txt:林永子 構成:編集部
日本のミュージック・ビデオ(以下:MV)シーンを超近視的に目撃してきた映像ライターの林永子が、その歴史を振り返る本コラムも残すところあと2回。
最後は、前回(2010年~11年頃)に引き続き、2012年から現在までのトピックスをまとめる予定で準備を進めていたが、なかなか要領を得ずに書きあぐねている。
というのも、当方が日本のMVシーン全体と濃密に関わっていたのは2013年頃まで。それ以前は、執筆に加え、MVの上映展や監督別MVストリーミングサイト「TOKYO VIDEO MAGAZINE VIS」(2007~10年)の運営、映像作家を中心としたサロンイベント「スナック永子」(2005年~13年)主催等、制作当事者たちと深い連携を築くフィールドワークをおこなってきた。
そうした実体験より得た知見を綴った記録が、本コラムとなるのだが、2013年以降は一度MVから離れ、映像とは異なるテーマを扱うコラムニストとしての活動に専念していた時期がある。その間、「ナガコは見ていない」。看板に偽りありだ。
とはいえ、まったくノータッチだったわけでもなく、「映像作家100人」(ビー・エヌ・エヌ新社)の巻頭特集や、「MdN」のMV特集、月刊「コマーシャル・フォト」等で記事を書く機会は多々あった。が、日本のMVシーン全体を総合的かつ公的に見渡していた2000年代と比較して、2010年代は時おり好きな作品・作家について記す、ピンポイントな対応にシフトしていった感がある。
自ずと記憶もパーソナルな印象が強く、日本のMVシーン全体を広義に捕らえていたとは言い難い。よってラスト2回は、いつにも増して「ナガコが見た」の超私的な視点より記憶を綴る旨、まずはご容赦願いたい。
2013年のMV 50本ノック
2012年の日本のMVシーンを振り返るにあたり、まず思い出したのが音楽専門チャンネル「スペースシャワーTV」の祭典「MVA2013」だ。年間のベストミュージシャン・楽曲を選出し、その活躍を讃えるスペースシャワーTVの年行事だが、2013年は確か、初頭にノミネート50作を発表し、3月に授賞式イベントが開催される運びとなっていた。
ノミネート作品は、2012年内に制作されたMVが対象となるため、自ずと2012年の話題作を見渡せる。ちなみに大賞「BEST VIDEO OF THE YEAR」は、きゃりーぱみゅぱみゅ「つけまつける」(Dir:田向潤)。サカナクションが「BEST ARTIST」を授与し、数多くのMVを手がける人気監督の田辺秀伸が「BEST DIRECTOR」に選ばれた。
当方は「MVA2013」「MVA2014」にて、ノミネート50作の全キャプションを記す係を担当。この50本ノックだが、ノミネート作品が決まるのが年の瀬で、口外厳禁文書と銘打たれたリストが送られて来るのがクリスマス以降の仕事納め頃。締め切りが1月5日頃と、完全に年末年始を棒に振るスケジュールとなっており、実際に初詣も行かずに黙々とノックに応じ続けた記憶が今も鮮明に残っている。
また、2013年初頭は、旧渋谷パルコに開設されていたソーシャルTV局「2.5D」でのMVA関連イベント【THE PUBLIC 講座 MVAクリエイターズセッション】(全3回)に司会として参加。詳細は後述するが、この「2.5D」では、他にも映像クリエイターを招いたスクリーニング&トークイベントが開催され、当方が何度かモデレータを務めた経緯がある。
そこで紹介した作品や作家を基軸に、関連情報を記せば2012年~2014年頃のMVシーンを自分なりに総括できるのではないか。記憶を整理しながらまとめてみる。
Perfumeの快進撃
2011年にクリエイティブディレクターの針谷建二郎(旧ANSWR、現THINKR)が開設した「2.5D」は、同年にUSTREAM配信を開始したDOMMUNE(宇川直宏)と双肩をなす新ソーシャルメディアとして台頭。2012年9月には旧渋谷PARCO内に移転し、ストリーミングライブやスクールメディア「THE PUBLIC」等のセルフプロデュースイベントを多角的に展開していた。
