txt:小池明彦

歴史は繰り返す

この夏の暑さで仕事がはかどらず環境を変えてみようと入ったとある喫茶店。店内を見回すと多くの人が携帯電話を操作している事に改めて驚きます。携帯電話が爆発的な普及をして十数年経ちますが、日本人だけではなく世界の人々の情報プラットフォームになった事は誰も疑わないでしょう。もうPCすら必要ない時代がそこまで来ています。

その携帯電話の普及直前の十数年前、PC業界で起こったブームがあります。それが「ノンリニアビデオ編集(以下NLE)ブーム」です。高速なCPUと大容量のHDD(今思えばそれほどでもないのですが)、そして新たに採用されたインターフェイス「iLink(別名Firewire)」によって当時こちらもパラダイムシフトを起こしつつあったDV規格のビデオカメラと接続、映像を劣化させる事なくPCに取り込み、それまで難しかった一般消費者がプロのような映像編集を行う事を可能にしました。SONY VAIO、AppleのiMacDVを筆頭に様々なメーカーからNLEを売りにしたPCが発売され、まさに猫も杓子もNLEといった時代でした。

筆者はそれが高じて仕事にしてしまったのですが、今思えばそれは当時メーカーがPCをどうやって売るかのセールストークでしかなかったと言えなくもありません。しかし、DVカメラとPCがあれば映画やドラマ、ミュージックPVが誰にでも作れてしまうと夢を与えてもらいましたし、私の周りの同業者もあのブームがなかったら仕事にしていなかったという人も多く様々な人の人生に影響を与えた一大テクノロジーだったとも言えそうです。

iPhone&iPad&iMovie.JPG

そして時は経ち現在に…。NLEは完全にコモディティ化し、一般的にはPCで行う面倒臭い作業のトップを争う機能になっている気さえします。家庭で撮ったビデオは直接BD&HDDレコーダーにコピーして見るだけ。「ビデオ編集」が一部の人のものになりつつあります。十数年前のNLEはブームだったとはいえそこから様々な才能のアーティストやディレクターが生まれた事は事実であり、多くの人が接する事で新たな才能が生まれるのに現状は映像業界にとってあまり良くない方向へと向かっている気がします。

どうにかして映像を「創る(編集する)」面白さを多くの人が体験出来ないものか?映像編集を体験し、その映像で何かを伝えられる事を知れば再び多くの人が映像編集に興味を持ち、その中からまた新たな才能が発掘されるはず。誰もが簡単に撮影出来、かつ簡単に編集も出来る環境。そうでなければこの時代誰も映像編集などしないのだけれど…。実はそんな環境がすぐそばにあったんです。それはiPhone4&iPad2での撮影・NLEです。

iPhone4は本体サイズ・レンズサイズの割には驚くほど綺麗なHD動画の撮影が可能です。情報を伝達するには十分な画質と言えます。確かに最新のビデオカメラの画質にはかなうわけもありませんが、ビデオカメラと決定的に違うのは「常に持ち歩いている」という事です。意識して持ち出さなくても出先で何かあったら、また思いたったらすぐに撮影が出来る。また3GやWifiなどの通信環境を元から持っている事で撮影・編集した映像をすぐにネットにアップロード出来る。この差は画質やビデオカメラとしての使い勝手を埋めて余りあるものです。

またiPhone4&iPad2用「iMovie」もよく出来たアプリです。極力シンプルに徹した編集画面が「撮影した素材のどこからどこまでを使ってつなぐか?」という映像編集の基本中の基本を誰にでもわかる様に提供してくれています。そしてキーボードやマウスではなく指先で編集する感覚が今までのNLEとは違い、作業チック、仕事チックにならずとてもフレンドリーに編集を進める事が出来るのも特徴です。

AppleのWeb等を見ると「旅先で撮影したビデオを簡単に編集しビデオレターとして実家にいる家族に見せる」の様な使い方を想定していますが、それだけでは勿体ない!どんなビデオカメラもかなわない機動性、膝上ほどのスペースがあれば編集出来る手軽さを活かせば身の回りの様々な事象を映像ニュースとして次々と伝達する事も出来るでしょう。ソーシャルメディアが叫ばれる昨今、これ程時代に適した映像ツールがあるでしょうか?

Appleの時価総額がエクソンモービルを抜いて世界一位になるという、同じ十数年前には考えられなかったこの企業のクリエイティブマインドはハイエンドPCから携帯電話まで一貫したものがあります。だからこその世界一位とも言えるのかもしれませんがとりあえず、iPhoneをお持ちの方はビデオ撮影から、すでに撮影している方はiMovieで編集を。まだiPhoneをお持ちでない方はこれを機に購入を検討され誰でもすぐに始められる映像編集を体験されてみてはいかがでしょうか?

小池明彦 Akihiko KOIKE

BSフジ・フジテレビ系ネット番組を主に制作する映像ディレクター。最近は盛り上がりを見せるネット系映像メディアに主軸をおく活動と共に、その未来を独自に研究している。


Vol.02 [PRONEWS課題図書] Vol.04