txt:渡辺健一 イラスト:渡辺あやね 構成:編集部
第1回 あなたの音はもっと良くなる
カメラに付けたマイクでいい音を録るのは難しい。録音のプロは、カメラマイクは限られた用途でしか使わないのだ
突然ですが、最高の音で映像制作していますか?
え?何が最高なのかよく分からない。
確かにそうかもしれない。
テレビの撮影現場でも「-12dBくらいになっていれば音は大丈夫」なんていう感じだ。もちろん、編集時になって「音が悪いなぁ」というようなこともよくある話。また、自治体などのPR動画を映像クリエイターが作ったけど、音が悪くてやり直しなどということもよく耳にする。
もちろんプロの録音部(音声マン)を雇えばそんなことはないのだが、カメラマンやディレクターがワンマンオペレーションで撮影することが当たり前になってきている現在、音のクオリティーアップは必須の課題なのである。
そこで、映像クリエイター向けの録音講座を連載でやってみたい。
音で失敗したことは誰にでもあるはず
映像クリエイターにとって音は不可解であろう。メーターがピンピンと動いていて安定しない。何を目安にボリュームを決めればいいのか、さっぱり分からない。
俗に「レベルオーバーにならなければいい」などと言われるが、編集時になって、声が不明瞭だったり、レベルが低すぎたり、声が大きくなったり小さくなったり。結局、映像編集よりも音の処理に時間がかかってしまったという人も多いのではないか。
嗚呼、どうしたらいいのだろう?私もかつて、映像制作会社を立ち上げた時にこれに悩んだ。誰に聞いてもちゃんとした答えが出ないのだ。
編集時に苦労するのは、実は録音の失敗なのである。何を失敗しているのか?非常にシンプルで、機材のチョイスと使い方を間違えているのだ。
マイクには画角とピントがある
ほとんどの録音の失敗というのは、マイクに画角とピントがあるという基本的な知識を持っていないことに起因している。つまり、音が不明瞭なのは(背景の雑踏が大きいとか、残響が強いとかは)全て、マイクの画角とピントを外して撮影してしまったからである。
マイクからの距離で音のクリアさが変わる。遠ざかると背景音が増えて不明瞭な音になる。これが音のピンボケである
まず、マイクのピントの話をしよう。どのような高価な(撮影用)マイクであっても、マイクがいい音で録れる距離は50cm程度だ。つまり、マイクのピントは50cm前後にあって、それよりも近くても遠くても音は劣化していく。映画の録音部が長い竿を使って役者の近くへマイクを差し出しているのは、これが理由なのだ。しかも、それだけ苦労して近付けているマイクは、俗に超望遠マイクと呼ばれるショットガンマイクなのだ。
言い方を換えると、GoProのようなマイク内蔵のカメラでも、自撮りであればマイクまでの距離が腕の長さ程度だ。ちょうどマイクのピント範囲に被写体がくるので、いい音で録れる。逆に10万円を超えるショットガンマイクを使おうとも、距離が離れるほど音が劣化してゆくのである。
マイクの画角はかなり広い
一方、マイクには画角というものがある。クリアな音で録れる範囲のことである。
ショットガンマイクのことを望遠マイクと呼ぶことがあるが、狭い範囲の音を録れるマイクという意味だろう。しかし、実はこれが多くのクリエイターの勘違いを招いていると思う。
例えば、映画やテレビで最も使われているゼンハイザーMKH 416というショットガンマイクの画角は、35mmフィルム換算で50mm弱だ。決して望遠レンズレベルではない。
ショットガンマイクは方向が変わると音量と音質が劇的に変わる。特に音質の変化を頭に入れておかないと録音失敗の原因になる
マイクの画角というのはカメラレンズとちょっと違って、画角内ではそのマイクの最大の性能の音になり(高音質になり)、画角を外すと音が劣化するという性質がある。つまり、画角の外の音も録音されるのだ。しかも、劣化した音として録音される(これが音質低下の原因)。
でも、それでは周囲の音が入りっぱなしだぞ!その通りだ。実は周囲の音を消すことはできない。では、どうするのか?
マイクを近づけるのだ。すると、被写体の音(声)は近付けた分だけ大きくなる。すると相対的に周囲の音(画角外の音)が小さくなる。お分かりだろうか?
カメラで言えば、スポットライトを被写体に当てて露出を下げるのと同じだ。すると、周囲が暗くなって被写体だけが浮かび上がる。これと同じで、周囲がうるさい場所では、できるだけマイクを近づける。近付けた分だけ大きな音で録音できるから、ボリュームを下げられる。ボリュームを下げれば周囲の音が小さくなる。これが音質を上げる一丁目一番地なのである。
勘がいい読者はお気付きかもしれない。先程、マイクのピントと言っていたが、実は周囲の騒音によってピント範囲は変化する。周囲がうるさければピント位置は近付くし、静かなら近くから遠くまでいい音になる(被写界深度が広がる)。ピント50cmと書いたのは、普通の撮影現場では50cmにマイクを置けば大丈夫という意味だ。
カメラ上のクリップオンマイクの可能性
クリップオンマイクは、拾える音の範囲が限定されている。範囲外に被写体がいる場合には、カメラからマイクを切り離して使うのが基本。これはストロボや照明のセオリーに似ている
さて、今回の記事の最後に、カメラの上に付けるクリップオンマイクに関して解説しておこう。多くのクリエーターさんが、カメラ内蔵マイクではカメラの操作音が入ったり、インタビュー相手の声が不明瞭だったりして、カメラの上に付けるクリップオンの小さなショットガンマイクを使うか使ってみたいとお考えではないだろうか?
実は、我々プロの録音部は、クリップオンの小さなショットガンマイクはほとんど使わないのが現実だ。これは、スチルカメラマンが商品撮影や人物撮影でクリップオンのストロボをほとんど使わないのと同じだ。
先ほどから、マイクには画角とピントがあるという話をして来たが、クリップオンマイクは、被写体がカメラ正面で、距離は、静かな場所では1m以内、うるさい場所では50cm以内でないとクリアな音にならないのだ。しかも、真横や後ろの音もかなり拾う。つまり、音質うんぬんという以前に、使い方がかなり限定される。具体的に言えばカメラを三脚固定し、被写体がピント内で動かないということが必須だ。
もし、クリップオンマイクをお持ちであれば、ぜひ、延長ケーブルを使ってマイクを被写体に近づけて撮影してみて欲しい。それだけで音質は一気に向上するぞ。
まとめ
今回は、録音の基本中の基本の話をした。今回学んでいただきたいことは、どんなに高性能なマイクであろうとも、(1)マイクは被写体に近付けて使うもの、(2)ピントは周囲の騒音で変化するという2つである。もし、みなさんの撮影でクリアな音が撮れていなかったとしたら、それはマイクが遠過ぎたということだろう。
次回は、具体的な商品(マイク)を取り上げながら、音質の話をしたいと思う。