その講義に初めて参加した回が「THE PUBLIC「ID」田中裕介×林永子×真鍋大度~Spring of Life MV裏話~」(2013年1月)。
Perfume「Spring of Life」MV(2012)について、同年公開のサカナクション「夜の踊り子」MVも話題となった人気演出家の田中裕介(CAVIAR)と、時代の寵児であり、世界を賑わせたPerfumeのWebプロジェクト「Global Site Project」も話題の渦中にあったメディアアーティスト真鍋大度(Rhizomatiks)をゲストに迎え、制作秘話を伺う機会を賜った。
Perfume「Global Site Project」は、世界中のファンとクリエイターに二次創作用のオープンソースを公式提供する前代未聞のプロジェクトである。2013年には第16回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門大賞を受賞(真鍋大度、MIKIKO、中田ヤスタカ、堀井哲史、木村浩康)。以降、Perfumeはカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(2013)やSXSW(2015)にて最先端技術を用いたパフォーマンスを披露し、世界を魅了し続けている。
また、インディーズ時代からPerfumeのMVとジャケットデザインを手がける関和亮演出による逆再生ダンスMV「Magic of Love」(2013)も、そのパフォーマンス能力の高さが大きな話題となった。関氏は同年、ASIAN KUNG-FU GENERATION「踵で愛を打ち鳴らせ」、木村カエラ「Sun shower」等のMVも手掛け、ねごと「たしかなうた」では、ライブ会場に集結した400名のエキストラが端末を操作して図像を紡ぐ、観客参加型の演出を試みた。
BUMP OF CHICKENも「虹を待つ人」(Dir:番場秀一)MVにて、35,000人の観客が見届けるコンサート会場にザイロバンドとteam★Labが共同開発した「チームラボ・ボール」を導入。インタラクティブな仕掛が、スケール感の大きなライブ映像に反映されていく音楽映像ムーブメントが到来した。
当時はRhizomatiksを筆頭に、テクノロジーを用いた音楽映像パフォーマンスも時代を牽引。真鍋大度が参加した野田洋次郎のソロプロジェクトillion「MAHOROBA」(2013 Dir:永戸鉄也)を筆頭に、それまでの画作りとは異なるアプローチを取り入れたMVが多数登場。クリエイティブカンパニーP.I.C.S.とNHK Enterprisesによる「TOKYO STATION VISION」(2012 Dir:西郡勲、長添雅嗣、TAKCOM、志賀匠、針生悠伺)等、体感を伴う大型プロジェクションマッピングも流行した。
ダイナミックなスケール感という意味では、約4,000人という破格の規模のエキストラとともにパレードをおこなったAKB48「恋するフォーチュンクッキー」(2013 Dir:関根光才)もご紹介しておきたい。本作はスタッフやビューアーが振り付けを踊るYouTube投稿も流行し、時代が求める規模と参加して楽しむエンタテインメント性の両者を備えたMVとして人気を得た。
MVAとボーカロイド
2013年2月には第1回目の「THE PUBLIC講座 MVAクリエイターズセッション」が開催。ヒャダイン「20112012 feat.VERBAL(m-flo)」MVについて、ヒャダインとディレクターの大月壮が登壇し、お互いの作品の感想や制作現場での裏話などについての貴重なトークを伺った。
当時の大月氏は、ハイスピード撮影したオリジナル作品「アホな走り」や、2013年に手掛けたスペースシャワーTVのSTATION ID「HAPPY NEW YEAR 2013!!」「ときめきSHOWERメモリーズ」のPC-88風ゲームグラフィック映像も人気を博し、MVとはまた異なる濃い世界観にハマるビューアーも続出していた。
