LGへの印象
PRONEWSのライターとしてのレビューは今回で3回目だ。未だにMac内蔵ディスプレイだけでグレーディングを含めた映像制作を行っている筆者に、なぜかディスプレイのレビューが続いている。いい加減リファレンスモニターを導入せよ、ということなのだろう。実はレビューの度に今度こそはと購入を検討するのだが、数日過ぎると徐々に冷めてしまい、未だ購入にいたっていない。
筆者がなぜMac内蔵ディスプレイだけで満足してしまっているかは後述するとして、今回レビューするモデルは5月上旬に発売になったばかりのLG製「27UQ85RV-W」だ。LGというと20代の頃にDVDプレイヤーを購入した思い出があり、それ以来AV家電メーカーというイメージを持っていたので、「映像専門家特化の高精細4Kモニター」と聞いてもあまりピンとこなかったのが正直なところだ。
そんなテンションだったので、さほど高揚感のない開封の儀だったが、この記事を執筆している現在は最初の印象とは大きく変化している。今回はDaVinci Resolve Studio(以下:DaVinci)でのタイムライン編集とグレーディング時のリファレンスモニターとしての使用感をレビューしてみたい。
衝撃のコストパフォーマンス
本題に入る前に、27UQ85RV-Wの特徴をご紹介しよう。この瞬間に記事のクライマックスを迎えてしまいそうだが、販売価格が104,800円(税込)ということを念頭に置きながらスペックを見てほしい。
- 27インチ、ノングレア IPS Black ディスプレイ
- コントラスト比 2000:1の深みのある黒を実現
- 4K UHD(3840×2160)高解像度
- VESA DisplayHDR 400
- DCI-P3 98%(標準値)
- 着脱式自動キャリブレーションセンサー付属
- ハードウェアキャリブレーション対応
- 高さ、チルトの調整、縦画面でも使用が可能なスタンド
- USB-Cケーブル1本でPCと接続(USB PD 90W)
- KVMスイッチ内蔵、2台のPCでキーボード、マウスなどのUSBデバイスを共有
このスペックを見て「嘘でしょ?」と思ったあなたのリアクションは正しい。27インチで4K解像度、HDR対応、キャリブレーションセンサーを内蔵したディスプレイで真っ先に思い浮かぶのはEIZOのCG2700Xであり販売価格は363,000円(税込)だからだ。
もちろん数値だけでは単純に比較できないが、CG2700Xの1/3にも満たない価格で同様のスペックを持ってしまっているのは、もはや事件である。しかもコントラスト比にいたってはCG2700Xが1:1450に対し、27UQ85RV-Wが1:2000と勝っているのだ。俄然LGのディスプレイに興味が湧いてきた。LGのサイトを見たところ、ハードウェアキャリブレーションに対応したモデルは他にもあるが、センサー内蔵(正しくは着脱可能)モデルは新発売の27UQ85RV-Wと同シリーズで解像度違いの32UQ85RV-W(税込約120,000円)のみであり、性能と価格設定で勝負に出た渾身の製品なのだろうと感じた。
着脱式のキャリブレーションセンサーは磁石で固定される差し込み式で、縦画面にしても外れることはない。
ただ、筆者は写真も仕事にしているため、Adobe RGBのカバー率の情報がないのが気になった。写真のプリントが必須ではない映像作家向けの製品ということなのだろう。
iMacとの接続
iMac Retina 5K 27インチと接続してみる。接続は簡単で付属のUSB-Cケーブル1本で27UQ85RV-WとiMacを接続するだけだ。接続して最初にするのは、
システム環境設定 > ディスプレイ
の確認だ。外部ディスプレイを接続すると、内蔵ディスプレイの解像度設定が自動的に変更されてしまうので元に戻す必要がある。内蔵ディスプレイと「LG ULTRAFINE」と表記された27UQ85RV-Wが並んでおり、主ディスプレイの設定を確認する。筆者は2880×1620の解像度で使用している。カラープロファイルはRec.709で輝度は100カンデラに設定してある。
次に27UQ85RV-W(表示はLG ULTRAFINE)の使用形態が拡張ディスプレイになっていることを確認し、「スペースを拡大」に変更した。これで3840×2160の解像度を使い切ることができる。カラープロファイルはデフォルトで「ハイダイナミックレンジ」がONになり、ピクチャーモードがHDRの「BT.2100 PQ」に固定される。
デフォルトだとピクチャーモードがBT.2100 PQ以外選択できない。この状態で試しにMac内蔵ディスプレイと比較してみた。DaVinciを起動し、カラーページをビューアモードにして、
ワークスペース > ビデオのクリーンフィード > LG ULTRAFINE
を選択すると、カラーページのビューアを27UQ85RV-Wにフルスクリーンで出力することができる。本来はビデオI/Oを使用してビデオモニタリングすべきなのだが、筆者の環境が特殊なのでこの方法を取っている。左のMac内蔵ディスプレイがRec.709、右の27UQ85RV-WがBT.2100 PQなので見た目が違うのは当然だ。27UQ85RV-Wの画面は輝度が高く、コントラストの浅い表示になっている。
