txt:渡辺健一 構成:編集部
マイクワークの基本は、これまでの連載でご理解いただけたと思う。そこで、今回は更なる音質向上のためにレコーダーの解説をしたい。
なぜ、フィールドレコーダーが必要なのか?
テレビはアナログミキサーが主流だった
プロの現場では、録音部(音声マン)が肩からミキサーやフィールドレコーダーを下げ、音の録音管理をしている。これが理想的というか、合理的なスタッフ構成になっている。テレビの世界では、アナログミキサーをいまだに使っているのだが、その辺りから解説しよう。
まず歴史的に言うと、テレビの現場では、音声マンは非常に高価なアナログミキサーを使っていた。4chで30~40万円ほど。このアナログミキサーはPROTECH社やシグマ社が主流で、特に国産メーカーであるPROTECH社の製品は、非常に多機能で人気があった。
PROTECH社のミキサーは、リミッターやローカットフィルター(風切り音の抑止などに使う)は当たり前として、各チャンネルごとにパラメトリック・イコライザーを搭載している。ちなみに、パラメトリック・イコライザーは、特定の周波数を上げたり下げたりができる音声フィルターで、上げ下げする中心周波数とその幅を自由に決められ、さらに、その周波数帯に対して、どの程度上げ下げするかというゲイン調整ができる。例えばエアコンの音に合わせて周波数と幅を決めて、そのゲインを下げればエアコンの音が軽減できるのだ。
特にテレビのニュースなどでは、MA作業(音の後処理)をすることなく、撮って出しでオンエアになることもあるので、音声マンは、現場でオンエアクオリティーの録音をしている。そのための機能がパラメトリック・イコライザーなどである。
現在でも、テレビ番組では、このアナログミキサーは使われており、現場で録音した音をそのまま使おうという気質が脈々と受け継がれている。かく言う小生も、その考え方である。後処理なしでそのまま使える音を録るということは、職人としての目標なのである。かつてのアナログミキサーはそのための機能が搭載されていたのだ。
デジタルレコーダーの登場で録音が進化した
写真や映像の世界では、デジタルカメラの登場や一眼レフカメラで動画が撮れる時代になり、さまざまな変化が起きた。音の世界はそこまで劇的ではないのだが、デジタルレコーダー(ICレコーダーの進化形)によって様子が変わったのは事実だ。
まず、前述のアナログミキサー(録音機能はない)は、テレビ番組では使われているものの、映画の世界ではデジタル式のフィールドレコーダー(バッテリー駆動の録音機)が使われている。カメラへ音声を送って映像と共に音も記録しつつ、フィールドレコーダーで音だけの記録もしている。
これは、もともとフィルム時代に、録音部がテープレコーダーに記録するのが当たり前だったためだ。そしてデジタルレコーダーの導入も早かった。また、映画では複数のマイクを別々の音ファイルとして残し、MA作業で使う。カメラへ送るミックス音では、最高の音にすることは難しいということもある。
映画業界へデジタル式のフィールドレコーダーが導入されていった背景を説明すると、ZOOM社やローランド社という音楽系の音響機器メーカーがフィールドレコーダーをデジタル化したのが10年ほど前だっただろう。これにより、録音機材が圧倒的に小さく軽くなった。
実は、音楽用レコーダーと映像用レコーダーは、使いたい機能がかなり違った。音楽用レコーダーには、前述のパラメトリック・イコライザーは搭載されていないし、もともと楽器などの大音量を録音するためにチューニングされているので、セリフのような小さな音を録ったり、リアルタイムにボリュームを調整するという考え方もなく、そもそもカメラと繋いで音を送るという考え方もなかった(ボリューム調整の基準信号すら出ない)。
ところが、小さく軽いICレコーダーの進化形のようなレコーダーが登場し、グラビアやアイドルイメージビデオで一気に導入が進んだ。小さくて軽いことのメリットが大きかったのだ。特にZOOM社のHシリーズはファンタム電源が使えるなど、映像分野でもギリギリ使えたのだ。その中でもH6は4chファンタム付XLR入力があり、オプションでさらに2ch(ファンタム無し)が追加できた。
ZOOM H6
一方、これらのデジタルレコーダーは、機能こそ貧弱ながら、音質においてはアナログミキサーを凌駕しており、どれだけボリュームを上げてもノイズがほとんど出ない。アナログミキサーはマイクボリュームを上げすぎるとサーというホワイトノイズが載ってくる。小さな音で録ってしまったものを編集で持ち上げても同様だ。それゆえ、適当に撮ってしまうと後処理にお金がかかったのだ。
デジタルレコーダーは非常にS/N比がよく、上記のような問題が起きにくい。それゆえ、レベルオーバーさえしなければ後処理でなんとかなるため、撮影時にボリューム調整なしに録音しても差し支えないという状況が広まったのだ。並行して、パソコン編集が手軽になり、音の後処理にお金がかからなくなったことも大きい。
音楽用音響機器メーカーから映像用レコーダーが登場した
音楽用レコーダーが映像現場で使われるようになって10年ほどが経ち、ZOOM社やローランド社から映像用レコーダーが発売された。ZOOM社のFシリーズなどだ。また、TASCAM社のような業務用(スタジオ用)音響機器メーカーも、映像用ミキサーやレコーダーを出し始める。その背景に一眼レフカメラの動画撮影が増えたこともある。
老舗のテレビ制作会社では、それでもいまだにアナログミキサーをカメラの直結というスタイルが残っているが、映画ではデジタル式フィールドレコーダーが主役で、マルチチャンネル(複数チャンネル)別ファイル収録が当たり前となっている。
ワンマンオペレートのビデオグラファーに、フィールドレコーダーは必要なのか?