第2回目の「THE PUBLIC講座 MVAクリエイターズセッション」は、MEG「TOUGH BOY」MV(2012 Dir:坂本渉太 with ファンタジスタ歌磨呂)をテーマに、MEG、ファンタジスタ歌磨呂、坂本渉太が登壇。まずは映像クリエイターの2人がそれぞれの作品を紹介し、後半は3人で本作のアニメーションの技術とセンスについてクロストークをおこなった。
また、音楽やファッション関連のアートワーク等でも知られるファンタジスタ歌磨呂は、ボーカロイドの初音ミクを起用したlivetune feat.初音ミク「Tell Your World」MV(2012 Dir:wakamuraP x fantasista utamaro x TAKCOM)、様々に異なるアニメーションを背景に主人公の女の子の走行シーンがループするlivetune adding 中島愛「Transfer」(2012 Dir:fantasista utamaro × Kazuma Ikeda)も大きな話題となった。
2013年はゆず「LAND」MV(Dir:Kazuma Ikeda / Daisuke Shimada / Yuko Yasunaga / fantasista utamaro)等も公開され、複数のパートを受け持つ各エキスパートを集結させた濃密な世界観によって、ビューアーを圧倒する緻密な作風に注目が寄せられた。
第3回「THE PUBLIC講座 MVAクリエイターズセッション」は、きゃりーぱみゅぱみゅ「つけまつける」MV(2012)の監督、田向潤を招き、初期より作品を振り返るスクリーニングを開催。会場には学生や若者がつめかけ、若手クリエイターの中でも最も活躍している田向氏の人気ぶりがうかがえた。
田向氏は2013年以降も、引き続ききゃりーぱみゅぱみゅ「にんじゃりばんばん」「もったいないとらんど」等や、SEKAI NO OWARI「RPG」「スノーマジックファンタジー」「炎と森のカーニバル」等、多くの話題作を手掛けている。MVA2015では、くるり「Liberty&Gravity」(2014)がBEST VIDEO OF THE YEARを受賞した。
躍動する3Dモーショングラフィックス
2013年5月には、3D空間を縦横無尽に躍動するタイポグラフィックスが話題となったHaKU「everything but the love」MV(Dir:井口皓太、大原大次郎)がテーマの「THE PUBLICクリエイターズセッション collaboration with 2.5D」にて進行を担当。
大原氏と井口氏は、武蔵野美術大学基礎デザイン学科出身の先輩と後輩の間柄である。井口氏が在学中に、卒業した先輩の大原氏が若くして演出したPOLYSICS「コンピュータ-おばあちゃん」(2007)MVに感化されたエピソードなどを伺いながら、それぞれの代表作を紹介。井口氏は京都の街を漢字で表現した「Kanji City -Kyoto-」(2013)等、大原氏は文字のモビール「もじゅうりょく」展示について、そして共作となった同MVの制作秘話を伺った。
後半はHaKUの辻村有記(Vo, G)も御登壇。演奏シーンのない作品だが、メインビジュアルがモノクロームの3Dタイポグラフィだからこそ歌詞がより強化され、映像作品としての見応えとともに辻村氏のメッセージをより効果的にビューアーに届ける役割を担った。
また、このトークセッションの前の回に登壇されていたのが、人気映像作家で、現在は関和亮が立ち上げたクリエイティブカンパニー「コエ」に在籍している山岸聖太。山岸氏と大原氏は、山田一郎(両氏と星野源の共同名義)としてSAKEROCK「ホニャララ」MV(2008)を演出した経緯がある。以降、山岸氏はKANA-BOON「ないものねだり」(2013)「生きてゆく」(2014)、ASIAN KUNG-FU GENERATION「ローリングストーン」(2014)等、話題作を手掛けている。