27UQ85RV-Wを設置して気づいたのだが、スタンドの脚がよくある四角い板状ではなく、細いアーチ型のため、ディスプレイの下のスペースも有効に使うことができる。筆者は大型のマウスパッドを使用しているので、これは助かる。
シビアな色管理が求められる作業でMac内蔵モニターの使用はご法度というのが業界のセオリーかもしれないが、測色計を使用してMac内蔵モニターのキャリブレーションに加え、DaVinciのビューアのキャリブレーションまで行うことで、満足できる色の再現性が得られている。
この方法にたどり着いてから、グレーディングして書き出した後の色味の変化がないため安心してグレーディングできるようになり、Micro Panelでフルスクリーンでのグレーディングも可能になってから、さらに快適に仕事ができている。iMacやMacBook Proなどの内蔵モニターでグレーディングをするためのカラーマネジメントに興味のある方は、手順をnoteで公開しているのでご覧いただきたい。
話がそれてしまったが、システム環境設定のディスプレイの「ハイダイナミックレンジ」をOFFにするとピクチャーモードの変更が可能になる。
工場出荷状態では以下の項目になり、普段の映像制作で設定しているRec.709がない。これはキャリブレーションをすることで可能になるが、ひとまずsRGBでの比較をしてみた。
- ユーザー設定
- P3-D65
- sRGB
- キャリブレーション(ここにキャリブレーション後のプロファイルが入る)
- BT.2100 PQ
Mac内蔵ディスプレイのカラープロファイルをsRGBに設定し、sRGB画像をPhotoshopで開き2画面で表示してみた。
この2画面表示をするためには、
ウィンドウ > アレンジ > 新規ウィンドウ
で表示した新規ウィンドウを27UQ85RV-Wにドラッグして、
表示 > スクリーンモード > メニュー付きフルスクリーンモード
にすると可能だ。部屋の照明を落としてじっくり眺めてみたが、Mac内蔵ディスプレイと比較すると、27UQ85RV-Wが僅かだがイエローが強いようだ。これは工場出荷状態なのでキャリブレーションを取ると変わる可能性がある。
それ以外は、やはりノングレアのIPSパネルは美しく、UHDの解像感は素晴らしい。グレアのMac内蔵ディスプレイと比べると、ガラスを1枚取り除いたようなリアルな表示で細部にまで見入ってしまう。今回のレビューはDaVinciでの使用なので、早速Rec.709のキャリブレーションを取ってみよう。
LG Calibration Studioを使用したハードウェアキャリブレーション
ディスプレイのキャリブレーションは測色計をセットしたり、機種によっては追加のUSBケーブルを接続したりするので、腰を据えて儀式的な感じで行うことが多いのだが、27UQ85RV-Wのキャリブレーションは特に何も準備する必要がなく、ソフトウェアを起動するだけで良い、それでいてハードウェアキャリブレーションが可能なのだ。
LG Calibration Studioを起動して色域に「BT.709」を指定すると、輝度|色温度|ガンマが最適値に設定される。変更もできるが、筆者も普段この値でキャリブレーションをしているのでこのまま「開始」する。
- 輝度:100cd
- 色温度:6500K
- ガンマ:2.4
すぐにキャリブレーションセンサーが動作を開始する。もう一度言うがこれで104,800円(税込)なのだ。
25分ほどでキャリブレーションが終了し、結果が表示される。尚、Mac/PCの電源が入っていることが必要だが、あらかじめ設定した時間に自動キャリブレーションの予約が可能だ。デフォルトのカラープロファイルに加えて、カスタムプロファイルも予約ができるが、一度に予約できるのは一つのプロファイルに限られる。なので、一番使用頻度の高いプロファイルに設定すると良いだろう。
通常のキャリブレーションの他により正確な3DLUTキャリブレーションも可能だ。こちらは3~4時間かかるということなので今回は割愛した。
システム環境設定のディスプレイを開くと、カラープロファイルが変わっているのがわかる。「Rec709_240617」というようなプロファイル名を付けられると管理しやすいので、今後のアップデートに期待したい。
ピクチャーモードを確認すると「キャリブレーション」が選択されており、下の数値を見るとRec.709だということがわかる。
DaVinci Resolve Studioでの使用
あっという間にキャリブレーションが終了したので、DaVinciを起動してタイムライン編集とグレーディングで実際に使用してみたい。最初はエディットページで、
ワークスペース > ビデオのクリーンフィード > LG ULTRAFINE
