映像クリエイターが知るべき録音術

txt:渡辺健一 構成:編集部

昨年登場したZOOM F6、そして2020年12月に出たのがZOOM F2(F2-BT)。32bitフロート録音というこれまでにないダイナミックレンジを持ったレコーダーだが、実際に映画撮影などでどのように使われ、何がもたらされるのかをレポートしたい。

32bitフロート録音とは何か?

まず、32bitフロート録音とは何かを解説したい。詳細に関しては「ZOOMの開発者へのインタビュー」で解説しているので、そちらをご参照いただきたい。ここでは運用面の側からレポートすることにしよう。

32bitフロート録音だが、単純にいうと、これまでの24bitリニアが持つ理論上のダイナミックレンジ(聞き取れない最小の音圧から収められる最大音圧の幅)の144dBを超えるレンジを持つ。しかし、ダイナミックレンジの持ち方がこれまでのリニアとは全く違う。ここが画期的なのだ。

人間の耳が許容するダイナミックレンジが130dB程度とされていることから、これまでは24bitフロートで十分だとされてきた。ただし、これは音を再生する時のレンジのことだ。写真を思い出してもらうと、自然界の光のレンジは、カメラが記録できるレンジよりも圧倒的に広く、露出機能を使ってその中の一部分を切り出している。

音も同じく、自然界にある音は、人間の耳で聞き取れるレンジを超えている。ただ、光と違って大きな音の側に広がっているというよりも、小さな音の側へレンジが広い。具体的に言えば、昆虫のアリの足音も出ているはずだが、人間の耳には聞こえない。

また、小さな音の方が高い解像度で分解しないと正しく記録できないということもある。写真でも、微生物を撮影しようと思ったら、顕微鏡のような高倍率のレンズが必要になる。音も同じで、小さな音を正しく記録するためには、高倍率のマイクアンプが必要になる。拡大することでそれを細かく分解可能になるのだ。

つまり、自然界の音を正しくいっぺんに録音しようとしたら、大きな音は低倍率のマイクアンプ、小さな音は高倍率なアンプが必要だということになる。24bitリニア録音では、大きな音と小さな音はマイクアンプのゲインを変えて録り分けていた。これは写真の世界の露出と同じだ。

そこで登場したのが、ZOOM社のデュアルADコンバーター&32bitフロート録音の技術である。これは、写真でいうところの露出を必要としない技術だ。大きな音も小さな音も、そのまま全て無加工で記録する。

F6とF2(F2-BT)には、2つの違う倍率の固定マイクプリアンプと、その各々に高精度なデルタシグマ式ADコンバーターを用意して、全く違う大きさの音を32bitフロートという広大なダイナミックレンジのデジタル空間に納めている。写真で言えば、標準レンズと顕微鏡を同居させて、使いたい部分を簡単に取り出せるようにデジタルデータとして格納してあると考えるといいだろう。

デジタル音声における32bitフロートというのは、24bitの音声データを256個の別のエリアに格納できる技術だ。これを使って、上記の倍率が全く違う高性能アンプを通した音声データを効率よく格納している。別の言い方をすれば、理論的には24bit×256段階のダイナミックレンジとして考えることもできるのだが、大きな音の24bitデータと小さな音の24bitデータを独自技術で合成し、広いダイナミックレンジの空間のどこにでも配置することができる。

難しい話は別にして、実際には、マイクから入った音を固定ゲインのままでデータ化して、マイクゲインやフェーダー値も、デジタルデータとして保持している。つまり、アナログのゲイン調整機能が排除されているのだ。ゲイン調整を行うと、ゲインを上げるためにアンプから電気ノイズ(サーという音)が出て、これが小さな音の音質を下げる原因になる。

そのノイズ発生源を極小にしたのがデュアルADコンバーター周辺の技術で、-120dBを超える低ノイズで記録して、音量を上げる場合にはデジタル処理で音声信号のみを大きくすることができる。つまり、小さな音を大きくしても電気ノイズが浮かび上がらないのだ。

直感的な話をすると、これまでのゲイン調整可能なマイクプリアンプは性能の悪いズームレンズみたいなもので、固定ゲインのプリアンプは、超高価な短焦点レンズだと思っていただくといいだろう。高性能な単焦点だからこそ、低ノイズ高音質になるのだ。