大原氏も、自らデザインしたジャケットの世界観をアニメーション化した(((さらうんど)))「夜のライン」(2012 Dir:大原大次郎、池田一真)や、MVA2014のBEST VIDEO OF THE YEAR受賞作であるマキシマム ザ ホルモン「予襲復讐」MV(2013 Dir:南関東逆境会Neo(大根仁+大関泰幸+もがりまさひろ+上田大樹+easeback+DEVICEGIRLS+ニイルセン+大原大次郎))に参加するなど、独自の映像表現を追求している。
複数のクリエイターが参加するMVといえば、環ROY「ワンダフル」(2013 Dir:古屋蔵人+43名)も当時大きな話題に。約4分の楽曲のパフォーマンスをグリーンバックで撮影し、43名もの映像作家が5秒ずつ映像を制作。この画期的なプロジェクトは、思いもよらない展開の中に様々な技法やアイデアが詰め込まれていて楽しめる一方で、「ディレクター」という役割における多数多様な集合体や匿名性についても考えさせられた。
多くの映像作家のアイデアや技法について学べる場としては、2012年に放映開始されたEテレ「テクネ 映像の教室」についても触れておきたい。SOURやandropのMVにて、2010年代のMVシーンに新風を吹き込むクリエイティブディレクターの川村真司が、名だたる映像作家たちと共に映像作りの楽しさを伝えるこの貴重なエデュケーションプログラム。あらゆる技法や作例を紹介する内容は、映像の教科書そのものだ。
その川村氏だが、2013年には、様々なジャンルのモーショングラフィックス等を手掛けている井口氏とともに、フェナキストスコープを題材としたSOUR「Life is Music」MVを演出。王道技法と現代の技術を掛け合わせた革新的な映像表現が評価を得た。
音楽映像の新解釈
2013年9月には、上半期の優れたMVを紹介するスペースシャワーTVの企画「MUSIC VIDEO REVIEW」とソーシャルスクールメディア「THE PUBLIC」のコラボ企画「MVRクリエイターズセッション」に進行役として参加。コーディネートは、唯一無二の映像クリエイティブWEBメディア「white-screen」(2007~2017)の編集長、山本加奈だ(現NEW REEL編集長)。
ゲストは2部制で、まず1部は1980年代から音楽映像に関わり、日本で最もMVの演出本数が多い監督として知られる山口保幸が登壇。2013年はゆらゆら帝国時代からの盟友、坂本慎太郎「死者より From the Dead」、サカナクション「僕と花」「ユリイカ」等のMVを手掛けているが、当日はさらに遡り過去作品も紹介しながら話を伺った。
第2部は、佐々木希主演「天使の恋」(2009)やAKB48のドキュメンタリー映画等を手掛け、2013年はamazarashi「性善説」MVが話題となった寒竹ゆりと、「アフロ田中」(2012)で長編映画監督デビューし、デビュー以降のクリープハイプのMVを手掛けている松井大悟。それぞれの音楽映像表現について意見を聞いた。
映画監督がMVを撮る機会は多々ある。例えば2013年はAKB48「さよならクロール」を蜷川実花が、猫のかぶり物が印象的な古川本舗「home」は岩井俊二が演出している。松居氏の場合は、クリープハイプの尾崎世界観の原案・楽曲をもとに制作した短編4部作(「イノチミジカシコイセヨオトメ」「あたしの窓」「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」「傷つける」)から成る映画「自分の事ばかりで情けなくなるよ」を2013年に公開し、新たな音楽映画の方法論を開拓した。
当時は劇団「シベリア少女鉄道」の主宰、土屋亮一が演出したさよならポニーテール「青春ファンタジア」MVも、演出の解釈の斬新さが話題となった。13人の少女が登場し、アルバム「青春ファンタジア」の全13曲をそれぞれリップシンクするワンカット映像で、少女たちが交差すると曲が入れ替わる等の仕掛けが施されている。また、さよならポニーテール「新世界交響楽」MV(2014)は、人気ディレクターのスミスとでんぱ組.incの夢眠ねむによる映像制作ユニット「スミネム」が演出。女子校の部活動をテーマにバトルを繰り広げた。
