txt:江夏由洋 構成:編集部
メジャーアップデートを果たしたAdobe Creative Cloud
先日六本木のEXシアターで行われたAdobe CC 2015のリリースイベント。今までのアップデートよりもインパクトのある内容だった
筆者がテレビ局を辞めたのが2008年。HDCAM全盛期の時代だ。当時の番組編集は当然リニアだったし、HDという規格が映像を支配していた。しかしあれよあれよという間に、カメラの画質や機能は向上し、価格も大幅に下がった。Canonがデジタル一眼レフカメラのEOS 5D Mark IIで動画機能を搭載したのをキッカケにデジタルシネマの時代が幕を開け、センサーの大判化が進んだ。
そして「4K」という規格がポストHDのバトンを受け継いだと断言していいだろう。2015年の今、4Kを支えるのはデジタルの技術だ。4Kのカメラが次々と市場に登場し、当然パソコンの進化にも支えられ、ノンリニア編集の環境も飛躍的に進化することになる。ノートパソコンで4Kの編集がストレスなく行えるというのは、2008年当時のことを考えても夢のような話なのかもしれない。
ちなみにノンリニアの編集ソフトは10年以上Adobe Premiere Proを使っている。一時はFinal Cut Proが世の中の大半を占めていた時代があったが、Adobeツールが切り開いてきた技術の発展は目を見張るものがあると思う。特にPremiere Proは「ネイティブ編集」という一貫したこだわりが実を結び、64bit演算化やMercury Playback Engineの搭載などを経て一躍脚光を浴びるソフトウェアに進化した。
またAfter EffectsやPhotoshop、Illustratorなど他の強力なツールとの連携も後押しし、今では無くてはならないノンリニア編集のソフトウェアになったと個人的には感じている。先日6月17日にメジャーアップデートを果たしたAdobe Creative Cloud。タブレットとの連携や顔認識を利用した画像処理、色にこだわる編集機能など、その進化の方向性は次世代のワークフローを実に見事にとらえていると感じる。
アップデート前の話にはなるが、最近2つの面白い案件をPremiere ProとAfter Effectsで仕上げたので、ここでちょっと紹介したい。
「8K」に対応したYouTube
解像度の比較。HDと比較するといかに8Kが大きいかが分かる
まずは8K制作だ。次世代の規格ともいえる「4K」の更に先を行く「8K」は、正に未知の世界といってもいいだろう。その解像度の高さは7680×4320ピクセルというモンスター級に大きく、撮影はもちろんのこと、再生すらままならない規格だ。NHKはこの8Kを毎秒120フレームによる再生を試みているのだが(さすがにそのスペックはお手上げです)、今回は8Kの30fpsによる制作を実験的に行った。この制作のキッカケはYouTubeの8K対応である。6月の初旬に8K映像が史上でも初めて公開され、いよいよ8Kの映像をクラウドに上げることができる時代に突入。まずはそのワークフローが実用的なのかを検証した。
8KのYouTubeを是非ご覧あれ
解像度を選ぶところで4320p 8Kの選択肢がある
RED EPIC DRAGONとPremiere Pro
もちろん8Kのカメラはすぐに用意できないため、RED EPIC DRAGONを使って6Kの撮影を行った。その後画像処理を使って8Kにアップコンするという流れだ。実はPremiere ProとREDのRAW素材であるR3Dの相性は抜群にいい。6Kの素材であっても、驚くほどスムーズに編集が行える。今回は2分ほどの尺ではあったが、実に数時間で全ての編集を終えることができた。R3DはWavelet圧縮を使ったRAWなので、解像度を落とした再生表現が非常に得意だ。そのためマシンのスペックに合わせた解像度をPremiere Pro側で設定してあげれば、ガンガンリアルタイムの編集が可能なのである。
Premiere ProとR3Dはかなりの相性の良さ。筆者のマシンでは解像度を1/2にするだけでリアルタイム再生をしている
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RED EPIC DRAGONの素材を最上に仕上げるには、REDの無料現像ソフトウェアであるREDCINE-X PROを使う必要がある。このソフトウェアが持つ最新の現像エンジンであるAdvanced DRAGON Debayer(A.D.D.)と呼ばれるディベイヤー現像で、6K DRAGONの画はまるで写真が動き出すような美しい映像になる。
編集の流れとしては、Premiere Proで作ったタイムラインを編集データであるXMLで書き出し、それを介してREDCINE-X内でのコンフォームを行うフローだ。DRAGON6Kの素材は6144×3160なので、その大きさのDPX連番をA.D.Dを使って尺分書き出す。DPXが1枚74MBという大きさになるため、たかが2分の映像でもファイルサイズは400GB近くになってしまう。デカい!もちろんA.D.Dを使わない場合は、Premiere Pro内における最新のR3Dメタデータ編集パネルで現像設定を行うことも可能で、中間コーデックのないRAWのネイティブ編集を完結させることもできる。
