txt:林永子 構成:編集部

日本のミュージック・ビデオ(以下:MV)シーンを超近視的に目撃してきた映像ライターの林永子が、その歴史を振り返る本コラム。最終回は、筆者がかつて主宰していたサロンイベント「スナック永子」を通して、ミュージックビデオ近現代史を振り返る番外編をお届けいたします。

点をつなぐ役割

「スナック永子」とは、MV専門ライターとして勝手に活動していた当方が、2005~13年まで開催していた不定期イベントである。会場は、惜しまれつつも閉店した西麻布スーパーデラックス。音楽や演劇、アートイベント等で知られていたハイブリッドなスペースにて、映像を中心としたクリエイターが夜な夜な集い、スクリーニングやパフォーマンスを行う。そして、有志の女性陣がドレスアップをして出迎える。それが、大雑把にいえば我らがスナックのあらましである。

ことの発端は、ただの思いつきだった。当方は、執筆業に加え、MVの上映展や制作者の交流会開催、音楽映像製作者協会の立ち上げ、ストリーミングサイトの編集長等、それぞれに点在している映像クリエイターを横につなぐ活動を行っていた。

2000年頃には、日本のMVの隆盛期にあたる90年代の一大ムーブメントの影響に加え、デスクトップ編集を得意とする若手作家が台頭し、MVの制作人口が急増した。が、CMや映画のような既存の映像産業と比較して業態規模は小さく、フリーランスのライターである私個人が、一通りご挨拶できる程度の狭さであった。

もちろん、MVの制作者たちは、個々に様々な見解をもつ。80年代黎明期よりライブパッケージやテレビ番組も含めた音楽映像を手掛けてきたディレクターと、PCで個人制作するアニメーション作家とでは、MVの解釈も棲み分けも異なる。プロダクションにもカラーがあり、制作者個々人にもそれぞれの哲学がある。

様々なクリエイターを連日連夜に渡って訪ね歩く間、異なる解釈の制作者同士が、交流する場があまりないと気づかされることが度々あった。そこで、何度か交流会を開催してみたところ、会話の主題が労働条件や権利にまつわる問題提起に終始する傾向がみられた。それはそれで大切なので維持するとして、より気楽に、よりクリエイティブに、もっと馬鹿馬鹿しく、大爆笑しながら泥酔できる「遊びの場」を設けたいと考えた。それが、「スナック永子」の原点だ。

無論、リアルなスナックではない。ラフにお酒を飲みながら、映像を見ながら、交流を楽しむ場の提供という意味合いにおいてのスナックである。とはいえ、スナックというからには礼節を重じ、きちんとドレスをめかしこみ、ヘアメイクも整えたい。そして、女性の仲間も集めたい。最初にスカウトするのは、彼女しかいない。

声をかけたのは、当時、世界最大級のデジタルフィルムフェスティバル「RESFEST」の日本のディレクターを務めていた盟友、山本加奈(後「White-screen」編集長、現「NEW REEL」編集長)だ。世界に評価されるアートフィルムとしての日本のMVおよびその制作者を広く知る彼女と、MVライターの当方がタッグを組めば、映像サロンは成立する。他にも女性有志を募り、ガチでドレスアップするスナックの布陣を整えた。

また、同時期に、大学の友人で映像作家の岩井天志にも構想を伝えたところ、彼がイベントを主宰していたスーパーデラックスの店長マイク・クベック氏と引き合わせてくれて、初めて会ったその日にスナック開店が決定。すぐに美術デザイナーの小泉康博(アートブレイカーズ)を訪ね、紫の看板を拵えていただいた。何事も形から入るのが肝要だ。

かくして、お膳立てはあっさりと整った。とはいえ、実際に開催してみないとわからないことも多々あるので、試運転のゼロ回を開催。その時は加奈ちゃんの計らいで、毎年11月開催の「RESFEST」先行試写会を行った。以降、「夜の解放区! 大人の幼稚園! クリエイター大集合のハイブリッドなただの宴会」と称した当イベントにて、素晴らしく多彩なクリエイターとともに、豊かな時間を過ごさせて頂いた。その覚書を認めてみたい。

初期のスクリーニング&パフォーマンス

記念すべきVol.1(2005年)で紹介した作品は、「RESFEST」を運営していたnowonmediaよりリリースされた戸田誠司DVD「セージ There She Goes Again」。音楽・映像クリエイターとして参加されたタナカカツキ、寺田創一(OMODAKA)、丹治まさみ(キャプテンミライ)等にお集り頂き、制作工程やコンセプトを伺った。

