txt:河尻亨一
Script 2.0とでも言えばいいのだろうか
カンヌクリエイティブ祭に行ってきました(もう2ヶ月前ですが)。カンヌ取材には2007年から参加してますが、今年はフェスティバル名から「広告」の2文字が取れ、「クリエイティブ」の言葉を全面に出すようになりました。「Cannes International Advertising Festival」から「Cannes International Festival of Creativitiy」に進化(?)したのです。
これはグロバールな規模で生じつつある広告とメディア産業の構造的変化を先読みしての名前替えなのかもしれません。しかし、そういった”オトナの事情話”はとりあえずおいておくとして、この記事では今年カンヌで評価の高かったエントリーや私が個人的に面白いと感じた「広告映像」を、有名無名ふくめて10本くらいピックアップした上で、広告産業サイドから見た現代の映像について考えてみたいと思います。
Write the future(Nike/オランダ)
これはご覧になった方も多いでしょう。フィルム部門のグランプリです。私はサッカーに疎いのですが、素人目に見てもなんだかスゴそう、金かかってそう、という気配がムンムン伝わります。海外でも大人気で、カンヌの会場で見ていてもシンプソンズのシーンで必ずみんな爆笑していました(何度も見てるはずなのに)。
一見ストーリーがわかるようなわからないような感じですから、何度も見てしまうんですよね。そう、この映像、”そうなる”ように作られているんだと思います。そこがこれまでのナイキのオールスター全員集合CMとも少し異なるところです。審査員に聞いたところ、フェスティバルでの評価のキモは「Script」とのことでした。もちろん「編集」その他もすごいですが、脚本はそーとー練りに練ったようです。空間&時間を超えてる感じがいまっぽいと言えばいまっぽい。演出はAlejandro Gonzalez Innarituです。どうりで「バベル」っぽいなと。
Puma Social(Puma/アメリカ)
カンヌは賞のカテゴリーがたくさんあってややこしいのですが、これはフィルムクラフト部門でグランプリになりました。爽やかな読後感といいますか視聴後に起こるこの独特の快感はなんだろう?
と考えると、秘密はやはり色にアリでしょうね。ボーリングの球、ダーツ、ビリヤードといった小道具と出演者の衣装とのカラーコーディネイト、それぞれのシーンにおけるさし色の計算がイヤらしいほどキマってます。凝ってます。オトナの遊びに”色”は不可欠ってことかな。
実験・テストがトレンディ?
REAR VIEW GIRLS(LEVI STRAUSS/ニュージーランド)
今年は、サプライズっぽい実験・テストものの映像が目立ってた気がします。視聴者参加っぽいのも増えてます(実際には役者なのかもしれない)。なかでも、これはけっこうバズってたので、ご存知の方が多いと思いますが、実はリーバイスの”コマーシャル”だったんですね。素人ぽい女性2人組がジーパンのポケットに隠しカメラ仕込んで、街行く男ども(女性も含む)が「どれくらい女のケツ見てるか?」をテストしようってもの。よく見るとリーバイスのショップも映ってます。素人が撮ったとは思えないクオリティなので、アヤしいとニラんでたのですが、やはりプロ仕様でした。計算された「素人っぽさ」もいまの映像界ではキーワードかもしれません。
今年の受賞作ではありませんが、リーバイスは印象的な映像がけっこうあります。5年前だったかRingan Ledwidgeの演出した「Dangerous Liaison」はかなり好き。いま見てみたら画質悪いにも関わらずビュー数4000万とかになってました。ビュー数的にはそれほどだけど画質よいほうバージョンを挙げときます。
CHROME SPEED TESTS (google/アメリカ)
テストものではGoogleのシリーズが目立ってました。日本でも展開している「Googleで、できること」のグローバル版みたいな感じのもの。メカニカル系ではこれがしょーもなくてよいです。こんなことよく考えますよね、そしてやってしまいますね。海外は。あと、リアルタイム検索で表示されるメッセージを取り込んで即興でラブソング作るとか(DEMO SLAM「REAL TIME KARAOKE」)、Googleの翻訳機能使って近所のファーストフードの店員(英語通じない人)に電話で注文、みごとデリバリーに成功とか(DEMO SLAM「Extra Spicy」)、まあ、色々思いつくもんです。ちなみに私は「Extra Spicy」に出てくる細いほうのお姉さんが意外と好みです。
