
技術部が生み出すプロダクトを識者がレビューし、より魅力的なサービス化やビジネス拡大のヒントを探る「TBSアフター6テックナイト」。第3回(2025年2月25日開催)は、誤字脱字チェックを行うAIソリューション「TBS LUPE(ルーペ)」と、3月のSXSWへ出展するXRプロジェクトを中心に進行した。
レビュー視点を提供するのは、"通りすがりの天才"AR三兄弟・長男の川田十夢氏と、SXSW Japan Officeフューチャリストの宮川麻衣子氏。筆者であるHEART CATCH・西村真里子も登場する。TBS技術部のプロダクトは、どのような可能性を秘めているのか。
まずは、放送業界向けのAI文章チェックサービスTBS LUPEについて、TBS技術部・塩寺氏のプレゼンから始まった。
TBS LUPE:放送業界の誤字脱字をチェックするAIツール
放送業界では日々、大量のテキストを扱い、それを厳密にチェックする必要がある。テレビ番組のテロップ、フリップ、ドラマの台本、ウェブニュースの原稿など、多岐にわたるコンテンツの誤字脱字やファクトチェックが求められるが、現状では制作スタッフが夜遅くまで作業し、生放送中にもリアルタイムで修正を加えることがある。作業量は膨大であり、プレッシャーも大きい。
このような現場課題を解決するために開発されたのがTBS LUPEだ。TBS LUPEは、制作現場の誰もが簡単に使えるAI文章チェックサービスであり、誤字脱字チェックに特化したLLM(大規模言語モデル)を活用することで、効率的にテキストのミスを発見・修正できるように設計されている。
スマホをかざすだけでOCR技術を活用し、テロップやフリップのミスを即座にチェック可能。また、Googleドライブにアップロードされたデータをリアルタイムで解析する機能も備えており、瞬時に誤りを特定できる。ユーザーインターフェースも直感的に設計されているため、特別なトレーニングなしで誰でも簡単に操作できるのが特徴だ。
さらに、TBS独自の誤字脱字データベースを活用し、過去の誤表記や類似のミスを未然に防ぐことも可能。この点について、塩寺氏は「まさにテクノロジーと先人の知恵を融合したサービスだ」と説明する。
このツールの導入により、制作スタッフの作業効率は大幅に向上し、深夜や休日にまで及ぶ作業負担を軽減できる。経験の浅いスタッフでもベテランと同じレベルのチェックが可能となり、品質の均一化が図れるだけでなく、チェック作業の自動化による人的コストの削減も実現。制作現場全体の負担を和らげることが期待されている。

TBS LUPEの活用と未来展望 ~トークセッションより~
さて、TBS LUPEが今後さらに多くの人に愛されるサービスとなるためには、どのようなアップデートが可能だろうか。イベント会場では、トークセッションという名の公開レビューが行われた。
AR三兄弟 長男・川田十夢氏と、SXSW Japan Officeフューチャリスト・宮川麻衣子氏は、このツールをどのように評価したのか。
川田氏:
エンターテインメント業界でコスト削減だけを押し出して行くのは、あまり響かないかもしれないので、ワクワクする未来につながる話をしたいと思います。TBS LUPEの魅力、僕は、画面に映るすべてのものがメタ情報となることだと思います。番組内で扱った情報がタグとしてテキスト保存される、メタデータ保存されることは、次世代のスタンダードになるのではないでしょうか。例えば情報番組なら、どの時間にどの内容が取り上げられたのかをアーカイブ化することで、後から視聴者が簡単に参照できるようになります。映像にプラスしてテキストデータを活用できれば、ニュースサイト「TBS NEWS DIG」のようなウェブメディアでも有効に使えますよね。
塩寺氏:
現在はメタデータのタグ付けも人手でやっていて、これがまた大きなコストになっているんです。誤字脱字チェックが自動で文字化され、それをメタデータに応用できれば、かなりの効率化が図れるはずです。
川田氏:
動画業界では、YouTubeが4倍速再生に対応する話に戦々恐々としています。そうなると、映像だけではなく、文字情報の補足が必須になります。こういった環境ではTBS LUPEのようなテキストの補足ができるシステムがより重要になりますね。
宮川氏:
4年ほど前のテキサス州オースティンのSXSWではAIを使った校正システムを提供するスタートアップが話題になっていました。特定の人種を不利に扱っていないかをチェックするためのツールだったのですが、今回のTBS LUPEは情報を発信する大元であるテレビ放送局が提供している。すごく画期的だと思いました。SXSWでも注目されそうです。