Vol.3でも「RESFEST」のクロージングパーティーを敢行。「RESMIX Electronica」プログラムで評価されたPolysics「I MY ME MINE」MV(Dir:児玉裕一)が上映される中、当作に登場した小学生(当時)ブレイクダンサー「ストロングマシン2号」やマイケル・ジャクソンの完コピパフォーマンス集団「mj-spirit」等が登場し、パフォーマンスを披露。深夜には、英国の人気クリエイターTraktorも来店し、有意義な意見交換を行ったかどうか全然覚えていないくらいの泥酔状態で、朝まで乾杯し続けた(らしい)。

Vol.5には、映像作家の島田大介と、ミュージシャンのakeboshi、画家の松岡亮によるユニット「SOUMA」がご来店。スーパーデラックスの3面スクリーンを背景に、ライブペインティングと演奏を披露するスペシャルパフォーマンスを敢行。「SOUMA」はVol.15(2007年)にも再演し、映像+音楽+ドローイング+美術セットのさらなるハイパーコラボレーションを展開。島田氏がギターを弾く貴重なパフォーマンスも記憶に明るい。

Vol.6では、テレビ番組として放映されたオリジナルショートフィルム「スチーム係長」「トレインサーファー」のDVDリリースを記念し、監督の中尾浩之(P.I.C.S)をフィーチャー。両作には吉本興業の人気芸人の方々が出演されているご縁より、超売れっ子である博多華丸・大吉、椿鬼奴、ショウショウの3組が来店され、爆笑ショーで会場を賑わせてくださった。昭和テイスト溢れるDJはコモエスタ八重樫と佐々木亨(fruitpunch)。映像と音楽とお笑いが融合したエンターテインメントな一夜となった。

Vol.7は2部構成。1部は、R.E.M、Coldplay、BECK等のMVを手がけるクリエイターインタビューDVD「Visual Rocks―The Heart of the Music Video」を加奈ちゃんが紹介。その後、映像ディレクター集団「THE DIRECTORS GUILD」のメンバーとスクリーニング&トークを開催した。

2部には、演劇集団「ラ・サプリメント・ビバ」&芳賀晶が、アテレコを利用した抱腹絶倒パフォーマンスを熱演。彼らは、遊びに来ていた外資系の広告代理店の方々に気に入られ、焼き肉を奢ってもらうという心温まる展開に。その後のDJはSARUDOG(from MU-STARS)。最後には、Merce Deathがサンプリングとエフェクトを掛け合わせた1人ギターライブで締めたが、彼については我らがスナックの「箱バン」として後ほど詳述する。

「あの映像」が目前に現れる場

1周年を迎えたVol.10では、Corneliusのアルバム「Sensuous」のMVについて、辻川幸一郎監督とともにスクリーニング&トーク。 さらに、イタリアの映像作家Stefano Cagolの作品集と、「RESFEST 2006」(当時、本国アメリカは10周年)の目玉作品を上映。また、会場に遊びに来てくれた映像クリエイターが、お気に入りのYouTube映像を解説付きで紹介するコーナー「YouTube甲子園」も開催。これが以降も人気となった。

Vol.12の「ショーパブ大忘年会」では、魚眼レンズを駆使する写真家「BIG MOUTH」の作品紹介後、Vol.7にてお客さまのハートを鷲掴みにした「ラ・サプリメント・ビバ」が再登場!さらには深夜、とんでもないヒーローが我らがスナックを襲来。その名は、NIKE Idが世界に向けて発信したバイラルCMのカラフルなレンジャー部隊、アキバマン!

秋葉原の冴えないサラリーマン=ジミダーを、いけてるシャイピンクに変身させる使命を負ったアキバマンが、実際にスナック永子にやって来て、お客さんの中でも一際地味で冴えないサラリーマンをここぞとばかりに担ぎ上げる。そしてその場で丸裸にし、レンジャー衣装に生着替えさせる!荒技!Vol.3のPolysics「I MY ME MINE」MV同様に、映像内のパフォーマンスやキャラクターが突如目前に現れるところがスナック永子の醍醐味、なのかも。