さて、音声専用にスタッフを入れられる現場では、高機能なフィールドレコーダーを使うのは当然の流れなのだが、この連載の主役でもある、ワンマンオペレートのビデオグラファーに、高機能なフィールドレコーダーが必要なのだろうか?
広いダイナミックレンジがフリーオペレートを可能にする
ここでダイナミックレンジの話をしておこう。映像のダイナミックレンジ(ラチチュード)と同様に、音にもダイナミックレンジがあり、適正露出と同じような概念がある。まず、写真では、明るさに関して適正露出の場合、18%グレー(標準グレー)を中心にして、上下に何絞り分表現できるかと言うのがダイナミックレンジである。
ネガフィルムで標準グレーに露出を合わせた場合、上が6絞り、下が4絞り分まで記録できる。ポジフィルムは上下とも2絞り半というダイナミックレンジ(ラチチュード)。つまり、ポジフィルムはダイナミックレンジが狭く、絞りを間違えると白飛びや黒潰れの危険性がある。
一方、ネガフィルムが1絞り違っても映像が破綻しにくい。それゆえ、フィルム時代には「写ルンです」のような絞りもシャッタースピードも固定のカメラが、非常に良い写真を撮影することができた。
音でも同じで、ダイナミックレンジが広いレコーダーを使えば、「写ルンです」と同じように、マイクボリュームを固定したままでも、良質な音が記録できる。音のダイナミックレンジはdB(デシベル)で示されるが、アナログミキサーの場合はおよそ60dB程度(S/N比換算)。
一方のデジタルレコーダーの場合は127dB(ZOOM F6の場合)もある。直感しにくいので写真用語に置き換えると、1絞りが6dBなので、アナログミキサーと最新のデジタルミキサーでは10絞り(60dB)もダイナミックレンジが違うことになる。一方、カメラの音声入力のS/N比は公表されていないことが多い。筆者の経験で申せば、アナログミキサーと同程度だと思う。
もう少し具体的に言えば、カメラの音声入力に直接マイクを繋ぐ場合、ボリュームが大きすぎれば簡単にレベルオーバーするし、ボリュームが小さ過ぎると編集時に音を上げた時にサーというノイズが混じってくる。それゆえ、カメラに直接マイクを繋げて録音する場合には、メーターを凝視して、適切なマイクボリュームにする必要があるのだ。
一方、最新のデジタルレコーダーの場合は、レベルオーバーに関してはカメラの音声入力とあまり変わりないのだが、小さな音で録ったものにサーというノイズが乗りにくいので、ネガフィルムのように編集(現像)で救いやすい。ただし、デジタルミキサーのS/N比が良くても、マイクの性能が悪いとマイクのノイズが乗ってしまう。
通常、プロ用のマイクのS/N比は96dB程度あるので、デジタルミキサーとの組み合わせで、ノイズレスな音が録音しやすいのだ。言い換えると、デジタルミキサーと高性能なマイクを使って、やや低めに録音しておけば、編集でいい音を再現できる。具体的にはレベルメーターで-12dBを超えない程度に録音することだ。
また、そういったdB値で音声の露出(調整)を行うためにも、正確なメーターを搭載したデジタルミキサーを導入するべきである。ただし、低めに録音する場合には音の解像度が足りなくなる場合があるので、24bit録音を行うことで解像度不足を補える。
ちなみに音のdBの考え方は、レコーダーで録音できる最大音量を基準(0dB)として、-6dBというのは最大音量までの差が6dBという意味だ。マイナスが付いているのは最大音量より6dB低いという意味である。天井の低い部屋で飛び跳ねることを想像してもらうと、-6dB程度に録音するということは、ちょっと跳ね上がると簡単に天井にぶつかってしまう危険性があるということだ。-12dBで録音するというのは、天井までの余裕があるということになる。
無調整で良い音を録れるぞ!
