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ZOOM社から発売になったH-XLRは、プロ用マイクや業務用ミキサーなどと接続可能なXLR入力端子2個を備える32bitフロート録音機だ。単3乾電池2つで11時間も動作し、上級レコーダーを凌駕する-122dBuという驚異的な低ノイズを誇る。レベル問題を気にすることなくレコーダー任せでセリフ、環境音、舞台などからのPA音声などを確実に録音できる超小型のレコーダーの登場だ。

32bitフロート録音の良いところ簡単に引き出し、問題点も解決してくれるレコーダー

まず、H1 XLRの解説の前に32bitフロート録音を簡単に解説しよう。 32bitフロート録音とは、これまで入力音声のレベルを整えないと記録できなかった16/24bitリニアの欠点を克服する技術で、音のダイナミックレンジをこれまでの数万倍にしてくれる(リニア音声を多層化する)。

音声をデジタル化する場合には、カメラの露出と同じように黒潰れ(レベル不足)と白飛び(レベルオーバー)の問題があるが、32bitフロートで記録すると、記録ダイナミックレンジを何百倍も広げることで、小さすぎる音も大きすぎる音も、そのままデジタル化できる。

市販されているマイク自体の物理的な最大音圧レベルはおよそ150dB SPL(一般的なプロ用マイクは120dB SPL)であるため、これを超える音圧を記録する必要はない。一方、小さな音は無音に至るまで、理論上は無限に小さくなっていく。しかし、マイク自体が持つ自己ノイズや、マイクの音を受ける鼓膜のような部分の物理的な振動を捉えられる限界値までは記録したい。

そこで、32bitフロートレコーダーは通常の音レベルをデジタル化するADC回路(アナログ・デジタル変換機)とは別に、小さな音を専門にデジタル化するADCを用意し、マイクの限界を超えるダイナミックレンジを実現している。

簡単に言い換えれば、マイクの持つ広大なダイナミックレンジを2層のADCでデジタル化し、広大な記録レンジを持つ32bitフロートで記録しているのだ。

これまでのノウハウを総動員して使い勝手を格段に向上

ZOOM社は、32bitフロート録音を可能とする実用的なレコーダーを業界に先駆けて製品化した。プロ用フィールドレコーダーであるF6に始まる32bitフロート録音は、F2、F3、F8n Pro、MicTrak(マイク内蔵レコーダー)シリーズの3製品、H1 essensialと世代を重ねており、今回のH1 XLRは、その製品群で得たユーザーからの意見をフィードバックして使いやすさを向上させた製品と言える。

ZOOM社のFシリーズはプロ向けフィールドレコーダーで、地球上のあらゆる環境で問題なく動作することがコンセプトで、堅牢なボディーやスイッチ類を有し、プロが必要とする機能を持っている。ただし、防水ではない。 Mシリーズは前述のようにマイク内蔵型のレコーダーで、主に音楽向けのXYステレオマイクやMSマイクを搭載した製品群、そしてHシリーズはハンディーレコーダーとなっている。

H1 XLRは最も小さなハンディーレコーダーで、164g(電池込み)と非常に小さく、プロ用の音声入力端子XLRを2つ備え、ファンタムを使わなければアルカリ単3乾電池で11時間も動作してくれる。カメラの上に搭載可能なサイズであり、プロ用マイクや舞台のPAからもらう音声をカメラに入れるアダプターとしても使える訳だ。

しかも、3.5mm音声入力ステレオジャックも備えており(XLRとは排他的に動作)、プラグインパワーも供給される。もちろん、ステレオ入力になっている。さらにUSB-C端子があり、電源供給はもちろんのこと、32bitフロート対応のオーディオインターフェースとしても動作してくれる。 つまり、録音に関して必要とされる機能をわずか164gで実現しているのだ。

さらに、スイッチ類、メニューや情報表示もチューンナップされており、これまでの製品よりさらに使い勝手が向上している。録音時に必要となるものはダイレクトなボタンやスイッチで簡単に調整できる仕様で、録音前に設定すべき詳細はメニューボタンを介して変更する。

つまり、撮影などの本番ではダイレクトな直感的な操作、録音方式や詳細な設定はメニューを使って確実に変更するというものだ。実際に使ってみると、やりたいことが簡単にできて快適だった。

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まず、モニター画面の下に配置された4つのボタンがだ、左から「入力切り替え」「ミキサー表示切り替え」「マーカー」「ゴミ箱」となっている。また、この4つのボタンはメニュー操作時には「戻る」「選択項目の上下切り替え」「決定」に割り当たる。

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1つ目の「入力切り替え」は、XLRステレオ、XLRモノラル2ch、XLRモノラル1chをボタンを押すたびに切り替えてくれる。入力切り替えがこれほど直感的なのはありがたい。さらに、3.5mmジャックが使われる時には、自動的にXLRから3.5mmジャックへ入力が切り替えられ、このボタンはステレオ・モノラルの切り替えになる。この仕様が非常に便利で、いちいちメニューで入力を切り替える必要がない。