その他、ミドリカワ書房「みんなのうた2」DVD上映と監督児玉裕一および出演者・スタッフのみなさまとのトークを行ったVol.14(2007年)、人気スタイリスト北澤”momo”寿志を招いたVol.16のトークセッション「オーラの鼠」、当方が編集長をつとめていたMV監督別ストリーミングサイト「Tokyo Video Magazine VIS」のリリースパーティー(Dj:Kinkies VJ Painting:TGB design.+Rob Kidney)、カナダのアニメータでVJのilluminatedと、映像作家くろやなぎてっぺいと樋口貴英による「ミニ四駆」VJバトルも忘れ難い。

このくろやなぎてっぺいと樋口貴英(食品まつり a.k.a FOODMAN)は、他の回にもオリジナルダンスパフォーマンスやエロラップの熱唱といった独特な遊び方でスナックに参加してくれていた。2人は後に1980YEN(イチキュッパ)を結成し、最終回にはレーザーVJを従えてライブを行ってくれたのだった。

我らが箱バン「Merce Death」

音楽メインのイベントとして記憶に強く残っているのは、スーパーデラックス4周年とコラボしたスペシャルライブ(2006年 LIVE:レジェンドドラマーのハン・ベニンク×今井和雄、ハン・ベニンク×ピカ(あふりらんぽ)、Merce Death×jimanica、VJ:生意気、ヨシマルシン DJ:AO)。そして、Vol.17の「golden pink arrow♂」の超満員ライブも大きな話題となった。

また、ここで改めて、Merce Deathをご紹介したい。Merce Deathとは、大学の頃からの友人の大野真吾による未来派ギター・サンプリング・インプロヴィゼーション・ソロ・ユニット。なんと7回もスナック永子に登場してくれた我らが箱バンである。

特に思い出深い回といえば、Vol.32(2010年)の「Merce Death with Tesla Coil and NIKE MUSIC SHOE」。Merce Deathの旧友の超絶テクギタリスト森川祐護(Polygon Head)のライブ後、当時のヒット作でグローバルな話題を獲得したNIKEのバイラルCM「NIKE MUSIC SHOE」(楽器として開発されたスニーカーをHIFANAが実奏)の、なんと実物が登場し、お客さんも含めてみんなでプレイするという貴重な機会を楽しんだ。

さらに、会場には共振変圧器「テスラコイル」も設置! Merce DeathがライブでAC/DC「Thunderstruck」を演奏し、歌詞に合わせて、お客様共々「サンダー!」と叫ぶと同時に稲妻が放電!最後にはこのテスラコイルの開発者、スパークファクトリーのみなさまにもご登壇いただき、仕組みの解説をしていただいた。実際に触れて痺れて勉強になったリアルな夜だった。

そんなMerce Deathが参加するインターネット秘密結社IDPWをゲストに迎えたVol.42(2013)では、Google+ハングアウトを活用したプレゼンテーションを行なっていただいた。そして、サンバイザーを装着したMerce Deathが別名OBSNVSRとして登場し、趣向を凝らした演奏を披露してくれた。

より濃い方向性で多様化するスクリーニングとパフォーマンス

初期は「やってみなければ分からないから、とりあえず何でもやってみよう」というトライアル精神でイベントを開催していたが、結局のところ毎回が特異で、中期はますます混沌を極めた。1回の開催中に、これでもかと内容を詰め込むこともあった。

その一例が、3部スクリーニングを行ったVol.22(2008年)。1部は世界平和イベントのプロモーションビデオ「Pangea Day – Imagine Japan sings for Turkey」上映。映像内で歌唱している女性は、スナック永子ガールズの一員として参加してくれていたlena(現galcid)。他、監督の関根光才、スタイリストの伊藤佐智子、ダンサーの康本雅子等、豪華スタッフ陣が会場に集結し、制作秘話を披露してくださった。

2部は、競艇をテーマとしたCD/DVD「FAVORITE GAMES」をリリースした、音楽×モーション・グラフィックスの突然変異的融合プロジェクトOMODAKAが登場。MV集の上映に加え、その作者であるパワーグラフィックスの小松好幸や牧鉄兵等を招いたトークを開催。3部には、来日ツアー中のMax Hattler & Robert SeidelによるVJおよび作品上映とトークを行い、個々に多様なクリエイターたちの脳内イメージやアイデアを大量に浴びる夜となった。

