コンピュータグラフィックスの学会であるSIGGRAPHではあるが、展示会(機器展示)も重要な催しの1つだ。SIGGRAPHにおける機器展示会場Exhibitionは、各種CGソフトウェアの新製品、新バージョンのリリースの場であり、あまり知られていない小さなソフトウェアメーカーの興味深い製品を見つける場ともなっている。コンパニオンがステージに立って製品概要をざっと紹介するような日本の展示会とは異なり、ブースに製品担当者や製品開発者が常にいて説明してくれるため、細かい技術的な質問をしたり、機能に対する要望なども伝えることができる。参加者にとっては、メーカーとの距離感を縮める機会にもなり、愛着のある製品に育っていくのだ。
今年のExhibitionに名前を連ねたのは162社。昨年ロサンゼルスで開催されたSIGGRAPH 2008では250社を超えていたことを考えると、だいぶ規模は小さくなってしまった。しかし、出展内容は大変充実しており、本気度を見せる企業ばかりが出揃っていたという印象だ。三次元プリンタ製品と、リアルタイムレイトレーシング系製品に勢いが見られたことが、今年の特徴だろう。例年と同様、CG関連の書籍の出版社、専門学校や大学などのプロモーションブース、CGプロダクションの求人ブースなども多く見られた。このほか、ディズニーなど一部の企業で、Exhibition会場ではなく、コンベンションセンター内の別室に特別ブースを設けた企業もあった。
Autodeskが定番CGツールをアップデート
Autodeskブース |
Autodeskは、2005年にAlias Systems、2008年にSoftimageを買収し、現在、もともと持っていた3ds Maxに加え、Maya、Softimageと主要な3DCGソフトウェア3本を取り扱っている。今回、MayaとSoftimageに関して新バージョン2010の発表を行った。
今回のAutodeskの発表はかなり大きなもので、(1)Maya 2010、Softimage 2010(以前のXSIという名称は消えてしまった)が登場し、3ds Maxと合わせてすべて2010バージョンになった。(2)Maya CompleteとUnlimitedというエディションの違いがなくなり、Mayaとして統一された。(3)コンポジットソフトウェアToxikの機能が、Maya CompositeとしてMayaにバンドルされる。(4)PhotoshopレイヤーをサポートしたテクスチャペイントソフトMudbox 2010 が登場。(5)ゲーム開発などで重宝される顔アニメーション制作専用のFace Robot機能をSoftimage 2010に組み込んだという内容だ。
ブースでは、単なる製品紹介だけにとどまらず、ワークフローやパイプライン構築に関する実用的な内容のセッションが充実していた。さらに、さまざまなCGプロダクションがCGメイキングの講演を実施。その様子はリアルタイムでインターネット中継されるとともに、現在は映像アーカイブ「Autodesk SIGGRAPH 中継 [ Virtual SIGGRAPH live ]」として公開されている。
SIGGRAPHでの発表を受けてオートデスクは、東京・品川のザ・グランド・ホールで9月30日に、「SIGGRAPH 2009 Replay」というイベントを開催する。
Autodesk以外の3DCGソフトウェアでは、Side Effects SoftwareのHoudini、MAXONのCinema 4D、Luxologyのmodo、PixarのRenderManなども、SIGGRAPHで存在感を示していた。
SIGGRAPHで新興企業を見つけるのも醍醐味の1つ
SIGGRAPHのExhibitionを訪れる理由の1つに、雑誌やインターネットではなかなか取り上げられないような新しい製品や、小さなベンチャー企業の興味深い製品を、実際に見たり話を聞いたりできることにある。ここでは2つのブースを紹介しよう。
●Shapeways
Shapewaysの三次元プリンターによるフィギュア |
Shapewaysは、鋼の3次元印刷テクノロジーに関する出展を行っていた。これまでにも、三次元プリンターで樹脂製の立体物を作れるものは数多くあった。しかし、これらは、乳状の素材をレーザーで固形化したり削り出して作るといった方式に依存したものだった。Shapewaysが今回が出展したものは、精度が高く、さらに金属的な質感をもったモデルの製作が可能な三次元プリンターだった。ボードゲームで使うような金属フィギュアや、指輪やバッジといった鋳型を作らなければ生産が難しかったようなものが、三次元データさえあれば、さまざまな形状を1個から作り出すことができる。金属的な質感は、ステンレス鋼の粉末を薄い層に重ねて実現しているそうだ。
●Andersson Technologies
Andersson Technologiesの立体視映像制作用カメラトラッキング・マッチムーブツールSynthEyes |
Andersson Technologiesが出展したSynthEyes は、立体視映像制作を考慮したカメラトラッキング・マッチムーブツール。普通のビデオカメラで撮影したした実写映像の空間に、簡単に3DCGモデルを重ねて表示することが可能になる。SynthEyeはカメラの動きのトラッキングのほか、画面内に移っているオブジェクト(物体)のトラッキングも可能だ。
