PMW-F55、いよいよ発売
遂に発売となったSONYの4KデジタルシネマカメラPMW-F55。公表していたスペックを発売までに搭載できなかった経緯もあったことを鑑みても、ここまで完成度の高いカメラが登場するとは個人的に驚いている。SONYが魅せた「4K」の世界には日本の高い技術力がギッシリと詰まっていることを実感せざるを得ない。無論RED Digital Cinema社が4Kカメラを投入したのが実質2008年であるため、ここまでの道のりは相当長かったのは事実だ。おそらく舞台裏では汗と涙が染み渡る試行錯誤があったに違いないし、規格の定まらない4Kへの取り組みは多くの困難があったのだろう。そういった意味でも2012年にはCanonのC500の登場も併せ、ファイルベースのワークフローが映像制作のハイエンドに挑戦した一年でもあった。そしていよいよ2013年、多くの撮影監督やクリエーターたちが待ちわびていたデジタルシネマの世界がいよいよ花を咲かせることになる。
「4K」と「色」がデジタルシネマのテーマ
個人的に、デジタルシネマという世界は2つの柱によって支えられると考えている。それが「4K」という言葉と「色」という言葉だ。具体的にはSONYとCanonが描く4Kの世界は4096×2160ピクセルである。パネルのコスト的にはいわゆるHDを4枚並べたQFHDと呼ばれる3840×2106ピクセルというサイズも4K市場ではスタンダードに成り得るのだが、現状として現場の技術者やクリエーターには、やはり4096というサイズにこだわりを持つ人も多いと耳にする。とりあえず未だ4K規格が厳密に確立されるには時間がかかるだろう。ただちょうど1年前のNAB SHOWで4Kを初めてスクリーンで見たときの衝撃は未だ記憶に鮮明に残っている。HDでは実現し得ない解像度の高い映像は、コンテンツに新しい力を与えることは明らかで、ポストHDのトレンドが求めるスペックは間違いなく4Kであると実感している。
そして忘れてはならないのが「色」だ。デジタルシネマという分野では、収録をLOGやRAWで行うことが多い。それはポストプロダクションの段階でしっかりとした色を表現するためである。REDがSONYを訴えた件で「RAW」というコンセプトが改めて注目されているが(訴訟の云々はさておき)、作品制作において色作りは非常に重要で、これからのデジタルシネマにおいて更に注力される分野である。如何に作品の色をコントロールするか、完成のイメージから逆算されたワークフローが現場では求められる。これからの制作者は自分がイメージする色を作り出すための技術的な知識を必要とされるようになることは間違いない。例えば従来現場でビデオ信号を管理していたVE(Video Engineer)と言われる職人の世界は、今後DIT(Digital Imaging Technician)とよばれるものに置き換わっていくことだろう。DITは現場のシステムを構築する一方で、RAWやLOGによる収録の色管理を行う仕事だ。
メイドインジャパンの技術がギッシリ詰まったPMW-F55
そして今年になってPMW-F55の最終出荷版で先月ミュージックビデオの撮影する機会を得た。改めてこのカメラの捉える映像の素晴らしさに圧倒された。特にSONYが開発した新しいイントラフレームコーデックであるXAVCは4Kの運用を「より効率的」に行えるように設計されている。4K24pの映像を240Mbps程度に抑えつつも、その解像度をしっかりと保っており、ポストAVCHDのデファクトとなるコーデックになると予想されるのではないだろうか。現在ほとんどの4KカメラがRAWによるワークフローを強いられる中、このような効率的な圧縮コーデックを用意するあたりが、さすがSONYと言わざるを得ない。今回はRovi/Totalcodeというプラグインを使用することで、Adobe Premiere Proを使ってXAVCを中間コーデックに変換することなくネイティブで編集することを選んだ。
