txt:渡辺健一 構成:編集部
この連載では、これまでにマイクには画角とピントがあって、とにかく離れずに録音することが重要だということを説明した(第1回)。さらに、マイクは用途別に種類が分かれていて適材適所でないと良い音にならないことも説明してきた(第2回)。
今回は、実践編ということで、クリアな録音を行うノウハウを紹介しよう。
第1回で、どんな音がクリアな音なのかについては説明した。マイクの画角の内側でピント範囲内にあれば、背景音が小さく、そして音質も良くなる。ダメな音というのは、声よりも背景が気になってしまう音のことで、「雑踏の中」が非常に難しい録音となる。今回は、その一番難しい場面の前に、普通の場所でクリアに録音するためのセッティングを紹介する。
カメラの録音設定・秘伝公開「音のキャリブレーション」
実はカメラの映像セッティングよりも、音のセッティングは難しいが、どこにもそのことが書かれていない。そこで録音部20年のノウハウを紹介しよう(いいのかなぁ?)。
録音のセッティングは大きく分けてマイクボリュームとヘッドホンボリュームの2つだ。マイクボリュームは誰でも気にするのだが、ヘッドホンボリュームは、ただ聴きやすければいいと思われてしまう。しかし、ヘッドホンはカメラでいえばモニターだ。モニターの輝度や色合いが間違っていれば、きちんとした映像が撮れない事は言うまでもない。
それと同様に、音のモニターであるヘッドホンも重要なのだ。そこでモニターのキャリブレーションと同じく、録音設定で音のキャリブレーションが必要になる。
■作業1:カメラのオートゲインコントロールは絶対にオフ
まず、カメラのセッティングで、音のオートゲインコントロール(AGC)は絶対に使わないこと。オートゲインコントロールというのは、入ってきた音に応じて自動的にマイクボリュームを上げ下げする機能だ。ところが、これを使用すると背景音も上がり下がりするので、編集で非常に苦労してしまう。そもそも、AGCが働いていると、音のキャリブレーションができない。
■作業2:音量メーターを見ながらマイクボリュームを背景音に合わせる
まず、マイクを撮影場所に置いて音量メーターを見ながら、背景音でメーターがマイナス36dBよりも下になるようにマイクボリュームを調整する。カメラで言えば露出みたいなものだ。暗いからといって絞りを開けてしまえば白飛びするし、明るいからといって絞り込めば影や髪の毛が黒つぶれする。マイクボリュームはカメラの絞りと同じだ。その場の背景音が黒レベルに相当するから、それがギリギリ聞こえるようにマイクボリュームを調整するのだ(うるさい場所での設定は、次回以降で解説する)。
背景ノイズがマイナス36dB~マイナス40dBくらいになるようにマイクボリュームを調整する
このマイナス36dBというのは、なんとなく聞こえる音のレベルで、背景音がこのレベルに収まっていれば編集時に加工せずにそのまま使えるのだ。完全に背景音を聞こえないレベルにするには、もっと下のマイナス48dBくらいまで下げる必要がある。しかし、このレベルはスタジオでないとできないと思う。
なお、カメラによってはメーターに数値が書かれていなこともある。その場合は、メーターが一番下で点いたり消えたりするくらいに調整する。
■作業3:背景音がうっすら聞こえるようにヘッドホンボリュームを調整
さて、この状態でヘッドホンボリュームを調整して、その背景音が薄ら聞こえるようにする。普通の部屋だと、ヘッドホンボリュームはかなり高めになると思う。ヘッドホンの役割は、マイクが拾っている音を全て耳で聞くことにある。だから、メーターが動いていれば、それが自分の耳でも聞こえないとダメなのだ。ここまでが音のキャリブレーションだ。
キャリブレーション後はボリュームに触るな
やってはいけないのは、キャリブレーションした後でヘッドホンボリュームを変えてしまうことだ。ヘッドホンボリュームは絶対に変えないことが重要だ。映像が暗いからといってモニターの輝度を上げるのと同じだ。
マイクボリュームは、キャリブレーションした状態が上限で、下げることはOKだが、キャリブレーションの位置よりも上げてはいけない。マイクボリュームを上げると背景音も上がってしまうからだ。よくある失敗は、出演者の声が小さいからマイクボリュームを上げてしまうことで、背景音も大きくなってしまう。背景音が上がると、編集時に苦労することになる。
マイク位置で音量を調整せよ
上記のマイクボリュームとヘッドホンボリュームの調整ができた状態でマイクの位置を探る。基本は、声の音量はマイクとの距離で調整することだ。マイクボリュームで音量を調整してしまうと、背景音も一緒に上がり下がりするので注意が必要だ。
人の声はマイナス12dB前後にメーターが触れるようにマイク位置を調整する。マイクボリュームは触らない
出演者の声は、マイナス12dB前後になるようにマイク位置を決める。メーター数値のないカメラの場合、基準となる線があるはずで、これがマイナス20dB。なので、メーターの最大値と基準線の真ん中あたりにメーターが触れるようにする。
さて、実際には出演者の声の大きさはまちまちなので、マイク位置でちょうどいい音量にするのは難しいかもしれない。それでも、マイクボリュームは、キャリブレーションで決めたレベルよりも絶対に上げてはいけない(背景音が大きくなる)。小さい声の場合にはマイクをとにかく近づけて音量を確保する。声が大きい場合には遠慮なくマイクボリュームを下げる。
イヤホンは使うな
もう1つ重要なことは、現場で音を聞くのは、スタジオヘッドホンが必要だということ。イヤホンではダメだ。プロの現場では、カメラマンはイヤホンで聞いているが、あれは音割れと雑音を確認しているだけだ。音質や音量を聞き分けているわけではなく、それは録音部(音声マン)がスタジオヘッドホンで聞いて判断している。
■スタジオヘッドホンはソニーMDR-CD900ST
Sony MDR-CD900ST。スタジオ定番のヘッドホン
プロが使用するのは、ほぼソニーのMDR-CD900STだ。非常に優秀なヘッドホンで、消耗部品の供給もある。私は20年前に買ったものを部品交換しながらいまだに使用している。うるさい現場でも判断できるようにイヤーパッドを完全密閉タイプに変更している。さらに、内部の吸音素材は半年程度で交換している。
キャリブレーションした状態なら、このヘッドホンで聞こえない音は編集でも聞こえないし、このヘッドホンで聞こえていている雑音でも、パソコンモニターでは聞こえない場合もある。そのくらい細かい音が聞こえるヘッドホンだ。
筆者の改造したMDR-CD900ST。イヤーパッドを分厚い完全密閉タイプに、そして折り畳めるようにしている
まとめ
いい音で録るには、まずセッティングが重要だ。特にヘッドホンボリュームが重要で、聞こえないからといってヘッドホンボリュームを上げてしまって、後で確認したらレベル不足だったとか、逆にヘッドホンボリュームを下げすぎていて背景音に気づかなかったということもある。
キャリブレーションした状態のヘッドホンボリュームは、普通の部屋だとかなり音が大きくなると思うが、重要なのは小さな音を聞き分けることにある。大きな音は我慢するしかないのだ。ただし、上記のMDR-CD900STを使うと、ボリュームを上げずに小さな音が聞こえる。つまり、快適に録音しつつ最高の音質が得られるのだ。
良いマイクを買う前に、良いヘッドホンを買うことをお勧めしたい。