ここで挙げたもの以外でも「実験・テストもの」は多いです。「鼻の大きさ調べてデカいお客さんにはエアコン25%オフ(BGH/GIGANTIC NOSE/アルゼンチン)」とか「子供、モデル、マッチョなど、それぞれ3人ずつグルーインしてる様子を描いて、スマフォの比較広告やる(SONY ERICSSON/MODELSほか/イギリス)」とか、まあ、とんでもない世界ですね(笑)。
メディアアートを広告に
BALLOONS(MTV/ブラジル)
さっきの「実験・テストもの」の流れともかぶるのですが、ピタゴラスイッチ的というか、いわゆるメディアアートっぽい映像をまんまコマーシャルにするトレンドも見逃せません。NTT Docomoの「森の木琴」もそのコンテクストの中にあると思うのですが、このMTVの映像も面白い。中国をはじめ新興国は勢いがあって、なかでもブラジル勢はキテますね。
そう言えばちょうど2年前、10年後の広告の方向性を4つに分けて予測し、そのうちのひとつを”ハイ・アート化”の流れとして論じたことがあり(雑誌「広告」2009年11月号「2020年をデザインする」)、もののみごとにノーリアクションだったのですが(笑)、いま考えてみると、この分析はそんなにハズしてなかった気がします。
The Entrance(Heineken/オランダ)
これも好きなコマーシャル。けっこう話題になりました。見てるととにかく楽しくて、映像っていいなと思います。こういうのは言葉だけだと面白みがイマイチわかりません。起こる出来事は、基本「主人公の男がイマドキちょっと珍しいくらいのバブリーな店に入って、手品やカンフー、楽器演奏などを披露したあとでハイネケン飲む」だけですから。
ここらで音楽にもフォーカスしておきましょう。手品やカンフーもさることながら、このコマーシャルでは音楽が企画のキモになってます。コマーシャル内にも出てくる女性ボーカルのバンドは、「Asteroids Galaxy Tour」と言って、デンマークで人気あるらしいです。曲名は「The Golden Age」。実はこの歌詞が意味深なんです。「♪ゴールデンエイジに生まれていればなあ~ 宝石ジャラジャラつけてカジノとか行っちゃうのに~(意訳)」みたいな感じ。よくこんなマッチする曲見つけてきたもんだ。コマーシャル全体が過ぎ去りし時代への郷愁になってるんですね。日本だけでなく、それはいわゆる先進国に共通のメンタリティだってことがわかります。
Dead Island(DEEP SILVER/ドイツ)
お次はこの暑さもふっとびそうなホラー映像です。「Dead Island」というゲームのトレーラーなんですけど、こええ、とにかくこええ…なんでこんなものが受賞するのかよくわかりませんが、金賞クラスをいくつか受賞してました。CGアニメとしてのクオリティの高さでしょうね。まったく救いがないというか、ひたすら暗い気持ちになります。しかし、ビュー数500万超。関連動画もかなりの人気っぷり。心臓の弱い方は見ないでください(もう遅いかもしれませんが)。
フォースの力を活用だ
The Friendship Machine(Coca Cola/アルゼンチン)
気持ちを切り替えて、ハッピー行きましょう、ハッピー系を。これは映像作品というよりも、企画内容を説明するためのエントリー用プレゼンビデオで、なかなかよくできてます。実はフェスティバル前からこの企画自体は知ってはいたのですが、「肩車するなど友だちと協力し合ってベンダーにコインを入れると、二人ぶんのコークがゲットできる!」という内容のあまりのベタさに、カンヌで高い評価を受けるとは思ってもいなかったのです。しかし、ふたを開けてみると様々な部門で金賞を取りまくってました。
