txt:手塚一佳 構成:編集部

迫る光学解像度の限界 ちょっと長い前置き

フルサイズセンサーRAW時代に突入した2019年秋、その激動の中心地とも言えるLマウントアライアンスの盛り上がりは大変なものとなっている。

Lマウントアライアンスとは、改めて説明するまでもなくライカカメラ社のLeica SLを中心としたフルサイズ及びAPC-C向けのマウントシステム「ライカLマウント」を採用したメーカーアライアンスのことで、現在は、盟主のライカカメラ、Panasonic、そしてSIGMAがそれぞれの独自性を生かした個性的なカメラ群をリリースし続けているので、このアライアンスを知らないという読者は少数派だろう。

Lマウントアライアンスは、フルサイズセンサー時代のスタンダードの一角を取りつつある、と言える。

さて、ではなぜ今フルサイズなのだろうか?この答えは簡単で、今までのAPS-Cやスーパー35mmを中心としたセンサーサイズではその発展が物理的限界に達しつつあるからだ。

いくつかの物理的な限界が迫りつつあるが、中でもレーリー限界と呼ばれる光学的回析限界は差し迫っていると言われており、旧来のF5.6を基準とした絞り値の場合では3.7μmの線間隔(268本/mm)が理想値最大の分解能となる。そこからAPS-Cやスーパー35mmで2600万画素程度、フルサイズで6000万画素程度が光学的限界であり、同じ絞りである限り、これ以上画素数を増やしてもセンサーで受光できる画像的にはさほどの差が無い、ということになっている。

しかし高解像度への更なる要求は強く、ついにフルサイズセンサー搭載機にも8Kを意識して9000万画素を超えるセンサーを搭載したものも出始め、光学的限界の突破方法の模索が各社で始まっている。

こうなると問題となるのは今度はレンズの側である。本体性能に比べ、従来の銀塩向きをベースとした80本/mmをレンズ中央部分の最高品位とし、周辺部をその半分の40本/mm程度とした旧来のハイエンドレンズ群では明らかに解像度が足りない。2019年、8Kを前にして、ついにデジタルがその解像度で銀塩を追い抜いたとも言える。新時代のデジタルカメラ向け、超高解像度レンズが必須となってきたのだ。

ライカカメラ社 光学開発部門 部門長ピーター・カルベ氏(Photo Edge Tokyo 2019会場にて)

この激しい状況の中、ライカカメラ社の光学開発部門 部門長 ピーター・カルベ氏が来日された。同氏は、新しくリリースされつつある同社Lマウントプライムレンズの開発に関わっており、レンズ開発の第一人者である。

このLマウントプライムレンズシリーズはアイリスやフォーカスこそ自動制御のスチル向けプライムレンズ群であるものの、全て同寸の筐体に収められているため動画での使い勝手が良く、そのままシネマレンズに似た使い方が出来る動画にも適したレンズであるので、読者諸賢にもなじみ深いレンズではないだろうか。

本稿においては、同氏のインタビューを取る事に成功したので、是非、ご一読頂ければ幸いだ。

新しい7本のSLプライムレンズ群

――それではまず、ライカカメラ社の新しいLマウント用SLプライムレンズ群の特徴などお聞かせください

ライカの新しいSLプライムレンズ群は、素晴らしい奥行き感のあるコントラストと、Dual Syncro Driveを採用した素早いオートフォーカス、それでありながら触った瞬間にマニュアルフォーカスに切り替わる磁極反転式フォーカスリングなど、いくつかの素晴らしい性能を揃えています。

7本の同じ大きさの筐体に入ったプライムレンズ群のリリースを予定しており、現在は、35mm、50mm、75mm、90mmのいずれも開放値F2の“APO Summicron SL”シリーズ4本をリリース済みです。いずれもAPOの名を冠していて、その名の通り色収差を押さえるための特殊低分散ガラスレンズ(APOレンズ)なども採用しています。

新しい7本のSLプライムレンズ群は同じサイズの筐体を使っている(Photo Edge Tokyo 2019会場にて)

――動画屋としては7本とも同じ筐体に入っているというのがRIG構成などで扱いやすそうで大変魅力的なのですが、これは動画を意識したものでしょうか?