F55の4Kワークフローは実に簡単で、新型のSxS+というメディアでカメラ内部収録させ、それをPCにコピーするだけですぐに編集が始められる。ファイルベースのワークフローで、私が最もこだわる点が「ネイティブ」であり、それが4Kであったとしても変わらない。ちなみにXAVCの4K編集は通常の編集と同様の軽快さで進めることができるのも驚きだ。またガンマもS-LOG2を使うことが可能で、何とダイナミクスレンジが14 STOPというのも注目に値する。更にはグローバルシャッター機能である「フレームイメージスキャン」を搭載しているため、いわゆるローリングシャッター現象や、フラッシュバンドといった映像破たんを起こさないのも特徴だ。
そして周辺機器も大変充実している。新しい規格のVマウント式バッテリーにオリビン型リン酸鉄リチウムを採用。長寿命であることに加え、なんと1時間足らずでフル充電させられるのも驚きだ。カメラ本体の消費電力も25Whとかなりのパフォーマンスで運用が可能で、今回の撮影においても一日で2本あれば十分であった。また有機ELのEVFやRAWレコーダーなども登場するなど、実に最新の技術がきっしりと詰まっていることがわかる。
昨年のβ機よりもグッと使いやすさもよくなっているのだが、映像のキレも少々よくなっているような感じだ。最終的な追い込みが入念に行われているのだろう。4Kならではの解像感とシャープさは、おそらく多くの人を魅了するに違いない。更に今回カメラと同時に発売になったPLマウントのレンズ群であるSCLシリーズも素晴らしい。20㎜/25㎜/35㎜/50㎜/85㎜/135㎜の6本のラインナップで、キレ、解像感、どれをとっても4Kに相応しいクオリティで映像を捉えてくれる。今回の撮影は横浜の大さん橋で行われたのだが、大さん橋のウッドデッキと、遠くに見えるみなとみらいの建築物、そしてシンガーの表情など、4Kの解像度の魅力を余すところなく活かすことができた。
カラーグレーディングのデファクトへ~DaVinci Resolve
そして今回、編集の行程でBlackmagic Design社のDaVinci Resolveを使用した。DaVinci Resolveは現在バージョン9.11で、F55のコーデックであるXAVCをネイティブでサポートしているのだ。実際のワークフローとしては、まずPCに素材をコピーし、それをそのままAdobe Premiere Proで編集。そのタイムラインの編集データをXMLで書き出して、そのXMLをDaVinci Resolveで読み込み、中間コーデックを作ることなくXAVCネイティブでDaVinci Resolveでタイムラインの再現(コンフォーム)を行った。使用した素材には4K/24pと4K/60pの2種類があったものの、問題なく60pの素材はフレームバイフレームの2.5倍スローでDaVinci Resolveのタイムラインで再現できた。当初EDLなどを使った方法もトライしたのだが、ファイルパスの問題やリール名の変更などをする必要があった。いろいろと試してみた結果、XMLでコンフォームをすることでより簡単にPremiere Proの編集情報を移行できることが分かった。
いったんDaVinci Resolve上で編集タイムラインができてしまえば、あとは色補正を行うだけである。特にF55の4K素材はS-LOG2という14ストップものダイナミックレンジをもつ10bit4:2:2の映像であるために、DaVinci Resolveでの色表現の幅を非常に広くとることができる。多少の露出ミスであったり、色温度の調整は簡単に行えるだけではなく、色補正の時の「粘り」はさすがだ。バウンディングなどの破たんも少なく、非常に思い通りの方向でグレーディングを進めることができる。XAVCとDaVinci Resolveの組み合わせは実に見事だ。
Lite版が無料ということもあり、目下DaVinci Resolveは多くのユーザーにその扉を開いている。32bit浮動小数点演算のハイエンドグレーディングが可能ということもあって、今年は更にその市場を拡大し、色補正ツールとしてはデファクトスタンダードの位置に上り詰めることは間違いないだろう。ただ、確かに「高精細」で「最高」のグレーディングツールであるにも関わらず、少なからずとも「やってみたいが難しそう」という印象を強く持っている人もいることは確かだ。しかし、このソフトウエア、実に簡単で、UIなどの操作はおそらく2日もあれば大体の構成は把握できる。時間がかかるのは色そのものを理解することのほうなのだ。デジタルシネマにおいて色補正は作品に命を吹き込む作業だと思う。それ故にこの色補正の行程は最高に楽しく、そして最強に奥が深いのだ。