西村氏:
スマホで撮影してチェックする方法以外に、ほかのデバイスでも利用できるとさらに便利ですよね。
塩寺氏:
妄想ベースですが、Apple Vision Proのようなデバイスを使って、スカウター形式でリアルタイムに誤字チェックができると面白いですよね。
映像メディアが勝つための鍵はタグ付け
川田氏:
バックエンドで放送しながら、自動的にタグ付けを行うことも可能ですよね。映像メディアって本来すごく強いはずなのに、現状ではすべてテキスト記事に取られてしまっている。そして、SNS。いまや映像に時間を費やさず、文字にも時間を費やさないとなると、結局SNSしか見ていない。しかし、タグ付けができていれば、SNSからワンタップで映像へ誘導できる。テキストと映像がシームレスに融合したメディアこそが、今後勝ち残ると思っています。
塩寺氏:
自動的にタグ生成したテキストをソーシャルメディアと連携させ、TVerやU-NEXTの過去映像に直接リンクできるようになると、視聴体験が大きく変わるはずです。
TBS LUPEは、誤字脱字チェックツールにとどまらず、映像(放送波、アーカイブ)へのタグを持たせる可能性もある。川田氏が指摘するテキストと動画の融合もここから始まるかもしれない。

後半戦ではSXSW Japan Officeの宮川麻衣子氏によるSXSWの紹介に続き、TBSがSXSW 2025に出展するXRプロダクトの紹介が行われた。
SXSW Japan Officeが語るSXSWの魅力
SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)は、毎年テキサス州オースティンで開催される世界最大級のクリエイティブ・フェスティバルであり、その経済効果は年間約358億円に上る。世界中から多くの人々が集まり、カンファレンス、エキシビション、フェスティバル、ネットワーキングなど、多岐にわたるイベントが展開される。
カンファレンスでは、IT・テクノロジー、ビジネス、社会問題など幅広いテーマで講演やディスカッションが行われる。エキシビションでは、企業が最新技術やサービスを披露し、参加者が直接体験できる場を提供。フィルムフェスティバルでは話題の映画がプレミア上映され、過去には「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」をはじめ、アカデミー賞受賞・ノミネート作品もSXSWで初上映されている。
ミュージックショーケースには世界中からアーティストが集まり、日本のアーティストもライブパフォーマンスを披露。音楽業界にとっても重要な舞台となっている。過去には、ビリー・アイリッシュが無名時代にSXSWでパフォーマンスを行い、新進気鋭のアーティストが飛躍する場となった。また、コメディフェスティバルでは、世界的なコメディアンが登場し、笑いの祭典としての側面も持ち合わせている。
SXSWのもう一つの大きな魅力は、ネットワーキングと企業のアクティベーションだ。業界のプロフェッショナルが集まり、ミートアップやビジネスマッチングが活発に行われるほか、企業による独自のプロモーションイベントも注目されている。ポルシェ、Amazonプライム、Slack、Audibleなどが体験型ブースを設置し、参加者に自社の製品やサービスをより深く知ってもらう機会を提供している。
日本からも多くの企業や団体が参加。TBSをはじめ、パナソニック、資生堂、NHK、ほぼ日、フジテレビなどがSXSWを通じたコラボレーションを実施している。日本からの参加者の約70%が視察を目的としており、出展、スピーカー登壇、ピッチイベントへの参加など、さまざまな形で関わっている。
SXSWでは毎年約1,500のセッションが行われ、その中でも特に注目される100のセッションが「Featuredセッション」として選ばれる。今年は、日本から小島秀夫監督が選ばれ、世界的に注目を集めた。また、量子コンピューティングに関するセッションが増加し、技術の実用化に向けた具体的な議論が進んでいる。
近年、SXSWでは「AIと宗教」に関する議論も活発化しており、AIを神とする思想が生まれつつあるという現象に注目が集まっている。実際にAIを信仰する人々も現れ始めており、このテーマをめぐる議論は今後さらに深まることが予想される。
SXSW Japan Officeの宮川麻衣子氏は、「SXSWは、最先端の技術やアイデアが交差する場であり、新しい価値観が生まれる場所でもある」と語る。では、TBSは今年どのような展示を行ったのだろうか?