その一方で、内部は24bit収録を多段階にしているだけなので、実際の音質は24bitリニアと同じだ。違うのは、録音されたデータは24bitリニアの音質のまま、自由自在にゲイン調整が可能だということ。ゲイン調整で音質が変わることがないのだ。極端な話、録音された音を200dBゲインアップしてもデータは壊れない。

ただし、それを再生できる機械はないので、音をスピーカーから出すときに割れてしまう。実用的な話では、全く波形にならないような小さな音を編集アプリで48dBも上げても全く破綻しないし、音質は事前にゲイン調整したのと同じクオリティーである。

実際の運営方法は非常にシンプル。メーターを見る必要もない!

理屈は別にして、現場での録音についてレポートしよう。使ったのはZOOM F6である。F6は6chのマルチレコーダーで、6個のXLR入力は全てファンタム対応しており、標準的なフィールドレコーダーである。

録音がメインではないビデオグラファーさん向けに解説すると、実は、F6の音量調整ノブは、どの位置であっても、ちゃんと録音することができる。ただ、F6の場合はノブを絞り込むとトラックのオンオフスイッチになっているので、トラックのスイッチがオンになっていれば、ノブはどこでもいい。絞り過ぎるとヘッドホンで聞こえないので、時計の針で2時くらいにしておけばヘッドホンで聞こえるし、メーターも適当に振ってくれるので安心だ。

仮に、急に囁き声になってメーターがまったく振れないような場面でも、音声データはきちんと記録されているので、編集で持ち上げればちゃんと聞こえてくる。ただし、マイクが遠ければ環境音が増えるのでクリアな音にはならないのは録音の基本なので、その辺りは本連載を読み直していただきたい。

プロの録音技師さんのために追記しておくと、トリムとフェーダーは同じノブで調整できるようになっている。スタンバイ時にはトリム(マイクゲイン)、録画中はフェーダーとして動作するので、慣れると使いやすい。

現場で整音するつもりでフェーダーコントロールをしようと思い、演技が始まる前にフェーダーをゼロにするつもりでノブを下げてしまうと、録音中にはマイクゲインがマイナス無限大なので、トラックの音量メーターは全く動かなくなる。録画中にノブを回すとフェーダーが上がり、LRのミックスのメーターだけが動き出す。

ただし、前述のように内部では32bitフロート記録になっているので、各トラックともトリムがマイナス無限大でも音は記録されている。編集で持ち上げるとまるでゲイン調整を正しくやったような波形が出てくるのだ。

現場はどのような状況か

今回は映画の現場でF6を32bitフロートで使ったわけだが、これまでと違う部分を紹介しておく。カメラとレコーダーはセパレートで、カチンコによる編集での同期を行う現場だった。ちなみにF6は、各チャンネルは32bitフロート、LRミックスだけ24bitという記録も可能だが、今回はオール32bitフロートにした。

32bitフロートモードにすると、レベルメーターの表示が変わる。0dB以上の+6dBの目盛り表示になるのだ。つまり、レンジは上へ広がっていることがわかる。しかし、たったの6dBだ。32bitフロートなので本来はもっと上まで記録できるのだが、実際には音声入力回路の上限があり、それを便宜上+6dBとしているようだ。ちなみにマイクを手で叩くと「記録不能な音が入りました」という警告が出る。これはデジタル化する前に、マイクプリアンプの上限に達したという意味だ。

LINE出力メーターは、これまで通りに0dBが最大値だ(つまり24bitリニア)。入力で0dBを超えた場合、各チャンネルは正常表示だが、LINE出力メーターには音が割れたことを示すクリップ表示が点灯する。ただ、クリップ表示が出ていても、各チャンネルやLRミックスがクリップされていなければ、保存されるデータはレベルオーバーにはなっていない。

もう一度32bitフロート録音に関してメーター表示側から解説すると、32bitフロートの場合、レベルメーターのdB表示は相対的な物差しであって、数字自体にはあまり意味がない。壁に定規を当てていることを想像してもらうといいかもしれない。

録音された音全体が壁の高さだとすると、小さな定規を当てているようなものだ。物差しを下のほうに置けば小さな音を測っていることになるし、上の方に置けば大きな音を測っていることになる。このようにF6のメーターは、標高を測るような絶対的な定規ではなく、上下にずらしながら、定規が当たっている高さ(音の大きさ)を表示しているだけなのだ。ゲインやフェーダーは、その物差しを上げ下げしているだけだ。

ただし、フェーダーは、LINE出力(もしくは24bitリニア収録)の切り出し範囲になっている。これは写真の露出と同じ考え方である。

F6はハンドフリー運用も可能だが、時代が追いつくか?

