新連載の第2回は、「VFXアーティストになるために必要なこととは?」についてご紹介させていただこう。
…しかしながら、このテーマに沿った画像をご用意することは極めて困難であるため、ここではロサンゼルスのクリスマスの風景をお楽しみいただきながらお届けすることにしよう。
※記事の末尾には、読者の方からのご質問に対する回答も載せてみたので、そちらも併せてお楽しみいただければと思う。
まずその前に
まずその前に、我々VFX屋のジョブタイトル(肩書き)について、少しだけ言及しておきたい。これについては、過去の連載でも取り上げたことがあるので、ご興味をお持ちの方は是非コチラの記事をお読みいただければと思う。
英語圏のVFX業界では「デザイナー」や「クリエイター」ではなく、「アーティスト」という呼び名をジョブタイトルに使用するのが一般的だ。
特に、日本の現場で使用されている「クリエイター」という肩書きは、職種によっては意図せず誤った使い方をしてしまっている可能性もある。このあたりは、英語を母国語としない我々日本人にとっては、なかなか難しい課題であろう。
そこで、VFX業界においては、下記の2つをうまく使い分けると、英語が本来持つ意味を活かしつつ、誤使用を回避することができるかもしれない。
クリエイター:
原作、オリジナル・ストーリー、オリジナル・キャラクターを創造する人、真新しい映像技術やスタイルを開拓&開発している先駆者的な人、など
アーティスト:
所属先やクライアントの求めるストーリーテリングやコンセプトに沿って、ご自身が持つアートやテクニカルなスキルセットを駆使して映像制作に携わる人
海外就活向けにレジュメ(履歴書)を準備する際は、現在日本で使用している肩書きを英語圏で使用されているジョブタイトルにうまく置き換えて記述した方が、リクルーターの混乱や誤解などを未然に防ぐことができるので、オススメである。
成功へのキャリアパス Z to A
さて、ここからが本題である。
ハリウッドのVFX業界やアニメーション業界、そしてゲーム業界に入るためには、「これが正解」というキャリアパスが存在する訳ではない。実際に働いておられる方のバックグラウンドも様々である。
業界内の知り合いの中には変わった例も少なくなく、本業はロックンローラーとプロレスラーで合間にVFXをやっている人、プロジェクト契約で仕事をして合間にはヘリコプターのパイロットとして空を飛んでいる人、プロジェクトの合間に軍隊で訓練を受けている人など、本当にいろいろな人生があるものである。
しかしながら、そんな中にも共通項がある。ここでは、その共通項をベースに、お話を進めていきたい。
さて、通常こういったお話の記事では、スタートからゴールへという時間軸に沿ってご紹介する事例が多いと思うが、本欄では、あえてゴールからスタートへと遡ってみることで、どのようにしてキャリアパスがステップアップしていったのか、そのヒストリーを辿ってみることにしよう。
ゴール:エンドクレジットに自分の名前が!
自分が初めて担当した映画やテレビ作品の、エンドクレジットに自分の名前が!!特に、映画館の大スクリーンで自分の名前を見るのは特別の感慨がある。これまでの苦労や努力が本当に報われる瞬間でもあり、頑張ってここまで辿り着いた自分を褒めてあげたい気持ちになる。涙なくしては語れない、本当に感動的な瞬間である。
プロジェクトが完了
長きに渡ったプロジェクトも、自分にアサインされた最後のタスクが終了すると、サインオフ(任務完了)となる。スタジオやプロジェクトによっては、タイミングをみてラップパーティ(完成パーティ)が実施されることもある。
数カ月に及ぶVFX作業
映画やテレビ作品のプロジェクトは、その作業期間は数カ月以上に及ぶ。大規模な作品だと1年近くを費やすケースもある。前半は残業なしで作業が進んでいくが、締め切りが近づくにつれ残業や週末出勤が増えていく。残業代が支給されるので、その分収入は増えるが、拘束時間が長くなる。健康管理をしつつ、進めていく。
タスクのアサイン
リードやコーディネーターから、タスクがアサインされる。それぞれのタスクには内部締め切り日が決まっているので、それを守りながら担当ショットのクオリティを高めていく。日々のデイリー試写でコメントが出たら、それを修正してまた翌日のデイリーで見せてチェックを受ける。このルーチンを、OKが出るまで繰り返していく。
プロジェクトへのアサイン
いよいよ、どの作品にアサインされるかが決まる。面接の段階から特定の作品に入ることが決まっている場合もあれば、多数の作品が同時進行しており、入社してから担当作品が決まることもある。
新人研修
