今回はライカ、エルマー5cm f3.5をご紹介します。
と言っても自分が紹介するなど烏滸がましいような銘玉。現代に通じるライカの名声をもたらしたレンズの一つだと言ってもいいでしょう。資料もレビューも膨大にありますが、「これで動画を」という切り口は今まであまりなかったのでは。
100年前に設計されたレンズが、現代の動画撮影でどこまで通用するのでしょうか。テストしてみたところ、最初のイメージからは意外な面も垣間見えました。ここはひとつフラットな視点で解剖していきたいと思います。
このレンズは最初のバージョンの発売が1925年との記録があります。以来30年以上にわたり生産されたライカを代表するレンズ。途中数回のマイナーチェンジがあり、外装もニッケル、クローム仕上げなどがあります。特にクローム仕上げの最後期、被写界深度目盛が赤字で記載されたものは「赤エルマー」と呼ばれ描写の評価が高く、またレアなため高価になっています。しかし実写レビューなどを読み比べた限りでは実用性能としてはクローム仕上げ(最も数があり入手はしやすいモデル)とそこまで大きな違いはなく、普段使いであれば赤エルマーにこだわることはないと思います。
今回は知人よりお借りしてのテスト撮影でした。外装のコンディションにそこまで拘らなければライカレンズとしては比較的安価に入手可能なので、初めてのライカレンズとしても手を出しやすいのではと思います。
Leica Elmar 5cm f3.5 (クローム)シリアル1049595(1952年〜1953年頃)
- マウント:L39
- 焦点距離:50mm、沈胴式
- フォーカス:マニュアル、無限遠ロックあり
- レンズ構成:3群4枚
- 最短撮影距離:1m
- 質量:110g
- 中古市場参考価格:65,000円〜(2026年4月現在中古カメラサイトにて)
エルマーとテッサーの関係
ちょっと寄り道して小話を。エルマーというレンズは、3群4枚、それまであったトリプレットタイプ(3枚構成)のレンズの後群に1枚追加した、貼り合わせ構造として補正効果を高めたものとなっています。
3枚というほとんど最小限のレンズ構成で効果的に収差を打ち消した、現代レンズの源流とも言える構成
「HobbyJAPAN MOOK オールドレンズ解体新書」より引用
一見Tessarと同じような構成に見えるが、絞りが1枚目のレンズの直後に来ているのが大きな相違点
写真工業出版社「世界のライカレンズ Part1」より引用
ここで気づくのがこちらも歴史的な銘玉であるツァイス・テッサーとの関連性。この光学系は俗に「Tessarタイプ」などと呼ばれることもあり、ElmarはTessarタイプのレンズなのか?という疑問が湧きます。世に出たのはTessarが先(ドイツでの特許出願が1902年)。Elmarはその後に発売されたものなので、Tessarの光学系を参考にした可能性は大いにあるようです。しかし後群の構成を微妙に変えることでTessarの特許を回避したものとなっており、結果的にそれが似たような光学系を持ちながらも「鷹の目」と称されるTessarのシャープさとは趣を異にするElmarの柔らかさにつながったのでは、と見る向きもあります。
系譜としてはアナスティグマットの改良版という位置付けだが、トリプレットの後群を貼り合わせた構成になっている。シンプルな構造のため大ヒットしたが、1930年代以降は次世代のレンズに主流を譲った
「HobbyJAPAN MOOK オールドレンズ解体新書」より引用
レンズ外観をチェック。沈胴の扱い方について。
さて、レンズの外観をチェックしてみましょう。まずマウントはL39スクリューマウント。これはL-Mマウントアダプターによって簡単にMマウント化することができます。
今回はカメラがミラーレスのライカLマウントなのでL-MマウントアダプターにM-Lマウントアダプターの2段構えというなにやらカオスな構成(?)となってしまいました。
フォーカスリングは無限遠でロックがかかるタイプ。動画撮影時にはフォーカスにやや気を使います。また絞りはレンズ前面にあり、スチルはともかく動画の撮影中の変更はほぼ不可能。絞りの枚数は10枚で、絞り込んでも円形に近いボケを維持することができます。
そしてエルマーの機構上の特徴の一つが「沈胴式」であること。フィルムライカの時代には沈胴させることでカメラをコンパクトに持ち運べ、大いにメリットがありました。現代のミラーレスカメラではセンサー面からIRフィルターやローパスフィルター、メカシャッターユニットと、レンズ後端から撮像面までの距離がフィルムカメラの時代に比べ短くなったため、沈胴させるのは基本的にNG。カメラによってはセンサー面等内部構造にレンズ後端が接触して致命的な結果になることを理解しましょう。
チャートにて描写をチェック!70年前のレンズの実力は?