SXSW 2025:TBSの出展コンテンツと盛り上げ施策
TBSは2024年を「TBSが創出するコンテンツIPが世界に拡大するグローバルビジネス元年」と位置づけた。その方針に基づき、SXSW 2025では、現在放送中のアニメ「地縛少年花子くん」と、海外では「Ninja Warrior」として知られる大ヒット番組「SASUKE」の2つの人気コンテンツを出展する。約30名のTBSチームがSXSWに参加予定であり、これは日本企業の中でも最大級の規模となる。TBSのグローバル市場への積極的な姿勢がうかがえる。
また、スポーツ中継やライブ配信、メディアアートなどでの活用が広がる、TBS・WOWOW共同開発の超低遅延映像伝送ソフトウェア「Live Multi Studio(LMS)」も出展される。SXSWに集まるライブエンターテインメント業界の関係者に向け、積極的に売り込みを行う計画だ。技術サービスそのものをビジネス化するTBSの挑戦的な取り組みも注目される。
「地縛少年花子くん」の海外人気
地縛少年花子くんは、現在、アメリカを中心に高い人気を誇るアニメ作品である。
花子くん役は「エヴァンゲリオン」の碇シンジ役で知られる緒方恵美、寧々役は「鬼滅の刃」の禰豆子役を務めた鬼頭明里が担当。豪華な声優陣の影響もあり、海外の視聴者の多くが日本語音声のまま作品を楽しんでいる。特にアメリカでは、アニメ専門の動画配信サービス「クランチロール」を通じて多くのファンが視聴しており、その人気はさらに拡大している。
XRを活用した新しい体験
TBSの出展ブースでは、ARやVRなどのXR技術を活用した新しい視聴体験を提供する。スマートフォンで簡単に楽しめるAR機能を導入し、QRコードを読み取るだけでキャラクターが現れる仕組みを展開。一部コンテンツでは、ヘッドマウントディスプレイ(Meta QuestやApple Vision Pro)を使用し、2Dアニメの世界を3Dで没入体験できるようになっている。
TBSは、来場者がインタラクティブに楽しめる以下のような体験型コンテンツを用意する。
- ARキャラクター体験:地縛少年花子くんのキャラクター「もっけ」がARで登場し、現実世界と融合する仕掛け。
- フォトアプリ:アニメのキャラクターと一緒に撮影できるARフォトブースを設置。顔やジェスチャーを認識し、特別な演出を加える。
- ARゲーム:ブース内に隠れた"もっけ"を探し出すカメラアプリを提供し、ゲーム感覚で楽しめる要素を導入。
- デジタルアイテム×グッズ連動:ステッカーやマグカップと連動したARコンテンツを展開。例えば、ステッカーをカメラで認識すると仮想空間が出現し、そこに"もっけ"が登場。ブース外でも楽しめる設計になっている。
TBSはSXSW 2025を通じ、コンテンツIPのさらなる国際展開と、XR技術を活用した新たな視聴体験の可能性を提示する。
SXSW 2025 出展の盛り上げ施策
このTBSブースをさらに盛り上げるために、SXSW Japan Office.宮川麻衣子氏とAR三兄弟 川田十夢氏がトークセッションでさまざまなアイデアを提案した。
<宮川麻衣子氏のアドバイス>
宮川氏:
SXSWの会場周辺には自由にポスターを貼れる場所があるので、そこでポスターを貼りまくるのが良いと思います。また、日本の音楽ショーケースエリアやアジア系ブースでブースを紹介することで、アニメや日本文化に親しみのある来場者への認知度を高めるのが効果的かもしれません。また、"もっけ"の着ぐるみがあれば、視覚的に目立ち、より多くの注目を集めることができるでしょう。
<川田十夢氏のアドバイス>
川田氏:
TBSのコンテンツといえば「徳川埋蔵金」と「風雲たけし城」が僕は好きなのですが、SASUKEもそうですが、こうした"挑戦"をテーマにしたコンテンツは海外ウケが良いと思います。
例えば、"埋蔵金AR"を作り、ポスターやデジタルアイテムにバーチャルな"財宝"を隠すと面白い。リアルに隠されたものをARで探すゲーム性を持たせ、デジタル送金機能とも連動させることで、体験価値をさらに高められるはずです。例えばAR糸井重里さんが悩んでいるシーンが見られるようなコンテンツ連動や、実際に少額を獲得できる仕組みなどあると盛り上がりそうですよね。
SXSWは音楽フェスとしての側面も強いので、音楽との融合も考えたいですね。例えば、日本の無名アーティストをARコンテンツとして"連れていく"仕組みを作るのも面白い。北海道の中学生バンド「テレビ大陸音頭」をSXSWの地でARコンテンツとして呼び出し、彼らの楽曲を楽しめるようにするのも、新しいブロードキャスティングの形として興味深いと思います。
また、日本のバラエティ番組は"やりすぎ"ぐらいが海外で面白がられる傾向があるので、その特徴を活かした企画もありですね。例えば、「水曜日のダウンタウン」の"人間すごろく"を体験型コンテンツとして提供すると、海外の来場者にとって新鮮なアトラクションになるかもしれません。
最後に、川田氏が2024年に有楽町で実施した「スシテック刑事」ARマーダーミステリーもSXSWのブースの場で活用できるのではないか、と披露した。
川田氏:
SXSWのブースで"マーダーミステリー"をAR体験できる仕掛けを導入するのも面白いのではないでしょうか?有楽町で発表したスシテック刑事は、通常数十分かかるマーダーミステリーを5分程度に短縮し、気軽に楽しめる体験として提供しました。ARで"事件現場"を再現し、スマホをかざすと"過去の残像"が見える演出を加えることで、視覚・嗅覚センサーを活用しながら証拠を集め、事件を解決するストーリー仕立てにする。地縛少年花子くんのストーリーと絡めたARマーダーミステリーをSXSWで展開するのも、非常に面白い試みになると思います。
TBS技術部が生み出すAIソリューションTBS LUPEと、SXSW 2025に向けたXRプロジェクトは、クリエイター川田十夢氏、フューチャリスト宮川麻衣子氏の視点を通して見つめ直すと放送業界の未来を大きく変える可能性を秘めている。誤字脱字チェックの自動化にとどまらず、映像とテキストをシームレスに結びつけることで、コンテンツの活用方法そのものを進化させるTBS LUPE。そして、XR技術を活用したインタラクティブな視聴体験は、新たなブロードキャスティングの未来にも繋がっていく。
この挑戦が、放送とエンタメの常識をどこまで塗り替えるのか――今後のテレビ局技術部の挑戦も注目していきたい。
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