多くのスタジオでは新人研修の期間が1週間程度、設けられている。ここでは、パイプライン研修、社内ツール研修など、各スタジオ独自のワークフローを理解し、実際にショットがアサインされた時にスムースに作業できるようトレーニングが行われる。多くの場合、メンター(指導者)がついて、パイプラインやワークフローを理解していく。特にパイプラインはもう訳わかんないことも多く、慣れるまでには1カ月以上を要するものである。
初日
憧れのVFXスタジオに入社♫、その第1日目である。初日はペーパーワークなどに費やすことが多い。HR(人事)や所得税関係の書類記入、ログイン・パスワードの設定、各種書類へのサインなど。そして会社の概要説明、社内見学など。あと、トイレの場所の把握、そしてそのトイレが万が一清掃中だった場合に備えて非常用トイレの場所を把握しておくことも、生き残っていくためには重要なポイントである(なんだそれ)。
渡航(リモート契約の場合は、この項目が割愛される)
いよいよ、勤務先のスタジオがある国へ渡航する。入国の際には入国審査官に就労ビザを見せて入国する。到着後2週間くらいは、勤務先がホテルや宿を用意してくれる場合が多い。その後、自分でアパートを契約して生活していく準備をする。
就労ビザの手続き(リモート契約の場合は、この項目が割愛される)
契約が成立すると、いよいよ渡航に向けて就労ビザの準備および手続きが始まる。勤務する国によって手続き方法は大きく異なる。HR(人事部)の指示に従いながら進めていくことになる。
※就労ビザについては長くなるので、ここでは詳細を省略させて頂くが、詳しく知りたい方は書籍「ハリウッドVFX業界就職の手引き 2023年度版」をご参考あれ。
オファーを受ける
採用が決まると、オファーレターが届く。そこには、待遇や勤務開始日、契約期間などが記されている。内容をよく読んで内容を把握すること。オファーレターにサインをして送り返せば、契約成立となる。
面接を受ける
デモリール審査、書類審査を通過すると、面接を受ける。近年はZoom面接が多く、リクルーター、スーパーバイザー、リード・アーティスト等複数の面接官と顔を合わせながら面接は進行していく。面接の結果は、2週間くらいで通知される場合が多い。
※面接の詳細や対策については、長くなるのでここでは省略するが、詳しく知りたい方はコチラを。
応募する
憧れのスタジオが募集を掛けているのを見つけたら、すかさず応募すべし。すべては、ここから始まる。
デモリールを準備する
ハリウッドでの就活は、デモリールが全てである。キャリアをスタートする最初の取っ掛かりはデモリール審査を突破することにある。
※デモリールの詳細については、長くなるのでここでは省略するが、詳しく知りたい方はコチラを。
情報収集をする
どのスタジオが募集を掛けているか、いつ頃から募集が行われそうか、などを日頃からリサーチしておく。リサーチを重ねていくと、除々に情報収集能力が研ぎ澄まされていくものである。
自分の目標を絞る
目標を定めておくのは非常に重要である。ジェネラリスト or スペシャリスト?スペシャリストの場合は、自分が何のスペシャリストになりたいか?をある程度絞っておくことが大切だ。また、自分はゲーム、VR/AR、CM、映画のVFX、アニメーション等どのジャンルに進みたいか?も方向性を定めておく。それによっても応募先は変わってくる。
DCCツールの習得
VFX業界に入るには、まずDCC(digital content creation)ツールを習得しなければならない。これは、オーケストラに入りたければ楽器が高度に演奏できないといけないのと同じである。ハリウッドで要求される主要DCCツールは、Maya・Houdini・Nuke(注:VFXスタジオによって多少異なる)などで、最近はUnrealのニーズも増えてきている。
本欄の関連記事(特にUnrealのニーズに関する記述は要チェックである):
アートのスキルを磨く
VFXやアニメーションで優れた結果を出すためには、アートのスキルを磨いておくことが不可欠と言える。これは、オーケストラでは音楽を理解していないと合奏が成り立たないのと同じである。並行してPythonなどのスクリプト言語の基礎や、Linuxの知識なども勉強しておくと後々助けになる。
作品を見て、VFXやアニメーションに興味を持つ
子供の頃や、中高生の頃に観たハリウッド映画に影響を受けてこの業界に入ったという人は多い。業界でレジェンドと言われている人も、映画館で日本の「ゴジラ」(1954)を観てショックを受けたり、多大な影響を受けたという話はよく耳にする。これは、映画に限った話ではなく、テレビやゲーム、VR/ARなども同じであろう。まずは興味を持つことが、その第1歩である。