ちょっと理屈っぽくなったので、具体的に解説すると、最新のデジタルレコーダーで48kHz24bit録音、マイクレベルは-12dBをピークにしておけば、音の大小は混じってしまうが、収録時に無調整でも、編集で非常に綺麗な音に仕上げることが可能だ。
ただし、環境音(エアコンや雑踏など)がある場所では録音は、マイク位置を最適化しなければ良い音にならない。これは本連載を頭からお読みいただけると良いだろう。無調整で録音して、後で仕上げるというのは、いわば、音の「写ルンです」である。
デジタルミキサーの高性能なリミッターも魅力的だ
編集後の最終仕上げの音量というのは、テレビ規格では会話を-12dB程度、YouTubeでは-6dB程度にする(正確にはラウドネス規定で調整する)。一瞬の大音量はこれよりも大きくても良いのだが、特にYouTubeでは音割れ(レベルオーバー)までの幅が6dBしかない(0dBで音割れ)。つまり、絞りでは1絞り分だ。写真に比べれば音は超ハイキー(全体に白っぽい写真)だということがわかる。
撮影現場では、編集時に音の調整をほとんどしないで使える音量を目指すのだが、そういう録音だと、すぐにレベルオーバーしてしまう。編集時にレベル調整せずにそのまま使える一方で、レベルオーバーの危険性をはらむということだ。
すぐに使える音を録る設定ではレベルオーバーの危険性が大きいのだが、そのレベルオーバーを避ける機能がリミッターだ。天井にぶつかっても音が壊れないようにする保護機能とも言える。実はカメラやレコーダーによってリミッターの性能が全く違う。一般的なカメラに搭載されているリミッターは簡易なもので、リミッターがかかった音(過大な音)は不自然になる。
一瞬であれば良いが、大声で喋り続ける場合にはかなり違和感が出てくる。アナログミキサー全盛時代には、高性能なリミッター専用機もあったくらいで、カメラのリミッターはあてにしない方が良い。
ところが、最新のデジタルレコーダーのリミッターは非常に優れていて、過大入力が入りっぱなしでも自然な音にしてくれる。ZOOMのFシリーズに搭載されているハイパーリミッターは、デジタル式の音の先読みを行なって過大入力を下げてくれるのだが、おそらく普通の人はリミッターがかかったどうか分からないと思う。
TASCAM社のDR-701Dに搭載されているリミッターは音全体を下げるのではなく、過大な周波数帯だけを下げることで自然な音を確保している。いずれにせよ、最新のデジタルレコーダーは、ダイナミックレンジやリミッターを活用して、過酷な映画などの現場(録音条件が悪い場所)でも破綻のない音の録音を可能にしてくれるのだ。
それでも綺麗に録音するのは難しい
さて、最新のデジタルレコーダーを使っても、実際に映画などの現場で最適な音を録音するのは非常に難しい。これはカメラが高画質になったからと言って、誰でも映画のような映像を撮れるわけではないのと同じだ。適切な機材を演出意図に応じてセッティングし、的確なマイクワークと録音レベルの調整が必要だ。
また、映画は音楽スタジオとは違って、音を録るには非常に悪条件だ。巷によくある録音の情報の多くは、スタジオエンジニアの録音技法をベースにしているものばかりだ。しかし、スタジオの常識は屋外では通じない。それをそのまま映画の現場に持ち込んでも、全く使えないケースが少なくない。映画の録音がそれだけ特殊であり、独特な技術を要するということだ。
この連載でも、基本的なマイクワークの話をしてきた。しかし、基本は基本であって、現場では様々な悪条件が渦巻いている。それを乗り越えるためには、最高の機材を使いこなすことが求められるのだと考えている。以上から、ワンマンオペレートで撮影と録音をする場合、音に関してはダイナミックレンジが広く、優秀なリミッターを搭載している最新式のデジタルレコーダーの導入をお勧めしたい。
次回は32bitフロート録音だ
次回は、32bitフロート録音の魅力と実践について解説したいと思う。実は、これこそ無調整で録音できる理想のレコーダーかもしれないのだ。この原稿を書いている翌日から、映画のロケがスタートする。そこで32bitフロート録音を導入してみる。その結果を踏まえて、解説していきたいと思う。