もちろん、アイディアとしては映画向けプライムレンズ群を意識しなかったかと言えば嘘になります。しかしメインの目的としては、あくまでも比較的低コストに世界最高性能のスチル向けレンズ群をリリースすることにあり、その為に筐体を共通化しました。とはいえもちろん、動画ユーザーの方にも便利に使っていただけるとは思います。

――コストダウンのためとは!意外です

動画用、と言い切るにはギアも特に巻いてませんしね(笑)。更なる効率化のため7本を遠、中、広角の3つのグループに分けて開発を行いました。7本とも最短撮影距離は1:5にしてあり、もちろん画質も全てのレンズで同じ色合いになるように揃えてあるため、いずれのレンズを使っても直感的に同じ感覚で使えるように工夫してあります。一切ゴーストやレンズフレアを出さず、動画に大敵のブリージングも極力抑えてありますので、動画ユーザーの方にも気持ちよく使って貰えるかと思います。

――おお、ゴーストやレンズフレアがない、とは言いきりましたね

ライカのレンズはシネマレンズの検査方法とは異なり、独自の検査をして居ます。そのため内部機械類やマウントとの干渉すらほとんどないんですよ。通常のシネマレンズであれば、レンズからチャートを投影してその性能を測ります、しかしライカの場合には、これを本当に強烈な光を1mほど先のスクリーンに投射することで、ありとあらゆる欠点を映写し、修正しています。

この修正は光学系を組んだだけでは終わらず、製品と同じ構造の機械類を入れた状態でもこの強い光での投射テストをしていて、実際のユーザーが購入する実機でもそうした干渉が一切ないように工夫をされています。

――光学系だけでなく、製品版と同じ状況でもテストしているというのはすごいですね

ライカのレンズは、設計段階から組み立てやすさを考慮していて、製品ごとのばらつきが非常に少ないことを工夫しています。ユーザーがどこかの街の店頭で手に取ったその一本が、必ず最高の性能を持つ一本です。

――なるほど、ではいわゆる広報機(宣伝用に特別に性能を高めた機体)というような特別な1台は…

ライカではそうしたものは存在していません。プロトタイプ最終版も、広報用も、全てがユーザーが店頭で手にしたレンズと全く同じ性能です。

――確かに、私が取材でカメラやレンズを少々お借りしたときも、ひょいと商品展示棚の1台を掴んでそのまま貸して頂いたことがありました。あれには驚きましたが、そういうことだったんですね

繰り返しですが、ユーザーの手にしたその一本のライカレンズが最高性能の一本なんです。

7本の新しいAPO Summicron SLシリーズの内部構造。3つのプラットフォームグループで作られている(Photo Edge Tokyo 2019会場にて)

ライカカメラ社の求める解像度

――ところで、昨今問題になっているのは、8K化、100メガピクセル化で、レンズの光学解像度がセンサー性能に追いついていない、という現象についてなのですが…

それは線数のことでしょうか?それでしたら、我々はすでに100メガピクセルレディ(準備済み)である、という事が言えます。確かに高解像度化に伴う必要光学分解能は年々高まっています。24メガピクセルであれば中央値で83本/mmですから実用外周値で40本/mm程度だったものが、現行の60MPで132本/mm実用外周値で60本/mm、さらに100メガピクセルともなれば、これが172本/mm実用外周値で80本/mmもの光学性能を要求されることになります。しかし、今回のSLプライムレンズ群であればこれは既にクリアしています。

センサー解像度と必要光学解像度の表。100メガピクセルには従来とは比較にならない性能のレンズが必要だ(Photo Edge Tokyo 2019会場にて)

――あー、ですがF5.6を標準として考えると、仰るような高性能レンズであっても既にレーリー限界が迫っていまして、そのクリア方法をライカカメラ社ではどうお考えなのかと

ああ!やっとあなたの言いたいことがわかりました!つまり、あなたはレンズを絞って使ってるんですね。それはいけません。我々のレンズは、是非開放で使ってください。

――しかしレンズはいずれもF5.6が最高性能になるように設計されていて…?あれ?