今回の作品で目指したカラーグレーディンクの方向は「高精細」「ハイダイナミックレンジ」だ。そのため適度なコントラストを持ちつつ、多くの情報を映像に残すことを心がけた。やや彩度が薄めである一方で、4Kのもつライブ感を活かす画作りとなった。作業の最初に行うことは「露出の調整」と「コントラスト」である。輝度とコントラストは後で行うと結局色全体が転がってしまうので、最初にある程度決めておかなければならない。
セカンダリーの操作も簡単・高機能
全ての作業をここで記すことはできないのだが、最もこだわったのが顔色だ。DaVinci Resolveの特質するセカンダリーの機能として「Qualifier」と「Window」、そして「Tracking」を組み合わせた範囲指定の方法がある。10bitの素材は1024のスケールでYRGBの補正を行えるのだが、QualifierはHSLのスケールで補正したい色範囲を細かく決めることが可能だ。
基本的に補正させたい色をピッカーで選んで、あとは細かくHSLスケールを調整して範囲を限定させていくだけだ。これの機能が非常に優れていて、他の色とのアイソレーションがとても簡単に行える。そして更にオーバルやスクエア、ポイントなどの「Window」でマスキングを施せる。今回は顔ということで、出演者の顔をWindowでマスキングした。マスクのぼかしなども非常に簡単で、効率的に場所を狙えるのだ。そしてそのWindowの場所を、クリップを通じてTrackingできる。このTrackingが非常に高性能で、X-Yの位置だけでなく、Z方向やローテーションも解析してくれるため、被写体がカメラに向かって走ってくるようなショットであっても確実に場所や大きさをトレースしてくれるのだ。
どうしても彩度を上げたくないカットは、顔色が「病的」になってしまうため、今回は女性のカットは全て顔色を中心に色をグレーディングした。あとはDaVinci Resolveの最高のUIでもある「Hue VS」の色補正をメインに、歌のシーンはパッキリとした印象に、女性のシーンは柔らかいトーンで作業を進めた。
4KをYouTubeへ!
ワークフローとしてはDaVinci Resolveからは10bitの4K/DPX連番で書き出して、それをAfter Effectsに載せて、最終的なコンポジットを4Kで行った。
実はAfter Effectsから4K/24pのH.264ファイルを書き出せるのをご存じだろうか?書き出した4Kファイルは、何と4096×2304までの4Kをサポートしており、それを一気にYouTubeにアップロード可能だ。YouTubeはすでに4Kに対応しているため、簡単に4K配信を完結させることができる。これは正直すごいことだと思う。
いよいよ4Kワークフローが完成~課題はフォーカス
編集をしていて一つだけ、4Kワークフローの課題にぶち当たった。それが「フォーカス」だ。一連の撮影で、フォーカスをしっかりと捉えられなかったカットがいくつかあった。HDにダウンコンすれば許容範囲のものでも、4Kで見るとぼけてしまっているものも多かった。これは一概に撮影監督のせいにすることはできず、現場のモニタリングの仕組み自体をレベルアップさせる必要があるのだと思う。
我々が撮影で使うモニターの多くは1280×720のものが多く、特にフィールドで使用するとなると、軽量やバッテリー駆動といった条件がでてくるためこのようなことが起きてしまう。フィートメーターを駆使したとしても、ちょっとしたズレがアッという間にピンボケを生んでしまう4Kは本当に恐ろしい。現実的に4Kモニタを用意できない実情を考えると、フルHDのモニターは絶対必要であり、更にはレンズとカメラの相性もしっかりとカメラテストを行って把握しておくべきである。
とはいえ、今回の作業はHDのものとそれほど変えることなく、ストレスもなく進めることができた。いよいよ4Kのワークフローが現実的となった今、新しいデジタルシネマの世界が多くの可能性を僕らに与えてくれることになるだろう。