Vol.01 ハリウッドのVFXアーティストとは?[鍋潤太郎のハリウッドVFX便り]

フィルムのリールが並ぶと「ハリウッド感」が醸し出され、なかなか壮観である。デジタルになると、便利な反面、プロップ等をこうした展示物に活用できなくなるのが難点か(筆者撮影)

はじめに

さて、今回から新連載のスタートである。

この新連載では、専門用語満載の難しいお話をするのでなく、どちらかと言えば

  • VFXファン、学生の方など
  • 映画やドラマのVFXに興味がある
  • 専門用語等にはあまり詳しくないが、簡単な知識は持ち合わせている

そんな読者層の皆様を対象に、楽しくお届けできればと考えている。

VFXのお仕事とは

さて、「VFXのお仕事」というものを一般の方に正しく理解していただくのはなかなか大変である。筆者がハリウッドの日本人VFXアーティストの方々と呑んでいると、

「身内に"自分が何をしているのか"を正しく理解してもらうのは、意外と難しいんですよね~」

なんて話を耳にする。

例えば:

  • 故郷にいる両親は、自分が海外で「映画の編集?をしている」と思い込んでいる
  • 田舎のじいちゃん、ばあちゃんにいたっては、まるで理解されていない
  • 兄弟姉妹からは、「音響効果?をやってるらしい」ということに落ち着いていたりする

身内ですらそんな状況だから(笑)、これを一般の人に正しくお伝えするのは至難の技であろう。

しかしながら、新連載の第1回はVFXというお仕事について、そこはかとなく書き綴ってみたいと思ふ。

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ハリウッドにて(筆者撮影)

VFXとは何か

映画好きの方なら、VFXという言葉を一度は耳にされたことがあるだろう。VFXとはビジュアルエフェクツ(Visual Effects)の略で、日本語で言うところの視覚効果を意味する。

では視覚効果とは何か?

これは、言ってみれば「撮影された映像には映っていない要素を後から追加し、よりストーリーに説得力を持たせるための効果」ということになる。よって、ストーリーテリングの助けとなることが最も重要なポイントである。

後から追加する作業なので、広義ではポストプロダクションの一部という位置づけで捉えられるケースが多い。

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9月3日夜、ハリウッド・ボウルで開催されたジョン・ウィリアムズのコンサートにて。名曲「帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」に合わせて、ライトセーバーを振る2万人の大観衆。視覚効果が生み出した影響の大きさが伝わってくる1枚である(筆者撮影)

特撮とは何が違うのか

特撮とは、文字通り「特殊な撮影」のことである(笑)。そのショットで必要とされる要素を様々なトリックを駆使して、「撮影する時に映像に収めてしまう」のが特撮である。

例えば日本の伝統的な特撮映画では、

  • アクション俳優が着ぐるみを着て
  • ミニチュアの建物を壊し
  • それをハイスピードカメラで撮影する
  • 再生時には通常の24コマ/秒で再生する

するとスローモーションが掛かり、着ぐるみのアクションやビルの破壊がよりスケール感のある映像に仕上がる。もし、この上に光線や爆炎などを後処理で合成した場合、その箇所は「VFX/視覚効果」に該当する。

SFXとは何が違うのか

では、SFXとは何が違うのだろうか。

実は80~90年代、視覚効果全般は「SFX(Special Effects)=特殊効果」と呼ばれていた。これを裏付ける事例として、1996年にはハリウッド映画のSFXを紹介するIMAXのドキュメンタリー映画「Special Effects:Anything Can Happen」がIMAXシアターで公開されている。

90年代から視覚効果の技術がデジタルへと移行していき、2000年代に入ってから徐々に「VFX(Visual Effects)」と呼ばれるようになった。そのため、SFXという3文字は近年では見掛けなくなったものの、「Special Effects」というジョブタイトル自体は今でも映画のエンドクレジットに残っている。

現在では、「撮影時にカメラに収める特殊効果」のことを「Special Effects」と呼んでいる。これには、ドライアイスによるフォグ、上から水を撒いての雨、火薬による爆発、実物大モデルの破壊、パペットやミニチュア操演などが含まれる。

並行して、英語圏では「プラクティカルエフェクト(Practical Effect)」と呼ばれることも多い。プラクティカルとは、実際に行ったり、実在したり、という意味合いを持つ言葉である。メイキング講演などで、「このショットはミニチュアを破壊して撮影し、Practical Effectで作りました」のような使われ方をする。

※余談だが、フィルム時代のSFX合成ではブルースクリーンが主流だったが、デジタル時代のVFX合成ではグリーンスクリーンによる撮影素材が増えたことも、ある意味で「違い」の1つと言えるかもしれない。もっとも、ブルースクリーンは撮影対象の色によっては現在でも併用されているが、グリーンスクリーンの方が使用頻度は高い。

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グリーンスクリーンが張り巡らされた、LAの撮影スタジオ(筆者撮影)

「VFXは、ボタンを押すだけで、誰にでも簡単に映像ができちゃう」のは本当か

巷で聞く都市伝説に、「VFXはボタンを押すだけで誰にでも簡単に映像ができちゃう」というのがある。筆者も、「コンピューターを使っているんだから、いとも簡単にできちゃうんでしょ?」と知り合いから聞かれたことがある。

これは、とんでも8分歩いて10分(なんだそれ)で、大きな誤解である。大変なのよ、VFXを作るのって(笑)。

VFXの作業というものは、高度な専門知識やアートの技量を持つ大勢の専門家が集まり、何もないゼロの状態からコンピューター上である意味「手作業」でコツコツと地道に作り上げていく作業なのだ。