撮影時には、前述のように仕様上はノブ(ゲイン)は調整不要(ゲインを変えてもデータは変わらない)なのだが、実際には編集マンが誰になるかわからない。32bitフロートのまま渡すことになるから、波形だけ見るとまったく音が入っていないように見えたり、0dbを超えるレベルオーバーに見えたりするのだ。

32bitフロートでの編集経験がない人に編集を任せる場合には、少なくともメーターが半分あたりの目盛を行き来するくらいにノブを上げておく方がいい。編集アプリで波形が見えるからだ。今回は編集担当者が現場にいたので、その旨を説明しておいたが、やはりレベル調整はまめに行った。本当は不要なのだが。

一方、カメラにケーブル接続する場合はどうか。F6の音声出力、つまり、LINE端子(マイクレベルにも設定可能)とヘッドホン端子は24bitリニアのレンジになっている。32bitフロートを24bitリニアに変換して出力しているので、0dBを超える音は割れてしまうし、メーターが動かないレベルの小さな音は、カメラ側のS/N比に影響されて音質が劣化してしまう。

では、ケーブル接続の時にはどうするのか。この場合には、まめにノブを調整して、これまでと同じように-12dBをピークにするようにゲインとフェーダーの調整が必要になる。これまでのミキサーと同じ使い方をすれば良いのだ。各チャンネルは32bitフロートで記録できるので、MA時にデータを差し替えることで32bitフロートの恩恵を受けることができる。

撮影時の最適な使い方は?

いくつかの現場をF6で録音してきたのと、メーカー開発者との対談で分かった最適な使い方を紹介しよう。まだそれほどの数をこなしていないので、暫定的な使い方だと考えいただきたい。

まず、ゲイン調整だが、マイクを叩いた時の過大入力(警告が出る寸前)がメーター表示の+6dBになるようにゲインを合わせておけば、電気的なレベルオーバーを回避しやすくない。もしくは、マイクによってはマイクの最大入力音圧とF6のレベルメーターを一致させることも可能だろう。

これで本当の意味でのレベルオーバーにならないが、実際これはまったく意味がない。単なる安心感だけだ。マイクの過大入力は、大爆発を撮影するなどという極端な撮影くらいのもので、通常はマイクをぶつける以外ではあり得ない。

通常の設定は、ノブを時計の針で2時くらい(+30dB程度)にしておけば、メーターが適当に振れるので見ていて安心だ。その状態でヘッドホンボリュームを聴きやすいレベルにしておけばいいだろう。ただし、映画などの録音では、環境ノイズの観測が非常に重要になるので、耳でノイズが聞き分けられる程度の音量にしておくといい。

ポイントは、ヘッドホンから音が聞こえていれば、ちゃんと録音されるということだ。ノブの調整はまったく関係ない。

32bitフロートは、主要な動画編集アプリは全て対応している

実際に録音した音声データはどう編集すればいいのか。答えは非常にシンプルで、これまでの音声ファイルとまったく同じ扱いでいい。表示される波形がこれまでよりも極端に小さかったり大きかったりするだけである。

編集時には、これまで通りに聴きやすいレベル(テレビなら+12dB程度、ネットなら+6dB程度)になるようにゲイン調整する。実際には、Premiere ProやAdobe Audition、Final Cut Pro Xの「ラウドネス調整エフェクト」やノーマライズを行うだけでいい。

ノブ2時設定でフリーハンドが良い結果をもたらす

いくつかの現場をこなし、整音作業もいくつか行った現場で言えることは、撮影現場で無理して音量調整をせずに、編集アプリで音量調整した方が楽だし結果がいいということ。現場ではマイクワークだけに専念して音質アップを目指すべきだろう。

まだ、劇場映画クラスの作品でMAをやっていないので、本当の意味での性能や音質に関しては、MAを行った後にまたレポートしたい。おそらく2021年2月くらいになると思う。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。