それは、戦前の第1世代や、戦直後の第2世代レンズの話ですね。今のライカレンズは、開放から最高性能を出せる設計となっています。

今回のF2.0でリリースされているSLプライムレンズ群であれば、あくまでもF2.0が標準です。安心して絞りを開いて使ってください。もちろん、ボケの問題もあるとは思いますが、その許される範囲でなるべく開く様にして頂けると、レンズの本来の性能を発揮して頂けると思います。実際、私は“なんで開放値で使わないの?”と書いたTシャツを着て、開放値で使うように呼びかけているんですよ(笑)。

――おお、Tシャツですか(笑)。仰るとおり、基準となるF値を下げればフルサイズでの光学解像度にはまだまだ余裕がありますね。もちろん他社さんがやられているような中判化はまたそれはそれで別の解決策ですが

もちろん弊社にもLeica S3向けレンズなど中判のラインナップはありますが、8Kや100メガピクセル程度であればライカレンズでは全く問題なくフルサイズの範疇だと思います。

――なるほど。で、実際にはLマウントシステムの現状最高性能は47.3メガピクセルですから?

まだまだ新型カメラが次々に現れたとしてもこの7本のSLプライムレンズ群には余裕があります。なにしろ100メガピクセルレディですから。

ライカ アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.は世界最高のフルサイズ向けレンズ

――実際、今回のF2.0のSLプライムレンズ群での光学性能はどのような感じなのでしょうか?

現状で既に100メガピクセルに十分に対応可能な性能である、という事が言えます。中央値ではAPO Summicron SL F2/50mmで175本/mmを超えており、APO Summicron SL F2/35mmにおいては210本/mm以上の解像度を誇っています。周辺部においても充分に100メガピクセルレディです。解像度が最も落ちる、レンズ中央から18mmの外周部においても、APO Summicron SL F2/50mmで74本/mm、APO Summicron SL F2/35mmに至っては90本/mmを維持しています。100メガピクセルの実用周辺解像度は周辺値で74本/mmですから、これは必要充分な数字です。

APO Summicron SL F2シリーズ。共に100メガピクセルレディの優れたレンズだ

――ちなみに、いじわるな質問ですが、この7本のレンズの中からカルベさんの最高の一本を選ぶとすると?

どれも素晴らしいレンズですよ?(笑)でも敢えて一本を選ぶとすると、やはり、APO Summicron SL F2/35mmでしょうね。これは、本当に世界最高性能の35mmです。周辺部まで高い光学解像度を誇り、また、歪みなども一切ありません。最高の色味を忠実に表現します。世界ナンバーワンをユーザーのお手元にお届けできるのは本当に嬉しいことです。

――APO Summicron SL F2/35mmですか!確かにあのレンズは触らせて貰いましたが、本当に驚くような描写力でした。人間の目よりも美しい描写力を持つレンズはたまにありますが、そうしたレンズのうちの一本だと思います

なにしろ、この7本を揃えた大きめの筐体には余裕がありましたからね。最高の性能を思う存分に入れることが出来ました。光学性能で優れているだけでなく、電子的にも最新のものですし、オートフォーカスも早いです。是非、お手元で使っていただければと思います。

――本日はお忙しい中、ありがとうございました!

APO Summicron SL F2/50mm、35mmのMTF表をみれば、驚くばかりだ(Photo Edge Tokyo 2019会場にて)

8K、その先の100メガピクセルの世界に向けて

さて、このようにしてピーター・カルベ氏のインタビューからは多くの収穫があった。中でも、繰り返しこの新しいSLプライムレンズシリーズが100メガピクセルレディである事を示していたのは、今後の機材投資を考えると、かなり考慮できる内容ではないだろうか?

今回は100メガピクセル時代の迫るスチルレンズの取材であったが、動画の世界に置いても8K時代を目の前にしていよいよ高精細化が進み、光学的限界の到来は近いと考えられている。

しかし、今回のライカカメラ社のように、F2.0等の明るい絞りを基準とすれば、その理想レンズ環境での線間隔は1.34μmの線間隔(745本/mm)となり、レーリー限界などの光学的限界まではまだまだ充分に余裕がある。

もう一つの光学的限界の解決策は中判化だが、こちらはシステム全体が巨大化し、可搬性が落ちるために折角のハンディスチルスタイルの利点が少々失われることになる。また、中判システム向けに新しいレンズを買い直すのも大変なコストだ。その点、フルサイズなら、この数十年分の無数のレンズがその選択肢となる。

もはや当たり前となったスチルスタイルのムービー撮影。その未来に向けた機材投資を考えると、この新しいSLプライムレンズ群は動画ユーザーにとっても充分に魅力的なのでは無いかと思う。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。