日本のビデオゲーム業界で注目されている海外のカンファレンスには、3月に行われているGDC(Game Deveropers Conference)と8月に行われるSIGGRAPHがある。GDCはプロダクションワークからビジネスに関するものまで、ゲーム開発全般にフォーカスしたカンファレンスイベントで、現在のゲーム開発のトレンドを見る機会となっている。これに対しSIGGRAPHは、コンピュータグラフィックス全般に関する学会であり、ゲーム開発に関しては今後3年、5年といった長期的な将来の技術トレンドを予見する機会として見られている。

実は、近年の北米のゲーム業界は非常に勢いがある。PLAYSTATION 3やXbox 360といった高性能なゲームハードの登場と、ハリウッドで培われた大規模なプロダクション・ワークフローのノウハウが活かされたことによって、ハイエンド・タイトルが多くリリースされている。さらに、現在は2巡目、3巡目のタイトル開発に取り組んでいることもあって、これらのノウハウは2009年3月に開催されたGDCで発表されており、非常に内容が充実していた。GDCは当初、プログラミング関連のセッションの比率が大きく、ゲームプログラマー向けカンファレンスという印象が強かったが、2009年はプロダクション事例の割合が多くなり、アーティスト向けセッションも充実したカンファレンスへと変化している。

SIGGRAPHの傾向としては、中・長期的な展望で基本的な要素技術を見る状況が長く続いてきたが、今年のプログラムではゲームにフォーカスしているセッションが多く見られた。特にGame Paperとゲーム開発のプロダクション事例の発表が組み込まれたことが、印象深い。こうした状況を踏まえて、ゲーム業界から見た今年のSIGGRAPHの傾向を報告しよう。

「魅力的なエンターテインメントは脳の深部で感じ取る」

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ウィル・ライト氏による基調講演

今年のSIGGRAPHがゲームにフォーカスされていると特徴づけたのは、『The Sims』や『SPORE』などのゲームクリエイターとして有名なウィル・ライト氏の基調講演が行われたことだ。

「Playing With Perception」と題された基調講演でライト氏は、魅力的なエンターテインメントは脳の深部で感じ取れるものであるとして、映画や音楽などさまざまなジャンルを例に挙げて説明した。ライト氏が関わった最新作のシミュレーションゲーム『SPORE』を例に、膨大なコンテンツを生成する方法として、ユーザーがゲーム上でキャラクターを作成してネットワークを通じ他のユーザーと共有する、いわゆるユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツについても触れた。近年のハイエンド・ゲームタイトルでのコンテンツ量は増加傾向にあり、そのコンテンツを如何に制作していくかという課題があることを示し、『SPORE』ではキャラクター作成ツールが先行リリースすることで、4,500万体のキャラクターが2カ月ほどで作成されたと話した。

さらに、共有されたデータを活用するためのAPIを公開して、キャラクターデータを基にイラスト風のイメージを生成したり、DCC(Digital Contens Creation)ツールへのインポートツールが開発されたりというように、ゲームを超えてさまざまな表現にコンテンツが活用されているというムーブメントを紹介した。

制作パイプラインの効率化に焦点が当てたゲーム制作事例

SIGGRAPH 2009においては、ゲーム制作プロダクションの制作事例もいくつか紹介されていたので紹介しておこう。まず、Guerrilla Gamesの『KILLZONE2』の事例では、1,200もの異なる破壊表現をプロシージャルに作成するパイプラインや、事前にクロスシミュレーションしたアニメーションデータをボーンアニメーションに変換してコンソールで再現するというような、事前にDCCツールでエフェクト表現を半自動生成するためのパイプライン事例が紹介された。高性能なゲームハードが登場した当初は、多くの表現がリアルタイムで生成される事になるのではないかと予想されていた。しかし、現状では事前処理をしたデータを使用する方法も併用されており、従来よりもクオリティの高いアセットを効率的に大量に作成するパイプラインを構築することが課題になっているそうだ。

Epic Gamesの『Gear of War2』の事例も効率化にフォーカスした内容だった。前作からグレードアップされたシネマティックな演出がされている『Gear of War2』だが、そのパイプラインには、音声を基にしたモーションキャプチャの収録や、キャラクターのレイアウト設計図を基にアクターを配置する方法、ビデオカメラでカメラアニメーションのリファレンスを収録するといった、無駄な調整を発生させない工夫が加えられたという。このタイトルは、前作から2年を経てリリースされており、ゲームエンジンのバージョンアップによるグラフィックのクオリティアップや新たな表現へのチャレンジを踏まえ、前作のノウハウも生かしつつも、地味ではあるがパイプラインを見直して効率化を図ることの効果が大きかったことがうかがえた。

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『Gear of War2』の制作スケジュールは、1作目よりタイトなものになった(左)。そこで、モーションキャプチャの段階から効率化を行っている。