スタート:映像表現へのあこがれ
映像表現への憧れやパッション、「この仕事が好き」、「やってみたい」と思う情熱や気持ちが大切である。それが後に、作業が追い込みで疲れた時や、技術的に困難な作業の時であっても、それがモチベーションへと繋がり、良い結果へと繋がっていく。「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるが、この世界では非常に大切である。
以上、「VFXアーティストになるために必要なこととは?」を時間軸を遡ってご説明してみたが、皆様のご参考になれば幸いである。
もし何かご質問があればinfo@pronews.jpまでお寄せいただければ、可能な範囲で鋭意お答えしていければと思う。
また、将来海外のVFX業界で働いてみたいと思う方は、前述の書籍「ハリウッドVFX業界就職の手引き 2023年度版」を参考にされたし。
次号の連載第3回は「VFX最新トレンド」についてお届けする予定である。
おまけ:読者の方の質問にお答え
新連載第1回を読まれた読者の方からご質問が届いたので、この場を利用してお答えさせていただくことにしよう。
質問1:
可能でしたら、最後のセクションでの「1ショット」とは、具体的にどれくらいの尺(長さ)のことを言っているのか分かれば、参考になります。
質問2:
「シークエンス」って何でしょうか?
回答:
この2つのご質問は密接に関連することも多いので、一緒にお答えさせていただくことにしよう。
まずは「シークエンス」から。
劇中で、同じ場所やシチュエーションで多数のショットが続く場合、その関連ショットをまとめて「○○シークエンス」と呼ぶ場合が多い。各シークエンスは、見た目やクオリティを統一するため、複数のVFXベンダーではなく、1つのシークエンスは同じVFXベンダーに丸ごと発注されることが多い。
では「シークエンス」の一例を挙げてみよう。
例えば、超能力を持つ主人公が、
- 東急池上線蓮沼駅の踏切に瞬間移動し
- そこに怪物が襲ってきて
- 手から光線を出して撃退
- そして何事もなかったかのように、路地裏にある居酒屋に颯爽と入っていく
までの一連ショット(←どんなハリウッド映画だよ^^)があったとすれば、これは「蓮沼シークエンス」と呼ばれる(笑)。
この「蓮沼シークエンス」に含まれるショット数が仮に全15ショットあったとして、各ショットの尺は、VFXの作業が始まる前に、映画スタジオ側のエディトリアル(編集作業)の段階ですでに仮決定されている。ただ、その尺はショットによってまちまちである。
瞬間移動明けのショットは主人公の意味不明のキメポーズや余韻を見せるためにもったいぶって126フレーム(5.25秒)と長めに取ってあっても、光線の発射ショットは一瞬なので15フレーム(0.625秒)だけと短かったりするケースもある。
尺が長いショットよりも、短いショットの方が簡単か?というと、これが意外とそうでもない。
例えば光線の発射ショットは、周囲への光の照り返し、衝撃波で揺れる看板や吹き上がる塵などを入れて臨場感や迫力を出す必要があり、様々なレイヤー(合成素材)が含まれるため、尺が長いショット以上にメッチャ時間が掛かったりする場合もあり得る。
また、ハリウッド映画のVFXショットは通常、後の最終編集作業でタイミング等を微調整できるよう、前後に8フレームずつ、"のりしろ"となる「ハンドル・フレーム」を入れる。このハンドル・フレームは、映画の本編では通常カットされるが、編集時に活かされるケースもあるので、万が一使用されることを前提に、ハンドル・フレーム部分のVFXも手抜きせずにキッチリと作られる。
15フレームのショットの場合、前後にハンドル・フレームが8フレームずつ入るので8+15+8=全31フレームを作る必要がある。このように、短いショットほど、編集で切られる可能性が高いハンドル・フレームのために作業時間を費やさねばならないことも少なくない。
ちなみにショット名の設定方法は、スタジオによっても異なるが、シークエンス名を略してつけられることが多い。例えば、この例の「蓮沼シークエンス」に含まれるショットの場合、"はすぬま"なのでHN14080のように、シークエンス名+ショット番号で、ショット名が設定される。ショット番号は、4~5桁の番号で設定されることが多い。このショット名がSHOTGUN等に代表されるプロダクション管理ツール上に登録され、プロダクション・チームが進捗を把握していくのである。
…長くなってしまったが、以上がシークエンスと各ショットの尺に関するお答えである。ご参考あれ。