複数のゲストにお集まりいただいた例としては、Vol.22(2008年)「七夕VJ祭り」。VJ:tamdem(田向潤・出村拓也)+清水康彦×DJ:佐々木亨(FRUITS PUNCH)と、MOVIE BOYZ(大月壮・長添雅嗣・菅原そうた)×DJ:小野雄紀(WONDROUS)、豪華なメンバーによる2チームのDJ・VJパフォーマンスが会場を賑わせた。

Vol.26(2009年)は、「映像作家100人 2009」(BNN新社)の打ち上げを開催。多くの映像作家にご来場いただく中、スクリーニングゲストとして先のVJ祭りにも来てくれたMOVIE BOYZと、話題の芸術家集団Chim↑Pomにご登壇いただき、それぞれの作品を紹介していただいた。日付変更線を越えた以降は、やけのはらさんとモノリスさんのDJを堪能しながら、ご登壇者、ご来場者ともに朝まで飲み明かした。

ダンス、激論、ボーカロイド

Vol.27には、アルバム「夢幻タワー」を発売したAPOGEEと歴代のMV監督(田中裕介、大月壮、七字重雄、東弘明、中角壮一)が終結してスクリーニング&トーク。Vol.29の4周年記念には、クリエイティブカンパニー「イエローブレイン」「マバタキ製作所」による作品紹介が行われた。その一環として、ダンスチーム「DAZZLE」が登場。迫力のパフォーマンスを披露してくださった。

他にもダンスがメインとなる回があった。Vol.8(2006年)では、アートディレクター木之村美穂(STUDIO D.O.G)のスクリーニング&トークに加え、木之村氏がMVを手掛けたセクシーコンテンポラリーダンス集団「東京キャ☆バニー」が、特設舞台でパフォーマンスを披露。Vol.28では、様々なジャンルで活躍するChoreographer&performer UNIT「OLGA ENTERTAINMENT」(Cotori・RUVR SOUL・Ayumi)が、オリジナリティあふれるスペシャルパフォーマンスで来客者を魅了した。

後期のVol.36(2011年)には、バーレスクダンサーの「MISS CABARETTA」「AQUA DOLCE」、そしてコンテンポラリーダンスユニット「nic」が登場。当時は東日本大震災後とあり、1部ではスーパーデラックスと東北芸工大が同時開催した「FUKUKOU LIVE 報告会」を開催。2部は、美しい女性ダンサー3組による、エロティックな表現を含めた力強い生命のパフォーマンスを、震災後だからこそ感動をもって堪能した。DJは、何度も当イベントを盛り上げてくれた盟邦カワムラユキだ。

そして、ダンスとは趣向が異なる回で、最も強烈な印象が残っているのは、Vol.33(2010年)「スナック永子 VS ボーカロイド」回。いつも素敵なドレス姿を披露してくれている我らがガールズが、初音ミクと巡音ルカの完コスでお客様をお出迎えする中、まずは人気ボカロPのキャプテンミライと音楽ライター四本淑三による「ボカロ映像セレクション」のスクリーニングを開催。ボーカロイドを知らない方々にも分かりやすいように、楽しめる作品をご紹介いただいた。

その後、「ボーカロイドによる音楽映像大革命」と題し、とても豪華なゲスト陣(キャプテンミライ、剣持秀紀(ヤマハ)、木野瀬友人(ニワンゴ)、齋藤久師、lena(galcid)、sasakure.UK、弘石雅和・木戸文祥(U/M/A/A Inc.)による座談会を敢行。木野瀬氏が制作してくださった「ボーカロイドの魅力を、音楽、映像、学術研究の視点から暴く」プレゼンシートを参照しながら様々な意見を聞く中、来客者の中には、ボーカロイドに批判的な意見をもつミュージシャンもいて、喧々諤々。熱い討論会が繰り広げられた。大幅に時間をオーバーしてセッションを終了。最後はsasakure.ukのDJが、緊迫感のあった会場を緩やかに和ませてくれた。

AR三兄弟がやって来た!スナックの拡張

常に、特異なテーマとゲストに恵まれたスナック永子だが、一際衝撃的に、新たな風を吹き込んでくれたのが、Vol.31(2010年)に初登場したAR三兄弟だ。その回では、まずは1部でARマーカーや技術についてのプレゼンテーションを行い、その技術を利用したパフォーマンスを2部で披露する予定だった。が、1部の途中でなんと本当のスナックと間違えた珍客がご来店!