そのでんぱ組.inkの「でんでんぱっしょん」(2013 Dir:志賀匠)や、ももいろクローバーZ「GOUNN」(2013 Dir:長添雅嗣)等、アイドル全盛期の中でも異彩を放つ人気グループのMVも話題を獲得。ファンはもちろん、一般ビューアーや映像クリエイティブファンにとっても見応えのある濃密かつ高品質な演出が注目を集めた。
いわゆるMVやプロモーションビデオとは趣が異なる異色作としては、写真家の大橋仁がジャケット写真の撮影と共にMV演出も手掛けた高橋優「同じ空の下」(2013)も挙げておこう。主人公は、都内在住の64歳、一般人男性。7日間密着取材をおこない、ひとりの人間の現実に迫った。
SNSで情報拡散されるMV
「2.5d」の思い出から膨らませた記述は以上となるが、その他の話題作についても触れておきたい。
当時、特に人気があった作品は、ハイスピード撮影された断片的な映像の「よさ」が話題となったtofubeats「No.1 feat.G.RINA」(2013 Dir:細金矢+杉山峻輔)や、部屋に置かれた様々な物のコマ撮りと手書きアニメーションが交錯するやけのはら「RELAXIN’」(2013 Dir:最後の手段)等。
独特なタッチで描かれたPeople In The Box「気球」(2013 Dir:加藤隆)、鉛筆と消しゴムと消しカスで描かれたくるり「Remember me」(2013 Dir:端地美鈴 and CHIMASKI)、自由闊達なCG表現が人気のRADWIMPS「実況中継」(2013 Dir:橋本大佑)、エフェクトアニメーションの色合いが特徴的な阿部義晴「ONE AND THREE FOUR」(2013 Dir:平岡政展)等もアートアニメーション作品として高評価を得た。
サスペンスドラマ仕立ての作品として注目されたのは、演技派子役が熱演する冨田ラボfeat.原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆう「この世は不思議」(2013 Dir:加藤マニ)。加藤氏は、様々な種のMVパロディが矢継ぎ早に展開するキュウソネコカミ「ビビった」(2014)MV等を筆頭に、以降2010年代のMVシーンを担う監督として活躍されている。
この頃には、レーベルのYouTubeチャンネルで公式MVが公開され、その情報がSNSにて拡散されるプロモーション展開が定番化。2007年にユニバーサルミュージックが、2011年にソニーミュージックがYouTube公式チャンネルを設立してから数年で、MVを見る場所がインターネットへと移行した。
結果、現在は、テレビで極一部のMVを試聴していた時代と比較して、良質な音楽や映像に出会える確率が高まった。ビューアーとMVおよびその作者の距離が近づいた印象も受ける。かつては、MVをレコード会社に納品した後の評判や影響について、制作者がレーベル担当から聞き及ぶことはあっても、再生回数や拡散数のような具体的な数字を目の当たりにすることはなかった。
2014年には、米津玄師が作詞・作曲・作画すべてを自ら手掛けたアニメーションMV「アイネクライネ」を公開。同曲はメジャー1枚目のアルバム収録曲であり、東京メトロのCMタイアップ曲ながら、MVはボカロPらしいインディペンデントなスタイルを貫いた。現在、2億6千万回再生を突破。
他にも、APOGEEのボーカル永野亮「はじめよう」「つながるのうた」MV(2012)に続き、新井風愉が演出したAPOGEE「Twilight Arrow」(2014)、人気監督の田辺秀伸が撮ったゲスの極み乙女。「猟奇的なキスを私にして」(2014)、全編インド撮影のミュージカルMVの平井堅「ソレデモシタイ」(2014 Dir:鎌谷聡次郎)等が話題に。