Premiere ProからXMLに書き出してREDCINE-X Professionalでコンフォーム
REDCINE-Xでの様子
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ここからA.D.Dを使って最も美しい6Kの現像を行える
8Kであっても何ら問題はなし
書き出した6KDPXはAfter Effectsに入れて最終的な色補正やスーパー入れなどを施した。ここでポイントなのはAfter Effectsのデフォルトエフェクトである「アップスケール」を使った8Kへのアップコンだ。これは超解像技術によるブローアップエフェクトで、ディテールを保ちながら画像を大きくすることができる。6Kから8Kの場合、8Kの解像度が7680×4320なので、横方向に合わせると丁度125%の拡大だ。
この拡大が意外にキレイ!もちろん拡大によるノイズの発生があるため、After EffectsのプラグインであるNeat Videoでデノイズを行ったり、多少のアンシャープマスクの調整は必要なものの、ネイティブ8Kと謳ってもいいほど、DRAGONの素材は美しく生まれ変わる。8Kという規格であっても何ら問題はなく、いつも通りのフローで制作を進められ、Adobeツールがもたらす効率的なワークフローの素晴らしさをつくづく実感した。
8KへのアップスケールはAfter Effectsで。解像感を保ちつつブローアップを試みることができる
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YouTubeのアップロードはQuickTimeのProResで行った。After EffectsからコンポジションをそのままProRes HQを使って8K/29.97pで書き出した。そのファイルサイズ2分で45GB!恐ろしいのは、そんなサイズであっても通常通りYouTubeへアップロードできてしまうということだ。
クラウドエンコーディングのプロセスも含めて約半日かかったが、見事にYouTube上で8Kのコンテンツとして認識させることができた。実際に8K解像度を選んで再生しても…私の環境ではカクカクしてコマ落ち、音飛びがおきていたものの(4Kでは普通に再生されました)YouTubeの見据える近未来への取り組みにただただ脱帽である。
4K DCPの制作も一貫してAdobeで
4K制作で行った作業はAdobe Creative Cloudで行った
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そしてもう一つの案件はDCPだ。DCPとはデジタルシネマパッケージの略で、いわゆる映画館で上映するための納品形態である。フレームレートも色空間も全く異なるシネマの上映は、テレビのフォーマットとは異なるもので、現在のデジタル上映においては大手のシネコンも含めてJPEG2000の連番であるDCPの規格に準じている。今回は日本のトップバレエダンサーである熊川哲也さんが芸術監督を務める「海賊」という舞台を映画館で4K上映することになったのだ。そこでオープニングの制作に携わる傍ら、DCPの制作も行うこととなった。
XAVCとスマートレンダリング
撮影はPMW-F55を使ってXAVCイントラの4K/60p。編集はPremiere Proだ
もともとプロデューサーのこだわりもあって4K上映を目指して制作が行われたが、4K放送とのサイマルも視野に入れていたため、実際の渋谷・オーチャードホールでの舞台の撮影は4K/60pが選択された。カメラはSONYのPMW-F55で、コーデックはXAVCイントラである。そのため編集は全てPremiere Proを使った超効率的なネイティブ編集を採用し本編集が行われた。
完パケの尺は約110分。最終的にPremiere ProのXAVCスマートレンダリングを使って本編の書き出したため、完パケは同様に4K/60pのXAVCとして書き出された。4K/60pであっても、何と実時間程度でレンダリングしてしまうスマートレンダリングのすごさに驚きつつ、納品まで4日しかないスケジュールの中、このワークフローでなければ事故が起きていたかもしれないと感じている。
サラウンドへの変換はNuendoを使用
WavesのUM226での様子。2chのステレオサウンドを5.1chに効果的に変換する
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そして4K/60pの素材を使ってDCPにする作業を行った。まずは2chステレオの音声を5.1chに擬似変換する作業だ。これにはSteinbergのNuendoで行い、NuendoのプラグインであるWAVEのUM226を使って5.1に分解した。この作業に関しては私の兄であり、弊社の社長である江夏正晃氏に感謝したいと思う。日ごろからハイレゾ&サラウンドを研究している兄は、この5.1chへの分解を一気にやってくれた。