通りすがりの泥酔おじさん、自称ジローさんが、通りすがりの天才こと川田十夢のプレゼン中のマイクロフォンをゲットし、大暴れ。この事件は後に「ごめんねジロー事件」として語り継がれることとなる。また、本当のスナックを巡業中の、2秒早脱ぎ芸人へらちょんぺさんも飛び込み営業に来てくれるという嬉しいハプニングにも恵まれた。

その後、「WE ARE THE WORLD」が鳴り響く会場にAR腹芸ユニット「hRAa japan」(川田十夢・新海岳人・佐藤ねじ)が登場!実は川田氏を紹介してくれたのが、何度かスナック永子に遊びに来ていた若手アニメーション作家、新海岳人だった。この夜は、腹にマーカーをペイントした3人が、腹から「hARa」を大量放出するパフォーマンスを披露。ならば女は乳首から「セクシービーム」を出す!最後には、ご来客のみなさま一丸となって、体のいろいろな所からビームを出しまくるというカオスで大団円を迎えた。

Vol.37(2011)では、AR「パンチdeデート」を敢行。様々なメディアや個性豊かなクリエイターが集って酒を酌み交わすスナック永子は、かねてより「異業種合コン」の異名をとっていた。が、この度改めて、仕事仲間や結婚相手等、様々な人材を募り、謎の「AR de デート」システムを介してお見合いするという前代未聞の企画を、AR三兄弟のお導きによって展開することと相成った。

ご来場者が携帯電話よりエントリーし、フィーリングカップル方式でカップル成立を目指すこのシステム。Omodaka(寺田創一)「Hietsuki BushiのMVをWhite Screenの山本加奈編集長に売り込みたい」、映像作家ショウダユキヒロ「オリジナルショートフィルム『Blind』に全財産をつぎ込んで金欠! 仕事募集」等の仕事ベースから、下ネタ込みのガチ恋愛フィーリングカップルまで、豪華なクリエイター陣が真顔で参加し、数組のカップルが見事に成立。その様子が、なぜか某ゴシップニュースサイトで記事になるという、拡張にもほどがある熱い展開となった。

Vol.38(2012)では、川田氏たっての希望により、東海テレビの5分短尺のアニメーション番組「かよえ!チュー学」(2011~2014)の監督・新海岳人に「先輩風を吹かせてやりたい」とのことで、同番組の声優をつとめる芸人さん(中西茂樹、那須晃行(なすなかにし)、片山祐介(元ヒカリゴケ))を従えて、新海氏がご登壇。

現在に至るまでの活動のプレゼン後、「かよチュー」のイラストを書き下ろしているJUN OSONや、声の出演者である芸人のみなさまをご紹介。そして謎の演目「AR大喜利」になだれこむものの、全員が声を揃えて放った一言。「大喜利やるなんて聞いてませんけれども!」。この大喜利は、来客者の座るテーブルに貼られたQRコードから、面白かった答えに投票できる参加型システム。AR三兄弟は、いつも不特定多数の人々を楽しませるための新しいエンターテインメントを提供してくれる。そのホスピタリティに敬意を表すると同時に、よくよく考えれば「結構なおおごと」で一緒に遊んでくれた労力に感謝したい。

マイペースな後期、集大成の最終回

後期はのんびり、マイペース。Vol.39は、友人が立て続けに本を出版したので、そのお祝いのトークライブを開催。映像作家の市村幸卯子は、東日本大震災後の日々を綴ったコラム「3/11 – TOKYO INTERRUPTED – 東京一時停止 -」をドイツで出版。友人で、いつの間にか山伏になっていた坂本大三郎は「山伏と僕」を、人気画家のKYOTAROは画集「天界トリップ」を出版。それぞれの作品をご紹介しながらトークした。

後半には人気作家の倉本美津留先生もご来店し、アコースティックライブを開催!そこにまさかの山伏、坂本大三郎のほら貝がジョインするという奇抜なセッションも行われた。深夜帯は、DJ Eric Limbo, VJ Gifany & Tifany + The Color Kidsがスウェーデンよりご来店。VJ素材のアニメーションも今回のために自作して来てくださった。

Vol.40「真夏のモーション祭」(2012)も大好きな回だった。スクリーニング&トークに参加してくださったのは、現代映像カルチャーの光、川村真司を筆頭とした若者たち(TYMOTEから井口皓太、村井智、やんツー。映像やデザイン表現も注目のロックバンド、快速東京から福田哲丸、一ノ瀬雄太。彼らと同世代の映像作家、大橋史、シミズタカハル)。