その作業には、ハリウッド映画の場合半年から1年以上掛かる、大変な忍耐を必要とする仕事でもある。

VFXアーティストは、実際どんな作業をしているのか

VFXアーティストは、「ハリウッド映画の仕事をしている」と言っても、あまり華やかさはない。我々VFX屋は基本、オフィスワーカーである。

現場のVFXアーティストは、撮影現場へ行くこともなければ俳優さんや監督さんと会うこともない。もちろん、勤務するスタジオや作品によって多少異なるが、基本そういった機会はほとんどない。

撮影スタジオでの立会いは、オンセットスーパーバイザーだけが出向き、監督さんとのやりとりも各部門のスーパーバイザーが行い、監督さんからのコメントやノートは同じチームのコーディネーターを介して各アーティストに届く。

つまり、普通のオフィスに出勤し、そこには机とコンピューターが置かれ、そこにログインして淡々と作業を行う。

VFXスタジオによっては、映画スタジオの中にオフィスがあってハリウッド感を満喫できる会社やオフィススペースをファンシーにデコレートしている会社もあるが、大概のスタジオはごくごく普通のオフィスビルを賃貸し、地味に作業をしている場合が多い。

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VFXスタジオにおけるワークスペースの典型。このように大変地味で殺風景である。アーティスト各人が壁に絵を飾ったり、アクションフィギュアを持ち込んで並べたりして、自分でデコレーションする場合が多い(筆者撮影)

近年はコロナの影響もあってリモートワークが発達しているので、そのうちハリウッドのVFXスタジオの見学に行ったら、ごく普通のアパートの一室に通され「ここでハリウッド映画の制作が行われています」という説明を受けるなんて日が来ないとも限らないかもしれない。

さて、続いてワークフローについて言及してみよう。映画のVFXのワークフローはある意味、高層ビルの建設工事や車の生産ラインに似ている部分がある。

まず、作業が膨大過ぎて1人ではできない。大人数で力を合わせ、少しずつ作り上げていく。故にお金も時間も掛かる。

その作業は、細かく分業化されている。これを「分業制」と呼ぶ。それぞれの分野のスペシャリストが自分の専門分野の作業を流れ作業で進めていく。この流れ作業は、車の生産ラインのように上流から下流へと繋がり、これを「プロダクションパイプライン」と呼ぶ。

こちらのイラストは、アンディ・ビーン氏が著書「3D Animation Essentials」の中で紹介したプロダクションパイプラインの説明図である。大変わかりやすいので、アンディ・ビーン氏からご承諾を頂いた上で、ここに引用させていただいた。

3D Animation Essentials 1st Edition
by Andy Beane(Author)

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書籍「3D Animation Essentials」/アンディ・ビーン著 に掲載されている、プロダクションパイプラインの説明図より引用
Image Courtesy:Andy Beane

このように上流から下流へと作業が流れ、1つのショットが完成していく。おわかりのように、1ショットを完成させるためには何十人ものアーティストが関わり、VFXを仕上げていくのである。

なぜVFXにはお金が掛かるのか

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こうして並べてみると見栄えは良いが、1ドル札が10枚なので、日本円で千円くらいの貨幣価値である(筆者撮影)

ハリウッド映画のエフェクトヘビーな大作映画で「VFX予算が膨大だった」というような後日談は、皆様も耳にされたことがあると思う。

なぜVFXにはお金が掛かるのだろうか。

特に映画の場合、VFXの作業には数百人規模、多い時で千人規模のクルーが参加することも少なくない。ちなみに、ハリウッドのVFXアーティストの給与は、月給ではなく時給で設定される。そして、映画の各VFXショットの見積もりは「人件費が週にいくら掛かったか」をベースに弾き出される場合が多い。

筆者が過去に勤務していたスタジオで「VFXクルーの週あたりの人件費は平均で2,000ドルくらい」という説明を受けたことがあった。もちろんスタジオや勤務地などによって多少の幅はあるにせよ、なかなか現実的な数字ではないかと思う。

この額はあくまでも平均なので、週1,000ドルの人もいれば、週3,000ドルの人もいる訳だ。これは週40時間勤務を前提に、[時給×40時間]で算出されている。

例えば、やや複雑なVFXショットで1ショットに40人のクルーが携わり、各人員が5日間(1週間)ずつ残業なしでこのショットに費やしてタイムカードに打刻した場合、そのショットは人件費だけで80,000ドル掛かる計算になる。そして、もし同等規模のショットが300ショットあった場合、その人件費は24,000,000ドルということになる。これは、便宜上1ドル100円で換算すると約24億円に相当する。

これプラス、スタジオの利益、クルーの残業代(予め算出して予算に含めておく)、オフィスの賃貸料、非生産部門のコスト、電気代、水道代、マシン代、毎週水曜日に配給されるドーナツ代、スタジオによっては夏場にたま~に配給されるアイスクリーム代、キッチンに置かれているお菓子代や冷蔵庫の奥に隠してある謎の名酒のボトル(笑)など、諸々が追加され、制作予算が算出される。

もちろん上記は一例であり、煩雑度の低いショットが多ければコストは下がり、超複雑なショットが多ければコストが跳ね上がる。また、ドーナツではなくベーグルが配給されるスタジオもあり、水曜ではなく金曜日に配給が行われるスタジオもある。

このようにVFXの作業には、ある程度のお金が掛かる訳である。

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毎週水曜日もしくは金曜日の朝には、ドーナツやベーグルの配給が行われるスタジオ多し♪(筆者撮影)

おわりに

新連載の第1回、いかがだったであろうか。VFXに興味をお持ちの皆様に、少しでもご参考になれば幸いである。

次号では「VFXアーティストになるために必要なこととは?」をお届けする予定である。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。