その鎌谷聡次郎だが、2014年は師匠の島田大介とともに演出で参加したC.Cレモン「忍者女子高生」のバイラルムービーが爆発的なヒットを記録。スマートフォンで撮影しながら追いかけっこをする女子高生2人が、パルクール等のアクションで校舎を駆け巡る。その広告とは思えないハプニング動画のような見せ方や、CGなしのパフォーマンスの精度等がビューアーの目を釘付にした。
当時は、2000年代中頃から始まったバイラルムービーの制作土壌も熟し、再生回数やSNSでの話題獲得を目的とした、いわゆる「バズる」動画コンテンツの需要も高まっていた。一部の映像クリエイターたちにも「バズらせてください」「バズるMVのアイデアを考えてください」といったオファーが来るようになったが、そうしたマーケット重視の思考は、時にMVの醍醐味であるオーディオとビジュアルの感覚的なシンクロニシティの純度を濁らせる。
もとよりマーケットの都合のみを重んじる方法論は、作家気質のクリエイターにとって専門外であり、それが創造性への集中力の邪魔をする要素となり得るのであればご遠慮願いたいと、映像作家ファンの私個人は考える。
日本のMVの到達点
また、2014年には前代未聞のプロジェクト「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」(菅野薫、保持壮太郎、大来優、Nadya KIRILLOVA、米澤香子、関根光才、澤井妙治、真鍋大度)も多くの人々を驚かせた。1989年にアイルトン・セナが樹立した世界最速ラップの走行データを解析し、エンジン音を再現。鈴鹿サーキットに設置されたスピーカーとLED光によってセナの偉大な走りを蘇らせた。Webサイトではその走行を体感できる3DCG映像も公開。世界広告賞のクリオ賞を筆頭に、国際的な高評価を得た。
さらに、日本のMVクリエイティブの到達点といっても過言ではない傑作、OK GO「I WILL LET YOU DOWN」(原野守弘、Damian KULASH, Jr.、関和亮、西田淳、振付稼業air:man)が誕生したのも2014年の出来事である。HondaのUNI-CUBに乗ったメンバーと2400名におよぶダンサーたちの壮大かつ緻密なパフォーマンスをドローンでワンカット撮影した本作は、その驚異の精度とスケール感で世界中のビューアーを魅了した。
本作については、MdN「振り付け☆愛」特集(2015年9月号)内での振付稼業air:manへのインタビューや、同MdN「ポップカルチャーはなぜ彼らの映像を必要とするのか?クリエイティブカンパニー「コエ」の仕事」特集(2019年2月号)での関和亮インタビュー等で、制作当時者より直接詳細を伺う機会があった。それまで取材してきた幾多のMVの中でも、群を抜いて複雑な設計を要する本作は、各専門分野のプロによる圧倒的なスキルを凝縮させた日本のMVの到達点であり、最高峰である。
改めて総括すると、2012~14年は、先端技術を駆使した革新的かつ大掛かりな映像作品が多数誕生した年代だった。1970年代より綿々と紡がれてきた日本のMV史の集大成として、ひとつの時代の節目を感じる一方で、それはあくまでも当方の私的な体験との共鳴から導かれた解釈かもしれないとも考える。
最後に、私的に思うこと
2000年代、当方は執筆やイベントを通じて日本のMVシーンの活性化を願い、映像制作者の地位向上および制作環境の改善を目指す活動に赴いた。MVの著作権者がレコード会社であることは当然として、産業構造上、映像制作者のもつ著作者人格権をもっと尊重して欲しい。広告性のみならず、作品性も見込まれて制作されるコンテンツである場合、著作権法の映画に値する権利をMV制作者にも与えていただきたい。
このような議論を進める中、2012年に「映像作家100人」主催のトークイベント「映像の著作権について考えよう」を開催。当方が進行を担当し、ゲストに丹下紘希(映像/アートディレクター)、津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、著作権法に明るい福井建策(弁護士)を迎え、MVの権利および映像制作者の権利意識について話す機会を得た。その際、津田氏が「この議論は遅くとも10年前に行われるべきだった」(意訳)と仰っていたのが印象的だった。