川村氏が当時32歳で、以下、平均年齢25歳。若い感性のみならず、プロフェッショナルなロジックを根拠とした、圧倒的なスキルが頼もしい面々によるセルフ作品解説。そこにDrawing and Manualの菱川勢一先生も乱入!菱川先生の教え子である井口氏、シミズ氏を驚かせるというサプライズも行われた。

Vol.41(2012)は7周年。この記念すべき日のご来店ゲストは、同年代で10年のキャリア(当時)をもつ児玉裕一と島田大介。2人とも日本のMVカルチャーには欠かせない開拓者であり、2000年代以降の映像クリエイティブを牽引して来た代表的な人物である。その2人の作品を過去よりスクリーニング。自ずと日本のMVの歴史を振り返る貴重な夜となった。

そして、2013年10月17日のVol.44「8周年」にて、我らがスナック永子は終焉を迎えた。やめた理由は、分かりやすくひとつではない。素晴らしいエンターテインメントをお届けし続けたい一方で、マネタイズがうまくいかず、維持できなかったこと。東日本大震災後に、映像との向き合い方や仕事の価値観に変化が生じ、これまで負ってきた荷物を一度降ろしたくなったこと。一旦休んで、気が向いたら再開するという選択肢もあったが、自分に何ができるのか、考える度に無力感、疲労感に苛まれ、その苦境を脱するためには、自分自身に自らの手で「終わり」を見せるパフォーマンスが必要であると考えた。

何より、我々は、やりきった。体を張って頑張った。目標通り、映像サロンとして機能し、多くの人々の交流を促した。早い時間に開店して、広い会場のど真ん中で、ひとりぼっちでビールを飲み続ける寂しい夜もあった。が、素晴らしい良縁に恵まれたおかげ様で、8年間も開催し続けることができたのだから、閉店は有終の美と捉えたい。

万感の思いと共に迎えた最終回には、ライブゲストとして、1980YEN(イチキュッパ)、OBSN Death(オバサンデァス)、Omodaka、ナマコプリが登場。DJはカワムラユキ、佐々木亨、澤井妙治、中根さや香(N・E・W)。VJは、井口皓太(TYMOTE)、Caviar(中村剛・田中裕介・志賀匠・ニコグラフィックス)、コトリフィルム(島田大介・鎌谷聡次郎)、清水康彦、菅原そうた、関和亮、tamdem、谷篤・田辺秀伸・浜根玲奈、長添雅嗣(N・E・W)。

錚々たるメンバーが最後の夜を彩ってくださった。最後の集合写真を撮影してくれたのは、人気写真家・正田真弘。映像作家ショウダユキヒロやAR三兄弟も映像作品やパフォーマンスとともに駆けつけてくれて、最良のエンディングを迎えた。

日本のMVの歴史

以上が「スナック永子」のあらましだ。他にも、素晴らしいゲストの方々が来てくださった。お客様もガールズも含めて、ご来店いただいたすべてのみなさまに改めて感謝したい。

このような経験をしているためか、MVを捉える自分の視点が「超近視的」であると感じる。ライターというからには、もっと俯瞰でMVカルチャー全体を論じたり、引いた目で歴史を精査したり、他者としての距離を冷静に保つ理性が肝要だが、当方は内側に入り込みすぎている感がある。特に2000年から、スナック永子を辞めた2013年頃までは、MVの制作者たちと活動をともにする機会が多々あり、集合の当事者としての主観と、ライターとしての客観の視点が混乱することがある。

そこで、一度自分が見てきた日本のMV史をこの場でまとめさせていただき、あらかた視点を整理した次の段階として、より広義に捉えた書籍「日本のMVの歴史」を執筆したいと考えた。全12回を終えた現在は、より深い主観でのエッセイ本に特化してしまうのもありかと思うが、編集者の方々のご意見も伺いながら良い形でまとめていきたい。

本コラムは、当初昨年内に連載を終わらせる予定だったのに、肝心の記憶が定かではなかったり、記録がなかったり、一身上の都合で見動きが取れなかったりと、諸事情あって大幅に更新が遅れてしまった。それでも待ってくださったPRONEWSさんに改めて感謝を申しあげたい。そして、読んでくださったみなさまも、誠にありがとうございました。いつか、書籍にて再びお目にかかれれば幸いです。

WRITER PROFILE

林永子

林永子

映像ライター、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。「スナック永子」やMV監督のストリーミングサイト等にて映像カルチャーを支援。