を選択して編集中のプレビューに使用してみた。すでにグレーディングまで終えたタイムラインだ。緻密なカット編集ではMicro Panelを使ってフルスクリーンのビューアモードにしながら調整することが多いのだが、その手間が省けて快適だ。また、カラーページのビューアと比較してエディットページのビューアは色味が正確ではないのだが、クリーンフィードで表示される27UQ85RV-Wの画面はカラーページと同様の表示で正確だ。
続いてカラーページでのグレーディングを試してみた。ビデオのクリーンフィードをしているのでビューアモードにしなくても全画面での表示が可能だ。写真では伝わりにくいがカラーページのビューアと色味、輝度ともに一致している。DaVinciのビューアのキャリブレーションが正しく取れていることも確認できた。
Micro Panelの限界でトーンカーブなどはマウスでの調整が必要だが、その際も大画面で確認しながら調整できるのは快適だ。
ビューアモードでの比較もしてみた。Mac内蔵ディスプレイはグレアのため、自作のモニターフードを使っているが、それでも部屋の照明を点けるとわずかに映り込みが生じてしまう。27UQ85RV-Wはノングレアのためフードがなくても映り込みがない。
DaVinciでグレーディングをしようとする時に、目的とする色空間を正しく表示するディスプレイは欠かせない。筆者のようにDaVinciのビューアまでキャリブレーションするのはハードルが高いので、27UQ85RV-Wのようなハードウェアキャリブレーション対応のディスプレイを使用することをお勧めしたい。キャリブレーションセンサーまで付いていて104,800円(税込)はコストパフォーマンスが高い、いや高過ぎると言える。
このレビューを読んでいる方の中にはMacBook Proをメインマシンにしている方も多いと思う。MacBook ProもUSB-Cケーブル1本で接続するだけだ。しかも27UQ85RV-Wが給電もしてくれるのでACアダプターを繋ぐ必要がない。加えて、KVMスイッチが内蔵されており、例えばiMacとMacBook Proの2台を接続してモニター側で切り替えながら使用が可能だ。その際2台のMacでキーボードとマウスといったUSBデバイスを共有することができる。
番外編
映像制作のタイムライン編集やグレーディングは楽しいのだが、音楽の段になると億劫に感じてしまうのが常だった。ロイヤリティフリーの音源だと映像に完璧にマッチすることはなく、フェードイン/アウトに頼ることが多く、もう少し何とかできないものか、と思っていた。そこで試しにDJコントローラーとDJアプリを導入してみたのだが、これが筆者的には革命だった。
VJモードで映像と音楽を同時に再生しながら、曲のBPMやピッチを変更して映像のリズム感に合わせたり、ボーカルやドラムを消したり、逆にドラムのみにすることができる。単純な楽器のオン/オフではなく、例えばベースを弱めながらメロディーを持ち上げるといったことも可能で、そうやって実際に手を動かす楽器の演奏さながらのリアルタイムMixの作業がとても楽しい。最終的にMix音源をWAVで書き出せる。
エンディングもフェードアウトではなく、曲の途中でアウトロを違和感なく繋いだり、リバーブアウトで終了させたり自由自在だ。尺の長い映像では前の曲のサビをループさせながらエコーをかけつつ次の曲のイントロを繋いだり、DJのMix技術は映像の音楽編集にも応用できることがたくさんあることに気づいた。
DJコントローラーでの音楽編集が楽し過ぎて、ついに本格的にDJの勉強もし始めてしまった。最近はApple Musicの音楽をDJアプリでストリーミング再生することが可能になり、海外DJのYouTube映像を見ながら、Apple Musicで同じ曲をストリーミング再生しながら、BPM設定やエフェクト、ループ箇所やEQ、Mixのポイントを勉強している。そんな時に27UQ85RV-Wの4Kの高精細の画面があると、DJの目の前に陣取っているかのように、DJが何をしているのか詳細に観察することができる。
終わりに
LGというメーカーへの先入観が邪魔してしまい、ヌルっと始まったレビューだったが、27UQ85RV-Wのポテンシャルを理解していくうちにジワジワと魅力を感じるようになった。欲を言えば、キャリブレーション後の設定を何パターンか記録して呼び出せるようにしてほしいところだ。
例えばRec.709とsRGBでキャリブレーションしておきプロファイルを呼び出せると、PhotoshopのレタッチとDaVinciのグレーディングで色空間を切り替えて使用することができる。気になったのはその程度だ。価格が優しいので、映像制作を始めてディスプレイの重要さに気づき始めた初心者には特にお勧めできる製品だと思う。高精細で美しい表示なので、きっと映像制作のテンションも上がるだろう。
タカザワカズヒト|プロフィール
東京写真学園プロカメラマンコース研修科卒業。出版社のインハウスフォトグラファーを経て独立。デジタルフィルムカメラを使用した映像制作を行う。監督した短編ドキュメンタリー「おだやか家 ODAYAKA-YA」(2016)、「おぶせびと」(2017)が2年連続で海外の映画祭で複数のWINNERを獲得。ハリウッドとロサンゼルスのレッドカーペットに正式招待された。Vook Schoolメンター。