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2つ目の「ミキサー表示」は、通常の波形表示の音声観測ではなく、一般的なレベルメーター表示になる。ここで音声の状態を詳細に観測するほか、レベル調整が可能になる(もちろん、調整しなくてもいい)。 ここでのレベル調整はステレオ時には左右がリンクして2つの入力を同時にレベル調整することができ、モノラル時には片方ずつ調整可能になる。

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3つ目のマーカーが秀悦だ。これはWAVファイルの情報エリアに付箋を記録するような機能だ。録音時にこのボタンを押すことで、例えば長い会議の中で話題が切り替わった位置を記録できる。これは音声編集アプリ上に表示される。取り出したい部分の頭出しが簡単にできるのだ。

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4つ目のゴミ箱だが、テスト録音や失敗した時に直前の録音ファイルが不要の場合、このボタンを押すとファイルがゴミ箱フォルダー(micro SD上に自動的に作られる)へ移動してくれる。

1つ目と2つ目は録音時に最も使用される機能がダイレクトボタンになっているということで、3つ目と4つ目のボタンは、編集を楽にしくれるものだ。これらがダイレクトボタンになっていることで、ユーザーに負担がかなり軽減される。さすが世代を重ねた製品の真骨頂と言えるだろう。

物理ホイール・スイッチがプロにはありがたい

一方、本体の側面にはXLRの入力仕様切り替えスイッチが配されている。音声入力は非常に微細な音声レベルを扱う「マイクレベル」と、音声伝達品質を確保するために仕様である高音圧レベルの「ラインレベル」があり、接続する機器に合わせて切り替える必要がある。この切り替えを間違えると音が歪んでしまったり、ホワイトノイズが増加することがある。

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H1 XLRはこの切り替えが物理スイッチになっている。実は、これがプロの現場では最も重要だ。単に切り替えれば良いのならメニューでもいいのだが、実際には、現場でトラブルが起きた時(例えばノイズが大きく聞こえている時)に、原因を即座に探る必要が出てくる。まず疑うのが『マイク・ライン』の切り替えだ。物理ボタンになっていることで、レコーダーに触ることなく設定が確認できるし、間違っていれば即座に対応できるのだ。ライブ配信などを思い浮かべてもらうといい。

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もう1つがヘッドホンボリュームだ。カメラで言えばファインダーの視度調整機能やモニターの明るさ調整のようなもので、現場や自分の耳の状態に合わせて調整する必要がある。具体的に言えば、レベルメーターに合わせてヘッドホンの音量調整が必要になるのが第一歩で、次に、聞きたい音に合わせた音量に変えることで、音質のチェックが容易になる。また、人間の耳は環境によって感度が自動調整されてしまう。言い換えると、ライブハウスのような大音量の中にいると鈍感になるし、静寂の中では敏感になるので、それに合わせる必要がある。

さらに、インタビューなどでは、喋っていない時の環境音がどんな感じか聞き取ることが音質向上の秘訣なのだが、その場合、一瞬だけボリューム上げて環境音を聞き取り、すぐに戻したりする。そのためにはホイール式のボリュームが必須なのだ。また、このホイールもロータリーエンコーダー(無限に回る)ではなく、最大と最小でストップするものが採用されており、さらにボリューム値が数値で表示されるのもありがたい。

音声ガイダンスが現場のミスを最小限にしてくれる

特筆しておきたいのが音声ガイダンスだ。電源を入れると、録音可能時間、電池残量、入力モードを日本語で読み上げてくれる(他の言語に変えることも可能)。また、前述の入力モードボタンを押すと、現在のモードの読み上げ、切り替えた場合にも読み上げてくれる。

モニターが非常に小さく、情報を読み取るのに顔を近づける必要さえあるのだが、この音声と見上げのおかげでモニターを見ることなく設定確認や変更が可能なのは、本当にありがたい。しかも、その音声は内蔵スピーカーからも出る。

驚くほど低ノイズで、音質はプロ級だ

最後に音質の話をしよう。 結論を言えば、すごい! このサイズなので民生用の音質でも仕方ないと思っていたのだが、F3やF6に匹敵する。おそらく、アナログ音声回路、デジタル変換回路、ヘッドホンアンプは同等のものを使っているのだろう。

近年、映画でも録音はワンマンオペレーションが増えている。それゆえ、小さく軽く、そして音質がよく、そしてミスが防げる仕様が求められる訳だが、その要求に十分に応えられるのはH1 XLRだと思う。

一方、筆者が普段楽しんでいるアンビエント録音(環境音の録音)においては、これほど適したレコーダーはないだろう。機動性や操作性、軽さ、電池の持ちなど、実践的な使い方に適したレコーダーである。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。