250mm
ETERNA 55 [ PL / S35 ] Duvoシリーズ HZK 24-300mm
ETERNA 55 [ GF / GF ] GFレンズ GF19-35mmT3.5 PZ OIS WR
ETERNA 55 [ PL / Prem ] Premistaシリーズ 28-100mm
ETERNA 55 [ PL / S35 ] Duvoシリーズ HZK 24-300mm
ETERNA 55 [ PL / S35 ] Duvoシリーズ HZK 14-100mm
ETERNA 55 [ PL / S35 ] Duvoシリーズ HZK 14-100mm
ETERNA 55 [ GF / GF ] GFレンズ GF 32-90mm
ETERNA 55をS35(スーパー35mm)モードに設定し、PLマウントを介してDuvoシリーズの「HZK 25-1000mm」を組み合わせた。展示会等での披露こそあったが、実際の運用現場における実戦投入はこれが世界初となる
ETERNA 55とPremistaシリーズの組み合わせ

特記しておきたいのは、GFX純正レンズの描写性能である。小平氏は当初、レンズの形状や仕様から「それほど突出した性能ではないだろう」と予測していたが、実際に運用してみるとその評価は一変した。特に広角ズームレンズ(GF19-35mmT3.5 PZ OIS WR 7月9日に正式発表された新製品)のクオリティは極めて高く、金井塚氏も「いつものDuvoよりも映像が美しい」と語るほどであった。

ETERNA 55とDuvoシリーズの組み合わせ

小平氏の分析によれば、中判センサーに対応した大口径のGFX純正レンズは、Duvoのワイド端と比較しても階調が非常に広く、フレアの出方も極めてナチュラルであるという。ライブ運用では、独特のフレアや質感を求めて海外メーカーの軟調なレンズを選択することもあるが、GFX純正レンズが映し出す光の捉え方は、それらに引けを取らない非常に美しいものであった。

露出制御においては、カメラ内蔵のバリアブルNDフィルターが重要な役割を果たした。ネットワーク経由でiPadからリモート操作を行うことで、絞り値をF2.8からF4の間に固定したまま、光量の変化に即座に対応できる。回折現象による解像度の低下を避けつつ、浅い被写界深度を維持したまま撮影を継続することが可能だ。

このバリアブルNDによる露出制御と大型センサー特有の柔らかなボケ味が組み合わさり、極めて質感の高い映像表現を可能にした。最新のデジタル技術と伝統的な光学性能が融合したこのシステムは、次世代のライブ映像制作における有効な選択肢となることを実感したという。現場の緊張感の中で、中判シネマカメラが持つ潜在能力が明確に示された。

信頼性と効率を高度に両立させた合理的な収録システム

今回のプロジェクトにおける映像信号の管理と収録体制は、機材の特性を考慮した信頼性と効率を重視したものであった。

まず、収録の根幹となる内部レコーディングについては、新機材ゆえの信頼性を考慮し、万が一の停止リスクを回避する策を講じた。本体では「F-Log2C」の4K映像を記録することを大前提としつつ、外部出力においてもログの生データを確保することで、強固なバックアップ体制を構築している。

ライブ配信や現場でのマルチビュー、プログラムアウトの運用については、信号経由でLUT(ルックアップテーブル)を適用する手法を採用した。具体的には、AJAの「ColorBox」を6〜7台投入し、各カメラ系統に独立してLUTを充てている。これにより、手元のモニターで色を確認する必要があるワイヤレスオペレーターや、クレーン、特機などの映像においても、一貫したルックでの確認が可能となった。また、色の微調整が必要な状況に備え、「LiveGrade」を導入して一括管理を行う体制を整えた。

GFX ETERNAはブラウザ経由のリモート撮影機能を備えており、iPad等のタブレット端末を用いることで電子NDフィルターの濃度調整が可能だ。今回の現場では2台のiPadが併用され、DUVO 25-1000mmおよびDUVO HZK14-100mmについては、リモートによるアイリス(絞り)制御が行われていた

インフラ面では、12G-SDI対応のスイッチャーを導入していたものの、最終的な運用はHDベースに集約した。これは、全系統を12Gで伝送するためのコストや電送システムの帯域制限を考慮した現実的な選択である。

バックアップレコーダーの選定においては、現場のスペース効率を最優先した。同社は「Ki Pro」も多数保有しているが、今回はラックへの収まりが良く、限られた空間で多チャンネルの収録が可能な「HyperDeck」を採用している。準備時間が極めて限定されていたため、音声系統のルーティングを含め、時間効率と設営のシンプルさを追求したシステム構成となった。

コストパフォーマンスと将来性が示す映像制作の新たな転換点

今回の実践を経て、小平氏はGFX ETERNAのポテンシャルを小平氏は「ハイエンドシネマカメラに匹敵する」と評価する。約200万円という価格は、1,000万円級のフラッグシップ機と比較すれば圧倒的なコストパフォーマンスを誇る。「ハイエンド機1台分の予算で、本機を5台導入できる」という事実は、マルチカメラ運用において戦略的な優位性をもたらす。

今後の展望として、全台をGFX ETERNAで揃える構成のみならず、他機種との混在運用(ハイブリッド運用)も視野に入れている。各機種の得手不得手を補完し合うことで、現場の機動力と映像クオリティを高い次元で両立させることが可能となるからだ。

今回の検証を通じて見えてきたのは、GFX ETERNA 55が単に高画質なシネマカメラではなく、ライブ制作という厳しい現場においても十分な運用性と映像品質を両立できる可能性を備えているという点である。

中判センサーが生み出す描写力に加え、リモート運用やシステム構築を含めた総合的な完成度は、ライブ映像制作に新たな選択肢を提示した。

今回の10台による実戦投入は、GFX ETERNA 55の可能性を示すだけでなく、シネマカメラによるライブ制作の新たな方向性を示した取り組みとして記憶されるだろう。