マッチムーブが可能なソリューションには、boujou、MayaLive、3D-Equalizer、Matchmoverといった製品がある。これらの製品と比べても、SynthEyesは高品質かつ極端に安価で利用できるのが特徴だ。安価だからといって侮ることなかれ。映画『Transformers Revenge』やAppleのiPhone 3GのTVCMなどの制作にも使われたそうだ。
リアルタイムレイトレーシングの時代へ
最近では、CPUの性能向上による演算処理性能の向上や安価に大量のメモリを得ることが可能になり、CGレンダリング手法のレイトレーシングが復権してきたようだ。レイトレーシングとは、画面に表示される各ピクセルの色味を求めるために、そのピクセルまで到達した光がどのような経路を辿ってやってきたのか、光線の経路や反射、屈折などを細かく分析・計算し、映像表現をするためのアルゴリズムだ。これまで、レイトレーシングは、現在に比べてコンピュータのメモリが極端に少なく、高価であったCGの黎明期には、力技のようにレイトレーシングを使って計算することもあったが、近年のリアルタイムCG表現を多用するようになってからは、計算量が膨大になって時間がかかると敬遠されてきた。
しかし、そんな冷遇される時代も終わろうとしているようだ。ここでは、レイトレーシングを活用したソリューションの中から、Exhibitionで見かけたものを紹介しよう。
NVIDIA OptiXによるレイトレーシング作例 |
●NVIDIA
NVIDIAが発表したOptiXは、グラフィックスハードウェアを最大限に生かしたインタラクティブ・レイトレーシングのためのAPI(アプリケーション・プログラム・インタフェース)だ。2009年秋に公開する予定。制作者が、色味の設定やライティングなどを変化させると同時に再計算を行い、新たな映像を生成するといったアプリケーションを開発することが可能になる。
●Caustic Graphics
Caustic GraphicsのCausticGLでのレイトレーシングには専用アクセラレータカードが必要。 |
Caustic Graphicsが提供するCausticGL は、リアルタイムコンピュータグラフィックスの世界では定番となっているグラフィックスAPIであるOpenGLの利用形態を模したレイトレーシングAPIとなっていた。CausticGL の利用には専用アクセラレータ(高速化)カードが必要となるが、これまでOpenGLベースで開発されていたアプリケーション環境をスムースに高速レイトレーシング環境ヘ移行できるため、さまざまなCG ツールが対応を表明してきているようだ。
いずれにしても、これらのリアルタイムレイトレーシングは、まだまだ映画クオリティの3DCGを制作するようなレベルにはない。まずは画像品質よりもスピードが重視される「プレビズ(Pre-Visualization=完成版の映像を制作する前に作る、簡略化した事前確認用の試作映像)」の世界から浸透していくことになるだろう。
リアルタイムレイトレーシングの広がりが感じられる一方で、時間をかけてじっくりとレンダリング計算をする(オフライン)レイトレーシングも映画や映像製作の世界で少しづつ浸透していきているようだ。例えば、映画『くもりときどきミートボール』(原題:『Cloudy with a Chance of Meatballs』)では、全てレイトレーシングを基本に制作されている。
映画『くもりときどきミートボール』のシーン (C)2009 Cloudy with a Chance of Meatballs |
このように、レイトレーシングが見直されようとしているのには、現在の3DCG制作が抱える課題を、レンダリング手法を変えることによって軽減しようとしている背景がある。3DCG制作が抱える課題とは、大容量・大量のデータの取り扱いとアーティストの要求への対応の困難さ、コンポジット作業におけるライティングを合わせる難しさ、制作データの再利用の困難さ、リグ(動作調整用の骨組み)設定の面倒さといったものだ。このような制作段階での時間のかかる作業や調整を、映像品質を維持しながらもどう減らしていくのかと考えた時に、レイトレーシングへの回帰が始まったと言えよう。
レイトレーシングを使う利点は、(1)トータルのデータ量が少なく、(2)少ないレイヤーとコンポジット作業で画面が完成し、(3)再利用性が高く(結果的に)演出のためのライトの数も少なくて済む。さらに、(4)変なカスタマイズや無理な調整に手間が取られないというものだ。反面、高速な CPUを持つ最新ハードウェアを多数用意しなければいけないことや、制作におけるワークフローを再構築して制作メンバーの再トレーニングが必要なことなどが欠点として挙げられてた。
Intelのグラフィックス専用チップLarrabeeが登場する来年以降は、さらにレイトレーシングへの回帰は進み、より豊かな映像表現が広がっていくことになるのではないだろうか。
今冬、12月16~19日は横浜でSIGGRAPH ASIA 2009が開催される。日本企業を含め、アジア圏の企業の出展が予定されているが、SIGGRAPHにはこれからも書籍やWebでは得られない、SIGGRAPHならではの生の最新技術や情報に期待したい。
(安藤幸央)