その理由を考えてみるに、やはりこのプレゼンビデオの効果大だと思うんですよね。映像によるミラクルです。カンヌのセレモニー(贈賞式)でこの映像が流れると、「サイコーだよね~、これ。イエー!」みたいな感じでみんな超盛り上がってました。音楽に合わせて手拍子するなど、そのときの参加者たちの幸せそうな表情ときたら…。ピュアな友情賛歌にケチをつけ、フォースの暗黒面に堕ちていた己を恥じましたです、はい。
Hunter Shoots a Bear(Bic/TIPP-EX/フランス)
インタラクティブ映像モノもいっときましょう。これも大人気ですね。未体験の方は上記アドレスにて、ま、とりあえずやってみなはれ。選択肢が出てきますから、どちらかを選んで画面をクリックしましょう。そして思いつく限りの簡単な英単語(動詞)をタイトルのところに入れて楽しみましょう。
こういった仕組みを取り入れる映像も去年あたりから増えてきましたが、あとはバリエをどう作るかなのかもしれません。そのときに動物は世界共通の共感モチ−フとなりえます。
The Force(Volkswagen/アメリカ)
昔から広告の世界では「困ったら動物か子供を使え」というくらいですから、コマーシャルには子供も繰り返し繰り返し登場します。とはいえ、YouTubeでのこの映像のヒットぶりは異様とも思えます。なにしろアップから半年しか経ってないわけで。もしかすると、ありそうでなかった「子供+スターウォーズ」の掛け合わせの妙なのかもしれない。オチまでキッチリ持っていくところが、ザ・コマーシャルの貫禄です。
とまあ、こんな感じで見ていくとキリがありません。見所のあるカンヌ受賞作はほかにもたくさんありますから。ご興味のある方はフェスティバルのオフィシャルサイト(ある時期に予告なく受賞作紹介コーナーが終わるので注意が必要)も合わせてご覧いただければと思います。
コマーシャルから見る映像の未来
「映像について考える夏」というには事例紹介で終わってる感もありますが、「イケてる世界のコマーシャルなう」を簡潔にお届けするには、こういったところがわかりやすいかと思います。
その上で補足しておきます。YouTubeでほぼすべての受賞作、プレゼンビデオが視聴できてしまうことからもわかるように、メディア環境がこれだけ激変しているにも関わらず、カンヌという広告フェスティバルにおいて、映像という表現様式に対するモチベーションはまったく落ちていないと言っても過言ではありません。広告人は映像大好き、「映像♡FOREVER」なのです。ただ、30秒という枠に対する関心は世界的に着実に薄れ始めており、今日挙げた10点を見ても、テレビで未オンエアなもののほうが多いくらいです。そして、数年前と明らかに違うのは、Youtube等のプラットフォームにアップすることで、数百万から数千万のビューをやすやすと獲得してしまうコマーシャル映像が続々と現れ始めているところです。
ヒットの鍵となるのはアイデアの面白さも含めた映像のクオリティであることは言うまでもないですが、日本の映像をよりパワフルに世界に発信していくと仮定したとき、我が国の映像制作業界がその部分をいかに担保していくのか?という部分に私は注目しています。こうなるとオトナの事情話になりがちですが…。
それはさておき、ヒューマニティは重要です。道具はあくまで道具であり、それを使うことでいかに普遍的な人間性を表現するかが重視されるのです。「男ってスケベだよね」とか「お酒飲むと楽しいよね」とか「子供は無邪気だよね」とか、なんでもいいのですが、人間の本質みたいなものにどこまで迫れるか。どの国も”そこ”でガチンコ勝負をかけてきます。”テック”にこき使われているようでは厳しいのです。
もちろん、カンヌで賞を取ることがすべてではありません。広告は”適正にワークする”ことがまず第一に重要ですから、無理にエントリーしたり無闇に賞取りに動く必要もないでしょう。しかし、国境を越えた競争が当たり前となった昨今において、カンヌなどの国際アワードがひとつのバロメーターの役割を果たすのもまた事実—-という視点も併せ持って、今後も映像をウオッチしていきたいと思います。
河尻亨一 Ryoichi KAWAJIRI
gingalighter主宰・元「広告批評」編集長・東北芸術工科大客員教授。紙媒体、デジタル系の編集から、原稿執筆、広告の企画制作、企業の戦略まで色々。日経トレンディネットで「This is hit!」、雑誌「ケトル」で「コウコクヒューヒュー♪」連載中。