それではチャートで描写をチェックしてみましょう。中古の中でもさらにヴィンテージの度合いが強いレンズですから、現代において同じレンズがどれも同じように描写ができるとは限りません。見た目が美品であっても微細な傷、曇り等によって微妙に描写が変わっていくことは理解して使う必要があります(それがヴィンテージレンズ探しの愉しみでもありますよね)。
今回のエルマーのシリアルは1049595。データベースによればどうやら1952年〜1953年頃のものらしく、70年以上前のレンズになるわけです。
まずは開放、距離3ft(約0.91m)にてチャートを撮影してみました。こちらの個体、大きな曇りもなくまずは「当たり」と言って良さそうなコンディションです。合焦点のシャープさ、周辺画質、歪曲の少なさと、ライカの優秀さは言わずもがな、レンズの設計という観点でもすでに完成の域にあるということがわかります。
開放F3.5で撮影しても解像に全く問題はない画像に驚かされます。そして歪曲も非常に少ないのです。6Kを等倍で確認してみると、輪郭線がわずかに滲んでいるのがわかりますが、それも現代のレンズと比べればの話。その代わり全体的にコントラストはやや柔らかい印象で、暗部はふわりと浮いていますが、これがレンズ本来のポテンシャルなのか、わずかな傷、曇りなどの経年変化に由来するものかはやや判断が難しいと感じます。
カラーチャートはどうでしょう。このレンズが世に出た時代はカラーフィルムでの撮影はまだ非常に稀であり、レンズ設計も基本的にモノクロを念頭に置いたものでした。コーティングなどもまだまだ未発達。
全体的にほんのりとアンバーな雰囲気で彩度はそこそこ低いものの嫌な印象ではありません。特に赤の渋さはわかりやすいところ。しかし中間調は滑らかでクリーミーです。3群4枚というレンズ枚数の少なさからくる抜けの良さも相まって、非常にスッキリした見やすい色だと感じました。
F4に絞ると、開放から1/3しか絞っていませんが細い線の解像がややスッキリとなり、画面全体が均質になったことがわかります。
F5.6ではさらにシャープになった、と言いたいところですが、実写ではほとんど違いを感じることはありませんでした。オールドレンズは開放から絞り込んでいくことで描写の変化を楽しむものもありますが、この点エルマーは非常に現代的で洗練された印象。このレンズに「そういう個性」を求めてしまうとやや肩透かしかもしれません。
ブリージングをチェック
ブリージングはどうでしょうか。このレンズは最短撮影距離が1mと、現代のレンズと比較すると長いものになっていますがその分レンズの移動幅は小さく、ブリージングもあるものの比較的穏やかな印象。安心して使うことができます。フォーカスノブを使ってのフォーカスワークはワンオペ前提、撮影しながらフォーカスをいじるのはちょっと慣れないと厳しいかも。
フレアの出方をチェック
フレアはどうでしょう。この時代のエルマーは現代的な多層コーティングなどはないため逆光耐性はあまり強くないのではというのが事前予想でしたが、正直なところこれも非常に優秀。開放では画面全体に白っぽいハレーションが出ますが、F4、F5.6と絞っていくことでほとんど気にならなくなります。ただし後述のサンプル動画のように、太陽光が画面に入るくらいの強い光源ではハレーションが出るようです。
総じて、F3.5という暗さと最短撮影距離の長さを除けば描写性能に関してほとんど文句のつけようがない優秀なレンズです。スクリューマウントなので構造もシンプル、一眼レフレンズではないので絞りも枚数が多くじっくりと動きます。「撮る」という行為においてはこの時代のレンズでほぼ完成形にあるのだということが思い知らされます。
テスト撮影
俳優の永島彩花さんに協力してもらい、東京駅周辺の古さと新しさが混在するエリアでテスト撮影を行いました。
絞りは普段なら開放を多用するのですが、ヴィンテージレンズということでやや絞ったF4をベースにしてみました。実写してさらに痛感したのが、チャートだけではわからない描写の「柔らかさ」とでもいうべき空気感。照明やレフを使わない即興撮影でありながらまるで精密に作り込んだような完成度の高い画が出てくるのです。
それと同時に、日中屋外の太陽光の下ではチャートチェックだけではわからないハレーションによって画面全体がやや白っぽくミストな雰囲気になります。これはやはりオールドレンズだということを改めて痛感しました。クリアな画が欲しければ簡易的なフードなどを使い対策することをお勧めします。
ちなみにレンズ前にNDフィルターをつける場合は径が特殊なためこのレンズ専用で揃えるよりは小口径のフィルターをパーマセル等で直付けするのが現実的。しかしそうなると絞りには全くアクセスできなくなるので、最初に決めた絞りでなるべく撮り切る割り切りが必要。
グレーディングにはBlackmagicのGen5 Film to Video Lut、それにわずかな明るさの微調整と定番「フィルムルック・クリエイター」で味付け。これだけでも十分過ぎるほど、濃厚な画が出てくるのです。
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まとめ
今回はElmar 50mm F3.5を取り上げてみました。描写は重厚で映画的。今回東京駅周辺のクラシックなロケーションを取り入れましたが非常に相性が良く、どこを撮っても映画のようで撮っていて非常にテンションの上がるレンズでした。
現代のカリカリな解像とは趣が異なり、合焦していてもピクセルレベルではほのかな柔らかさを湛えており、このことが画面全体の雰囲気に大きく貢献しています。現代においても使う価値のある描写だと感じました。
フォーカス、絞り、またフィルターのつけやすさと、現代シネマレンズと比較してあらゆる面でオールドスクールであり、スピード感の求められる撮影には投入できないなと正直感じます。しかしそうした制約を受け入れることで得られる画が欲しい人には替えの効かない一本に間違いなくなると思いました。
歴史的レンズでありながら中古市場では比較的入手しやすいレンズとなっています。良品が入手可能なうちにぜひその描写を味わってみるべき銘玉だと思いました。
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