もちろんダビングステージにおける作業ではなく弊社スタジオのサラウンド環境での制作であったため、少々「守り」の編集であったと本人も言っていたが、劇場で聞く限り2chステレオとは別格であり、サラウンドの効果が非常に大きかったことを記しておきたい。
5.1chにしてPremiere Proへ。擬似サラウンドでもかなりの迫力が増す
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Wraptor 3.0を使って一気にオーサリング
そしてDCPへのパッケージングである。正直ここが一番模索した。709からP3への色変換もさることながら、60pから24pへのダウンコン、更にはJPEG2000の連番書き出しとDCPオーサリングという作業は少々頭の痛いところである。
ところがこの作業を一気に行える魔法のようなツールがあった。それがQuVISから発売になっているDCPへのエンコードプラグインである「Wraptor 3.0」だ。このWraptor 3.0はなんとAdobe Media Encoder CCのプラグインで、Premiere Proのタイムラインから一気にDCPの完パケを作ってしまうという夢のようなツールだ。実際に行った作業はとてもシンプルで、Premiere ProでDCI4K/24pのタイムラインを作成し、そこにXAVCの4K/60pを流し込み、5.1のオーディオを配置。あとはプラグインを使って書きだすだけである。但し約110分に及ぶ本編のレンダリングには、40時間という時間がかかり、その部分に関しては非常に痺れる思いを強いられてしまった。
Adobe Media Encoderの様子。書き出しの設定は非常にシンプルでわかりやすい
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本当にこれで大丈夫なのか??!!と心配もあったが、今回は豊洲のららぽーと内にあるユナイテッド・シネマ豊洲で何度もデータの視聴確認を行いながらの作業であったため、そのあたりはしっかりと検証を行った。相応の色編集を施したり、音の調整をする必要があったものの、見事にPremiere ProのタイムラインからDCPの完パケを書き出すことができたのだ。舞台挨拶が行われるスクリーンは日本でも最大級の大きさであるため、サラウンドで納品することや4Kという解像度にはこだわりが強く、DCPによる納品は非常に意味のあるものになったと実感している。同作品は6月27日より全国10か所の劇場で公開されるので、是非とも足を運んでいただきたい。
メジャーアップデートAdobe Creative Cloud 2015の衝撃
Premiere Pro CC 2015で追加されたLumetriカラーパネル。おそらく使い始めたら、絶対にやめられないツールになるだろう
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先日6月17日にAdobe Creative Cloudのメジャーアップデート、CC 2015が発表され、数多くの機能が追加・更新された。Premiere Proも昔では考えられないような進化を遂げている。特に色編集の環境は驚くほど向上した。新しく追加されたカラーワークスペースを使えば誰でも「自分が頭に描く色表現」を行えるようになっている。色温度や、プリセットのルック、HUEやRGBの調整にとどまらず、必要不可欠なパラメータが一気に編集できる仕様だ。
またインタビューのジャンプカットをモーフィングでつなぐモーフカットや、Audition CCへのダイナミックリンクなど一度使ったらやめられないような数々の新機能が搭載されている。After Effectsでは顔のトラッキングをより精密に行えるフェイストラッカーなどが追加されただけでなく、アプリのアーキテクチャー自体が刷新され、より快適で効率的な環境を実現した。ここでは全てをおさらいすることができないが、Photoshop CCもIllustrator CCもとにかく次世代のワークフローを見据えたアップデートが行われた。特にスマートフォンアプリとの連携や、クラウドを使った、従来の編集ワークフローの枠を超えた新しい手法は、クリエイティビティ―を大きく加速するものになるに違いない。
After Effectsと一緒にインストールされるCharacter Animatorも注目を集める
新機能の詳細を是非こちらで見て頂きたい。http://www.adobe.com/jp/creativecloud.html
最後に
もちろん編集ツールは何でもいい。しかしAdobeのアプリが可能にしてくれる数々の機能は、4Kであり8Kであり、DCPであり、あらゆる次世代のフォーマットを見据えていると思う。個人的に従来の作業とは違う新しい制作をする中で、Adobeが描く縦横無尽につながる様々なワークフローの線は、今までにみたことないような新しい世界へとつながっていると感じている。クリエーターにとって大切なのは、とにかく作り続けることである。完パケと呼ばれるものをいかに「自分流」に出しつづけるか、これからも挑戦していきたいと思う。頑張ります。