EAの『Fight Night Round 4』の事例は、上記の2つのセッションとは異なり、テクニカルな内容であった。前作ではパンチがヒットした際の顔の歪みの表現がなされていたが、常に同じ挙動であった。これに対し、今回の作品ではソフトボディを応用したデフォルメーションを使用し、パンチの当たり方に対応してリアルタイムで顔の歪みを表現している。動きに対応した筋肉の表現も行われている。筋肉を表現したハイ・モデルからノーマルマップを作成してゲーム・モデルに割り当てた後、関節の角度を参照して各部分ごとにノーマルマップの強さを動的にコントロールしている。

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ソルバーと呼ばれる筋肉を表現するソフトボディが使われることも増えてきた。『Fight Night 4』における顔のソフトボディを応用した変形は、ウェイトコントロールすることでフニャフニャな変形にならないように工夫していた。(左)一方で、身体の筋肉表現部分については、関節の回転を基にノーマルマップの強さを変えることで表現していた。

アニメーション自体はモーションキャプチャデータを基にしているが、相手のガードによるコリジョンや筋肉システム、プレイヤーの操作によって発生するビヘイビアなどのシステムによって、パンチの軌道やポーズに調整を加えている。このようにプロシージャルな手法を積極的に取り入れることにより、プレイヤーの操作によってキャラクターの動きを動的に変化させ、ゲーム結果に多様性を持たせたという。

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アニメーションのコントロールに関しては、モーションキャプチャデータを基にフィジックス、マッスル、マグネット、コリジョンなどシステムによって調整していた。SIGGRAPHでは、こうした最新の技術的なパイプラインに関する論文発表がなされることも特徴だ。

SIGGRAPHがゲーム関連シンポジウムSandboxを吸収

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「Art of Defense: A Collaborative,Handheld Augmented-Reality Board Game」で紹介された、携帯電話のカメラとAR技術を組み合わせたボード・ゲーム

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「A Framework for Exertion Interactions Over a Distance」は、マットにセンサーを設置したフルボディ・シャドーボクシング・ゲームとなっていた。

ビデオゲーム関連の論文発表にも動きがあった。昨年までSandbox(video game symposium)として別のイベントとして開催されていたが、今年からはGame Paperとして論文発表がSIGGRAPHに統合された。シンポジウムとしてのSandboxも、ゲーム関連のデモ展示とワークショップのイベントとしてSIGGRAPHに組み込まれた。

今年のSIGGRAPH 2009での論文内容の傾向は、アカデミックなものが大半であった。ゲームグラフィックスに限らず、インタフェースやゲームデザイン論、デバイス、パフォーマンス解析など、ゲーム関連全般をテーマにしていた。これは昨年までのSandboxと同じ傾向ではある。Game Paper以外の論文発表では、Technical Paperでもゲームにフォーカスした論文発表が行われた。例えば、「Performance-Based Control Interface Detail-Preserving Continuum」と題されたTechnical Paperでは、モーションキャプチャシステムを用いたジェスチャーを基に、キャラクターのアニメーションを生成する内容であった。これはゲーム機でブームとなりつつある、モーション・コントロール・デバイスでの活用を考慮したものだ。AR(Augumented Reality=拡張現実)技術を採り入れたテスト的なゲーム開発事例もいくつか見られた。

立体視の映像表現で、実践的な制作ノウハウが公開

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機器展に出展されていた制作環境向けの立体視ディスプレイSuperb Stereo 3D。液晶ディスプレイ2面を使用し、ハーフミラーに映った画面で立体視するものだ。

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立体視グラスとポインティングデバイスを組み合わせたシステムLeonar 3Do。スカルプティングの体験が可能だった。

映像プロダクション関連では、昨年に引き続いて立体視に関するセッションが増えてきていた。北米では立体視映画が定着しつつあり、プロダクション側でもノウハウが蓄積されてきているようだ。今年はストーリーラインや演出の盛り上げに沿って視界深度の深さを調整したり、より立体感を効果的に利用するために奥行き別にカメラの設定を調整するといった、実践的な経験から得られたノウハウの紹介も行われ、興味深い内容が多かった。

先述した通り、SIGGRAPHを将来のトレンドを予見する機会して見ると、ビデオゲームでも立体視への対応が本格的になる可能性が考えられる。ゲームは基本的にフルCGであり、全ての奥行き情報を取得する事が可能なため、立体視を採り入れる事は技術的に難しくない。しかし、今回のプロダクション事例に見られるように、演出的な課題をクリアしていくことが必要だ。ビデオゲームは、通常の映像以上に画面への集中度が高い。ユーザーの目の疲労への配慮やインタフェース、演出的な調整など、ビデオゲーム制作ではどのように解決するかが今後の課題だろう。

(金久保哲也)