理屈の上で正したくとも、それまでの通例に倣わなければ、現場は動かない。日々の業務も多忙を極める。その間、MVはレーベルのYouTube公式サイトで無料視聴する動画コンテンツとして加速的に消費されていく。同時に、視聴覚表現としての存在価値とは一線を画した、インターネット動画の「ネタ」としての面白さを重要視したMVも散見される。
こうした時流において、自分の捉えるMV像や作品意識は一時代前の産物であると認識した当方は、前線より退き、映像制作者等との交流の場として8年続けたサロンイベント「スナック永子」を2013年に終了させた。
その当時は、2011年の東日本大震災の直前に父が、2年後の2013年には同居中の同年齢の義弟が他界するという重大事も立て続けに起こり、仕事よりも家族と向き合う時間を最優先した経緯もある。また、自分自身の死生観や思想にも変化が生じ、今一度、自己意識と徹底的に向き合う種のコラムを綴る活動を開始したのが、40歳となった2014年のことだった。
つまり2014年は、日本のMVの到達点というよりは、日本のMVに携わって来た自分の到達点であり、終着地であったと自認する。実際に初めてOK GO「I WILL LET YOU DOWN」を視聴した時には、間違いなく最高峰であると同時に、私にできることはもう何もないと実感し、大人しく自分事コラムに専念するに至った記憶がある。
無論、2015年以降も、MVを含めた幅広い表現活動に挑戦するクリエイターの活躍は後を絶たない。2018年発売のMdN特集「この曲はなぜこのアプローチで撮ったのか?映像監督8人に聞いたMV43曲のコンセプト」にてインタビューを担当させていただいた山田健人、山田智和、牧野惇(他、木村太一、林響太朗、Spikey John、坂本渉太、YUDAI MARUYAMA)等の大人気ディレクター陣や、若手が新しい解釈の映像制作を試みるプロダクション、スタークリエイターが集結するクリエイティブカンパニー等、時代と呼応する素晴らしい逸材が前線を開拓している。
次回、最終回は番外編「スナック永子とは何だったのか」
現在のMVシーン全体についての言及は、ピントがずれている自覚があるので発言を控えるが、自分にできることとしてひとつ想定できたものが、日本のMVの黎明期より現在に至るまでの歴史の記録であった。
これまでも、「メディア芸術アーカイブス 15YEARS OF MEDIA ARTS 1997-2011」(2012)や、「映像作家100人 2015」の巻頭特集「日本の映像、この10年」にて、MVの歴史を担当執筆して来たが、さらに起源まで遡り、また直近についても掘り下げることによって、いまだ世にない単独書籍としての「日本のMVの歴史」を編纂できるのではないか。
折しも、2018年には、惜しまれつつも解散したコトリフィルム(代表、島田大介)の最後の個展「Qotorinicle」にて、メンバー全員にその10年の歴史を振り返るインタビューを行っている(記念のアートブックに記載)。また、翌年には先述のMdNの「コエ」特集にて、関和亮のキャリアより時代背景を探る「関和亮とPerfumeが辿った15年から紐解くMVの潮流」というコラムを記した。
各クリエイターの活動歴を振り返る機会を得たことからも、歴史をまとめる気運にあるのではないかと思い、まずは自分目線の記憶を整理するためにPRONEWSさんの力をお借りして書き始めたのが、本コラムとなる。以降は、書籍化に向けた準備と、より広義に事実性を精査する取材調査を開始する予定なので、今しばらく暖かい目で見守っていただければ幸いだ。
さて、最終回となる次回は、クリエイター大集合のただの宴会こと、我がライフワーク「スナック永子」とは何だったのか、自ら検証する番外編をお届けしたい。これまで読んでくださったすべてのみなさまに感謝します。